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3.果たされなかった約束
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この日は天気がよかったので公園を歩きながら話をしていた。
「サツマイモの交配の実験?」
「うん。今のところ順調に進んでいる」
少し誇らしそうに胸を張る顔が可愛い。彼は女顔を揶揄われることがあるので可愛いは禁句だ。心の中で呟くに留めておく。この頃には私たちはすっかりと打ち解けて気安く会話をしている。二人の間に身分差はなく、ただの友人としての大切な関係性を築いていた。
「ロジェはどうしてその研究をしようと思ったの?」
「僕は施設で育ったのだけど、どうしても食料が少なくてね。施設の畑で野菜を育てても、いい肥料を用意できなくて育った野菜は貧弱で。だから肥沃な土壌がなくてもそれなりに育つ穀物を作りたかったんだ」
「素晴らしいわね!」
私はパンと手を叩いて賞賛した。ロジェはきょとんとした後、破顔した。
「どうしたの?」
「いや、嬉しくて。以前、この話をしたら可哀想だと同情されたよ」
首を傾げる。同情した人はきっかけを聞いてそう判断したのかもしれない。でもきっかけ以上に何を目指すかの方が大切だと思う。
「なぜ? 農業は人が生きるための根幹だわ。その発展を目指すのだからすごいことでしょう?」
「ありがとう。ジゼル」
お礼を言われるほどのことではない。それなのにロジェは真剣だった。彼のアクアマリンの瞳がまっすぐに熱を持って自分を見ていると感じ、急に恥ずかしくなって目を逸らした。
「どういたしまして!」
ごまかすように返事をする。ロジェは気にした様子もなくただ微笑んで頷いた。
ロジェは会うたびに研究の成果を話してくれる。私はその話を聞くのが楽しみで週末を待ち焦がれた。瞳を輝かせ饒舌になる彼にどんどん惹かれていった。
ある日、ロジェの研究の論文が隣国から学園を視察に来た教授の目に止まった。そして自国で行っている研究に参加しないかと招待を受けた。これは異例のことで名誉なことだ。資金を気にせず研究を進められる。また環境もしっかりと用意され、生活の保障もしてくれる。ありえないほどの特別待遇が約束されている。三年間と言う区切りはあるが、ロジェは二つ返事でそれを受けた。
その報告をしてくれたのは初めて会った公園だった。待ち合わせをして二人でいつものように散歩をしながら世間話をしていた。ちょうど白木蓮の前で立ち止まった時に、ロジェは神妙な面持ちで口を開いた。
「僕は行って研究を成功させてくるよ!」
「おめでとう! 本当によかったわね。ロジェが認められて私も嬉しい。でも、もう会えなくなってしまうわね」
私は俯き呟いた。
ロジェは博士号を取ることを目標にしている。上手くいけば隣国の永住権も与えられ身分も保障される。研究だって続けられて、そのまま隣国に移住することも可能になる。でも、そうしたらもう二度と会えないかもしれない……。応援したいのにそれが辛い。だって私は……彼が好き。慰めてくれた優しさに救われたし、一生懸命に研究に取り組む姿は尊敬している。彼がいてくれたおかげで学園生活を苦に思わなくなった。感謝している。それなら応援しなければ。私は顔を上げ一生懸命笑みを作った。するとロジェはもごもごと言いづらそうに私に質問をした。
「ありがとう。それで……ジゼルはまだ婚約者は決まっていないよね」
「ええ。小さな領地の男爵家だから求婚者もいないし、卒業後にお見合いでもしようかしら?」
そう、私に求婚者はいない。身分の低さもあるが、周りからは私自身に魅力なしと判断されていることになる。ちょっと切ない。おどけながら返事をするとロジェは意を決したような表情になった。
「それなら僕が戻ってくるまで待っていてくれないか? 僕は平民でこんなことを言える立場ではないけど。でもジゼルが好きなんだ。もしもご両親が許してくださるのなら、正式に婚約を申し込みたいと思っている。もちろんジゼルが嫌でなければだけど……」
最後の方は尻すぼみのように声が小さくなっている。ロジェの顔は真っ赤に染まっている。私の胸はドキドキと高鳴った。信じられない。嬉しくて言葉が出ない。感激して言葉に詰まっているとロジェが不安そうに瞳を揺らした。私は慌てて返事をした。
「わ、私もロジェが好きよ。嬉しいわ」
ロジェはホッとすると破顔した。
「ジゼル! ありがとう」
「それと私の両親は絶対に反対しないわ。父も貴族ではなかったし、我が家は身分を気にするほどの爵位ではないもの」
私の両親の馴れ初めは話したことがある。だから彼も思いきって好意を伝えてくれたのだろう。ロジェは真剣な表情に改まり私の手をぎゅっと握る。
「ジゼル。三年後にここに来てほしい。僕は君に正式に婚約を申し込む。もし、嫌ならこないで。それが返事だと思うから」
私はゆっくりと首を横に振る。告白の言葉があれば彼を信じて三年待てる。もしかして心変わりを疑われているのだろうか。
「嫌なはずない。でもどうして三年後なの? 婚約だけは先にしてもいいのに」
「今の僕には何もない。でも三年の間に研究を成功させ必ず博士号を手に入れる。だからそれまで待っていて欲しい」
ロジェの必死な声に我が儘は言えない。
本音は婚約を結んでから隣国に行って欲しい。でも彼は学園で嫌というほど身分社会を味わっている。能力があっても見目がよくても、最終的には平民だと侮られる。いくら私の両親が反対しないと言っても、自分自身の手で掴んだものを得てから、堂々と私に求婚したいと考えているのだろう。
時折ロジェは自分が孤児で後ろ盾がないことを悲しそうに溢していた。でもそれはロジェの責任じゃない。彼もそれは理解している。だからこそ博士号にこだわっている。
私は静かに頷いた。彼ならきっと研究を成功させる。それだけの情熱があり能力もある。私はそれを信じて待つだけ。できないはずがない。たった三年じゃないか。
ロジェは隣国に船で行く。私は見送りの日、港で必死で笑顔を作り手を振った。泣きたくない。笑顔の私を覚えていて欲しいから。
ロジェを見送ると私は領地に戻り、家を継ぐための勉強を本格的に始めた。ロジェが婿入りしても彼には研究を優先して欲しい。領地のことは私がしっかりと守る。
ロジェと会えなくても手紙のやり取りは続いていた。だからお互いのことを全部知っているつもりでいた。私は思い上がっていたのだ。
だって私はロジェを失った。
再会の約束の場所に、彼は現れなかったのだから。
「サツマイモの交配の実験?」
「うん。今のところ順調に進んでいる」
少し誇らしそうに胸を張る顔が可愛い。彼は女顔を揶揄われることがあるので可愛いは禁句だ。心の中で呟くに留めておく。この頃には私たちはすっかりと打ち解けて気安く会話をしている。二人の間に身分差はなく、ただの友人としての大切な関係性を築いていた。
「ロジェはどうしてその研究をしようと思ったの?」
「僕は施設で育ったのだけど、どうしても食料が少なくてね。施設の畑で野菜を育てても、いい肥料を用意できなくて育った野菜は貧弱で。だから肥沃な土壌がなくてもそれなりに育つ穀物を作りたかったんだ」
「素晴らしいわね!」
私はパンと手を叩いて賞賛した。ロジェはきょとんとした後、破顔した。
「どうしたの?」
「いや、嬉しくて。以前、この話をしたら可哀想だと同情されたよ」
首を傾げる。同情した人はきっかけを聞いてそう判断したのかもしれない。でもきっかけ以上に何を目指すかの方が大切だと思う。
「なぜ? 農業は人が生きるための根幹だわ。その発展を目指すのだからすごいことでしょう?」
「ありがとう。ジゼル」
お礼を言われるほどのことではない。それなのにロジェは真剣だった。彼のアクアマリンの瞳がまっすぐに熱を持って自分を見ていると感じ、急に恥ずかしくなって目を逸らした。
「どういたしまして!」
ごまかすように返事をする。ロジェは気にした様子もなくただ微笑んで頷いた。
ロジェは会うたびに研究の成果を話してくれる。私はその話を聞くのが楽しみで週末を待ち焦がれた。瞳を輝かせ饒舌になる彼にどんどん惹かれていった。
ある日、ロジェの研究の論文が隣国から学園を視察に来た教授の目に止まった。そして自国で行っている研究に参加しないかと招待を受けた。これは異例のことで名誉なことだ。資金を気にせず研究を進められる。また環境もしっかりと用意され、生活の保障もしてくれる。ありえないほどの特別待遇が約束されている。三年間と言う区切りはあるが、ロジェは二つ返事でそれを受けた。
その報告をしてくれたのは初めて会った公園だった。待ち合わせをして二人でいつものように散歩をしながら世間話をしていた。ちょうど白木蓮の前で立ち止まった時に、ロジェは神妙な面持ちで口を開いた。
「僕は行って研究を成功させてくるよ!」
「おめでとう! 本当によかったわね。ロジェが認められて私も嬉しい。でも、もう会えなくなってしまうわね」
私は俯き呟いた。
ロジェは博士号を取ることを目標にしている。上手くいけば隣国の永住権も与えられ身分も保障される。研究だって続けられて、そのまま隣国に移住することも可能になる。でも、そうしたらもう二度と会えないかもしれない……。応援したいのにそれが辛い。だって私は……彼が好き。慰めてくれた優しさに救われたし、一生懸命に研究に取り組む姿は尊敬している。彼がいてくれたおかげで学園生活を苦に思わなくなった。感謝している。それなら応援しなければ。私は顔を上げ一生懸命笑みを作った。するとロジェはもごもごと言いづらそうに私に質問をした。
「ありがとう。それで……ジゼルはまだ婚約者は決まっていないよね」
「ええ。小さな領地の男爵家だから求婚者もいないし、卒業後にお見合いでもしようかしら?」
そう、私に求婚者はいない。身分の低さもあるが、周りからは私自身に魅力なしと判断されていることになる。ちょっと切ない。おどけながら返事をするとロジェは意を決したような表情になった。
「それなら僕が戻ってくるまで待っていてくれないか? 僕は平民でこんなことを言える立場ではないけど。でもジゼルが好きなんだ。もしもご両親が許してくださるのなら、正式に婚約を申し込みたいと思っている。もちろんジゼルが嫌でなければだけど……」
最後の方は尻すぼみのように声が小さくなっている。ロジェの顔は真っ赤に染まっている。私の胸はドキドキと高鳴った。信じられない。嬉しくて言葉が出ない。感激して言葉に詰まっているとロジェが不安そうに瞳を揺らした。私は慌てて返事をした。
「わ、私もロジェが好きよ。嬉しいわ」
ロジェはホッとすると破顔した。
「ジゼル! ありがとう」
「それと私の両親は絶対に反対しないわ。父も貴族ではなかったし、我が家は身分を気にするほどの爵位ではないもの」
私の両親の馴れ初めは話したことがある。だから彼も思いきって好意を伝えてくれたのだろう。ロジェは真剣な表情に改まり私の手をぎゅっと握る。
「ジゼル。三年後にここに来てほしい。僕は君に正式に婚約を申し込む。もし、嫌ならこないで。それが返事だと思うから」
私はゆっくりと首を横に振る。告白の言葉があれば彼を信じて三年待てる。もしかして心変わりを疑われているのだろうか。
「嫌なはずない。でもどうして三年後なの? 婚約だけは先にしてもいいのに」
「今の僕には何もない。でも三年の間に研究を成功させ必ず博士号を手に入れる。だからそれまで待っていて欲しい」
ロジェの必死な声に我が儘は言えない。
本音は婚約を結んでから隣国に行って欲しい。でも彼は学園で嫌というほど身分社会を味わっている。能力があっても見目がよくても、最終的には平民だと侮られる。いくら私の両親が反対しないと言っても、自分自身の手で掴んだものを得てから、堂々と私に求婚したいと考えているのだろう。
時折ロジェは自分が孤児で後ろ盾がないことを悲しそうに溢していた。でもそれはロジェの責任じゃない。彼もそれは理解している。だからこそ博士号にこだわっている。
私は静かに頷いた。彼ならきっと研究を成功させる。それだけの情熱があり能力もある。私はそれを信じて待つだけ。できないはずがない。たった三年じゃないか。
ロジェは隣国に船で行く。私は見送りの日、港で必死で笑顔を作り手を振った。泣きたくない。笑顔の私を覚えていて欲しいから。
ロジェを見送ると私は領地に戻り、家を継ぐための勉強を本格的に始めた。ロジェが婿入りしても彼には研究を優先して欲しい。領地のことは私がしっかりと守る。
ロジェと会えなくても手紙のやり取りは続いていた。だからお互いのことを全部知っているつもりでいた。私は思い上がっていたのだ。
だって私はロジェを失った。
再会の約束の場所に、彼は現れなかったのだから。
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