独り立ちしたい姉は、令嬢ながらにお金を稼いでた

子猫文学

文字の大きさ
2 / 48
第一章 妹の帰宅

#2 ウィレミナ

しおりを挟む




   「この自動車、どうして買ったのか知ってる?」

 ウィレミナが問うと、運転中のジョンは目線だけを正面に向けて、顔の角度をやや後ろの席に座る彼女の方に向けた。

 「すみません、ちょっと聞こえにくいんです。もう一度言っていただけますか?」

 確かに、その時の車の騒音はかなり大きかった。寄宿学校では外出の際、いつも馬車を使っていたウィレミナにとって、車の中で人と会話するのは慣れなかった。

 「どうしてお父様はこの車を買ったの?理由を知ってる?」

 さっきよりもウィレミナは声を高くした。

 「さぁ、知りません。旦那様がお考えになることは図り知れませんから」

 ジョンもウィレミナ以上に声を大きくした。しかし、声高に返した答えに、ウィレミナからなにも反応がないので、ジョンは気になってバックミラーを盗み見た。ウィレミナは赤く染まった赤い唇をさらに結んで、窓越しに風景を眺めていた。

 「ほんの数週間前に、キャティリィのお屋敷から連絡があったんです。その時、旦那様は初めて車を購入したそうです」

 バックミラーを気にしながら、ジョンは話した。

 「えぇ、フィナデレ・カテドラルの中にいる人で、今の産業の発展について行くことが出来ている人はいないわ。あぁ、あなたは違うと思うけれど」

 ウィレミナの返答を聞いて、ジョンは少し安心した顔を見せた。もちろん、後部にいるウィレミナはその表情を見ることができない。
 少しの間、沈黙が降りた。先ほどとは違って、心地の良い沈黙だった。


 ジョンの仕草からは、彼の母アン・カーライルの丁寧さと礼儀正しさがよく垣間見えた。確かに、ジョンはアンの息子である、そうウィレミナは思って、ジョンに気づかれないようにジョンをまじまじと良く眺めていた。

 「わたし、あなたが本当にミセス・カーライルの息子であると信じるわ」

 突然、沈黙を破ってウィレミナが言った。

 「え?」

 「『旦那様がお考えになることは計り知れませんから』。これはミセス・カーライルの口癖だわ。あなたが言うってことは、今でも変わっていない口癖なのね」

 バックミラーからウィレミナの姿を覗くと、ウィレミナは口の端をあげて、こちらを見ていた。

 「あぁ、その。えっと…。それはよかった。僕はジョン・カーライルですから」

 ジョンは取り乱して交通事故にならなかったのは、奇跡かもしれない。あるいは、交通事故を避けるために、変なことを口走ってしまったのかもしれない。
 どちらにせよ、彼はウィレミナの笑みひとつで、自動車運転ができる自分を誇らしく思った。 

 「わたしがいなかったこの10年間、何か変わったことはあったのかしら?」

 ウィレミナが続ける。

 ウィレミナは6歳から16歳までの10年間、寄宿制女学校に在校していたために、フィナデレ・カテドラルにはいなかった。学校の規則で、3年に一度だけ許されて、屋敷に帰ってきてはいたが、3週間だけの滞在だった。

 「お嬢様が寄宿学校に入ってから、父と別れてここにきて、母と暮らし始めたんです。だから、変わったことはよくわかりません」

 ウィレミナが首都のキャティリィを超えて西海岸付近の学校に入ったのは10年前。ジョンがフィナデレ・カテドラルで暮らし始めたのが5年前のことだ。

 「そう…」

 ウィレミナは残念そうに相槌を打ったが、その息は小さすぎてジョンには聞こえなかった。

 「あぁ、そうだ。セシルとルアという新米メイドが三ヶ月前から階下で働いています。それから、デボラがキッチンメイドから、料理副長に昇進しました。デボラはご存知でしょう?」

 「えぇ、知っているわ。デボラはわたしが生まれた頃にキッチンに来ているから。彼女、よくお菓子をくれたわ。お母様に内緒で」

 「僕も可愛がってもらってます。彼女、僕にもお菓子をくれるんですよ。一度、お菓子をもらったときに旦那さまが現れて変な顔をされましたけど…」

 「お父様は驚いただけよ。きっとね」

 「えぇ僕もそう思います」

 それから、ふたりの談笑は楽しく続いた。
 
 車は村の横を走る土埃が容易にたつ道路をのんびりとしたスピードで走り抜けた。拡がる林を越えればそこには屋敷の入り口があり、その先には広大な侯爵家の領地があり、フィナデレ・カテドラルが顔を出すはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...