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第2部

40 恋物語の誕生秘話

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「わらわは――いや。その恋物語を綴った作家は、そなたら二人が寄り添う姿を、幼き頃、一度だけ見たことがある。ということだ」

 そこでアンジーが語ったことには、驚くようなことだった。

 男達の熱すぎる友情を主題とし、狂騒的なまでの人気を博している『薔薇族の男達』。
 それとはまた別の、アンジーがアラン様とわたしをモデルにしたという、王族間でしか出回っていないとされる小説――アラン様は既に目を通されていて、何やら破滅に向かう類の、耽美で退廃的な恋物語であったという――は、実はその雛型として、前カドガン伯爵と真珠姫の恋人同士の様子があったのだという。

「あれは建国祭のある日の夕暮れ。城下町のカフェにて、美しい男女が陰りを帯びた表情で向かい合う姿があった」

 アンジーの姉王女殿下と、それからエインズワース様や、そのご尊兄ら、ファルマス公がご子息達、数人の側仕えと城下に降りていたのだという。
 お忍びで祭りを楽しんだ帰城途中、通りがかったカフェ。その窓に、恋人達の物憂げな横顔があった。

「子供向けのおとぎ話や、淡い初恋しか知らぬ幼き少女は、恋人達の間に流れる、なんとも形容しがたい儚き美しさに、心を奪われた」

 アンジーが立ち止まり、それに気がついたエインズワース様達。魅入られたかのように動かないアンジー。その目線が辿り着く先を彼等は追った。
 そこで一番年長のファルマス公爵令息が「ああ」と納得の声をあげた。
 はっとしてアンジーが振り返ると、彼は口元を歪め、蔑みきって吐き捨てたのだそうだ。「例の悲劇の恋人達か」と。

「『悲劇の恋人達』という言葉の持つ響きに、少女はさらに酔い痴れたのじゃ。その意味の深くは、あやつも誰も、その少女に言わなんだ」

 アンジーが思い出し笑うと、前カドガン伯爵と真珠姫は目を見合わせた。

「少女は夢中になった。彼等の話をもっと聞きたいと。そして」

 アンジーが首を振る。

 最初はよかったのだそうだ。
 アンジーに仕える者達から伝え聞く、美しい恋物語。身分差であったり、それぞれが親から定められた婚姻であったり、様々な障害を乗り越え結ばれる、一途で情熱的な真実の愛。
 だがそれは、アンジーにこっそりと耳打ちする者達が、女官や侍女のような身分の高い者ではなく、下女であったからだ。

 調理場や洗濯場、掃除道具置き場など。アンジーは侍女の目を盗んでもぐりこみ、そこで働く下女達に、身分を超えた恋物語をねだった。
 下女達はそのほとんどが平民のような出自であったから、彼等の恋物語に好意的で、社交界でどのような悪評が立ち、疎まれているのかなど、よっぽど知らなかった。
 あるいは、まだ幼き王女に配慮し、美しい部分だけを切り抜いたという事情もあったのかもしれない。

「失望した少女は、既存の恋物語に見切りをつけ、自身が理想とする恋物語を自ら綴るようになった」

 グラスを軽く上げ、これで話は終わりだ、とアンジーが示す。
 前カドガン伯爵は眉尻を下げ、真珠姫は微笑んだ。

「素敵な逸話でしたわ。他の人々の知ることのない、とっておきの貴重な」

 嬉しそうに目を細める真珠姫に、アンジーは苦笑した。

「そのように言ってもらえるとはな。令夫人は寛大じゃ」
「あら。だってあたくし、先ほども申し上げましたが、かの女史の大ファンなのです。これほどまで特別なお話を伺うことができるだなんて、並み居るファンの中でもあたくし達くらいでしょう」

 夢見る乙女のように、うっとりした様子で真珠姫は言った。

「その上、ギルとあたくしがかの女史に、なんらかの創造的な感性のひらめきを差し出せただなんて。あたくし、真実、自身を誇りに思いますわ。ねぇ、ギル」
「ああ。ポリーの言う通り。私も光栄に存じます。心からの感謝を、王女殿下」
「ならばやはり、二人には必ず読んでもらわなければ。そうであろう」

 前カドガン伯爵が真珠姫の肩を抱き寄せ、二人は幸せそうに笑った。
 アスコット子爵はじっと彼等を見つめ、それからワインを含んだ。オルグレン婦人は困ったような微笑みを浮かべ、アスコット子爵の腕を叩いた。オルグレン姉弟は溜息を漏らして、互いに首を傾げた。その表情は穏やかだった。

 こちらより離れた場所で、楽団がゆったりと壮大な音楽を奏でていた。ダンスホールでは、しっとりと優雅な舞いが振るわれていた。
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