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第四章
怨霊に満ちた屍を乗せて
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眼前に立ちはだかる比叡の分身
6月の梅雨時期、湿気を帯びた空気を餌に、比叡の分身の山々は、一層、鬱陶しさを増し、黒緑の木々を茂り飾る。
その頭上には、お菓子のおまけの様に、血を浸し、恰も虫の息で、風前の灯火を放つ太陽が遠慮がちに浮かんでいる。
俺は社宅を縦断する一本道を重たい足取りで歩いている。
俺は感じる。
見えない何かが、俺の帰路を阻止しようと邪気を放っていることを。
やっと辿り着く。
5号棟
3階建の灰色の四角の骨壷の様な建物の前に…
死人を迎える灯籠の様に2つの窓から薄明かりが漏れている。
俺は階段を登る前に暫し瞑想に耽る。
社宅敷地内に音はない。
全ての音は土の中に染み込んでしまったのか、静寂だけが辺りを支配している。
俺は覚悟を決める。
奴等が創造した静寂を打ち破るよう、「カツン、カツン」と靴音を響かせ、階段を登って行く。
203号室の前の階段の電燈が脆弱な光を放っている。
無用の光を…
辺りは未だ比叡の従者に成り堕ちた太陽が放つ血の光線が支配している。
俺は血色に錆びた汚い玄関ドアに決して触れないよう慎重にドアノブに鍵を差し込み、そっとドアを開ける。
開け放されたドアの隙間から、部屋の光が、俺に束の間の安息の時を告げる。
「お帰りなさい。」
北部屋の中から妻の声が聞こえて来た。
「そっか…」
俺は呟き、暫し忘れていた未来行事を思い出した。
今週末、京都から娘がこの社宅に移って来る事を…
娘は慣れない京都での一人暮らしで体調を崩したため、京都のアパートを引き払い、この社宅で一緒に暮らすこととなったのだ。
そのため、2人暮らしから3人暮らしへの部屋配置の変更として、俺は南側の寝室、娘は西側の子供部屋、そして、妻が北側の部屋を使用することとなった。
妻はすっかり模様替えを済ませ、自分の部屋となる北側の部屋の掃除をしていた。
「お前、本当にこの部屋で大丈夫か?」
「うん!もう寒くないから大丈夫よ!
貴方、最近眠れてないでしょ?仕事も忙しそうだし。
だからね、貴方は南の寝室でゆっくり休んでね。」
「分かった…」
この時、俺はもう少し慎重に判断を下すべきであった。今、そう思う…。
しかし…
この時、既に疲れ果てていた俺には冷静な判断が出来なかった。
妻の言うとおり、全然、眠れてなかったのだ。
あの出来事があってから…
それは、この社宅に引っ越して来て3週間が過ぎた、ある平日の夜の出来事である。
俺はこの時分、西側の子供部屋で寝起きをしていた。
元々寝つきの悪い性分であったが、この社宅に来て以来、益々、寝付きが悪くなっていた。
その日もなかなか眠れないでいた。
春冷えのする日であった。
外の風も強く、窓向かいの廃墟棟の空き部屋の黒のビニールシートが、「バタ、バタ」と不気味な音を奏でていた。
寝付けない原因はその不気味な音にも一因があったが、それよりも、俺が気になっていたのは、隣の北部屋の静寂さであった。
「何かが居る。あの部屋には絶対、何かが居る。」
俺はそう思い込み、ビニールシートの旗めく雑音の合間の沈黙に対し、全神経を集中させていた。
どのくらいの時間が経ったのか…
暫く、その雑音と沈黙の繰り返しに神経を尖らせていたが、北部屋は、そんな俺の目論みを嘲笑うが如く、しっかりと静寂を保ち続けていた。
根負けした俺は、枕元のスマホに手を伸ばし、時刻を確認した。
午前0時を少し過ぎた時分であった。
俺は煙草を吸おうとリビングに行ったが、煙草を切らしていた。
気乗りはしなかったが、仕方なく、コンビニに煙草を買いに行くことにした。
部屋を出て、階段裏口から敷地内の道を歩いて行った。
右上から例のビニールシートの不気味な音が「バサ、バサ」と鳴き止まず、風に執拗に叩かれていた。
廃墟棟の空部屋群
俺は見たいのを我慢した。
見れば何かと目が合いそうな嫌な気がした。
街灯もない真っ暗な敷地内の道
俺は外の県道の街灯を頼りに出入り門へと向かった。
門を抜け、右に曲がると、コンビニの店灯が見えた。
俺はトボトボとコンビニ向かい、店に入った。
店内に客は誰一人居なかったが、俺にとっては、確かな安全地帯と思えた。
煙草を買い終え、店を出ると、線路方面に銀色の円錐形の灰皿が置かれていた。
俺はそこで一服することとした。
煙草に火をつけた。
すると、同時に線路踏切が「カンカンカン」と鳴り響いた。
俺は線路右を見た。
電車が近づいて来るのが見えた。
京阪電車の最終便であった。
狭い線路
社宅敷地を迂回する様にカーブしながら、電車はゆっくりと踏切に近づいて来る。
俺には電車の動作がスローモーションのように見えた。
4両車両
先頭車両が目の前を通過する。
乗客は誰も乗っていない。
最後尾の4両目の車両が通過する。
その時
俺には見えた。
4両目車両の窓ガラス…
何十もの、いや、何百もの、
怨念に満ちた屍たちの苦悶の顔が…
びっしりと窓ガラスに貼りついた憎悪の塊…
俺を見てる。
屍の全員が俺を睨んでいる…
戦慄の瞬間であった。
その日を境に、この踏切線路に一歩踏み入れると、奴等が俺の脚を掴みやがる。
俺を社宅5号棟203号室に向かわせないように…
これが、奴等からの最初の警告であった。
6月の梅雨時期、湿気を帯びた空気を餌に、比叡の分身の山々は、一層、鬱陶しさを増し、黒緑の木々を茂り飾る。
その頭上には、お菓子のおまけの様に、血を浸し、恰も虫の息で、風前の灯火を放つ太陽が遠慮がちに浮かんでいる。
俺は社宅を縦断する一本道を重たい足取りで歩いている。
俺は感じる。
見えない何かが、俺の帰路を阻止しようと邪気を放っていることを。
やっと辿り着く。
5号棟
3階建の灰色の四角の骨壷の様な建物の前に…
死人を迎える灯籠の様に2つの窓から薄明かりが漏れている。
俺は階段を登る前に暫し瞑想に耽る。
社宅敷地内に音はない。
全ての音は土の中に染み込んでしまったのか、静寂だけが辺りを支配している。
俺は覚悟を決める。
奴等が創造した静寂を打ち破るよう、「カツン、カツン」と靴音を響かせ、階段を登って行く。
203号室の前の階段の電燈が脆弱な光を放っている。
無用の光を…
辺りは未だ比叡の従者に成り堕ちた太陽が放つ血の光線が支配している。
俺は血色に錆びた汚い玄関ドアに決して触れないよう慎重にドアノブに鍵を差し込み、そっとドアを開ける。
開け放されたドアの隙間から、部屋の光が、俺に束の間の安息の時を告げる。
「お帰りなさい。」
北部屋の中から妻の声が聞こえて来た。
「そっか…」
俺は呟き、暫し忘れていた未来行事を思い出した。
今週末、京都から娘がこの社宅に移って来る事を…
娘は慣れない京都での一人暮らしで体調を崩したため、京都のアパートを引き払い、この社宅で一緒に暮らすこととなったのだ。
そのため、2人暮らしから3人暮らしへの部屋配置の変更として、俺は南側の寝室、娘は西側の子供部屋、そして、妻が北側の部屋を使用することとなった。
妻はすっかり模様替えを済ませ、自分の部屋となる北側の部屋の掃除をしていた。
「お前、本当にこの部屋で大丈夫か?」
「うん!もう寒くないから大丈夫よ!
貴方、最近眠れてないでしょ?仕事も忙しそうだし。
だからね、貴方は南の寝室でゆっくり休んでね。」
「分かった…」
この時、俺はもう少し慎重に判断を下すべきであった。今、そう思う…。
しかし…
この時、既に疲れ果てていた俺には冷静な判断が出来なかった。
妻の言うとおり、全然、眠れてなかったのだ。
あの出来事があってから…
それは、この社宅に引っ越して来て3週間が過ぎた、ある平日の夜の出来事である。
俺はこの時分、西側の子供部屋で寝起きをしていた。
元々寝つきの悪い性分であったが、この社宅に来て以来、益々、寝付きが悪くなっていた。
その日もなかなか眠れないでいた。
春冷えのする日であった。
外の風も強く、窓向かいの廃墟棟の空き部屋の黒のビニールシートが、「バタ、バタ」と不気味な音を奏でていた。
寝付けない原因はその不気味な音にも一因があったが、それよりも、俺が気になっていたのは、隣の北部屋の静寂さであった。
「何かが居る。あの部屋には絶対、何かが居る。」
俺はそう思い込み、ビニールシートの旗めく雑音の合間の沈黙に対し、全神経を集中させていた。
どのくらいの時間が経ったのか…
暫く、その雑音と沈黙の繰り返しに神経を尖らせていたが、北部屋は、そんな俺の目論みを嘲笑うが如く、しっかりと静寂を保ち続けていた。
根負けした俺は、枕元のスマホに手を伸ばし、時刻を確認した。
午前0時を少し過ぎた時分であった。
俺は煙草を吸おうとリビングに行ったが、煙草を切らしていた。
気乗りはしなかったが、仕方なく、コンビニに煙草を買いに行くことにした。
部屋を出て、階段裏口から敷地内の道を歩いて行った。
右上から例のビニールシートの不気味な音が「バサ、バサ」と鳴き止まず、風に執拗に叩かれていた。
廃墟棟の空部屋群
俺は見たいのを我慢した。
見れば何かと目が合いそうな嫌な気がした。
街灯もない真っ暗な敷地内の道
俺は外の県道の街灯を頼りに出入り門へと向かった。
門を抜け、右に曲がると、コンビニの店灯が見えた。
俺はトボトボとコンビニ向かい、店に入った。
店内に客は誰一人居なかったが、俺にとっては、確かな安全地帯と思えた。
煙草を買い終え、店を出ると、線路方面に銀色の円錐形の灰皿が置かれていた。
俺はそこで一服することとした。
煙草に火をつけた。
すると、同時に線路踏切が「カンカンカン」と鳴り響いた。
俺は線路右を見た。
電車が近づいて来るのが見えた。
京阪電車の最終便であった。
狭い線路
社宅敷地を迂回する様にカーブしながら、電車はゆっくりと踏切に近づいて来る。
俺には電車の動作がスローモーションのように見えた。
4両車両
先頭車両が目の前を通過する。
乗客は誰も乗っていない。
最後尾の4両目の車両が通過する。
その時
俺には見えた。
4両目車両の窓ガラス…
何十もの、いや、何百もの、
怨念に満ちた屍たちの苦悶の顔が…
びっしりと窓ガラスに貼りついた憎悪の塊…
俺を見てる。
屍の全員が俺を睨んでいる…
戦慄の瞬間であった。
その日を境に、この踏切線路に一歩踏み入れると、奴等が俺の脚を掴みやがる。
俺を社宅5号棟203号室に向かわせないように…
これが、奴等からの最初の警告であった。
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