【完結】私の可愛いシャルロッテ

空原海

文字の大きさ
7 / 9

第七話 大公令息ヨハンの愛

しおりを挟む
 アステア王国王太子の遺体を見張らせていた騎士によると、フレデリックを撃ったシャルロッテは、倒れたフレデリックの側まで寄ると、顔を伏して涙を溢したという。
 愛する婚約者の裏切りと、またその者を手にかけてしまった苦しみと、シャルロッテの哀しみは計り知れない。騎士はその悲愴な姿を見続けることが出来ず、俯いてシャルロッテの後ろに控えていた。
 そしてシャルロッテはその隙をついて、いつの間にかフレデリックの手にあった回転式小型銃を手にし、バルコニーの先まで歩いていったらしい。
 騎士がはっと我に返り、シャルロッテを呼び止めるも、シャルロッテは振り返ることなく自らの頭を撃ち抜いた。
 シャルロッテはそのままバルコニーから墜落し、城の周囲を取り囲む堀にその身を沈めたのだ。

 シャルロッテに付き従っていたはずの侍女の姿は、シャルロッテの自決に慌てた護衛騎士の監視の目から外れ、その行方は知れない。
 シャルロッテの身が堀に落ちるまで、バルコニーで騎士と侍女は絶望とともにそれを見送ったそうだ。
 主のあとを追ったのか。
 城内は混乱を極めていたため、侍女に限らず、その日行方の知れない者が数人いる。

 
 数日後に堀から引き上げられたシャルロッテの遺体は損傷が激しく、最早人の形をなんとか留めたに過ぎず、ヨハンは呆然とした。
 ヨハンは自決したと聞いても、堀に落ちたと聞いても、どこかでシャルロッテの無事を願っていた。
 しかし、目の前に横たわるに、命の欠片も見出すことが出来ない。
 美しかった白金の髪も、エメラルドのような煌めく瞳も、陶器のような白皙の肌も。
 全てが失われた。
 長い間堀に沈み、水に晒され続けてブヨブヨと膨張しきったシャルロッテの遺体。その身に纏う薄汚れた、ところどころ破れた薄紫色の、アステア王国王太子の髪色のドレスと、首元に残された砕けた首飾りの残骸だけが、その遺体がシャルロッテであることを示していた。


 ヨハンは大公国に篭もり、その後二度と帝国へと足を踏み入れなかった。
 ヨハンは自室でシャルロッテの肖像画の前に立ち、涙を流す。

 ――ロッテ。君はそんなにまであの男を愛していたのか。

 愛していた。
 ヨハンは他の誰でもなく、シャルロッテだけを狂おしいほど愛していた。
 シャルロッテがヨハンのことを兄のようにしか見ていないことは知っていた。
 フレデリックがシャルロッテを疎んじるようになっても、シャルロッテの愛はフレデリックにのみ捧げられ、ヨハンが寄り添っても、決して顧みられぬ恋の辛さをヨハンに打ち明けることはなかった。
 ヨハンがどんなに優しく声をかけても、シャルロッテはフレデリックへの恋慕のみ口にし、不満を口にすることはなかった。
 それがどれだけ悔しかったか。
 ヨハンの虚言に踊らされ、シャルロッテに不審の目を向け裏切った男が、なぜシャルロッテに愛されるのか。

 しかし、ヨハンの図り事によって、シャルロッテは永遠に喪われてしまった。
 ヨハンの愛するシャルロッテは、もう二度と戻ってはこない。

 ――ロッテ。私の可愛いお姫様。君のいない世界で生きていたくなどない。

 ヨハンはシャルロッテの命を奪った回転式小型銃で自らの頭を撃ち抜いた。
 その銃はシャルロッテの形見としてヨハンが譲り受けたものだった。
 シャルロッテが常に忍ばせていた護身用の小型拳銃は、シャルロッテの父である皇帝が、若くして逝ってしまった娘の形見として、懐に忍ばせている。



 ヨハンの命を散らしたのは、アステア王国王太子の遺体が握っていた銃だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

[完結]不実な婚約者に「あんたなんか大っ嫌いだわ」と叫んだら隣国の公爵令息に溺愛されました

masato
恋愛
アリーチェ・エストリアはエスト王国の筆頭伯爵家の嫡女である。 エストリア家は、建国に携わった五家の一つで、エストの名を冠する名家である。 エストの名を冠する五家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に別れ、それぞれの爵位の家々を束ねる筆頭とされていた。 それ故に、エストの名を冠する五家は、爵位の壁を越える特別な家門とされていた。 エストリア家には姉妹しかおらず、長女であるアリーチェは幼い頃から跡取りとして厳しく教育を受けて来た。 妹のキャサリンは母似の器量良しで可愛がられていたにも関わらず。 そんな折、侯爵家の次男デヴィッドからの婿養子への打診が来る。 父はアリーチェではなくデヴィッドに爵位を継がせると言い出した。 釈然としないながらもデヴィッドに歩み寄ろうとするアリーチェだったが、デヴィッドの態度は最悪。 その内、デヴィッドとキャサリンの恋の噂が立ち始め、何故かアリーチェは2人の仲を邪魔する悪役にされていた。 学園内で嫌がらせを受ける日々の中、隣国からの留学生リディアムと出会った事で、 アリーチェは家と国を捨てて、隣国で新しい人生を送ることを決める。

処理中です...