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第2部
1 舞踏会は、どろどろお化けの顔で
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化粧はドロドロ、わたしが縋り付いたせいでアラン様のフラックもベショベショ。
お互いに惨憺たる恰好で、アラン様とわたしは顔を見合わせて笑った。
そうこうしているうちに今日の舞踏会の催される、アボット侯爵邸前に馬車が止まり、アラン様が先に馬車を降りる。
アラン様と二人きりのときは、幸せな余韻に浸り、崩れた化粧もたいしたことがないように思えていたものの。
いざ馬車から降りて、人前に立つのだと思うと、どうしようもない焦燥感に駆られる。
ええ、どうしましょう。
この顔で初めての夜会に挑むの? ポリーブティックの看板として? しかもその上、第二王女殿下にまでお会いするの?
え? 本当に? この顔で? 不敬ですらあるのでは?
ぐずぐずと馬車の中に留まって思い悩んでいると、何やら馬車の外が騒がしい。
門前でいつまでも馬車が退かないものだから、次の馬車がつかえてしまっているのだろうか。
慌てて馬車の外へ降り立とうとするも、アラン様がいらっしゃらない。
エスコートなしに馬車を降りるのは、淑女失格のマナー違反なので――ドロドロの顔の時点で多大なるマナー違反だけれど――馬車からは身を乗り出さず、アラン様をステップで待つ。
すると、可憐な女性の声が聞こえてきた。
「ぶわっかものぉぉぉぉ! この愚か者め! 妾があれほど! あれほど! 言い聞かせたというのに!」
「まあまあ。仕方ないよ。こうなるかな、とはアンジーだって思っていたでしょ」
あら、こちらはエインズワース様のお声かしら。
「っ! それは! そうだが! だがな、妾はメアリー嬢と言の葉を交わすのを楽しみにしておったのじゃ! それはルドとて知っておろう?」
「うーん……それはそうなんだけど……。いやね、僕だってメアリー嬢は素晴らしいご令嬢だと思うよ? だけどさあ……。
ねえ、アンジー。君の目の前にいるのは誰? 君をエスコートして、君に触れて、君を愛するのは? ねえ、誰?」
……なんでしょう。
何かどろどろとした仄暗いものが渦巻いているようですわ。
この会話、わたしが聞いていてもよいものなのでしょうか。
声色だけで、エインズワース様のご心情が慮れるような……とにかく、ものっすっごいご執着があるのだな、とか。もしかすると場合によってはエインズワース様からとんでもない憎悪を向けられそうだな。ということが伺われる。
麗しのエルフの君は、学園で拝見するお姿とは、まったく違うお人なのだと、しみじみ思う。
「うっうるさあああああああああい! ともかく! 妾がメアリー嬢を保護するぞ! 異存ないな! おい、カドガンの! 貴様、この後、メアリー嬢とのラブシーンを妾に見せぬことには許さんぞ!」
「……お任せください」
えええええええ!
ちょっと! アラン様? 今のはアラン様ですわね?
何を安請け合いなされているの!
幌の向こう側で交わされている会話に戸惑っていると、白く華奢な手が勢いよく差し出された。
「メアリー・ウォールデン嬢! さあ、妾の手を取るがよい!」
……これ、拒否することなんて、平民のわたしに許されるわけがありませんわね……。
どろどろお化けの顔面で殿下の前に立たなくてはならない不敬による恐怖より。
もっと何か、根源的な忌避のようなものを覚えつつ。
覚悟を決め、わたしよりずっと華奢で滑らかなお手に、畏れ多くも己の手を載せた。
お互いに惨憺たる恰好で、アラン様とわたしは顔を見合わせて笑った。
そうこうしているうちに今日の舞踏会の催される、アボット侯爵邸前に馬車が止まり、アラン様が先に馬車を降りる。
アラン様と二人きりのときは、幸せな余韻に浸り、崩れた化粧もたいしたことがないように思えていたものの。
いざ馬車から降りて、人前に立つのだと思うと、どうしようもない焦燥感に駆られる。
ええ、どうしましょう。
この顔で初めての夜会に挑むの? ポリーブティックの看板として? しかもその上、第二王女殿下にまでお会いするの?
え? 本当に? この顔で? 不敬ですらあるのでは?
ぐずぐずと馬車の中に留まって思い悩んでいると、何やら馬車の外が騒がしい。
門前でいつまでも馬車が退かないものだから、次の馬車がつかえてしまっているのだろうか。
慌てて馬車の外へ降り立とうとするも、アラン様がいらっしゃらない。
エスコートなしに馬車を降りるのは、淑女失格のマナー違反なので――ドロドロの顔の時点で多大なるマナー違反だけれど――馬車からは身を乗り出さず、アラン様をステップで待つ。
すると、可憐な女性の声が聞こえてきた。
「ぶわっかものぉぉぉぉ! この愚か者め! 妾があれほど! あれほど! 言い聞かせたというのに!」
「まあまあ。仕方ないよ。こうなるかな、とはアンジーだって思っていたでしょ」
あら、こちらはエインズワース様のお声かしら。
「っ! それは! そうだが! だがな、妾はメアリー嬢と言の葉を交わすのを楽しみにしておったのじゃ! それはルドとて知っておろう?」
「うーん……それはそうなんだけど……。いやね、僕だってメアリー嬢は素晴らしいご令嬢だと思うよ? だけどさあ……。
ねえ、アンジー。君の目の前にいるのは誰? 君をエスコートして、君に触れて、君を愛するのは? ねえ、誰?」
……なんでしょう。
何かどろどろとした仄暗いものが渦巻いているようですわ。
この会話、わたしが聞いていてもよいものなのでしょうか。
声色だけで、エインズワース様のご心情が慮れるような……とにかく、ものっすっごいご執着があるのだな、とか。もしかすると場合によってはエインズワース様からとんでもない憎悪を向けられそうだな。ということが伺われる。
麗しのエルフの君は、学園で拝見するお姿とは、まったく違うお人なのだと、しみじみ思う。
「うっうるさあああああああああい! ともかく! 妾がメアリー嬢を保護するぞ! 異存ないな! おい、カドガンの! 貴様、この後、メアリー嬢とのラブシーンを妾に見せぬことには許さんぞ!」
「……お任せください」
えええええええ!
ちょっと! アラン様? 今のはアラン様ですわね?
何を安請け合いなされているの!
幌の向こう側で交わされている会話に戸惑っていると、白く華奢な手が勢いよく差し出された。
「メアリー・ウォールデン嬢! さあ、妾の手を取るがよい!」
……これ、拒否することなんて、平民のわたしに許されるわけがありませんわね……。
どろどろお化けの顔面で殿下の前に立たなくてはならない不敬による恐怖より。
もっと何か、根源的な忌避のようなものを覚えつつ。
覚悟を決め、わたしよりずっと華奢で滑らかなお手に、畏れ多くも己の手を載せた。
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