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第五章 伝説の大投資家

嫌悪感

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 屋敷に着く頃には夕方になっていた。
 黄昏を背にそびえ立つ豪邸は優美で、広い庭の芝生が金色に輝いている。
 屋敷の白い外装は手入れが行き届いており、劣化している部分が見えない。
 ヤマトは、漆黒の柵で作られた門の内側に立つ燕尾服の男に声をかける。初老の紳士といった雰囲気でこの屋敷の使用人だろう。

「すみません、スノウさんはご在宅でしょうか? 話があってきたのですが」

「失礼ですが、あなたのお名前をお聞きしても?」

「町の隅に店を構えている、ヤマトという者です。名前を伝えてもらえば、すぐに分かると思いますので」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 使用人はにこやかな表情で告げると、屋敷のほうへ向かって行った。
 そして玄関扉の前に立っているメイド服の使用人に事情を伝えると、彼女は屋敷へ入る。
 おそらく本人に確認しているのだろう。

 しばらくして、門が開き庭へと案内された。
 しかしヤマトたちを待ち構えていたのは、スノウではなかった。

「始めまして、君がヤマトさんかな? スノウの兄、ドラン・ドグマンです」

「お初にお目にかかります。ヤマト運用商会の会長、ヤマト・スプライドと申します。彼女はハンターパーティ、トリニティスイーツのリーダーのラミィ、こっちは護衛のアヤです。スノウに話を聞きたくてやってきました」

 ラミィとアヤは無言で頭を下げる。
 二人の美しいメイドと屈強な執事の前に立つドランの印象は、ヤマトの思っていたものと少し違った。
 もう少し嫌味たらしい高圧的な態度をとってくると思っていたが、清潔感溢れる紳士だ。
 しかし、どこか陰険な雰囲気も隠し持っており、ニコニコしているものの、細い目が時おり鋭く光る。

「ふむ、君がヤマトくんか。それとトリニティスイーツ。よく屋敷へ来てくれたね。でも残念ながら、妹は君たちに会うことができない」

「なぜですか?」

「すまないねぇ、それは答えられない。その代わり、僕が話を聞こう」

 申し訳なさそうに言うドランを見据え、ラミィが言った。

「スノウさんが私たちパーティに陥れられたと言っている件です」

「ああ、その件ね。もちろんは話は聞いているよ」

「彼女が言っているのは、すべてデタラメです。もし真相を知りたいのなら、騎士団に聞けば分かるでしょう。ですから、ギルドへ事情を説明して、私たちの活動休止をすぐに解いてほしいのです」

「そうかそうか。しかし申し訳ないが、僕はこれでも兄なのでね。妹を信じずに他人を信じろというのは、同意できないな」

 ラミィは顔をしかめた。
 言っていることは真っ当のように聞こえるが、ただの身内びいきで、どう考えても公正な判断ではない。
 そしてやはり、彼はどこか歪んでいる。
 口調は丁寧だが、なにか企んでいるような眼差しにヤマトは嫌悪感を覚えた。

「あなたが本当に妹のことを考えているのなら、むしろ間違ったやり方を正し、導くべきではないんですか!?」

「私は、スノウが不自由なく生きていけるようにサポートしたいだけさ」

「それがたとえ、他の誰かを不幸にしても、ですか?」

「さあね」

 ドランは苦笑して肩をすくめる。
 やはりまともに話すつもりはないようだ。
 まだ言葉を続けようとするラミィの肩に手を置き、ヤマトは前へ出た。

「僕たちは権力には屈しません。必ず無罪を証明して、あなた方の歪んだやり方を正してみせます」

「へぇ、おもしろい」

 ヤマトの言葉を受け、ドランは眉をピクリと動かしわずかに片頬を歪ませた。
 それは「やれるならやってみろ」という挑発的な笑みだ。
 
「行こうラミィ」

「で、でもっ」

「これ以上は無駄だ」

「くっ」

 ドランへ背を向けて歩き出すのヤマトの後ろをラミィが悔しそうに続く。
 そのとき、ドランが思い出したかのように突然声を上げた。

「そうそう、そういえば君たちのパーティに、銀髪褐色のエルフがいたよね? 彼女、中々見込みがあると思うんだ」

 シルフィのことだとすぐに分かり、二人は立ち止まった。
 ラミィは怪訝そうに眉をしかめながら問う。
 
「あなたとシルフィの間にどんな関係が?」

「面識はないさ。でも、一目見ただけで僕には分かるんだ。彼女ならきっと、素晴らしい働きをしてくれるって」

「……なにが言いたいんですか?」

「彼女を君たちのパーティから引き抜きたい」

 ゾクリとヤマトの背筋に悪寒が走った。

「なんですって!?」

「もちろん、彼女の待遇はかなり優遇するし、君たちがしばらく生活に困らないよう、お礼としてしばらく資金援助してもいい」

 ドランはニコやかに素晴らしい提案だろうとでもいうように語るが、ヤマトたちには不快でしかなかった。
 この男の感性がなに一つ理解できない。
 むしろなにか得体の知れないおぞましさを感じる。
 耐え切れなくなったラミィがとうとう叫んだ。

「ふざけるな! シルフィは売り物なんかじゃない! 大切な仲間なんだ!」

「まあ感情的にならないでおくれよ。この場で返事ができないのは分かる。だからぜひとも、彼女にも私の提案を伝えておいてくれないかい?」

「お断りします」

 ヤマトはきっぱりと告げた。
 冗談ではない。
 心優しいシルフィのことだ。この話をまともに受け、みんなのためだと言ってドランの元へ行くに決まっている。
 そんなこと絶対にさせたくない。

「……そうかい、残念だ」

 そして今度こそ、ヤマトたちは屋敷を去るのだった。
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