【完結】愛してるなんて言うから

空原海

文字の大きさ
12 / 96
第1部

11 愛してるなんて言うから、勘違いしてしまった

しおりを挟む
 その後、アラン様の宣言通り、わたしはアラン様の腕に手を置き。そしてその上からアラン様が手を載せる、という格好のまま過ごすことになった。

 とても動きにくかったけれど、それ以上に問題だったのは、絶え間なくアラン様の温かな眼差しが注がれていること。それらが逃れようもなく感じられること。
 胸の高鳴りはいつまでも静まらないし、身体中が火照るように熱いし、アラン様の腕に載せた手はジットリと汗をかいているようだし。一挙手一投足を見られているようで。
 どう動いてよいのかわからない。

 ちらりと見上げると必ずアラン様と目が合い、ふにゃりと微笑まれる。そしてわたしの手に載せた御手でキュッと軽く握られたりする。
 慌てて視線を反らすと、今度はエインズワース様が微笑ましいといった様子で、こちらを慈愛に満ちたお顔で眺めていらっしゃる。

 なんなのでしょう。
 このお二方は、一体なぜ今日こちらにいらしたのでしょうか。

「……あの。本日はどのようなご用向きでいらしたのですか?」

 やたらと生温かく不可解な眼差しを向けてくるだけ――本当にそれだけで、特に何もしない、使用人の出したお茶を飲んでいるだけ――のお二人に、いい加減痺れを切らしたわたしは、おずおずと口を開いた。

 その間もアラン様はわたしに、熱情のこもったうっとりとした眼差しを向けているし。エインズワース様もまたアラン様とは種類の違う、憧憬のような、どこか遠巻きな感のある、うっとりとした眼差しを向けてくる。

 身分の高い美貌の男性二人からそのような視線を受けて、大変座り心地が悪い。
 繰り返しになるが、わたしはしがない平民なのだ。

 自由な方の手に持った扇で口元を覆い、アラン様を見上げる目を細める。
 それからすっと上半身を退き、アラン様から距離を取った。するとアラン様はわたしの手をきゅっと握られた。

「メアリーに会いたかった。迷惑だったか?」

 いえ、そういうことではなくてですね。
 どう説明しようかと、エインズワース様へちらりと視線を向けると、わたしの手を握る力が強くなった。
 痛いです、アラン様。

「メアリー。他の男を見るなと言っただろう?俺を前に、わざとしているのか?」
「違います」

 なぜそうなるのか。
 恋人宣言を受けてから、アラン様の思考回路が全くわかりません。

「ならば無意識にエインズワースを見てしまうということか? やはり斬るしかないな」
「おやめください」
「やめろ!」

 ギラリと好戦的、かつ仄暗いお顔をなさって、お腰のサーベルに手をやるアラン様。
 エインズワース様は慌てて腰を浮かした。アラン様の視界から外れるところへと移動していく。

「メアリー嬢。今日は僕がコールリッジに無理を言って、連れてきてもらったんだ」

 学園で見かけるお姿同様の、エルフの君の麗しい微笑み。しかしながら常にない、ぎこちなさを感じる笑み。
 エインズワース様は、わたしにお言葉をかけてくださいながらも、視線は交わらず。どこか外れたところへ、その眼差しを向けている。

「エインズワース様が……?」

 エインズワース様の方へ上半身を向けようとすると、アラン様がぐっとお身体を乗り出してこられ、視界が遮られる。

「エインズワースと殿下……第二王女殿下は変わったご趣味をお持ちでな」

 アラン様が覆い被さるように迫ってくるので、はしたないと己を叱責しつつも、ずりずりと臀部を滑らせ、後ろに退いた。

「変わったご趣味、ですか?」
「そうだ」

 アラン様はなぜか苦虫を噛み潰したかのようなお顔をなさっている。
 エインズワース様に助けを求めたいのだが、アラン様がわたしの視界いっぱい占めているため、首を伸ばしてもエインズワース様に視線を向けることができない。
 アラン様はわたしの伸ばした首の方へ、ずずい、とお身体を傾ける。

 どうしたものか、と思案していると、アラン様の背後からエインズワース様のお声が聞こえた。

「アンジェリカ第二王女殿下には、公には出せない秘密の執務があってね」

 アラン様が小さく、「何が執務だ」と呟かれた。

「それにあたって、コールリッジとメアリー嬢。君達の婚約関係、いや恋人同士の進捗具合を殿下につぶさに報告する必要がある」
「えっと……? アラン様とわたし……ですか?」 
「うん。微に入り細を穿って、との仰せだ」

 アラン様の広い胸元が視界を遮って、エインズワース様のご表情が窺えないけれど、その声色は嬉々としているように軽やかな調子だ。

 全く意味がわからない。

 理解の及ばないことに戸惑い、アラン様を見上げると、またもやアラン様がふにゃりと微笑まれる。
 心臓に悪いので、その気の抜けたようなお可愛らしい微笑みを乱発するのは、やめていただきたい。

「あの……申し訳ございません。無知なわたしには、殿下のご意向を汲むことができかねますわ」

 だって意味がわからない。
 しかし不敬にならないだろうか、と恐る恐るアラン様越しに、エインズワース様へ返答すると、エインズワース様が朗らかにお声をあげられた。

「ああ! いや、メアリー嬢は何も気負わなくていい。僕はただ、君達の恋愛模様を間近で見守っていたいだけだから」
「はあ……」

 やっぱりよくわからない。

「そうだ、メアリー。こいつらのことは気にするな。ただの出歯亀だ」

 出歯亀。天下のファルマス公爵令息様をもって、出歯亀。

「いやいや。殿下直々の指令だからね。メアリー嬢が気にすることは特にないけど、出歯亀なんて言われ様は酷い。それに僕はこれでも、コールリッジ、君の助けになっていると思うけど?」
「……それは感謝している」

 まるで不本意だ、というようにアラン様が唸った。

 よくわからないけれど。
 アラン様が先日、突然恋人になろうだなんて言い出されたことも。急に甘いお言葉をくださるようになったのも。気障な振る舞いをされるようになったのも。
 全て、殿下のご意向で、そしてアラン様はそれに従っただけということなのだろう。
 それならば、アラン様のこの変わり様に得心が行く。

 おかしいとは思っていたのだ。
 わたしを疎んじているはずのアラン様が、婚約解消までの短い期間とはいえ、わたしと恋人になろうだなんて。
 冗談でもわたしのことを、愛してるだなんて。

 ……愛してるなんて言うから。少し、勘違いをしてしまった。

 わたしは瞑目して深く息を吸い、暴れ始めそうな心を抑える。そしてアラン様を見上げ、にっこりと微笑みかけた。

「つまり、エインズワース様に仲の良い婚約者同士の様子をお見せすればよいということでしょうか?」
「その通り! メアリー嬢は飲み込みが早くて助かるな」

 愉快そうなエインズワース様のお声とは対称的に、アラン様は怪訝そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「メアリー? なぜそんなに悲しそうな顔をしているんだ?」
「そんなことはございませんわ。ただ恥ずかしいだけです」

 アラン様は「ああ」と頷かれた。

「まあそうだよな。わざわざ己の恋路を他人に見せるなど……。俺もそんな趣味はないのだが、しかし殿下の頼みとあっては断れなかった。すまない」
「いいえ。わたしも誠心誠意、努めてまいります」

 悲しくなんてない。
 アラン様が愛してるなんて言うから、烏滸がましくも勘違いをしてしまった自分が、恥ずかしくてたまらないだけ。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

処理中です...