【完結】お偉い辺境伯家令息は、鼻息荒く胸を反らしてふんぞり返るのがお得意

空原海

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4 猿との邂逅




 ハロルドはしかし、不機嫌だった。
 背中に脳の足りない少女達からの罵詈雑言を受けながら、そのような状況に自らを追いやった己の思考回路が全く理解できないことにも苛立ちを募らせた。
 これがもし、ハロルドが恋い焦がれるナタリーのことであったら、ハロルドも少しは自分の振るまいに渋々ながらも納得することができたかもしれない。しかしそのときですら、ハロルドは自分がもう少し穏やかで婉曲な表現を、つまり愚鈍な少女達が皮肉とも気付かないソレでスマートに応対していただろうということも知っていた。
 ハロルドは子供じみた、それも理由のわかならい己の振る舞いに不愉快になるのを止めようとはせず、その苛立ちは憎しみにも似て“友人”の少女に向かっていった。だいたい、少年の甘いマスクに騙され続けてくれなかったこと自体も気に入らないのだ。
 女は愚かではあるが、愚かだからこそ可愛いと思う。賢い女などまったく可愛くもなければ、憎々しいばかりだ。

「よお、最低男」

 ハロルドは身体に染みついた反射反応として剣を抜いた。
 気むずかしげに端正な眉をひそめる少年と、それに対する猿のように身軽な少年。白い光を浴びて光る名刀に、猿は拾い物の、剣先の潰れたボロボロの模造刀でもって応戦していた。

「なんだ」
「いや、なんとなくな」

 飄々と答える猿は、いつもどおり飄々としていて、ハロルドはそれがいつも通り気に入らない。大体なぜ猿は模造刀など手にしているのだろうか。
 己がよく無意味に抜刀しがちであることを棚に上げ、ハロルドはふん、と鼻を鳴らして刀を鞘にしまう。

「しかし、なぜぼくが最低男なんだ。それは貴様のほうだろう。ナタリーさんをずっと放っておいて」

 ハロルドが後ろを振り返り空を仰ぐと、にこにことあどけない笑顔で空に浮かぶ少女、ナタリーがいた。
 ハロルドは思わず口元を緩めた。ナタリーの笑顔はいつでもハロルドの表情筋をだらしなくさせる。
 ジャックは鼻の下を伸ばしマヌケ面をさらすハロルドを冷ややかに見た。

「言っておくがな、ハロルド。お前が来なければ、おれはリナと今でもうまくいってたんだ」

 ナタリーの魅力的な笑顔から目をそらして不細工な猿に振り返るなど、苦痛この上ないことだったが、ハロルドは己に苦を強いて、伸ばした鼻の下を縮め、端正な顔をシリアスに額の皺険しく刻み込んで猿を睨んだ。

 ジャックが言っていることは、あまりに馬鹿馬鹿しかった。そして喉から手が出るほどナタリーを欲しているハロルドにとって、あまりに腹立たしかった。加えて、この猿と長年幼馴染みとしてつき合ってきた“友人”も同様、この猿の台詞を聞けば、激しく憤るだろうとハロルドは思った。

 いや、憤るのは彼女の気丈な部分だけで、一人きりになれば彼女の心はありとあらゆるところから血を噴き出して、恐ろしい惨劇を呈するだろう。

「なにが言いたい、貴様」

 ハロルドは低い声ですごんだ。
 この猿のどこがいいのか、ナタリーも“友人”も、まったく悪趣味だとしか思えなかった。
 猿は少年の鋭い眼光に怯えることなく、少年の陰湿さにも勝るほどに強い憎しみをもって睨み返した。

「貴様が大マヌケで、勘違い野郎だと言っている」

 少年は猿の台詞の不条理さに我を忘れるほどの怒りと憎しみを抱き、由緒正しい刀による懲罰ではなく、野蛮にも素手で殴りかかった。

 ジャックがヒラリとそれをかわすと、ハロルドは惨めにも白い砂浜に勢い余ってつっぷした。
 ハロルドは瞼や頬、胸に手足に灼けつく熱さを感じた。もはやハロルドの頭には、無礼な猿の顎の骨を拳で叩き割ってやること以外なかった。

 身体についた白い砂を払うことなくハロルドは立ち上がると、殺意に満ちた目で猿を睨んだ。
 猿は目を丸くして驚いた顔をしていた。場違いなほどにひょうきんで平和な表情に、ハロルドの憎しみはますます募った。
 頭上で愛らしいナタリーの、懇願するような声が微かに聞こえた。
 ジャックは大きく後ろに飛び退くと、素早くナタリーに視線を送り、小さく頷いてみせた。

 心配するな、ということか。ああそれとも邪魔をするな?

 ハロルドはギリっと奥歯を噛んだ。
 ハロルドの頭に不快な猿の声が聞こえた気がした。幻聴はハロルドの憎しみに拍車をかけた。

「ジャック……! 貴様ほど殺してやりたい男に会ったことはない!」

 地に響く唸り声でギラギラと睨みつけるハロルドに、ジャックは目を細めた。

「ほう、奇遇だな。おれもそう思っていたところだ」

 猿が言い終えるか否かのうちに、ハロルドは力強い拳を猿の顎下に向かって突き上げた。
 あまりの怒りで目から炎があがっているような気がした。
 身体を怒りのままに投げ出そうとも込み上げて留まることの知らぬ憎悪を、ハロルドは双眸に集中して感じていた。
 幾千の針に刺される痛みと炎の熱さ。それが涙だと気付いたが、ハロルドは恥じ入る必要はないと思った。


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