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第二十一章
トラウマ
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美咲はその夜あまりの心の動揺に寝付けることができなかった。
(…あれは人格変化じゃない、あれは茂樹君の本当の気持ち…、もし…、もし…、私、あのまま、吉川君と付き合っていたら…、吉川君に抱かれていたんだろうか…、考えたくもない…、でも、そうなったかも…)
この思春期の男女の性差、女性の方がより心身的に成長度が高く、また、現実的である。
それは、子孫を繋ぐという神から授かった母胎を持っている以上、また、アダムとイブの神話に基づく神への裏切りがイブ『女性』に課せられ、『不貞』そのものが女性の性行為の乱れを宗教的に戒めてきた歴史的な背景からして、加えて、男尊女卑の社会的な風潮もあり、女性は現実的、社会的な視線に晒され続けてきた。
昭和の時代は、そんな色合いが、なお色濃く残っていた。
その風潮は、単に男性側の物差しであり、悪しき旧態依然とした体制の堅持といった都合の良い解釈でもあり、まるで封建的な考えが残存していたとも言える。
逆に女性は現実的かつ社会的であるからこそ、世の中の流れを的確に掴み、恋愛についても拘束されない自由な恋愛を男性よりもいち早く求め出した時代でもあった。
美咲が言うように、軽い気持ちで恋人になり、相性が悪ければ別れ、また、新たな恋愛を求める、今なら当たり前のことであるが、
昭和の時代はまだ「一途な愛」という拘束的な考え方が、都合良く、男性側で女性を美化する言葉として持て囃されていた。
そのくせ、男性の浮気、今で言う「不倫」といった不貞行為には、仕方がないと言う、温情論が根付いていた。
どれだけ、女を作り、どれだけ振ったかを競うような馬鹿げた風潮のある時代でもあった。
そんな時代の終盤にこの2人がいたのだ。
「美咲、茂樹君、記憶が戻ったって!今日ぐらい見舞いに行ってみようよ!中野さん達も今日、行くって!」
「うん…、私はやめとく…」
「何でよぉ~、デビルマンに遠慮しなくても良いのよ!」
「そんなの関係ないわ!!」
「み、美咲、そんなに怒らなくても…」
「あっ、紫穂、ごめん…、今日、ちょっと体調が悪くて…、ごめんね」
「うん…、最近、美咲疲れてるよ。ゆっくり休みなよ…」
「うん、ありがとう」
(…怖いよ、茂樹君、皆んなに私のこと言うんだろうな…、怖いよ…)
~~~~~~~~~~~~~~~~~
【次の日】
美咲は恐る恐る教室に入り、誰とも視線を合わせることなく、机に着き、平然さを装った。
「美咲、おはよう!」
「あっ、紫穂、おはよう…」
「今日から水泳が始まるね、やっぱ、水着着るの嫌だよねぇ~、絶対、男子、見てるからねぇ~」
「うん…」
「不公平だよねー、こっちはあんまり男子の水着姿なんか見たくないのにねー」
「あの~、紫穂、昨日、茂樹君の見舞いに行ったんじゃ…」
「うん、行って来たよ、あっ、そうそう、美咲に言わなきゃ!」
(…やっぱ、茂樹君、私のこと言ったんだ…)
「あのねー、茂樹君、美幸のこと、好きなんだってよぉ~」
「えっ!」
「美幸ぃ~!、良かったねぇ~、」
「紫穂、ありがとうー」
「いきなりだったもんねぇ~、茂樹君ファンの私としてはショックだったけどね!」
「紫穂、何なのそれ~、でも、私もびっくりした!まさか、茂樹君から告白されるなんて、思ってもいなかったから!」
「だよねぇ~、『美幸!お前は俺を裏切らない、俺もお前を裏切らない!』なんて、いきなり真顔でねぇ~」
「うん!私の気持ちが伝わっていたんだ…、そう思うと嬉しくてね…」
美幸は今までと違う印象の微笑みを浮かべていた。
恥じらいのある乙女のような笑みを
(…そっか!茂樹君、遠回しに私のこと非難してるんだ!分かったよ!もう良いよ!私も疲れた…)
美咲は傷心したと言うより、この何か月間、茂樹の心の揺れに振り回された疲れがどっと出てきた感じであった。
(…でも、茂樹君のお母さんには、言っておかないと…、私が原因であることを…)
美咲は茂樹の面会時間の終わる午後10時頃、茂樹の母親に電話をした。
「もしもし、美咲です。」
「美咲ちゃん、本当にこの前はごめんなさいね…」
「大丈夫です。茂樹君、どうですか、その後は…」
「そうね…、何人もの茂樹が見えるの…」
「何人も…」
「ええ、優しい茂樹がいたり、恐ろしい茂樹がいたり、死人のような茂樹がいたり…」
「お母さん、私のことは何か言ってませんでしたか?」
「………」
「お母さん、私は大丈夫です。言ってください!」
「美咲ちゃん、本気にしちゃぁ駄目だからね。それは先生からも言われているからね。本当の茂樹ではないからね。」
「分かりました。言ってください。」
「茂樹はね、『美咲は裏切り者』だと言っているわ…、『美咲をここに連れて来い!』とか激しく怒ったりもするの…」
「そうですか…」
「だからね、もう少し、茂樹の回復を待ってあげて!今の茂樹は本心で言ってないから…」
「お母さん、茂樹君…、私に対しては本心だと思います…、茂樹君、私が吉川君と付き合っていたこと…、ずっと気にしていて…、それで…、眠れないと…、だから、自殺未遂の原因は私のせいだと思います!」
「それはね、茂樹から聞いたわ。」
「えっ、お母さん、知ってたんですか!」
「茂樹が記憶が戻った時、そのことを喋っていたからね」
「そうなんですね…」
「美咲ちゃん、違うのよ!美咲ちゃんのせいじゃないのよ…、私のせいなのよ…」
「えっ、お母さんのせい…」
「電話で話すことではないと思いますが、美咲ちゃんには電話でしか伝えられないから…
私が夫と離婚した原因はね、私が他の人を好きになったから…」
「………」
「前の夫とはね、見合い結婚なの、仕方なく結婚したのよ。好きでも何でもなくてね、もういい歳だから結婚しなさいと親に言われて…
私には好きな人が居てね…、その人のことが忘れられなくて…、
夫との結婚生活が辛くてね…
私ね、その人と逢っていたのよ!
それが夫にバレて、離婚したの…」
「………」
「その時、夫が私に毎日言っていたのが『お前は裏切り者だ!』という台詞なの…
茂樹にも聞こえていたと思う…
茂樹も小学6年だったから、何となく離婚した原因も分かっていたはずだと思う…」
「そうだったんですか…」
「美咲ちゃん、でもね、茂樹は私のこと庇ってくれていたのよ。『母さんは一番好きな人と結婚すれば良かったのにね。』ってね。」
「一番好きな人と結婚…」
「それが茂樹の本心なの。美咲ちゃん、今の茂樹は、前の夫の言葉がトラウマとして残っているのよ。混乱してるの!」
「トラウマ!」
「そう!『裏切り者』、この言葉が茂樹が父親に対するたった一つの記憶なの。
前の夫は、酒とギャンブル、女遊びに明け暮れて、殆ど家に居なかったから…
そのくせ、私の逢引きを知ると『裏切り者』、『裏切り者』と罵倒してたのよ!
だからね、美咲ちゃんのせいではないのよ。」
「分かりました…」
(…美咲は全てが繋がって見えた。
一番好きな人と結婚できないと言ったお茶の水に反抗した茂樹…
好きでもない男子と付き合った美咲を『裏切り者』として拘り続ける茂樹…)
そして、美咲は受話器を置き、そっと呟いた。
「待つしか…、待つしかないのね」と
(…あれは人格変化じゃない、あれは茂樹君の本当の気持ち…、もし…、もし…、私、あのまま、吉川君と付き合っていたら…、吉川君に抱かれていたんだろうか…、考えたくもない…、でも、そうなったかも…)
この思春期の男女の性差、女性の方がより心身的に成長度が高く、また、現実的である。
それは、子孫を繋ぐという神から授かった母胎を持っている以上、また、アダムとイブの神話に基づく神への裏切りがイブ『女性』に課せられ、『不貞』そのものが女性の性行為の乱れを宗教的に戒めてきた歴史的な背景からして、加えて、男尊女卑の社会的な風潮もあり、女性は現実的、社会的な視線に晒され続けてきた。
昭和の時代は、そんな色合いが、なお色濃く残っていた。
その風潮は、単に男性側の物差しであり、悪しき旧態依然とした体制の堅持といった都合の良い解釈でもあり、まるで封建的な考えが残存していたとも言える。
逆に女性は現実的かつ社会的であるからこそ、世の中の流れを的確に掴み、恋愛についても拘束されない自由な恋愛を男性よりもいち早く求め出した時代でもあった。
美咲が言うように、軽い気持ちで恋人になり、相性が悪ければ別れ、また、新たな恋愛を求める、今なら当たり前のことであるが、
昭和の時代はまだ「一途な愛」という拘束的な考え方が、都合良く、男性側で女性を美化する言葉として持て囃されていた。
そのくせ、男性の浮気、今で言う「不倫」といった不貞行為には、仕方がないと言う、温情論が根付いていた。
どれだけ、女を作り、どれだけ振ったかを競うような馬鹿げた風潮のある時代でもあった。
そんな時代の終盤にこの2人がいたのだ。
「美咲、茂樹君、記憶が戻ったって!今日ぐらい見舞いに行ってみようよ!中野さん達も今日、行くって!」
「うん…、私はやめとく…」
「何でよぉ~、デビルマンに遠慮しなくても良いのよ!」
「そんなの関係ないわ!!」
「み、美咲、そんなに怒らなくても…」
「あっ、紫穂、ごめん…、今日、ちょっと体調が悪くて…、ごめんね」
「うん…、最近、美咲疲れてるよ。ゆっくり休みなよ…」
「うん、ありがとう」
(…怖いよ、茂樹君、皆んなに私のこと言うんだろうな…、怖いよ…)
~~~~~~~~~~~~~~~~~
【次の日】
美咲は恐る恐る教室に入り、誰とも視線を合わせることなく、机に着き、平然さを装った。
「美咲、おはよう!」
「あっ、紫穂、おはよう…」
「今日から水泳が始まるね、やっぱ、水着着るの嫌だよねぇ~、絶対、男子、見てるからねぇ~」
「うん…」
「不公平だよねー、こっちはあんまり男子の水着姿なんか見たくないのにねー」
「あの~、紫穂、昨日、茂樹君の見舞いに行ったんじゃ…」
「うん、行って来たよ、あっ、そうそう、美咲に言わなきゃ!」
(…やっぱ、茂樹君、私のこと言ったんだ…)
「あのねー、茂樹君、美幸のこと、好きなんだってよぉ~」
「えっ!」
「美幸ぃ~!、良かったねぇ~、」
「紫穂、ありがとうー」
「いきなりだったもんねぇ~、茂樹君ファンの私としてはショックだったけどね!」
「紫穂、何なのそれ~、でも、私もびっくりした!まさか、茂樹君から告白されるなんて、思ってもいなかったから!」
「だよねぇ~、『美幸!お前は俺を裏切らない、俺もお前を裏切らない!』なんて、いきなり真顔でねぇ~」
「うん!私の気持ちが伝わっていたんだ…、そう思うと嬉しくてね…」
美幸は今までと違う印象の微笑みを浮かべていた。
恥じらいのある乙女のような笑みを
(…そっか!茂樹君、遠回しに私のこと非難してるんだ!分かったよ!もう良いよ!私も疲れた…)
美咲は傷心したと言うより、この何か月間、茂樹の心の揺れに振り回された疲れがどっと出てきた感じであった。
(…でも、茂樹君のお母さんには、言っておかないと…、私が原因であることを…)
美咲は茂樹の面会時間の終わる午後10時頃、茂樹の母親に電話をした。
「もしもし、美咲です。」
「美咲ちゃん、本当にこの前はごめんなさいね…」
「大丈夫です。茂樹君、どうですか、その後は…」
「そうね…、何人もの茂樹が見えるの…」
「何人も…」
「ええ、優しい茂樹がいたり、恐ろしい茂樹がいたり、死人のような茂樹がいたり…」
「お母さん、私のことは何か言ってませんでしたか?」
「………」
「お母さん、私は大丈夫です。言ってください!」
「美咲ちゃん、本気にしちゃぁ駄目だからね。それは先生からも言われているからね。本当の茂樹ではないからね。」
「分かりました。言ってください。」
「茂樹はね、『美咲は裏切り者』だと言っているわ…、『美咲をここに連れて来い!』とか激しく怒ったりもするの…」
「そうですか…」
「だからね、もう少し、茂樹の回復を待ってあげて!今の茂樹は本心で言ってないから…」
「お母さん、茂樹君…、私に対しては本心だと思います…、茂樹君、私が吉川君と付き合っていたこと…、ずっと気にしていて…、それで…、眠れないと…、だから、自殺未遂の原因は私のせいだと思います!」
「それはね、茂樹から聞いたわ。」
「えっ、お母さん、知ってたんですか!」
「茂樹が記憶が戻った時、そのことを喋っていたからね」
「そうなんですね…」
「美咲ちゃん、違うのよ!美咲ちゃんのせいじゃないのよ…、私のせいなのよ…」
「えっ、お母さんのせい…」
「電話で話すことではないと思いますが、美咲ちゃんには電話でしか伝えられないから…
私が夫と離婚した原因はね、私が他の人を好きになったから…」
「………」
「前の夫とはね、見合い結婚なの、仕方なく結婚したのよ。好きでも何でもなくてね、もういい歳だから結婚しなさいと親に言われて…
私には好きな人が居てね…、その人のことが忘れられなくて…、
夫との結婚生活が辛くてね…
私ね、その人と逢っていたのよ!
それが夫にバレて、離婚したの…」
「………」
「その時、夫が私に毎日言っていたのが『お前は裏切り者だ!』という台詞なの…
茂樹にも聞こえていたと思う…
茂樹も小学6年だったから、何となく離婚した原因も分かっていたはずだと思う…」
「そうだったんですか…」
「美咲ちゃん、でもね、茂樹は私のこと庇ってくれていたのよ。『母さんは一番好きな人と結婚すれば良かったのにね。』ってね。」
「一番好きな人と結婚…」
「それが茂樹の本心なの。美咲ちゃん、今の茂樹は、前の夫の言葉がトラウマとして残っているのよ。混乱してるの!」
「トラウマ!」
「そう!『裏切り者』、この言葉が茂樹が父親に対するたった一つの記憶なの。
前の夫は、酒とギャンブル、女遊びに明け暮れて、殆ど家に居なかったから…
そのくせ、私の逢引きを知ると『裏切り者』、『裏切り者』と罵倒してたのよ!
だからね、美咲ちゃんのせいではないのよ。」
「分かりました…」
(…美咲は全てが繋がって見えた。
一番好きな人と結婚できないと言ったお茶の水に反抗した茂樹…
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