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15.アイリーンとお茶会
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屋敷に帰ると部屋でデザイン画を一枚一枚しっかりと確認したがどれも捨てがたい。
(素敵! 流行のデザインだけじゃなくて、色々な種類がある。これは大人っぽいかな。こっちは可愛い。こっちはお姫様みたいで豪華だわ。ああ、全部着たくなる!)
最近のウエディングドレスはオフショルダーが流行している。私は肩を出すのがあまり好きではない。今回、私からは何も伝えていないが、オフショルダーのデザインは一枚しかなかった。一応入れたという感じ。それは流行を重視ではなく私のためのデザインを考えてくれたように思えた。
比較しても意味はないがスコットの選んだウエディングドレスを思い出す。デザインはプリンセスラインのドレスで胸元はビスチェタイプ。
それを見たときには顔が引きつった。肩から胸元までの露出が大きく恥ずかしい。デザイナーさんたちは私の肌が白く綺麗でスタイルもいいのだから見せびらかしましょうと勧めてきた。スコットもまんざらでもなさそうにニコニコしていた。せめて首から胸元をレースで覆いたいと意見したがスルーされてしまった。
ベイリー侯爵家に相応しい、権威を見せつけるデザインを優先すると言われれば、私は嫁ぐ立場だから吞むしかない。人生で一度しか着ないウエディングドレス、自分の好みが反映されないのは正直ちょっと悲しかった。
でも家が違うと考え方も変わる。オルブライト公爵家では意見を取り入れてもらえそうと期待していたが、意見を言う前に私の好みのデザイン画ばかりを出してもらえて嬉しい悲鳴だ。中でも一枚、ものすごく好みのデザインがあった。
(絶対にこれがいい。一目惚れしたの!)
そのデザインは首元を覆うように襟が立ち上がったデザインで腕は総レースになっている。スカートはAラインで、特に目を引くのが可愛らしい長めのトレーン。全体的にクラシカルな雰囲気が私の好みど真ん中だった。むしろ注文を付けて台無しにしたくない。このままのデザインで製作してもらうように伝えよう。
お父様やお母様、そしてレックスにもすべてのデザイン画を見せたが、私が気に入った物が一番似合っていると同意してくれた。これなら自信を持ってヴァンスに伝えられる。
「これを着た姉上はきっと女神様のように綺麗だと思います。求婚者が殺到してしまいますね」
レックスはキラキラと瞳を輝かせて興奮している。
「レックスったら、結婚式会場で花嫁に求婚する人なんているはずないわ」
「そのくらい姉上に似合うと言うことです。これを用意してくれたヴァンス様はさすがですね」
レックスはヴァンスに心酔している。私としては……ヴァンスに弟を取られそうでちょっと妬けてしまう。
翌朝、デザイン画を大事に抱えオルブライト公爵邸に向かった。午前中の予定は家庭教師に勉強を見てもらい、午後からデザイナーと打ち合わせ。午後が待ち遠しいけれど、その分勉強に力を入れよう。そう意気込んでいたのだが、公爵邸で出迎えてくれたのはアイリーンだった。午前中の勉強は中止になりアイリーンとお茶をすることになった。
「お久しぶりです。セシル様。急にごめんなさい。ずっとお話がしたいと思っていました。午前中の時間を私にいただけますか?」
「もちろん私は構いませんが、アイリーン様はお忙しいのでは? 大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。どうぞ、私の部屋にいらしてください」
「はい。ではおじゃまします」
そのままアイリーンの部屋に案内された。私のイメージではアイリーンの部屋は白やピンクの淡い系の可愛い部屋を勝手に想像していたが全く違った。
カーテンは濃紺のシックな色で絨毯も同じ色。家具もダークブラウンの重厚な感じだった。洗練されていて淑女の部屋という雰囲気。でも大きなテディベアがベッドにどっかりと座っているのを見ると、女の子の部屋だなあと感じる。
アイリーンに促されてソファーに座った。侍女がお茶の支度をしてくれる。
「私の部屋、女の子らしくないでしょう?」
「そんなことないです。落ち着いた雰囲気で素敵です。でも正直もっと可愛らしい部屋を想像していました」
「ふふ。よく花柄とかピンクが似合うと言われるのですが、私は濃い色の方が好きなのです。ドレスは好みの物よりも自分に似合う物を着ますけど、部屋の中は私の好みで揃えているのです」
侍女がお茶とケーキを置くと退出した。お互いにティーカップを取りお茶を飲んだ。
アイリーンがティーカップを傾けお茶を飲む姿は気品に溢れ美しい。さすが王太子妃になられる方だと魅入ってしまう。
フローレンスは妖艶な美女で目を奪い、心を引き付ける強さがある。アイリーンは柔らかな印象の美しさで例えるのなら妖精。おっとりした雰囲気なのに芯がある。
アイリーンはティーカップを置くと突然私に向かって頭を下げた。
「セシル様。まずはお礼を言わせてください。兄と婚約してくださりありがとうございました」
ぎょっとして慌てて止めた。
「頭を上げてください。あの……お礼を言わなくてはならないのは私の方です。アイリーン様のおかげでヴァンス様と婚約させていただくことができたのですもの」
アイリーンは頭を上げるとにこりと微笑んだ。
「セシル様にとってお兄様との縁談が迷惑でなかったのならよかったです。セシル様と義姉妹になれたら嬉しいと思っていました。ベイリー侯爵子息が考えなしの愚かな決断をしてくれたおかげですわ」
愛らしい顔でスコットをこき降ろすギャップに目を丸くした。
「どうしてそこまで私のことを買ってくださるのですか?」
ずっと気なっていた。ヴァンスや公爵夫妻、そして使用人みんなが私に良くしてくれるのは、きっとアイリーンの影響だ。でも理由に心当たりがなかった。アイリーンはニコニコしながら言った。
「セシル様のそういうところがとても好きです。セシル様は学園在学中にキルステン王国のエディット王女様が短期留学していた時のことを覚えていますか?」
「ええ、王女様のことは遠目で見るくらいでしたが」
最終学年の時のことだった。私たちより二歳年下の王女様が突然入学された。王女様は薄紫の髪と菫色の瞳の美少女だった。でも気が強そうな印象で自国からの令嬢を子分さながらに連れて歩いていた。
「私はワイアット様の婚約者として、王家からエディット王女様の世話を任されました。学年が違うのでお昼休みのお相手くらいでしたが、正直大変でした」
「そうでしょうね……」
あー、そうだろうなと思い思わず同意した。アイリーンはくすりと笑うと話を続けた。
「エディット王女様はワイアット様の婚約者の座を望んでいました。だから私に婚約辞退をさせるつもりでこの国に来たのです。きっかけはワイアット様の留学先にエディット王女様が偶然遊びに行かれて一目惚れをしたそうです。エディット王女様は運命だと王家に婚姻の打診をしました。ですがすでに私と婚約しているので陛下は断ったのです」
「知りませんでした。そんなことがあったのですね」
断るのは当然だ。そもそも婚約者のいる王子に婚約の打診をするほうがおかしい。社会勉強を兼ねて短期留学だと聞いていたが、裏にはそんな目論見があったとは驚いた。
「ある日のお昼休みに、中庭の噴水にエディット王女様がわざとペンダントを落としたことがありました。王女様と取り巻きたちは私に噴水に入って取れと命じました。さすがに対応に苦慮し従者を呼ぼうとしましたが、王女様は世話係の私がするべきだと詰め寄りました。悔しいと思いましたが、相手は他国の王女で、私は公爵令嬢にすぎません。後々ワイアット様に迷惑をかけるかもしれないと、諦めて噴水に入ろうとしたらセシル様が助けてくれたのです。あの時はありがとうございました」
「ああ……そういえば噴水で……ありましたね」
助けた覚えはないのだが、心当たりはあった。私はお昼休みをいつも噴水の近くのベンチで数学の計算を解いて過ごしていた。あそこは穴場で意外と人が来ない。
あの日は珍しく団体様がいるなと見ていたら、エディット王女様が首からペンダントを外して噴水に放っていた。私はペンダントを注視していて……そうだ! アイリーンが困惑しながら王女様としゃべっていた。声は聞こえていなかったがアイリーンが噴水に向かったので、慌てて近くにあった木の枝を持って噴水にかけよった。そして木の枝を使ってペンダントを引き上げて渡した覚えがある。
私の場所から王女様がペンダントを放る姿がしっかりと見えた。だから私は王女様と噴水の距離と落ちた場所をさっと計算した。ペンダントの重さは知っているので重さも含めて落ちた場所を頭の中で想定した。
「あの時私はペンダントの落下場所を計算するのに夢中で、助ける意図をもっての行動ではなかったのです。ごめんなさい」
「あの時もそう言っていましたね。でも助けてくれたのは事実です。だからお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
私は拾ったペンダントがびっしょりで、どうしようかと迷っていた。するとアイリーンが手を差し出してくれたので渡した。アイリーンは受け取ると持っていたハンカチで水分を拭っていた。するとエディット王女様が怖い顔で私を睨んで言った。
「あなた、何で拾ったの?」
「この枝で拾いました」
私は首を傾げながら手に持っている枝を示した。おちょくったわけではなく本気で答えたのだが、王女様は腹を立てていた。
「違うわよ。そうじゃなくて!」
私は王女様がどうして拾うことができたのかを問うていると受け取り答えた。
「拾えたのはエディット王女様の立ち位置と噴水までの距離、殿下の腕の長さと放った角度、そしてペンダントに付いているコインの重さを推測し計算して落下位置を特定しました。その計算式はですね――――」
自信はあったが計算がまさにドンピシャだったので、嬉しくなって延々と丁寧にエディット王女様に説明した。さらに最後にこう続けたのだ。
「このペンダントはアイリーン様とワイアット殿下の婚約の記念で配られた物ですね。無事に拾えてよかったです」と。
それを聞いたエディット王女様はまさに鬼の形相で顔を真っ赤にして、その場を去っていった。アイリーンが差し出したペンダントは受け取らなかった。私ももちろんあのペンダントは持っている。貴族全員に配られたもので、受け取ってすぐに重さを測った。そのおかげで正確に計算できてペンダントが無事に拾えたのだ。
思い返してハッとする。王太子殿下の婚約記念のメダルペンダントを枝で拾ったのは不敬だったかしら? あの池は溺れるほどではないがちょっと深さがある。手を入れると肩まで濡れてしまうと思って枝を使ってしまった。
(あれれ?? それよりも……)
「アイリーン様。エディット王女様はあのペンダントがどんなものかご存じ無かったのでしょうか?」
アイリーンは苦笑いを浮かべる。
「そのようね。ワイアット様がエディット王女様に差し上げたみたいなのです。きちんとペンダントの由来を説明した上で、あくまでも友好の印でとお伝えしたそうなのだけど、エディット王女様は自分への好意を示すプレゼントだと歪曲してしまったみたいですわ。でもセシル様の発言でエディット王女様はワイアット様を諦めて、予定を切り上げて帰国してくれたのです。だから本当に感謝しているのです。ちなみにこの話は家族も我が家の使用人もみんな知っています。もちろん兄も」
(それでなのね! 使用人までもが私に良くしてくれる理由がやっとわかった。でもワイアット殿下もアイリーン様との婚約の記念品を自分に気のある王女様に差し上げるなんて、なかなか残酷……)
「それだけでヴァンス様の婚約者に推薦してくださったのですか?」
「私にとって大きな出来事だったのです。それ以外にも移動教室での朗読会で、読む本を隠されて困っていたら、セシル様が今日自分は指名されないのでどうぞと貸してくださったわ」
「あれは隠されていたのですか? 確か忘れてしまったとおっしゃっていましたよね?」
「エディット王女様がいらしたことで、ワイアット様の婚約者になることを諦めきれない令嬢が、王女様と呼応するように嫌がらせをしてきて隠されたのです」
アイリーンに嫌がらせをしても、ワイアット殿下の婚約者になれるわけないのに、何でそんなことをするのだろう? 理解に苦しむ。
「そんなことが……ですが困ったときはお互い様ですし」
思わぬ感謝に困惑する。狙った行為ではなく本当に偶然そうなっただけなのだ。
「謙虚なところがセシル様らしくて大好きです! 実は私、セシル様とお友達になりたかったのですが気やすく声をかけて、セシル様にご迷惑をかけるかもしれないと諦めたのです」
ワイアット殿下との婚約で敵が多いから巻き込まないように遠慮してくれたそうだ。
「え……それは残念です」
しゅんと肩を落とした。もしもアイリーンと友達になっていたら学園生活は楽しかっただろうと思う。もともと男子生徒からは陰口を言われていた。さらにスコットとの婚約が決まったせいで、婚約者が決まっていない令嬢たちから無視されていたからつまらなかったのだ。
ちなみに婚約の決まっている令嬢は自分の方が素敵な婚約者だというマウントを取ろうとするので付き合いを遠慮した。
私はアイリーンが自分をヴァンスの婚約者に推薦してくれた理由と、オルブライト公爵家のすべての人に歓迎されている理由をようやく知ることができたのだった。
(素敵! 流行のデザインだけじゃなくて、色々な種類がある。これは大人っぽいかな。こっちは可愛い。こっちはお姫様みたいで豪華だわ。ああ、全部着たくなる!)
最近のウエディングドレスはオフショルダーが流行している。私は肩を出すのがあまり好きではない。今回、私からは何も伝えていないが、オフショルダーのデザインは一枚しかなかった。一応入れたという感じ。それは流行を重視ではなく私のためのデザインを考えてくれたように思えた。
比較しても意味はないがスコットの選んだウエディングドレスを思い出す。デザインはプリンセスラインのドレスで胸元はビスチェタイプ。
それを見たときには顔が引きつった。肩から胸元までの露出が大きく恥ずかしい。デザイナーさんたちは私の肌が白く綺麗でスタイルもいいのだから見せびらかしましょうと勧めてきた。スコットもまんざらでもなさそうにニコニコしていた。せめて首から胸元をレースで覆いたいと意見したがスルーされてしまった。
ベイリー侯爵家に相応しい、権威を見せつけるデザインを優先すると言われれば、私は嫁ぐ立場だから吞むしかない。人生で一度しか着ないウエディングドレス、自分の好みが反映されないのは正直ちょっと悲しかった。
でも家が違うと考え方も変わる。オルブライト公爵家では意見を取り入れてもらえそうと期待していたが、意見を言う前に私の好みのデザイン画ばかりを出してもらえて嬉しい悲鳴だ。中でも一枚、ものすごく好みのデザインがあった。
(絶対にこれがいい。一目惚れしたの!)
そのデザインは首元を覆うように襟が立ち上がったデザインで腕は総レースになっている。スカートはAラインで、特に目を引くのが可愛らしい長めのトレーン。全体的にクラシカルな雰囲気が私の好みど真ん中だった。むしろ注文を付けて台無しにしたくない。このままのデザインで製作してもらうように伝えよう。
お父様やお母様、そしてレックスにもすべてのデザイン画を見せたが、私が気に入った物が一番似合っていると同意してくれた。これなら自信を持ってヴァンスに伝えられる。
「これを着た姉上はきっと女神様のように綺麗だと思います。求婚者が殺到してしまいますね」
レックスはキラキラと瞳を輝かせて興奮している。
「レックスったら、結婚式会場で花嫁に求婚する人なんているはずないわ」
「そのくらい姉上に似合うと言うことです。これを用意してくれたヴァンス様はさすがですね」
レックスはヴァンスに心酔している。私としては……ヴァンスに弟を取られそうでちょっと妬けてしまう。
翌朝、デザイン画を大事に抱えオルブライト公爵邸に向かった。午前中の予定は家庭教師に勉強を見てもらい、午後からデザイナーと打ち合わせ。午後が待ち遠しいけれど、その分勉強に力を入れよう。そう意気込んでいたのだが、公爵邸で出迎えてくれたのはアイリーンだった。午前中の勉強は中止になりアイリーンとお茶をすることになった。
「お久しぶりです。セシル様。急にごめんなさい。ずっとお話がしたいと思っていました。午前中の時間を私にいただけますか?」
「もちろん私は構いませんが、アイリーン様はお忙しいのでは? 大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。どうぞ、私の部屋にいらしてください」
「はい。ではおじゃまします」
そのままアイリーンの部屋に案内された。私のイメージではアイリーンの部屋は白やピンクの淡い系の可愛い部屋を勝手に想像していたが全く違った。
カーテンは濃紺のシックな色で絨毯も同じ色。家具もダークブラウンの重厚な感じだった。洗練されていて淑女の部屋という雰囲気。でも大きなテディベアがベッドにどっかりと座っているのを見ると、女の子の部屋だなあと感じる。
アイリーンに促されてソファーに座った。侍女がお茶の支度をしてくれる。
「私の部屋、女の子らしくないでしょう?」
「そんなことないです。落ち着いた雰囲気で素敵です。でも正直もっと可愛らしい部屋を想像していました」
「ふふ。よく花柄とかピンクが似合うと言われるのですが、私は濃い色の方が好きなのです。ドレスは好みの物よりも自分に似合う物を着ますけど、部屋の中は私の好みで揃えているのです」
侍女がお茶とケーキを置くと退出した。お互いにティーカップを取りお茶を飲んだ。
アイリーンがティーカップを傾けお茶を飲む姿は気品に溢れ美しい。さすが王太子妃になられる方だと魅入ってしまう。
フローレンスは妖艶な美女で目を奪い、心を引き付ける強さがある。アイリーンは柔らかな印象の美しさで例えるのなら妖精。おっとりした雰囲気なのに芯がある。
アイリーンはティーカップを置くと突然私に向かって頭を下げた。
「セシル様。まずはお礼を言わせてください。兄と婚約してくださりありがとうございました」
ぎょっとして慌てて止めた。
「頭を上げてください。あの……お礼を言わなくてはならないのは私の方です。アイリーン様のおかげでヴァンス様と婚約させていただくことができたのですもの」
アイリーンは頭を上げるとにこりと微笑んだ。
「セシル様にとってお兄様との縁談が迷惑でなかったのならよかったです。セシル様と義姉妹になれたら嬉しいと思っていました。ベイリー侯爵子息が考えなしの愚かな決断をしてくれたおかげですわ」
愛らしい顔でスコットをこき降ろすギャップに目を丸くした。
「どうしてそこまで私のことを買ってくださるのですか?」
ずっと気なっていた。ヴァンスや公爵夫妻、そして使用人みんなが私に良くしてくれるのは、きっとアイリーンの影響だ。でも理由に心当たりがなかった。アイリーンはニコニコしながら言った。
「セシル様のそういうところがとても好きです。セシル様は学園在学中にキルステン王国のエディット王女様が短期留学していた時のことを覚えていますか?」
「ええ、王女様のことは遠目で見るくらいでしたが」
最終学年の時のことだった。私たちより二歳年下の王女様が突然入学された。王女様は薄紫の髪と菫色の瞳の美少女だった。でも気が強そうな印象で自国からの令嬢を子分さながらに連れて歩いていた。
「私はワイアット様の婚約者として、王家からエディット王女様の世話を任されました。学年が違うのでお昼休みのお相手くらいでしたが、正直大変でした」
「そうでしょうね……」
あー、そうだろうなと思い思わず同意した。アイリーンはくすりと笑うと話を続けた。
「エディット王女様はワイアット様の婚約者の座を望んでいました。だから私に婚約辞退をさせるつもりでこの国に来たのです。きっかけはワイアット様の留学先にエディット王女様が偶然遊びに行かれて一目惚れをしたそうです。エディット王女様は運命だと王家に婚姻の打診をしました。ですがすでに私と婚約しているので陛下は断ったのです」
「知りませんでした。そんなことがあったのですね」
断るのは当然だ。そもそも婚約者のいる王子に婚約の打診をするほうがおかしい。社会勉強を兼ねて短期留学だと聞いていたが、裏にはそんな目論見があったとは驚いた。
「ある日のお昼休みに、中庭の噴水にエディット王女様がわざとペンダントを落としたことがありました。王女様と取り巻きたちは私に噴水に入って取れと命じました。さすがに対応に苦慮し従者を呼ぼうとしましたが、王女様は世話係の私がするべきだと詰め寄りました。悔しいと思いましたが、相手は他国の王女で、私は公爵令嬢にすぎません。後々ワイアット様に迷惑をかけるかもしれないと、諦めて噴水に入ろうとしたらセシル様が助けてくれたのです。あの時はありがとうございました」
「ああ……そういえば噴水で……ありましたね」
助けた覚えはないのだが、心当たりはあった。私はお昼休みをいつも噴水の近くのベンチで数学の計算を解いて過ごしていた。あそこは穴場で意外と人が来ない。
あの日は珍しく団体様がいるなと見ていたら、エディット王女様が首からペンダントを外して噴水に放っていた。私はペンダントを注視していて……そうだ! アイリーンが困惑しながら王女様としゃべっていた。声は聞こえていなかったがアイリーンが噴水に向かったので、慌てて近くにあった木の枝を持って噴水にかけよった。そして木の枝を使ってペンダントを引き上げて渡した覚えがある。
私の場所から王女様がペンダントを放る姿がしっかりと見えた。だから私は王女様と噴水の距離と落ちた場所をさっと計算した。ペンダントの重さは知っているので重さも含めて落ちた場所を頭の中で想定した。
「あの時私はペンダントの落下場所を計算するのに夢中で、助ける意図をもっての行動ではなかったのです。ごめんなさい」
「あの時もそう言っていましたね。でも助けてくれたのは事実です。だからお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
私は拾ったペンダントがびっしょりで、どうしようかと迷っていた。するとアイリーンが手を差し出してくれたので渡した。アイリーンは受け取ると持っていたハンカチで水分を拭っていた。するとエディット王女様が怖い顔で私を睨んで言った。
「あなた、何で拾ったの?」
「この枝で拾いました」
私は首を傾げながら手に持っている枝を示した。おちょくったわけではなく本気で答えたのだが、王女様は腹を立てていた。
「違うわよ。そうじゃなくて!」
私は王女様がどうして拾うことができたのかを問うていると受け取り答えた。
「拾えたのはエディット王女様の立ち位置と噴水までの距離、殿下の腕の長さと放った角度、そしてペンダントに付いているコインの重さを推測し計算して落下位置を特定しました。その計算式はですね――――」
自信はあったが計算がまさにドンピシャだったので、嬉しくなって延々と丁寧にエディット王女様に説明した。さらに最後にこう続けたのだ。
「このペンダントはアイリーン様とワイアット殿下の婚約の記念で配られた物ですね。無事に拾えてよかったです」と。
それを聞いたエディット王女様はまさに鬼の形相で顔を真っ赤にして、その場を去っていった。アイリーンが差し出したペンダントは受け取らなかった。私ももちろんあのペンダントは持っている。貴族全員に配られたもので、受け取ってすぐに重さを測った。そのおかげで正確に計算できてペンダントが無事に拾えたのだ。
思い返してハッとする。王太子殿下の婚約記念のメダルペンダントを枝で拾ったのは不敬だったかしら? あの池は溺れるほどではないがちょっと深さがある。手を入れると肩まで濡れてしまうと思って枝を使ってしまった。
(あれれ?? それよりも……)
「アイリーン様。エディット王女様はあのペンダントがどんなものかご存じ無かったのでしょうか?」
アイリーンは苦笑いを浮かべる。
「そのようね。ワイアット様がエディット王女様に差し上げたみたいなのです。きちんとペンダントの由来を説明した上で、あくまでも友好の印でとお伝えしたそうなのだけど、エディット王女様は自分への好意を示すプレゼントだと歪曲してしまったみたいですわ。でもセシル様の発言でエディット王女様はワイアット様を諦めて、予定を切り上げて帰国してくれたのです。だから本当に感謝しているのです。ちなみにこの話は家族も我が家の使用人もみんな知っています。もちろん兄も」
(それでなのね! 使用人までもが私に良くしてくれる理由がやっとわかった。でもワイアット殿下もアイリーン様との婚約の記念品を自分に気のある王女様に差し上げるなんて、なかなか残酷……)
「それだけでヴァンス様の婚約者に推薦してくださったのですか?」
「私にとって大きな出来事だったのです。それ以外にも移動教室での朗読会で、読む本を隠されて困っていたら、セシル様が今日自分は指名されないのでどうぞと貸してくださったわ」
「あれは隠されていたのですか? 確か忘れてしまったとおっしゃっていましたよね?」
「エディット王女様がいらしたことで、ワイアット様の婚約者になることを諦めきれない令嬢が、王女様と呼応するように嫌がらせをしてきて隠されたのです」
アイリーンに嫌がらせをしても、ワイアット殿下の婚約者になれるわけないのに、何でそんなことをするのだろう? 理解に苦しむ。
「そんなことが……ですが困ったときはお互い様ですし」
思わぬ感謝に困惑する。狙った行為ではなく本当に偶然そうなっただけなのだ。
「謙虚なところがセシル様らしくて大好きです! 実は私、セシル様とお友達になりたかったのですが気やすく声をかけて、セシル様にご迷惑をかけるかもしれないと諦めたのです」
ワイアット殿下との婚約で敵が多いから巻き込まないように遠慮してくれたそうだ。
「え……それは残念です」
しゅんと肩を落とした。もしもアイリーンと友達になっていたら学園生活は楽しかっただろうと思う。もともと男子生徒からは陰口を言われていた。さらにスコットとの婚約が決まったせいで、婚約者が決まっていない令嬢たちから無視されていたからつまらなかったのだ。
ちなみに婚約の決まっている令嬢は自分の方が素敵な婚約者だというマウントを取ろうとするので付き合いを遠慮した。
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