無口な婚約者に「愛してる」を言わせたい!

四折 柊

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2.夜会

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 遡ること三時間前――。

 王城では盛大な夜会が行われていた。これは王太子夫妻の結婚三周年を祝うものだ。
 上位貴族も下位貴族も贅を凝らした衣装で競い合うように華やかに着飾っている。
 壇上では王太子夫妻が貴族たちに応えるように、にこやかに手を振っている。王太子アレクセイはスラリとした体格でトパーズ色の瞳と少し癖のある金色の髪を持っている。容姿も整っており中性的な顔は微笑むと甘く見える。
 隣にいる王太子妃ロレーヌは派手な美人だ。ちょっと釣り目で理知的なヘーゼルブラウンの瞳は意志が強そう……というより酷薄な印象を与える。ダークブラウンの髪は強そうな雰囲気を後押ししている。
 
 社交界で王太子夫妻の評判は控えめに言って仲がよくないという認識だ。もちろん公の場で喧嘩することもないし、公務もしっかりとこなしている。だが二人は隣で寄り添っていてもまったく目を合わせないからそう思われても仕方がない。二人が不仲であると信じられているのには理由がある。それは……アレクセイには他に愛する女性がいて、その女性を忘れることができないという噂のせいだ。
 
 二人が婚約したのはアレクセイが八歳、ロレーヌが十一歳、国中が天災続きで財政がひっ迫したことがきっかけだった。ロレーヌの父ダヴィッド公爵はやり手で自らの領地を守りつつも国を支えようとした。そのために娘をアレクセイの婚約者に差し出した。二人の婚約成立を理由に王家を全面的に援助した。そのおかげで国は持ち直したが、二人にとっては愛のない国のためのやむを得ぬ政略的な婚約だった。
 
 国が立ち直った頃、アレクセイは体調を崩し療養のために辺境のデュラン伯爵家に預けられた。そこでアレクセイは運命の出会いをする。月の妖精のように美しいマルティナに出会い恋に落ちた。だがアレクセイにはすでにロレーヌという婚約者がいる。二人が結ばれることはない。マルティナはアレクセイに迷惑をかけないように、病弱を理由にして領地から王都に出てくることはなかった。
 
 その噂を聞いたある作家がこの悲恋を小説にした。その結果、国内外でベストセラーになり貴族や民衆の間で盛り上がった。作家の妄想だらけの内容を真実だと信じ民衆はこの悲恋の物語に酔いしれた。そして権力で婚約者の座についた気の強いロレーヌより、儚げなで健気な月の妖精マルティナに感情移入し応援した。おかげでロレーヌへの風当たりはより強くなった。もちろんアレクセイはそんな事実はない誤解だと言ったが、周りは立場上そう言っているだけだと信じない。

 さらに二人が結婚して三年経ってもロレーヌに懐妊の兆しがないことで不仲の噂に信憑性を与えている。アレクセイの周囲はこのままでは跡継ぎ不在となることを心配し、そろそろ側妃が必要なのではと後押しを始めた。「マルティナ様を側室に迎えてはどうでしょうか?」と口にする。アレクセイは頷かなかったが、そのタイミングでマルティナが王都に出てきた。そして夜会に出席したことで、貴族たちはいよいよかと期待している。今夜ロレーヌ対マルティナの戦いが始まる、と。

 貴族たちのほとんどがマルティナを実際に見るは初めてだ。マルティナは「月の妖精」と謳われているが噂は盛られるものだと考えていたが、実物は噂以上だった。貴族たちはマルティナを見ると、時間が止まったかのように動きを止め息を呑んだ。珍しい銀色の長い髪、真っ白な肌に華奢な体。そして美しい顔。

「本当に妖精のようだ……」
「美しい……」

 口々に褒め称える。王太子殿下が思い続けるのは当然だと納得し、今日二人の「悲恋が成就する」とその歴史的場面を目に焼き付けるために貴族たちは三人から目を離せない。

「こっち見ないでよ! 悲恋なんて存在しないし、成就されたら困るわ!」
「ははは。くだらないなあ」

 わたくしは貴族たちのひそひそ話に愚痴るも、次兄のアシルお兄様はそれを軽く笑い飛ばす。貴族たちの噂の一人、デュラン伯爵家の娘マルティナであるわたくしは、夜会会場の隅にいる。もちろん目立ちたくないからなのに視線が痛い。

(誰よ。その無責任な本を書いたのは! アレクセイも放置していないで噂をした奴らを不敬罪で捕らえなさいよ)

 わたくしは王都の来るのも夜会に出席するのも今回が初めてだ。夜会デビューのエスコートは愛するトリスにして欲しかった。残念だがこれには理由がある。
 そもそもわたくしが王都に来たのはどうしても欲しい物があるからだ。でもそれはトリスには内緒。なぜなら彼へのプレゼントなの~。
 今回プレゼントをしようと思っているのはトリスの大好物の果物。これはわが国では気候的に栽培できず隣国から輸入している物だ。商人に取り寄せてもらおうとしたら、隣国は今年異常気象により不作で市場に出回っていないと言われた。ガッカリ、しょんぼりしたけどわたくしはあることを思いついた。

「そうだ。王家には献上されるはず!」

 わたくしはさっそくアレクセイに手紙を書いて「ちょうだい」と頼んだが、今回は不作の余波で王家への献上分ですら生の果物はなく、蜜漬けの瓶詰が送られてくるとのこと。

「蜜漬けも美味しいわよね」

 再び「蜜漬け瓶ちょうだい」と連絡したら、あげてもいいけど頼みがあると返ってきた。

(え~、ケチね。でもトリスを喜ばせるためなら引き受けてあげるわ)

 アレクセイの頼みを聞くには王都に行かねばならない。しかしこのことをトリスが知れば反対されるので家族に頼んで内緒にしてもらっている。ついでにお父様に頼んでトリスには国外の仕事に行ってもらっている。
 その蜜漬け瓶をサプライズでプレゼントすればきっとトリスは感激するに違いない。思わずわたくしに「愛してる」って言って抱きしめちゃうかも! ほらね。わたくしの計画は完璧だ。

 どうしてわたくしがそこまで必死なのかというと、トリスから「愛してる」の言葉を聞きたいから。
 婚約して三年経つがまだ一度もトリスから「愛してる」を言われたことがない。
 それは婚約の経緯を思えば仕方がないと思う。わたくしたちの婚約は彼の気持ちを無視してわたくしが半ば脅迫して強引に結んだものなのだ。でも婚約してから精一杯トリスに「好き」を伝えてきた。そろそろトリスもわたくしを「好き」になってくれた頃だと思う。試しに時々「わたくしを愛してる?」と問いかけてみるが、望む返事は貰えていない。
 だから目標を立てた。一年後の結婚式までに一度はトリスから「愛してる」を言わせたい。どうしても聞きたい。ついでにわたくしのことをトリスだけの愛称で呼んで欲しい。愛称呼びならハードルが低いと思ってすでに頼んでみたが、トリスは無言になったまま今に至る。でもわたくしは諦めない。これは乙女のささやかな夢なのよ!

 というわけでわたくしが夜会にいるのは側室になるためでもなく、もちろん悲恋の成就でもなく、アレクセイからのミッションは遂行するためなのだ。





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