【完結】愛してるなんて言うから

空原海

文字の大きさ
30 / 96
第2部

2 薔薇族の男達って……

しおりを挟む
 わたしは今、畏れ多いだなんて言葉には表せない状況に置かれている。
 なんと、第二王女殿下御自ら、化粧を施されているのである!

 ……気を失いたいくらいなのですけれど、なぜか殿下はきらきらと輝くピジョンブラッドの瞳をわたしに向け、仰せになることには。

「おお、メアリー嬢の肌は流石きめ細やか滑らかじゃな。その白金の髪はまるで絹糸のようじゃ。なんと美しい……。
 これほどまで美しい女人を、妾は見たことがない! 我が国の貴族令嬢も他国の王女も、メアリー嬢には敵うまい! ほんに、妾のミューズは麗しい……!」

 率直に申し上げて、殿下はご視力がよくないのではないかと思う。

 そもそもが殿下ご自身、大変お美しい方なのだ。
 波打つ豊かなストロベリーブロンドに透き通るような白皙の肌。
 ピジョンブラッドのような鮮やかな瞳は勝ち気で、零れ落ちんばかり。
 つんと尖った鼻尖。ふっくらとした紅い唇はマットな紅で整えられ。
 どこもかしこも細く華奢なお体ながら、まさに王女たる風格を備えている。

 そんなお方と、ただの平民のわたしが、言葉を交わしているということ自体、信じ難い。

 これまで学園で貴人にお会いすることはあったけれど、さすがに王族はない。
 何をどこまで許されるのか。判断が難しいのだから、無難に微笑むことで場を凌いでいる。
 しかしそうすると殿下がほうっと熱い吐息を漏らされる。

 わたしは一体どうしたらよいのでしょうか……。

「カドガンから聞き及んでいるかもしれぬが、妾はカドガンとお主との純愛に心寄せておってな」

 いえ、初耳にございます。

「主らをモデルとした小説も刊行しておる」

 うわあ。

「そちらはあまりに私的な記述が多いと判断し、王族間でしか出回っておらんので、安心してほしい」

 畏れながら安心する要素がございません、殿下。

「妾は以前からローズ出版社に属しておってな」
「え? ローズ出版社でございますか?」

 男性同士の濃厚な友情を描かれる書籍について、多数出版されていることで有名な。あのローズ出版社でございますか?

「ああ。メアリー嬢は目にしたことが?」
「はい、薔薇族の男達のシリーズは、特に人気があり、また希少本ということもあり、ウォールデン家でも力を入れて取り扱っておりました」

 すると殿下は自慢げに御胸を反らされた。

「まさしく! まさしく薔薇族の男達は妾が書いたものよ!」

 なんと! 殿下が!
 ……これはウォールデンから代わって、我が父が新たな販売権を得る好機ではないでしょうか。

「殿下。よろしければ、殿下のご執筆なされた作品を拝見してもよろしいでしょうか」
「うむ! そう思い、今夜は全て持参したぞ!」

 ビジネシチャンスの到来ですわ。







 そして殿下と一通りお言葉を交わした後。
 ポリーブティックの棚に殿下……いえ、アンジーの書籍を並べることとなった。

 現状、ブティックにこっそり書籍を並べ、好事家の方々に販売するに留まるけれど、いずれ事業拡大の叶った際には、貸本屋か書籍販売専門店も経営できたらいいと思う。

 それからもうひとつ。
 こちらについては、幾度も辞退しようとした。したのだが、アンジーの強い希望により、わたしはアラン様との恋愛模様をアンジーに逐一報告することとなったのである。

「でもアンジー、わたしとアラン様は、アンジーの思うような耽美な関係は一切ないのですよ」

 平民が第二王女殿下に対して許される口調では決してないが――そもそも平民は王族と目を合わせることすら許されないが――アンジーがそうしろ、というので遠慮なく敬称も敬語も捨て払った。

 公の場では勿論改めるけれど、というより平民のわたしが表立ってアンジーと接触するのは難しいけれど。
 私的な場ではただ一人の少女としてアンジーと向き合うことを許された。
 アラン様とエインズワース様の忌憚なく言葉を交わされる仲を少しだけ羨ましく思っていたものだから、とても嬉しい。

「うむ。それはカドガンと顔を合わせたその日に悟った。だが妾はカドガンの、伯爵のくせにあの騎士然とした生真面目なところや硬質で男らしい美貌に、メアリーの可憐で楚々たる儚げで刹那的な美貌の掛け合わせに弱くてな! お主達が愛の言葉を交わす場面を夢見るだけで、幸福なのじゃ!
 妾は美しいものを好む。故にカドガンとメアリーは双方美しく、またバランスもよい。その上すれ違い合う純愛ときた。まさしく妾の求むもの!」

 左様にございますか。
 アラン様が凛々しく素敵な男性であることはともかく、アンジーの目に映るわたしの姿に疑問しか抱けない。

「美しいものがお好きなら……勿論、エインズワース様もですわね?」

 するとアンジーは思い切り顰めっ面になった。

「あれは人形のようでつまらん! 情熱も真実も繕う人形など、取り立ててモデルとする必要性を感じぬ。また偽物を前に、創作意欲は沸かぬ。……それにあれと女人の組み合わせなど、想像するだに腹立たしい」

 それは、エインズワース様の真心をアンジーだけに見せて欲しいというお話ですわね?
 アンジーの可愛らしい嫉妬に微笑ましくなる。

「まあ、それはいいのだが……美しいものはよい。が、醜いものは厭じゃ」

 アンジーが目を細め、休憩室の向こう、廊下へと一瞥を投げる。

「招かれざる客が来たようじゃ。さてメアリー。我々も出番じゃな」

 典雅な夜会の喧騒とは異なる、緊迫した騒々しさ。
 異様な空気が肌にまとわりつく中、わたしは夜会会場へと向かう。
 アンジーはお付きの侍女の方にエインズワース様を連れてこられるよう指示し、一人休憩室に残った。

 アラン様はどこかしら。
 きょろきょろと見渡すと、人だかりの向こう側、夜会入り口付近にてアラン様のお姿が見える。
 なぜあんなところに、と内心首を傾げながら近づいていくと、そこには大声で喚く壮年男性と、その男性に腕を絡めしな垂れかかる、男性より少し若いだろう女性の姿があった。

 ――前カドガン伯爵とお母様。

 体中の全ての血が引いていくような気がした。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

処理中です...