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第七話 大公令息ヨハンの愛
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アステア王国王太子の遺体を見張らせていた騎士によると、フレデリックを撃ったシャルロッテは、倒れたフレデリックの側まで寄ると、顔を伏して涙を溢したという。
愛する婚約者の裏切りと、またその者を手にかけてしまった苦しみと、シャルロッテの哀しみは計り知れない。騎士はその悲愴な姿を見続けることが出来ず、俯いてシャルロッテの後ろに控えていた。
そしてシャルロッテはその隙をついて、いつの間にかフレデリックの手にあった回転式小型銃を手にし、バルコニーの先まで歩いていったらしい。
騎士がはっと我に返り、シャルロッテを呼び止めるも、シャルロッテは振り返ることなく自らの頭を撃ち抜いた。
シャルロッテはそのままバルコニーから墜落し、城の周囲を取り囲む堀にその身を沈めたのだ。
シャルロッテに付き従っていたはずの侍女の姿は、シャルロッテの自決に慌てた護衛騎士の監視の目から外れ、その行方は知れない。
シャルロッテの身が堀に落ちるまで、バルコニーで騎士と侍女は絶望とともにそれを見送ったそうだ。
主のあとを追ったのか。
城内は混乱を極めていたため、侍女に限らず、その日行方の知れない者が数人いる。
数日後に堀から引き上げられたシャルロッテの遺体は損傷が激しく、最早人の形をなんとか留めたに過ぎず、ヨハンは呆然とした。
ヨハンは自決したと聞いても、堀に落ちたと聞いても、どこかでシャルロッテの無事を願っていた。
しかし、目の前に横たわるシャルロッテだったものに、命の欠片も見出すことが出来ない。
美しかった白金の髪も、エメラルドのような煌めく瞳も、陶器のような白皙の肌も。
全てが失われた。
長い間堀に沈み、水に晒され続けてブヨブヨと膨張しきったシャルロッテの遺体。その身に纏う薄汚れた、ところどころ破れた薄紫色の、アステア王国王太子の髪色のドレスと、首元に残された砕けた首飾りの残骸だけが、その遺体がシャルロッテであることを示していた。
ヨハンは大公国に篭もり、その後二度と帝国へと足を踏み入れなかった。
ヨハンは自室でシャルロッテの肖像画の前に立ち、涙を流す。
――ロッテ。君はそんなにまであの男を愛していたのか。
愛していた。
ヨハンは他の誰でもなく、シャルロッテだけを狂おしいほど愛していた。
シャルロッテがヨハンのことを兄のようにしか見ていないことは知っていた。
フレデリックがシャルロッテを疎んじるようになっても、シャルロッテの愛はフレデリックにのみ捧げられ、ヨハンが寄り添っても、決して顧みられぬ恋の辛さをヨハンに打ち明けることはなかった。
ヨハンがどんなに優しく声をかけても、シャルロッテはフレデリックへの恋慕のみ口にし、不満を口にすることはなかった。
それがどれだけ悔しかったか。
ヨハンの虚言に踊らされ、シャルロッテに不審の目を向け裏切った男が、なぜシャルロッテに愛されるのか。
しかし、ヨハンの図り事によって、シャルロッテは永遠に喪われてしまった。
ヨハンの愛するシャルロッテは、もう二度と戻ってはこない。
――ロッテ。私の可愛いお姫様。君のいない世界で生きていたくなどない。
ヨハンはシャルロッテの命を奪った回転式小型銃で自らの頭を撃ち抜いた。
その銃はシャルロッテの形見としてヨハンが譲り受けたものだった。
シャルロッテが常に忍ばせていた護身用の小型拳銃は、シャルロッテの父である皇帝が、若くして逝ってしまった娘の形見として、懐に忍ばせている。
ヨハンの命を散らしたのは、アステア王国王太子の遺体が握っていた銃だった。
愛する婚約者の裏切りと、またその者を手にかけてしまった苦しみと、シャルロッテの哀しみは計り知れない。騎士はその悲愴な姿を見続けることが出来ず、俯いてシャルロッテの後ろに控えていた。
そしてシャルロッテはその隙をついて、いつの間にかフレデリックの手にあった回転式小型銃を手にし、バルコニーの先まで歩いていったらしい。
騎士がはっと我に返り、シャルロッテを呼び止めるも、シャルロッテは振り返ることなく自らの頭を撃ち抜いた。
シャルロッテはそのままバルコニーから墜落し、城の周囲を取り囲む堀にその身を沈めたのだ。
シャルロッテに付き従っていたはずの侍女の姿は、シャルロッテの自決に慌てた護衛騎士の監視の目から外れ、その行方は知れない。
シャルロッテの身が堀に落ちるまで、バルコニーで騎士と侍女は絶望とともにそれを見送ったそうだ。
主のあとを追ったのか。
城内は混乱を極めていたため、侍女に限らず、その日行方の知れない者が数人いる。
数日後に堀から引き上げられたシャルロッテの遺体は損傷が激しく、最早人の形をなんとか留めたに過ぎず、ヨハンは呆然とした。
ヨハンは自決したと聞いても、堀に落ちたと聞いても、どこかでシャルロッテの無事を願っていた。
しかし、目の前に横たわるシャルロッテだったものに、命の欠片も見出すことが出来ない。
美しかった白金の髪も、エメラルドのような煌めく瞳も、陶器のような白皙の肌も。
全てが失われた。
長い間堀に沈み、水に晒され続けてブヨブヨと膨張しきったシャルロッテの遺体。その身に纏う薄汚れた、ところどころ破れた薄紫色の、アステア王国王太子の髪色のドレスと、首元に残された砕けた首飾りの残骸だけが、その遺体がシャルロッテであることを示していた。
ヨハンは大公国に篭もり、その後二度と帝国へと足を踏み入れなかった。
ヨハンは自室でシャルロッテの肖像画の前に立ち、涙を流す。
――ロッテ。君はそんなにまであの男を愛していたのか。
愛していた。
ヨハンは他の誰でもなく、シャルロッテだけを狂おしいほど愛していた。
シャルロッテがヨハンのことを兄のようにしか見ていないことは知っていた。
フレデリックがシャルロッテを疎んじるようになっても、シャルロッテの愛はフレデリックにのみ捧げられ、ヨハンが寄り添っても、決して顧みられぬ恋の辛さをヨハンに打ち明けることはなかった。
ヨハンがどんなに優しく声をかけても、シャルロッテはフレデリックへの恋慕のみ口にし、不満を口にすることはなかった。
それがどれだけ悔しかったか。
ヨハンの虚言に踊らされ、シャルロッテに不審の目を向け裏切った男が、なぜシャルロッテに愛されるのか。
しかし、ヨハンの図り事によって、シャルロッテは永遠に喪われてしまった。
ヨハンの愛するシャルロッテは、もう二度と戻ってはこない。
――ロッテ。私の可愛いお姫様。君のいない世界で生きていたくなどない。
ヨハンはシャルロッテの命を奪った回転式小型銃で自らの頭を撃ち抜いた。
その銃はシャルロッテの形見としてヨハンが譲り受けたものだった。
シャルロッテが常に忍ばせていた護身用の小型拳銃は、シャルロッテの父である皇帝が、若くして逝ってしまった娘の形見として、懐に忍ばせている。
ヨハンの命を散らしたのは、アステア王国王太子の遺体が握っていた銃だった。
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