22 / 48
第四章 『アイリス』
リリー
しおりを挟むキッチンメイド、リリーの朝は早い。
毎朝、オルヴィス侯爵一家が起床する少なくとも3時間前にリリーは起きて、邸のキッチンと使用人専用の居間を軽く掃除し、他の使用人の寝室をまわって彼らを起こすのだ。
「シンガーさん!朝です、起きてください」
「カーライルさん、起きてください!」
この様な感じに、一部屋一部屋回ってノックをして、起こすのである。
ちなみに、使用人の寝室は性別で北と南に分かれており、男性の寝室の奥にはリリーは入れない。そこで、キッチンメイドと同じくらいの時間に起きて、外を掃除している下男を呼んで、代わりに起こしてもらうのだった。
それからリリーは階下全員分のお茶を淹れる。毎日たくさんのお茶を淹れるものだから、『キッチンメイドを経験してきた人の淹れるお茶』という、ことわざまでできた。毎日してれば、必然と上手くなるという意味合いだ。これは実のところ、本当の話である。
起きてきた使用人たちは全員、リリーの淹れたお茶を飲んで、彼らの朝ははじまるのだった。
下僕をはじめ、メイドが上の階の掃除を始める頃には、リリーは使用人全員分の食事を使用人の居間に用意する。これには料理副長のデボラも手伝ってくれるが、毎回ではない。
上の階の掃除が終わってすぐに降りてきた下僕やメイド、そしてそれまで見回って指揮をしていた執事と家政婦長はそこでキッチンメイドの作った朝食を急いで食べたあと、再び上の階に上がる。従者は侯爵の朝の支度を手伝いに、ホリーとアイヴィーは令嬢たちの朝の支度を手伝うために、だ。
ちなみにこの時、キッチンで勤務している料理長、料理副長、キッチンメイドは居間で皆と一緒に朝食を食べられないので、台所の横に備え付けられた小部屋の中でパンとチーズを食べるのである。
そこまでが、リリーの朝の仕事ではない。朝ご飯を食べて、終わり、というわけでは無いのだ。今度はご家族の朝ごはんの支度を手伝わなければならない。上の回の掃除が終わり、朝食の間が綺麗にセッティングされる頃には、朝食をきっちり盛り付けて下僕に託し、ご家族が朝食を食べているであろう時間帯には今度、洗濯物を外に持ち出して洗濯をする。洗濯が終わった後も、その日のお茶の時間に出すお茶菓子の仕込みをするのである。
休む暇など午前中には少しもなくて、午後ご家族が昼食を食べている頃が、その日初めての休憩なのだ。
「やっぱりおかしいです。院長先生がリリーはいつか立派な料理人になるよ、と言ってここを紹介されてもう7年経ちますが、早起きとお茶を淹れる力しか育っていません」
休憩が終わって、夕食の仕込みをしながらリリーは愚痴をこぼしていた。
すぐ横ではデボラが、彼女の得意料理の仕込みをしており、その向こうでシンガーさんが材料表に目を通している。
「何言ってんだい。あんたがここに来た時に比べたら、あんたのお茶を淹れる腕は確かに上がってるよ」
器用に両手を動かしながらデボラが言う。
「そうさ、あんたなら、立派な料理人になれるよ。料理長だって夢じゃないよ」
そうシンガーさんが付け加える。さらにシンガーさんは「料理長のあたしが言ってるんだから、確かだね」と自信を表面に出したように言った。
しかしそのふたりの言葉を聞いても、リリーの顔は明るくはならなかった。
「仮に私が料理長になれるとしても、一体いつです?白髪のおばあちゃんになってから料理長になるんじゃ、人生の半分以上を損してます」
リリーは不平を言った。その様子はまるで小さい子供が駄々をこねているようにしか見えなかった。
「なにさ、あんたはあたしが白髪のおばあちゃんだとでも言いたいのかい?」
少し気分を害したようにシンガーさんが言う。
「いえ…違いますけど…」
リリーは語尾を小さくして言った。
「リリー、あんたはまだ17歳。まだまだ世界は小さいのね。まぁ、もう少し大きくなったら、もうちょい視線は広がるよ」
仲裁に入るようにデボラが言う。
「シンガーさんももっと優しくしてあげてくださいな。愚痴を聞くぐらい…」
「愚痴なら聞いてあげるけど、いじけたことは聞きたくないよ」
最後にシンガーさんが結んで、その場の雰囲気は再び和んだものになった。
0
あなたにおすすめの小説
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる