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第四章 バブル崩し
ノベルの覚悟
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それから数週間でレンゴクは世界中に広まり、その価値は急騰した。
それによって、スルーズ商会の資産は何十倍にも膨れ上がっていた。
もはや、バブルと言っても過言ではない。
「――レンゴクに対する一般人の印象は、どんなものですか?」
スルーズ商会の会議室。
ノベルたちは、一世一代の大勝負である新通貨市場について、今後の戦略をじっくりと練っていた。
ノベルの問いに、アルビスは一枚の紙を手に取り報告する。
「多くの人々は、新通貨レンゴクに対して深い洞察を得ておらず、誰に聞いても詳細を説明できる者はいませんでした。結局のところ、たくさん買えば儲かるからという噂に流されて買いあさっているだけのようですな」
「自分の扱う通貨を理解しようともしないなんて恐ろしいことですね。ただ、今回に限って言えば好都合ですけど」
ノベルが肩の力を抜いて呆れたように言い、ルインは眉尻を下げて残念そうに頷く。
すると、マルベスがつまらなさそうに頬杖をつきながら言った。
「しっかしよぉ、そんな得体の知れないものが出回ってるんなら、国が取り締まったりしないもんかねぇ? 俺だったら、適当な因縁をつけて資産を没収するぜ」
「それは厳しいと思います。結局、元は闇市場から流出してきてるから、騎士たちじゃ出所が探れないし、ここまで広まってると中途半端に手が出せません」
「そういうもんかねぇ」
ノベルの回答にマルベスはあまり納得していないようだった。
そこで「しかし……」と、ルインが神妙な顔をノベルへ向けた。
「将来的に、レンゴクが通貨として使われることはないでしょう」
「僕もそう思います」
「我がスルーズ投資商会は、既に莫大な含み益を抱えております。そろそろ潮時なのではないでしょうか?」
ルインの言葉に、アルビスもマルベスも頷く。
彼の言う通り、今の時点でレンゴクを他の通貨に替えれば、元手から何十倍もの金額になる。
しかし、ノベルは首を横へ振った。
「いいえ、まだです」
「そんな……ではいつまでレンゴクを保有し続けると言うのですか!?」
「このバブルが崩壊する時までです」
その言葉を聞いた仲間たちは、一斉に反対した。
「おいっ、正気かよノベル!? わざわざ危ない橋を渡る必要はねぇだろ!」
「そうですよ。失礼ですがノベルさんは、バブルが崩壊するときの恐怖をご存知ですか? あれは急落なんてものじゃありません。一足遅ければ、すべての資産を吹き飛ばすことになるんですよ!?」
「……それでも、です」
マルベスとルインが身を乗り出して諭そうとしてくるが、それでもノベルは譲らない。
すると、イーリンは瞳を揺らしながらも、小さな声で呟いた。
「わ、私は……ノベルさんを信じています」
ノベルは目を閉じ頭上を仰ぐ。
勢いよく反論を続けてくるルインたちの声はもう届かない。
イーリンの信頼を裏切るようで心が痛かった。
ノベルの真の目的は、儲けることではない。
だがそれをここで言うわけにはいかなかった。
唯一理解しているのは、扉の前でたたずみ無言で成り行きを見守っているアリサだけだ。
(ここまで来て、今さら退くわけにはいかない)
やがて叫び疲れたのか、ルインたちの言葉数が少なくなってくるとノベルは告げた。
「もう間もなくです。心配しなくても、もう間もなくその時は訪れる。全員、レンゴクの全額決済の準備はしておいてください」
一同は納得いかないというような複雑な表情を浮かべたが、渋々と了承するのだった。
屋敷から出たノベルとアリサは、まっすぐに宿へ向かっていた。
会議での一件があって、緊張感が張り詰め二人は無言だ。
もう間もなく夕方になる。
やがて、宿の前にある公園に差し掛かると、ノベルは足を止めた。
彼の視線の先では、母親と小さな男がベンチに腰掛けていた。
まだ声変わりしていない少年の高い声が耳に届く。
「お母さん、今日は仕事に行かなくて良かったの?」
そう聞かれた母親は、複雑そうな表情を浮かべた。
その様子を見れば、彼女は職を失ってしまったのだとすぐに分かってしまう。
「……慣れというのが、ここまで恐ろしいとは思いませんでした」
「え?」
ノベルは、背後で呟いたアリサへ顔を向ける。
彼女は沈痛の面持ちでうつむいていた。
「エデンではありえないような光景も、このノートスでは当たり前。いつからか、気付かないうちに慣れてしまっていたんですね。まるで、自分が自分でなくなっていくようで怖いです……」
アリサは声を震わせ、拳を握りしめた。
ノベルは再び母子を見る。
二人はこれからどうやって生きていくのだろうか。そう考えると、胸が張り裂けそうだった。
かつて、ノベルが王子として城に住んでいたときには見ることのなかった現実。
それが今、ノベルの心に重くのしかかる。
誰かが儲かれば、誰かが泣く。それが競争社会の無慈悲さだ。
ノベルは懐から巾着袋を出して、アリサに手渡した。
「……ノベル様?」
ノベルの意図を悟り、アリサは戸惑いに瞳を揺らした。
それに気付かぬふりをしてノベルは背を向ける。
「僕は先に宿へ戻る」
「し、しかし……よろしいのですか?」
「偽善だってことは分かってる。それに、苦しんでるのは彼女たちだけじゃない。それでも今、僕がそうしたかったんだ」
悲痛に満ちた声で告げると、ノベルは宿へ向かって歩き出した。
アリサの足音が遠ざかり、やがて母子の感謝の声が微かにノベルの耳に届く。
「……僕はもう、止まるわけにはいかないんだ」
ノベルは、これから自分の行おうとしていることで、どれだけ多くの人が苦しむのか理解していた。
新通貨レンゴクを巡る戦い。最終的に多くの人々が深い傷を負うのは避けられない。
いや、避けるわけにはいかないのだ。
復讐を果たすために。
それによって、スルーズ商会の資産は何十倍にも膨れ上がっていた。
もはや、バブルと言っても過言ではない。
「――レンゴクに対する一般人の印象は、どんなものですか?」
スルーズ商会の会議室。
ノベルたちは、一世一代の大勝負である新通貨市場について、今後の戦略をじっくりと練っていた。
ノベルの問いに、アルビスは一枚の紙を手に取り報告する。
「多くの人々は、新通貨レンゴクに対して深い洞察を得ておらず、誰に聞いても詳細を説明できる者はいませんでした。結局のところ、たくさん買えば儲かるからという噂に流されて買いあさっているだけのようですな」
「自分の扱う通貨を理解しようともしないなんて恐ろしいことですね。ただ、今回に限って言えば好都合ですけど」
ノベルが肩の力を抜いて呆れたように言い、ルインは眉尻を下げて残念そうに頷く。
すると、マルベスがつまらなさそうに頬杖をつきながら言った。
「しっかしよぉ、そんな得体の知れないものが出回ってるんなら、国が取り締まったりしないもんかねぇ? 俺だったら、適当な因縁をつけて資産を没収するぜ」
「それは厳しいと思います。結局、元は闇市場から流出してきてるから、騎士たちじゃ出所が探れないし、ここまで広まってると中途半端に手が出せません」
「そういうもんかねぇ」
ノベルの回答にマルベスはあまり納得していないようだった。
そこで「しかし……」と、ルインが神妙な顔をノベルへ向けた。
「将来的に、レンゴクが通貨として使われることはないでしょう」
「僕もそう思います」
「我がスルーズ投資商会は、既に莫大な含み益を抱えております。そろそろ潮時なのではないでしょうか?」
ルインの言葉に、アルビスもマルベスも頷く。
彼の言う通り、今の時点でレンゴクを他の通貨に替えれば、元手から何十倍もの金額になる。
しかし、ノベルは首を横へ振った。
「いいえ、まだです」
「そんな……ではいつまでレンゴクを保有し続けると言うのですか!?」
「このバブルが崩壊する時までです」
その言葉を聞いた仲間たちは、一斉に反対した。
「おいっ、正気かよノベル!? わざわざ危ない橋を渡る必要はねぇだろ!」
「そうですよ。失礼ですがノベルさんは、バブルが崩壊するときの恐怖をご存知ですか? あれは急落なんてものじゃありません。一足遅ければ、すべての資産を吹き飛ばすことになるんですよ!?」
「……それでも、です」
マルベスとルインが身を乗り出して諭そうとしてくるが、それでもノベルは譲らない。
すると、イーリンは瞳を揺らしながらも、小さな声で呟いた。
「わ、私は……ノベルさんを信じています」
ノベルは目を閉じ頭上を仰ぐ。
勢いよく反論を続けてくるルインたちの声はもう届かない。
イーリンの信頼を裏切るようで心が痛かった。
ノベルの真の目的は、儲けることではない。
だがそれをここで言うわけにはいかなかった。
唯一理解しているのは、扉の前でたたずみ無言で成り行きを見守っているアリサだけだ。
(ここまで来て、今さら退くわけにはいかない)
やがて叫び疲れたのか、ルインたちの言葉数が少なくなってくるとノベルは告げた。
「もう間もなくです。心配しなくても、もう間もなくその時は訪れる。全員、レンゴクの全額決済の準備はしておいてください」
一同は納得いかないというような複雑な表情を浮かべたが、渋々と了承するのだった。
屋敷から出たノベルとアリサは、まっすぐに宿へ向かっていた。
会議での一件があって、緊張感が張り詰め二人は無言だ。
もう間もなく夕方になる。
やがて、宿の前にある公園に差し掛かると、ノベルは足を止めた。
彼の視線の先では、母親と小さな男がベンチに腰掛けていた。
まだ声変わりしていない少年の高い声が耳に届く。
「お母さん、今日は仕事に行かなくて良かったの?」
そう聞かれた母親は、複雑そうな表情を浮かべた。
その様子を見れば、彼女は職を失ってしまったのだとすぐに分かってしまう。
「……慣れというのが、ここまで恐ろしいとは思いませんでした」
「え?」
ノベルは、背後で呟いたアリサへ顔を向ける。
彼女は沈痛の面持ちでうつむいていた。
「エデンではありえないような光景も、このノートスでは当たり前。いつからか、気付かないうちに慣れてしまっていたんですね。まるで、自分が自分でなくなっていくようで怖いです……」
アリサは声を震わせ、拳を握りしめた。
ノベルは再び母子を見る。
二人はこれからどうやって生きていくのだろうか。そう考えると、胸が張り裂けそうだった。
かつて、ノベルが王子として城に住んでいたときには見ることのなかった現実。
それが今、ノベルの心に重くのしかかる。
誰かが儲かれば、誰かが泣く。それが競争社会の無慈悲さだ。
ノベルは懐から巾着袋を出して、アリサに手渡した。
「……ノベル様?」
ノベルの意図を悟り、アリサは戸惑いに瞳を揺らした。
それに気付かぬふりをしてノベルは背を向ける。
「僕は先に宿へ戻る」
「し、しかし……よろしいのですか?」
「偽善だってことは分かってる。それに、苦しんでるのは彼女たちだけじゃない。それでも今、僕がそうしたかったんだ」
悲痛に満ちた声で告げると、ノベルは宿へ向かって歩き出した。
アリサの足音が遠ざかり、やがて母子の感謝の声が微かにノベルの耳に届く。
「……僕はもう、止まるわけにはいかないんだ」
ノベルは、これから自分の行おうとしていることで、どれだけ多くの人が苦しむのか理解していた。
新通貨レンゴクを巡る戦い。最終的に多くの人々が深い傷を負うのは避けられない。
いや、避けるわけにはいかないのだ。
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