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第一章 妹の帰宅
#5 侯爵夫妻
しおりを挟むフィナデレ・カテドラルの主人は、夫婦そろって愛猫家で、屋敷には総勢5匹の多彩な猫がいた。
名前は、チェルシー、バート、アルフォンス、アンセルム、ディアナといって、チェルシーとディアナが雌猫だった。
滑らかな毛肌を誇るオレンジ色の猫のチェルシーは、侯爵夫人、ケイト・オルヴィスの膝がお気に入りの場所で、その日も夫人の膝の上で、夫人の両手を遊び道具にしていた。
高く上った日が柔らかく注いでいるライブラリ(書斎)で、ケイトとチェルシーがその日の午前を過ごしていると、そこに侯爵が現れた。
「ケイト、来週ディキンソン卿をご招待しようと思う。シンガーさんにメニューの詳細を頼みたいんだ。ディキンソン卿は海老のアレルギーを持っており、普段きゅうりを食べないらしい」
侯爵は部屋の扉を開けながら話を始め、話が終わる頃には、ライブラリの自分の書き物机の中から便箋を一式を取り出していた。
「まぁ、それは突然ね」
チェルシーに意識を向けたままケイトが答える。
「ディキンソン卿から、招待に対して返事を頂いたら、シンガーさんに言っておくわ。きゅうりと海老ね。
…ところで、ディキンソン卿ってどなただったかしら?」
ケイトは、実は人の顔がなかなか覚えられなかった。だから、嫁入り前の時期に、夫をとなる人を探すのにひときわ努力しなければならなかった。
「この間の舞踏会でセラフィーヌと踊っていた方だよ。キャティリィから車で30分のところに領地がある。我が領地の倍以上の領地だ」
侯爵は熱く語るが、その目は夫人の方を向いていなかった。
「そうだわ。ディキンソン侯爵には確かふたりのご子息がいらしたわね。どちらのディキンソン卿?」
「あぁ、来週から招待しようと思っているのは、弟の方だ」
「まぁ、我が侯爵家の婿候補ってところかしら?」
背後でケイトの誰かを落ち着かせるような声音を聞いたヒューの熱のこもった気分は、突如冷めたものになってしまった。
ヒューが振り返ると、ケイトの丸くなった目がこちらをみている。
ケイトはいつも目尻にシワを寄せて、和やかな目をしているが、見開いた時の丸くなった目を、ヒューは毎度怖いと思わずにはいられなかった。
「あぁ、ケイト…。ディキンソン卿のお父上は先代だ。確か数年前に先代が亡くなって、彼の兄が爵位を継いだんだ。だから、今ディキンソン卿は一人しかいない。彼の兄はなかなかの愛妻家だと有名だよ。おそらく弟の方もそうだろうな」
侯爵は眉尻を下げて、書き物机に向き直った。
「そう。
ねぇ、ヒュー。セラフィーヌは自由な子よ。ディキンソン卿夫人の身分を望んでいないなら、あんまり強要してはいけないわ」
背後の侯爵夫人の声色は戻っていた。しかし侯爵は振り返ってこれを見ることはなかったので、実際彼の妻がどんな風だったかは分からなかった。
「あぁ、強要するまでもなく、反抗されるよ。意にそぐわないならな。恐らく」
沈黙が降りてきて、あたりを覆った。
それが息苦しく感じられて、侯爵は口火を切った。
「ところで、ミナはいつ帰って来るんだ?そろそろだと思うんだが」
「ジョンが車で迎えに行っているわ」
するとそこに、先程侯爵が使った扉とは反対の方からアイヴィーという名のメイドが姿を表した。
「旦那様。奥様。車が見えました。
ウィレミナお嬢様です!」
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