30 / 33
第三十章
家族愛と自己愛
しおりを挟む
「初恋の人?」
「そんなんです、お互いの初恋の人だったんです。」
「小野さん、いいですか、あの女は貴方の母親と同じ位の年齢なのです。
現実的には一致しません。」
「現実的には…、」
「『夢』の観念、『夢』に時間は存在しない。
あの女は貴方の『夢』を遡及し、貴方の大切な思い出を探し当てたのです。」
「私の思い出…」
「そう、貴方はその初恋の思い出を大切に閉まって置いた。心の底、脳裏の淵に…
それはあの女が司る意識裏の事実ではなかったはずです。」
「はい、忘れることはない思い出です。」
「何故、その初恋の思い出をあの女が知るに及ぶことが出来たのか?」
「………………」
「それは、貴方自身に問題があるかも知れません。」
「私自身に?」
「そうです。その大切な思い出は、貴方の意識から次第に離れて行き、忘却の世界に移動しようとしているのかも知れません。
それが故に、意識裏の貴方を掌握するあの女の目に止まったのです。」
「何となく分かります…、
本当に忘れかけていました…、
私が一番大切にしている思い出を…」
「あの女は一途に貴方を想っていることは間違いありません。
貴方に嫌われたくないのです。
だからこそ、貴方に姿を見せない。」
「どうして?」
「酷い容姿を貴方に見せる訳には行かないのです。
眼球もなく、顎が割れ、舌が千切れてしまった悍ましい顔を…」
「………………」
「あの女は貴方に愛して欲しいのです。
貴方が一番大切に想っている『初恋の人』になり、笑顔の元で貴方を迎えたいのです。」
「それも分かる気がします…
あの女はこう言いました。
『病気にさえならなければ、私は貴方から離れることは決してなかった。』と
私も…、ずっと、あの幼少期の頃のまま、人生を歩みたかった…」
「私にも見えました。あの女が病院服で公園のブランコに座っている姿。
綺麗な少女でした。
あの女は、自身の最も麗しかった病気を患う前の姿を貴方に現したいと願っているのです。
小野さん…、
最早、私がとやかく言うことはありません。
ただ、貴方は意識ある世界で家族を築いて居る。
そのことを忘れてはなりません。」
「はい…」
「明日、引っ越すのですね。」
「そうです。」
「引っ越しには、いろいろと邪魔が入って来るでしょう。」
「あの女が…」
「そうです。あの女は、貴方はこの社宅、203号室、北部屋、押入れ、四隅北、その一角に永遠に居て欲しいと願っています。
必ず邪魔します。」
「分かりました。」
「小野さん、いいですか!」
「分かっています。私は家族を守らなければならない。分かっています。」
こう答えると俺は多幸との電話を終え、俺は明日の引っ越しの荷造りを始めた。
しかし、頭の中は2つの思いが錯綜していた。
家族愛と自己愛
そして、俺は振り返った。
俺のしたい事、俺自身が楽になる事、俺自身の…、本当のアイデンティティとは何か…
すると俺の今ある記憶は、俺の生き様を明確に2つに分かちた。
虚しい現在・過去・未来、愉しさだけが存在したあの頃とに…
【20代後半、惰性で結婚した。子供も産まれた。仕事も順調に成し遂げて行った。
しかし、この間、俺が心から笑ったことなどあっただろうか?
ないかもしれない。
仮面を被って生きて来た。
いつも何か、先を考えていた。
楽しいことではない。
少しの不安、ちっぽけな不満、この先どうなるのか…、決して良い事など起こらないだろうと
いつもいつもお金の事
子供のための教育ローン、親と同居するために建てた二世帯住宅のローン、
それは、普通の家庭、家族が人生の半ばに背負うありきたりの重荷ではあるが…
何故か…、全てが惰性に見える。
生き物として仕方がないのか…
後世への石杖として、その重荷は仕方がないのか…
全てが惰性、加えて付着する少しの不安、ちっぽけな不満、
いつもいつも、それしか見えなかった。
何のために生きているのか?
運命とは生と死
人生は山と谷
皆んな一緒なのか…
こんな風に、ネガティブな思いと共に年を重ねて来た。
そして、その途中で必ず思うことがある。
『あの時、あの頃に戻りたい』と
楽しかった…
いつもいつも、明日が来るのを待ち望んで眠りに着いていた…
明日も絶対に楽しいはず!
疑う余地は全くなかった。
明日も逢える。
相棒に逢える。
何して遊ぼう?
何をしても一緒に居れば楽しかった。
いつまでも、いつまでも、この愉しさが続くものと思っていた。
不安などない。
不満もない。
過去も今も未来も全てが一緒に見えた。
少年時代、初恋の人】
俺の気持ちは次第に過去への谷を降り始めた。
谷へ谷へと
先ある山はもう登る必要はないと…
谷底にひっそりと潜む、清水の産卵場、湧水の川底を探し始めていた。
「そんなんです、お互いの初恋の人だったんです。」
「小野さん、いいですか、あの女は貴方の母親と同じ位の年齢なのです。
現実的には一致しません。」
「現実的には…、」
「『夢』の観念、『夢』に時間は存在しない。
あの女は貴方の『夢』を遡及し、貴方の大切な思い出を探し当てたのです。」
「私の思い出…」
「そう、貴方はその初恋の思い出を大切に閉まって置いた。心の底、脳裏の淵に…
それはあの女が司る意識裏の事実ではなかったはずです。」
「はい、忘れることはない思い出です。」
「何故、その初恋の思い出をあの女が知るに及ぶことが出来たのか?」
「………………」
「それは、貴方自身に問題があるかも知れません。」
「私自身に?」
「そうです。その大切な思い出は、貴方の意識から次第に離れて行き、忘却の世界に移動しようとしているのかも知れません。
それが故に、意識裏の貴方を掌握するあの女の目に止まったのです。」
「何となく分かります…、
本当に忘れかけていました…、
私が一番大切にしている思い出を…」
「あの女は一途に貴方を想っていることは間違いありません。
貴方に嫌われたくないのです。
だからこそ、貴方に姿を見せない。」
「どうして?」
「酷い容姿を貴方に見せる訳には行かないのです。
眼球もなく、顎が割れ、舌が千切れてしまった悍ましい顔を…」
「………………」
「あの女は貴方に愛して欲しいのです。
貴方が一番大切に想っている『初恋の人』になり、笑顔の元で貴方を迎えたいのです。」
「それも分かる気がします…
あの女はこう言いました。
『病気にさえならなければ、私は貴方から離れることは決してなかった。』と
私も…、ずっと、あの幼少期の頃のまま、人生を歩みたかった…」
「私にも見えました。あの女が病院服で公園のブランコに座っている姿。
綺麗な少女でした。
あの女は、自身の最も麗しかった病気を患う前の姿を貴方に現したいと願っているのです。
小野さん…、
最早、私がとやかく言うことはありません。
ただ、貴方は意識ある世界で家族を築いて居る。
そのことを忘れてはなりません。」
「はい…」
「明日、引っ越すのですね。」
「そうです。」
「引っ越しには、いろいろと邪魔が入って来るでしょう。」
「あの女が…」
「そうです。あの女は、貴方はこの社宅、203号室、北部屋、押入れ、四隅北、その一角に永遠に居て欲しいと願っています。
必ず邪魔します。」
「分かりました。」
「小野さん、いいですか!」
「分かっています。私は家族を守らなければならない。分かっています。」
こう答えると俺は多幸との電話を終え、俺は明日の引っ越しの荷造りを始めた。
しかし、頭の中は2つの思いが錯綜していた。
家族愛と自己愛
そして、俺は振り返った。
俺のしたい事、俺自身が楽になる事、俺自身の…、本当のアイデンティティとは何か…
すると俺の今ある記憶は、俺の生き様を明確に2つに分かちた。
虚しい現在・過去・未来、愉しさだけが存在したあの頃とに…
【20代後半、惰性で結婚した。子供も産まれた。仕事も順調に成し遂げて行った。
しかし、この間、俺が心から笑ったことなどあっただろうか?
ないかもしれない。
仮面を被って生きて来た。
いつも何か、先を考えていた。
楽しいことではない。
少しの不安、ちっぽけな不満、この先どうなるのか…、決して良い事など起こらないだろうと
いつもいつもお金の事
子供のための教育ローン、親と同居するために建てた二世帯住宅のローン、
それは、普通の家庭、家族が人生の半ばに背負うありきたりの重荷ではあるが…
何故か…、全てが惰性に見える。
生き物として仕方がないのか…
後世への石杖として、その重荷は仕方がないのか…
全てが惰性、加えて付着する少しの不安、ちっぽけな不満、
いつもいつも、それしか見えなかった。
何のために生きているのか?
運命とは生と死
人生は山と谷
皆んな一緒なのか…
こんな風に、ネガティブな思いと共に年を重ねて来た。
そして、その途中で必ず思うことがある。
『あの時、あの頃に戻りたい』と
楽しかった…
いつもいつも、明日が来るのを待ち望んで眠りに着いていた…
明日も絶対に楽しいはず!
疑う余地は全くなかった。
明日も逢える。
相棒に逢える。
何して遊ぼう?
何をしても一緒に居れば楽しかった。
いつまでも、いつまでも、この愉しさが続くものと思っていた。
不安などない。
不満もない。
過去も今も未来も全てが一緒に見えた。
少年時代、初恋の人】
俺の気持ちは次第に過去への谷を降り始めた。
谷へ谷へと
先ある山はもう登る必要はないと…
谷底にひっそりと潜む、清水の産卵場、湧水の川底を探し始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる