婚約者から「君のことを好きになれなかった」と婚約解消されました。えっ、あなたから告白してきたのに? 

四折 柊

文字の大きさ
14 / 40

14.情報不足

しおりを挟む
 翌日、ヴァンスから万年筆のお礼状と小ぶりな包装された箱が届いた。いつも何かしらの贈り物をもらっていて申し訳なくもありがたい。
 手紙には私が贈った万年筆をさっそく使てみた感想が書かれていた。握りやすくて手が疲れにくいと好評でホッとした。そしてターコイズブルーの色も気に入ってもらえたみたいだ。執務机には書類が散乱していて万年筆が埋もれがちだが、目立つ色で見つけやすいとのこと。万年筆の思わぬ活躍に私は嬉しくてガッツポーズをした。
 そしてアイリーンの近況も記されている。公務直前にワイアット殿下と大喧嘩して大変だったらしい。

(殿下とアイリーン様が喧嘩をするの? それだけお二人は気安い関係なのね。でもそれ以上にアイリーン様が怒る姿が想像できない。ふふ、きっと怒っても可愛らしくて殿下はダメージを負わなさそうね)

 結局二人は公務が終わる頃に、自然と仲直りをしたらしい。人のことながらホッと胸を撫で下ろす。思い返せば私は誰かと喧嘩をしたことがない。両親に注意を受けてもそれは喧嘩ではないし、レックスは可愛すぎて喧嘩する理由が存在しない。
 私もいつかヴァンスと喧嘩をする日が来るのだろうか? う~ん。想像できない。
 ヴァンスの手紙にはいつもアイリーンが登場する。だからアイリーンと直接会わなくても彼女について詳しくなり、まるで親友のような気持になっている。
 アイリーンは刺繍が好きでクッキーが大好物。乗馬が得意で遠乗りを楽しみにしているなど。私は乗馬が苦手なので羨ましい。

(ん? あれ?)

 ヴァンスは意外と筆まめで会えない分手紙をくれる。でも肝心のヴァンスの情報を私は知らない!
 手紙でも会った時でもヴァンスから質問をされているが、その逆に私がヴァンスに質問をしたことがなかった。私は彼と親しくなりたいといいながら、会話はヴァンス任せで彼のことを知ろうとしていなかった。

(うっかり! 反省、反省。今度会ったらヴァンス様に色々質問してみよう)

 ヴァンスともっとたくさんの話をしたい。それにはまずヴァンスについての情報を集めなきゃ。フローレンスから話は聞いているけれど、ヴァンス自身の口から色々教えてほしい。好きな物や嫌いな物を知るのは贈り物をする時の参考にもなる。婚約者の基本中の基本の情報収集を疎かにしすぎた。

 私は読み終わった手紙をしまうと、一緒に届いた箱を手に取った。
 箱を開けるとそこには木製の筆入れが入っていた。蓋には椿の花が大きく彫られていて、中には仕切りがついていて小分けにしまえるようになっている。

(素敵! 機能重視で使いやすそう)

 これなら小物がごちゃごちゃしないで済む。私はこの筆入れが一目で気に入った。じっくりと観察するととても丁寧に作られているのがわかる。私はそこに自分の万年筆やお気に入りのペーパーウエイトを入れた。

「しまいやすいわ。お礼の手紙を出さなくちゃね。ふふふ……」

 私は便箋を取り出しお礼の手紙をしたためた。



 ♢♢♢



 今日、私とヴァンスの婚約が公示された。すると付き合いのある貴族たちからお祝いが届いた。中にはオルブライト公爵家と懇意にしたいと下心のある人もいる。その辺りはお父様が上手く対応してくれているので安心だ。
 
 私はクローゼットを開けて一着のドレスを取り出し、姿見の前で体に当ててみた。このドレスもヴァンスから贈られた物。ベージュ色でスカートには赤い花の刺繍が全面に施されている。ウエストリボンはワイン色のベルベッド生地が使われていて、可愛いのにシックな印象がある。
 
 最初に見たときは自分に似合うか不安だった。でもいざ着てみると不思議なほどしっくりきた。レックスが「お姫様みたいです」と喜んでいた。誉めすぎだと思ったけれど、誇らしそうなレックスの笑顔を見ていたら自信がついた。
 ドレスをデザインしたのはヴァンスが依頼した、アイリーン専属のデザイナー。私は以前アイリーンがお茶会で着ていたドレスを思い出した。溜息が出るほど素敵だった。その才能のあるデザイナーに作ってもらえて光栄だ。
 このドレスを着てヴァンスと夜会に出ることになっている。婚約者としてヴァンスの隣に立つことは緊張するしプレッシャーもあるが、それ以上に楽しみでつい取り出して眺めてしまう。

 相変わらずヴァンスは忙しく会える日は少ないが、それとは関係なく私は毎日オルブライト公爵邸に通っている。公爵家に嫁ぐための教育を受けているが、これは通常の学問ではなく領地経営、公爵家の事業についての詳細な知識を得るためだ。社交で話を振られて「わかりません」では恥をかく。

「セシル様は飲み込みが早いですね。とても優秀です」
「そうでしょうか? それならいいのですが」

 家庭教師は毎日絶賛してくれる。誉めて伸ばすタイプらしい。ただ領地経営にかかわる帳簿付けについてはお父様から教えてもらっていたし、ベイリー侯爵家でも学んだので自信はある。

「特に計算能力が高いしミスもない。私は優秀な婚約者を得て鼻が高い。自慢して歩きたいほどだ」
「ヴァンス様!」

 後ろからヴァンスの声が聞こえてビックリしていると、彼が私のノートを見て感心していた。

「今日はお城に行かれていたのではないのですか?」
「そうなのだが、大事な用があって抜けてきた」
「それなら急いで用を済ませて戻らないと!」
「そうだな。セシル、これに目を通しておいてくれ」

 ヴァンスは私に書類ケースを渡した。中を見ると紙がたくさん入っている。

「これは?」
「ウエディングドレスのデザイン候補だ。聞いていると思うが、明日は工房からデザイナーが来ることになっている。今朝、デザイン画ができたと連絡があったから受け取りに行ってきた。セシルに早く見せてやりたくて。あとすまないが明日私は同席できるか分からない。母上が同席すると張り切っていたが、気にせず自分の希望を伝えてくれ。一生に一度のことなのだから、自分の思う通りに注文してほしい」

 私はポカンとした。わざわざデザイン画を自分で工房まで受け取りに行ってくれたらしい。多忙なのだから使用人に任せればいいのに。

「もしかして用とはこれのことですか?」

 他にも用があって、デザイン画はついでかも知れないと聞いたのだが、そうではなかった。

「ああ、そうだ。それとセシルの顔を見たかったのもある。最近会えていなかったから。それでデザイン画なのだが、私の意見で描いてもらったのが五枚、デザイナーの考えたのが二十枚くらいある。今日のうちに目星をつけておいた方が希望を出しやすいだろう。気に入ったものがなければ、最初からやり直せばいい」
 
 さらりと会いたかったと言われて嬉しい。どうしよう。でもそれだけじゃない。デザインにはヴァンスの意見も取り入れられている?

「え? ヴァンス様も考えてくださったのですか?」
「当然だ。ただセシルの好みでなければ弾いて構わない。でも前に贈ったブルーのドレスも似合っていたから、私の趣味もなかなかだと思う」

 ヴァンスと初めてお茶会をした時に着たドレス、あのデザインをヴァンスが考えてくれていたなんて! 気に入っていたドレスがもっと大切な物になった。

「あのドレス、デザイナーさん任せではなかったのですか?」

 ヴァンスは照れ臭ささを誤魔化かのように髪をかきあげた。

「私にはドレスの知識はないので、基本はデザイナーが考えたものだ。出来上がったデザインに、セシルの似合いそうな装飾などの意見を取り入れてもらった」
「っ! ありがとうございます。嬉しいです」

 私が感動に打ち震えているとヴァンスは再び手元のノートを覗き込んだ。

「セシルは計算だけでなく文章も分かりやすく字も綺麗で読みやすい。そういえばバセット伯爵は財務部の『冷酷無慈悲な監査官殿』だったな。セシルの能力の高さは父親譲りなのだろう。どうやって学んだんだ?」

 お父様が冷酷無慈悲? 私は首を傾げた。私のお父様はお母様の尻に敷かれている優しく穏やかな人だ。もしかして仕事中は人が変わるとか? 

「学んだといいますか……私が子供の頃、父に遊んでとせがむと計算用紙を渡されるのです。そしてこれを早く正しく出来たら肩車をしてやると言われて一生懸命解いていました。他にも色々していましたが楽しかったですよ。そのおかげかもしれません」
「遊びの中に取り入れるとはさすがだ」
「あ、でも父に面と向かって誉めないでくださいね。調子に乗りますから」
「あはは。冷酷無慈悲な監査官殿も愛娘の前ではただの父親か。さて、そろそろ戻らないと。そうだ。今度の休みは外出でもしよう」
「嬉しいですが無理をなさらないでくださいね。あ、ヴァンス様。先日は筆入れをありがとうございました。可愛くて使いやすいです」
「それはよかった。あれは留学先で知り合った指物職人の見習いの作品なのだが、なかなかセンスがあると我が領地に招いて支援している」
「あれだけ素敵な作品を見習いの方が作られたのですね!」
「出来のいいものは商品としてすでに販売している」

 嬉しそうに目を細める姿に、職人さんを高く評価しているのが窺える。
 ヴァンスはアイリーンには人を見る目があると言っていたが、ヴァンスこそ人を見る目があると思う。筆入れを作ったのが見習いと聞いて驚いた。特に椿の彫刻はとても美しくプロの職人さんが彫ったとしか思えない。さすが兄妹!

 私は城に戻るヴァンスを玄関で見送ったあと、勉強を再開しようとした。ところが家庭教師に予定の変更を告げられた。

「勉強のスケジュールは早めに進んでいますので、急がなくても大丈夫です。今日の勉強は終わりにしてご実家でそのデザイン画の確認をしてください」
「いいのですか? ありがとうございます!」

 実はデザイン画が気になって勉強に集中できるか自信がなかった。ヴァンスが私のために考えてくれたデザインを見たくて仕方がなかったのだ。
 
 私は家庭教師にお礼を告げると、デザイン画を大事に抱えありがたく帰宅することにした。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。 けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。 「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。 ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。 そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。 学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。 けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。 暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。 ※10万文字超えそうなので長編に変更します。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【1月18日完結予定】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

【完結】「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

【完結済】婚約破棄から始まる物語~真実の愛と言う茶番で、私の至福のティータイムを邪魔しないでくださいな

をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
恋愛
 約束の時間に遅れ、さらには腕に女性を貼り付けて登場したアレックス殿下。  彼は悪びれることすらなく、ドヤ顔でこう仰いました。 「レティシア。君との婚約は破棄させてもらう」  婚約者の義務としての定例のお茶会。まずは遅れたことに謝罪するのが筋なのでは? 1時間も待たせたあげく、開口一番それですか? しかも腕に他の女を張り付けて? うーん……おバカさんなのかしら? 婚約破棄の正当な理由はあるのですか? 1話完結です。 定番の婚約破棄から始まるザマァを書いてみました。

妹なんだから助けて? お断りします

たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

処理中です...