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第1部

10 美男子ふたりの友情

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 わたしは何をおごっていたのだろう。

 アラン様がわたしを捨てるだなんて。
 貴族のアラン様と平民のわたしが婚約していること自体が間違っているだけなのに。アラン様は間違いを正すだけなのに。

 社交用の微笑みを浮かべてお二人の様子を見守っていると、アラン様と目が合う。
 アラン様は眉根を寄せて、わたしの頬に手を伸ばした。
 剣ダコのあるカサカサとした分厚い手が、わたしの頬をなぞる。

 エインズワース様もいらっしゃるのに、と戸惑って目線を泳がせると、エインズワース様は優しく微笑まれた。
 優雅な様子でソファに腰かけたかと思うと、その長い脚を無造作に組み、頬杖をつく。

「どうした、メアリー。何か気分の悪くなるようなことを言ったか?」
「いえ、そんな……」

 いつも通り微笑んでいたはずなのに。
 アラン様のこちらを見通すように光を弾く、硬質な銀色の炯々けいけいたる瞳に、心臓が飛び跳ねる。
 テーブルの下で組んだ両手をぎゅっと握りしめる。

「エインズワースの存在が不快だったか? それならば今すぐ追い出すが」

 気遣わしげにわたしの顔を覗き込むアラン様の背後で、エインズワース様がソファから飛び上がった。
 びょんっと。まるで優雅で俊敏な、哺乳綱食肉目ネコ科サーバル属のサーバルちゃんのよう。

「コールリッジ、君ってやつは! なんて薄情なんだ! 友達甲斐のない男だな!」
「友情よりメアリーの方が大事だ」

 アラン様、なんてことを口にされるのですか。
 わたし達は婚約解消までの期間限定の恋人です。
 あと一年もないお遊びなどより、エインズワース様とのご友情を優先なさってください。

「それはそうだろうけど! 僕は君の数少ない友人だろう? もっと大事にしろ!」

 エインズワース様まで。そこは頷かれないでください。
 というより、数少ないとは……。いえ、カドガン伯爵夫人からも聞き及んでおりますが。

「数少ないというより、お前しか友人はいない」
「……そうか」

 何かしら。
 わたしは何を見せられているのかしら。

 近年貴婦人の間で話題の、ローズ出版社のお話――薔薇族の男達――に出てくるワンシーンのようだわ。
 ウォールデン商店でも取り扱っているけれど、あまりの人気で店頭に並べる前に即座に完売してしまう、男性同士の濃厚な友情……友情なのかしら。
 ともかく、それらのお話の登場人物のようなお二人だわ。

 お二方とも身分が高く、タイプの異なる美男子。
 凛々しく男らしい威風堂々とした燦爛さんらんたる美丈夫のアラン様と、柔和で繊細、浮世離れした玲瓏れいろうたる美貌のエインズワース様。

 このお姿、ご婦人たちがご覧になれば、黄色い歓声間違いなしなのでは……。

 エインズワース様の頬が赤い。
 照れていらっしゃるのかしら。手でお口を覆われたわ。
 細くて美しい、お人形のような御手なのかと勝手に想像していたけれど、意外とごつごつしていらっしゃる。

「……メアリー」

 耳や首筋にふわっとかかる生暖かい吐息と、鼓膜にそっと響く低い声。思わずびくりと体が跳ねた。
 はっとアラン様を見上げると……近い!近いですわ!

 先ほどまでは子猫ちゃんがお顔をアラン様、尻尾をわたし、といったように縦に並んで二匹分くらい離れていたはずなのに。
 今は子猫ちゃんが横になって二匹……いえ一匹かしら。あともう少しで触れてしまいそうなくらい近い!
 エインズワース様から見て、これは密着しているように見えるのではないかしら!

 一歩後ろに下がると、アラン様が距離をつめてくる。
 もう一歩下がると、またもや距離をつめてくる。これは一体……。

「あの、アラン様……」

 戸惑ってアラン様のお顔を見ると、アラン様は眉間に深すぎる皺を刻んでいた。
 恋人になろうなどと、妙に軟派で上調子な、ふわふわとどこかへ飛んで行ってしまいそうな振る舞いを始めるまでのアラン様は、割といつも深刻そうな表情をなさっていたけれど。この眉間渓谷の深さは初めてかもしれない。

 離れたはずのアラン様の手が、またもやわたしの頬に触れる。触れるというより、掴んで、揉んでいる……。
 なぜなの、アラン様。少し痛いのですが。

「メアリー。俺以外の男をそんなに熱っぽい目で見ないでくれ。胸が苦しくて、今にもエインズワースに斬りかかりたくてたまらない。いや、斬っていいだろうか。いいよな、エインズワース」
「駄目ですわ!」
「やめてくれ!」

 エインズワース様が拒否を宣言される。当然だ。
 アラン様は何を仰っているのだろうか。

 まるで当然の流れのように、自然な手つきでお腰に佩いたサーベルを鞘から引き抜こうとされるので、慌ててアラン様の腕に触れる。
 アラン様はふにゃり、と緩んだお顔――初めて見ましたわ! なんですの! そのお顔! 不意打ちですわ!――をされると、わたしの手にアラン様のお手を重ねられた。

「ああ、メアリー。君から触れてくれるなんて。この手を離したくない。離さないでくれ。今日はこのまま共にいようか」

 お話の流れが急展開過ぎて、ついていけない。

 エインズワース様は、なぜかアラン様の背後で、うんうん、と満足げに頷いていらした。
 斬る斬らないの物騒なお話は、完全に流れてしまったようだ。
 いえ勿論、それでいいのですけど。
 いいのですけど、お二人とも、感情の起伏が激しいというか早いというか、こう……。

 とにかくついていけません。
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