【完結】お偉い辺境伯家令息は、鼻息荒く胸を反らしてふんぞり返るのがお得意

空原海

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2 ハロルドの鬱屈




 あまりの退屈さにハロルドは欠伸を噛み殺した。

 海水で化粧が剥がれドロドロになった少女達の顔は見るに耐えなかったし、青い空にのんびりと浮かんでいる素晴らしいプロポーションを誇るナタリーは、少年に一度たりとも注意を向けようとはしなかった。ハロルドのことなど、ナタリーは頭の片隅にもないに違いない。

 ナタリーの頭を占めているはずの猿は、ハロルドがひどく嘲ったリナの後ろ姿を追いかけ走り寄り、二人で寄り添うようにさびれた宿屋へ入っていった。先程まで美しい白い砂浜に無惨な落雹の痕を刻み付けていたナタリーは、ほんの一瞬気色ばんで猿を追う素振りを見せたが、それまでだった。ハロルドにはまったく理解できなかった。
 ナタリーはいつでもジャックを追いかけては、ジャックに落雹を浴びせている。なぜならナタリーの愛するジャックは、女の尻を追いかけまわしてばかりいるからだ。
 ナタリーは近年では使える者の少なくなった魔法を、ジャックを痛めつけることにだけ操っている。

 キャンベル辺境伯の次男であるハロルドは、魔法の使い手であるナタリーを領地の孤児院で偶然見つけ、それ以来領属の部隊に所属するよう勧誘していた。
 数十年前には魔法を操る者はさほど珍しくもなく、国だけでなく大貴族であれば、それぞれ各家ごとに魔法騎士団を抱える程であったという。しかし今となれば、魔法騎士団など王侯貴族の手中に収められるような、統制のとれた団体どころか、最早個人も存在しない。

 魔法を操る者、魔術を嗜む者。

 双方ともに自由気ままな者が多く、興味のあることにのみ打ち込み、研究に邁進し、我が道のみを進む。王侯貴族の指図を受ける者など、ほとんどいない。

 そんな珍しい魔法の使い手であるナタリーをハロルドが見つけられたのは、本当にただの偶然だった。

 ハロルドは次男だ。
 ハロルドの父親であるキャンベル辺境伯は、他の爵位を持っていない。従ってハロルドは貴族籍はあるものの、爵位を継ぐことはできない。
 娘しかいない、どこかの爵位持ちの家に婿入りするか、叙爵されるほどの功績を上げるか、はたまた兄である長男を蹴落とすしかない。
 ハロルドは爵位を授かる幸運に恵まれぬ次男として、指を銜えて眺めているだけの人生で終わるつもりはなかった。

 だからナタリーを見つけた幸運に、ハロルドは歓喜した。
 珍しい魔法の使い手。そのうえ、大層美しい。
 天の神がハロルドに与えた幸運の女神がナタリーであるとハロルドは確信した。故に共に来るよう誘いをかけた。

 ナタリーはジャックさえ共にいられるのならば、どこへでも行くという。熱中するような研究もないし、信念もなく、軍属だろうが傭兵だろうが、兵となることに否やはないと。
 しかしジャックは気軽に女遊びもできない、堅苦しくむさ苦しい軍部になど行きたくないと言う。ジャックが行かないのならば、ナタリーも行く気はないと言う。

 ハロルドは領主の息子として、ナタリーに命じることも出来たが、命じたところでナタリーの驚異的な身体能力(ナタリーは空まで飛べた!)をもってすれば、容易に抜け出されてしまう。何よりナタリーに惹かれているハロルドは、ナタリーに無理強いしたくはなかった。
 ナタリーが自然にハロルドを慕い、ハロルドの妾になることを望んで欲しかった。
 ハロルドにとって、ナタリーは戦力である以前に、囲うべき女だと思うようになっていた。

 次男とはいえ、辺境伯令息のハロルドにとって、身元の怪しい孤児院出身のナタリーは正妻にできる娘ではないし、そもそも娶ろうとも思っていない。
 ただ、ハロルドの気の向いたときに相手をして癒してくれればいい。
 妾として囲うからには、勿論報酬も与えるし、珍しい魔法の使い手としてキャンベル領に所属するとなれば、仕事の選べぬ孤児院出身者のナタリーにとって、破格の処遇だろうとハロルドは信じている。
 それなのに、ナタリーはハロルドの誘いをあろうことか鼻で笑い、足蹴にした。
 そしてハロルドに見向きもせず、ひたすらにジャックを追いかける。
 そのジャックは誰を決めることもなく、女と見れば見境いなく追いかける。それをナタリーは許さず、悋気の雹を落とす。その繰り返し。

 それにも関わらず、リナを追うジャックにナタリーは雹を落とさなかった。リナとジャックは、ナタリーが孤児院に身を寄せる前まで、恋人同士であったことをナタリーも知っているはずなのに。

 ハロルドには、まったく理解できなかった。

 そのせいだろう。ハロルドはナタリーに声をかけそびれてしまった。
 ナタリーが猿に嫉妬して追いかける、という行為をやめたことほど、ハロルドにとって都合のいいことはなかったのにも関わらず、ハロルドはナタリーがなぜ猿を追わなかったのかというどうでもいい事柄をどうでもいい事柄として処理するタイミングを逃した。


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