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31.処分
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ヴァンスの行動と言葉を思い出すたびにどうしても恥ずかしくなってしまう。心を落ち着かせるためにヴァンスから貰った『最新版:超難題! 計算問題集』を夢中で解いて心を落ち着かせた。
翌日、屋敷にヴァンスが訪ねてきた。――結果的にそこまで意識をする必要はなかったかも。
「セシル。体調はどうだ」
「はい。元気です!」
ヴァンスは通常運転でおでこの「ちゅっ」や愛の告白(?)などなかったように普通に話しかけてきた。ひとりで意識し過ぎたことが逆に恥ずかしくなる。
あれからどうなったかというと、我が家とオルブライト公爵家から抗議の手紙を受け取ったベイリー侯爵はすぐに謝罪の手紙を寄越した。本当は侯爵自身で謝罪に来るべきなのだが、侯爵夫人が今回のことにショックを受けて倒れてしまったのだ。明らかに心労によるもので私は気の毒になった。ベイリー侯爵夫妻には優しくしてもらったし、特に悪感情はない……なくもなかった。一方的に婚約を破棄されたんだった。でもそのおかげでヴァンスと婚約できたので「まあ、いいか」という気分なのだ。
ベイリー侯爵からの手紙にはスコットに対して両家が納得する処分を受け入れる。それが廃嫡であってもと書かれていた。
(ひいぃぃぃ! 本当に廃嫡の可能性がある)
思わぬ大騒ぎになったことに私は青ざめた。せいぜい今後、私に接触させないという誓約書を書かせて、まあ慰謝料をもらうくらいかなと思っていた。スコットは一人息子なので廃嫡になれば親戚筋から養子を迎えることになる。
ベイリー侯爵がそこまで受け入れるのはオルブライト公爵家の圧力だとお父様が悪い顔で笑っていた。ヴァンス様もそれを当然だと思っているようだが、私はスコットの人生を壊したいとは思わない。後味が悪いし、そんなものを背負って生きたくない。できれば穏便にすませたいと思っている。
もっとも前回スコットが問題を起こした時に軽い注意だけで済ませてしまったから、再び愚かなことをしたのだと思えば、厳しめな処分は必要かもしれない。
両親と私とヴァンスで処分内容を話し合ったのだが、揉めに揉めた。みんなが廃嫡でいいと言うのだ。さすがにそこまではと私が抵抗するとヴァンスが「庇うのか?」と不快そうにする。「そうではないのです!」と切々と訴えた結果、私が決めることになった。それはそれで重い。
私はスコットに三か月間の自宅謹慎と今後は絶対に単独で私に接触をしないことを求めることにした。社交界に入れば挨拶くらい交わすこともあるだろう。一対一でなければいいかなと思ったのだ。
今は社交シーズンでしかもスコットは結婚したばかり。このタイミングで社交の場に出られないのは貴族の、それも嫡男にとっては致命的。表向きは体調不良と公表してもいいけれど、悪い意味での憶測をされるのは避けられない。それを含む意味での罰とした。スコットはメンタルが弱いくせに、プライドが高いから十分ダメージになる。そう説得するとみんなは渋々受け入れてくれた。よかった……。
すぐに返事を出そうとしたがヴァンスに止められた。
「しばらくはヤキモキすればいい」
「ですが侯爵夫人はまだ寝込んでいるそうですよ?」
「馬鹿息子に育てた報いだ。廃嫡に比べればかなり軽い処分なのだから、それくらい受け入れるべきだ」
「………」
ヴァンス様は意外と厳しい。これが高位貴族の責任というものかもしれない。
数日後、エイダから私に手紙が届いた。内容は私に会って謝罪したいということ。みんなは会う必要はないと止めたが私は一度エイダに会って話をしたかった。
ヴァンスが同席すると言い張るので、オルブライト公爵邸で面会することになった。
オルブライト公爵邸に到着するとフローレンスが私を抱きしめて労りそしてスコットに激怒してくださった。ローマンは何があっても守るから安心するようにと言ってくれた。嬉しくて思わず泣いてしまった。私はもうオルブライト家の家族なのだと実感した瞬間だった。
感動が収まると我に返った。……みんな大げさなのでは? まるで私が死地をさまよったかのような再会だった。まあ、いいか。
エイダが来るまでヴァンスとゆっくりお茶をした。しばらくすると約束の時間より少し早くエイダが到着した。
「この度は夫がご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした」
エイダは濃紺のシンプルなドレスを着ていた。開口一番謝罪の言葉を告げると深く私たちに頭を下げた。顔はやつれている。しおらしい姿にエイダも苦しい思いをしたのだとわかる。
「謝罪を受け取ります。エイダ、どうぞ座って」
エイダは顔を上げると少し困った顔をしたが、すぐに真面目な顔になり会釈をしてソファーに腰を下ろした。
「ありがとうございます」
ヴァンスは私の隣で黙って様子を見守っている。
「ベイリー侯爵様はどうされているの?」
「義母に続いて義父も昨夜倒れてしまいました。さすがに夫も事の重大さを理解し反省しています。来られなかった義父から伝言を言付かっています。『今回愚息が大変ご迷惑をおかけしました。妻が落ち着き次第、息子を領地へ連れて行き厳しく再教育を施します。廃嫡を希望されるのであれば生涯領地から一歩も出しません』とのことです」
すでにベイリー侯爵家内では廃嫡が決定として受け入れられている。オルブライト公爵家はそれだけ力のある家なのだと再確認し身震いしてしまった。普段あまり意識していなかったが私は厳しい身分社会の一員なのだ。
淡々と口を開くエイダに悲壮感はない。どうしてだろう? 私はエイダにちょっとだけ意地悪をすることにした。
「エイダはベイリー侯爵子息が廃嫡になったらどうするの?」
悲しむのか怒って私を責めるのか。意外なことにエイダは静かに微笑んだ。
「夫が離縁をしたいと言うのなら離縁を、側にいてもいいと言ってくれたら支えたいと思っています」
スコットの意思を優先しすべてを受け入れる? 正直なところエイダがそれほどスコットを大切に思っているとは想像していなかった。私はエイダが実家で虐げられていたことを聞いたとき、スコットのプロポーズを受けたのはその生活から抜け出すためだけで彼に愛情を持っているとは思っていなかったのだ。
「そう……では離縁をしたらどうするの? 実家には帰れないでしょう?」
エイダの実家は破産してもう存在しない。もともとエイダが家族として扱われていなかったことを思えば、平民として暮らしている両親や弟と合流することはないだろう。
「ふふ。セシルは私の実家がなくなったことは知っているのね? 実はあれ私のせいなのよ。バートン伯爵家はお金がなくて破産したことになっているけれど、本当はまだ持ちこたえられそうだったの。お金を貸してくれる悪い人はいくらでもいるものなのね。でもあの人たちがいると私は幸せになれないから、隠してあった二重帳簿を持ち出して義父からバセット伯爵様に渡してもらって家を潰してもらったのよ」
「え……」
晴れ晴れとしたエイダの顔を見れば、家族への情がないことがわかる。そこまでさせてしまうほど、バートン伯爵たちはエイダを追い詰めたのだ。エイダがベイリー侯爵家に嫁げば、絶対にお金の無心に来る。そうならないようにエイダは自分の手で防いだ。ベイリー侯爵もエイダを迎え入れればバートン伯爵がいずれ自分の足を引っ張ると理解していたから、エイダに手を貸したのだ。
「それで離縁したらだったわね。私はどこかで働くつもりよ。運が良ければ貴族の屋敷で下女として雇ってもらえるかもしれないし、洗濯女でもいい。でも紹介状がないからやっぱり無理かな。そうしたら街で住み込みの仕事を探すわ。あてはあるのよ。街のパン屋さんや八百屋さん、酒屋さんたちがいざとなったら働かせてくれるって言ってくれていたの」
私はその言葉に衝撃を受けた。てっきり修道院へ行くと言うと考えていた。貴族令嬢が没落して頼れる身寄りがなければ、悲しいことだが身売りか修道院の選択肢しかない。なぜなら貴族の暮らしをしていた若い令嬢が、ある日自分の力だけで働いて一人で生きていくことは不可能に近いから。エイダはその準備をしていた。ずっと毎日覚悟をして生きていたのだ。
「下女や街の住み込みならあまりいい生活とは思えない。それでもいいの?」
エイダはくすくすと笑いだした。
「あの家の暮らしよりはずっといいと思う。実家ではね。義母の意向で夏は屋根裏部屋で冬は地下室で暮らしていたの。夏は暑くて、でもそれは我慢できたわ。辛かったのは冬の地下室よ。ボロボロの毛布一枚で震えて過ごしていたの。寒くて眠れないし手足の感覚もなくなる。もちろん暖炉もないから耐えるしかない。お湯だって使わせてもらえない。食事は一日一食、粗末なものだけ。あれ以上に酷い生活でなければ私にとって天国よ」
「……」
実の父親は娘が虐げられることを助けもせず加担していた。
ふとエイダの手を見る。スコットと結婚したことでいい生活をしているはずなのに、手は貴族令嬢らしくない。長年労働をしてきた傷あとの残った手、お手入れをしてもそう簡単には変わらない。一目見れば分かる。エイダは実母が亡くなって十年以上ずっと使用人として働いてきたのだ。
私は泣きたくなった。気の毒な境遇だと聞いていたけれど、それは想像を超えたものだった。結婚してやっと幸せになれるはずだったのに、夫と心がすれ違い、その夫は浅はかにも騒ぎを起こした――。
私はどうしても知りたくて問いかけた。
「エイダはスコット様を好きなの?」
ベイリー侯爵子息と呼ぶのが面倒になって名前で呼んだら、隣から小さく舌打ちが聞こえた。ヴァンスは私がスコットを名前で呼ぶのが嫌らしい。
エイダは目を細めると、まるで愛しい人を思い浮かべるようなとても優しい顔になった。
「スコットって控えめに言って最低のクズよね。自分勝手で甘ったれでしょう?」
(ええええ……)
表情と言葉が一致していないのだけれど。
翌日、屋敷にヴァンスが訪ねてきた。――結果的にそこまで意識をする必要はなかったかも。
「セシル。体調はどうだ」
「はい。元気です!」
ヴァンスは通常運転でおでこの「ちゅっ」や愛の告白(?)などなかったように普通に話しかけてきた。ひとりで意識し過ぎたことが逆に恥ずかしくなる。
あれからどうなったかというと、我が家とオルブライト公爵家から抗議の手紙を受け取ったベイリー侯爵はすぐに謝罪の手紙を寄越した。本当は侯爵自身で謝罪に来るべきなのだが、侯爵夫人が今回のことにショックを受けて倒れてしまったのだ。明らかに心労によるもので私は気の毒になった。ベイリー侯爵夫妻には優しくしてもらったし、特に悪感情はない……なくもなかった。一方的に婚約を破棄されたんだった。でもそのおかげでヴァンスと婚約できたので「まあ、いいか」という気分なのだ。
ベイリー侯爵からの手紙にはスコットに対して両家が納得する処分を受け入れる。それが廃嫡であってもと書かれていた。
(ひいぃぃぃ! 本当に廃嫡の可能性がある)
思わぬ大騒ぎになったことに私は青ざめた。せいぜい今後、私に接触させないという誓約書を書かせて、まあ慰謝料をもらうくらいかなと思っていた。スコットは一人息子なので廃嫡になれば親戚筋から養子を迎えることになる。
ベイリー侯爵がそこまで受け入れるのはオルブライト公爵家の圧力だとお父様が悪い顔で笑っていた。ヴァンス様もそれを当然だと思っているようだが、私はスコットの人生を壊したいとは思わない。後味が悪いし、そんなものを背負って生きたくない。できれば穏便にすませたいと思っている。
もっとも前回スコットが問題を起こした時に軽い注意だけで済ませてしまったから、再び愚かなことをしたのだと思えば、厳しめな処分は必要かもしれない。
両親と私とヴァンスで処分内容を話し合ったのだが、揉めに揉めた。みんなが廃嫡でいいと言うのだ。さすがにそこまではと私が抵抗するとヴァンスが「庇うのか?」と不快そうにする。「そうではないのです!」と切々と訴えた結果、私が決めることになった。それはそれで重い。
私はスコットに三か月間の自宅謹慎と今後は絶対に単独で私に接触をしないことを求めることにした。社交界に入れば挨拶くらい交わすこともあるだろう。一対一でなければいいかなと思ったのだ。
今は社交シーズンでしかもスコットは結婚したばかり。このタイミングで社交の場に出られないのは貴族の、それも嫡男にとっては致命的。表向きは体調不良と公表してもいいけれど、悪い意味での憶測をされるのは避けられない。それを含む意味での罰とした。スコットはメンタルが弱いくせに、プライドが高いから十分ダメージになる。そう説得するとみんなは渋々受け入れてくれた。よかった……。
すぐに返事を出そうとしたがヴァンスに止められた。
「しばらくはヤキモキすればいい」
「ですが侯爵夫人はまだ寝込んでいるそうですよ?」
「馬鹿息子に育てた報いだ。廃嫡に比べればかなり軽い処分なのだから、それくらい受け入れるべきだ」
「………」
ヴァンス様は意外と厳しい。これが高位貴族の責任というものかもしれない。
数日後、エイダから私に手紙が届いた。内容は私に会って謝罪したいということ。みんなは会う必要はないと止めたが私は一度エイダに会って話をしたかった。
ヴァンスが同席すると言い張るので、オルブライト公爵邸で面会することになった。
オルブライト公爵邸に到着するとフローレンスが私を抱きしめて労りそしてスコットに激怒してくださった。ローマンは何があっても守るから安心するようにと言ってくれた。嬉しくて思わず泣いてしまった。私はもうオルブライト家の家族なのだと実感した瞬間だった。
感動が収まると我に返った。……みんな大げさなのでは? まるで私が死地をさまよったかのような再会だった。まあ、いいか。
エイダが来るまでヴァンスとゆっくりお茶をした。しばらくすると約束の時間より少し早くエイダが到着した。
「この度は夫がご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした」
エイダは濃紺のシンプルなドレスを着ていた。開口一番謝罪の言葉を告げると深く私たちに頭を下げた。顔はやつれている。しおらしい姿にエイダも苦しい思いをしたのだとわかる。
「謝罪を受け取ります。エイダ、どうぞ座って」
エイダは顔を上げると少し困った顔をしたが、すぐに真面目な顔になり会釈をしてソファーに腰を下ろした。
「ありがとうございます」
ヴァンスは私の隣で黙って様子を見守っている。
「ベイリー侯爵様はどうされているの?」
「義母に続いて義父も昨夜倒れてしまいました。さすがに夫も事の重大さを理解し反省しています。来られなかった義父から伝言を言付かっています。『今回愚息が大変ご迷惑をおかけしました。妻が落ち着き次第、息子を領地へ連れて行き厳しく再教育を施します。廃嫡を希望されるのであれば生涯領地から一歩も出しません』とのことです」
すでにベイリー侯爵家内では廃嫡が決定として受け入れられている。オルブライト公爵家はそれだけ力のある家なのだと再確認し身震いしてしまった。普段あまり意識していなかったが私は厳しい身分社会の一員なのだ。
淡々と口を開くエイダに悲壮感はない。どうしてだろう? 私はエイダにちょっとだけ意地悪をすることにした。
「エイダはベイリー侯爵子息が廃嫡になったらどうするの?」
悲しむのか怒って私を責めるのか。意外なことにエイダは静かに微笑んだ。
「夫が離縁をしたいと言うのなら離縁を、側にいてもいいと言ってくれたら支えたいと思っています」
スコットの意思を優先しすべてを受け入れる? 正直なところエイダがそれほどスコットを大切に思っているとは想像していなかった。私はエイダが実家で虐げられていたことを聞いたとき、スコットのプロポーズを受けたのはその生活から抜け出すためだけで彼に愛情を持っているとは思っていなかったのだ。
「そう……では離縁をしたらどうするの? 実家には帰れないでしょう?」
エイダの実家は破産してもう存在しない。もともとエイダが家族として扱われていなかったことを思えば、平民として暮らしている両親や弟と合流することはないだろう。
「ふふ。セシルは私の実家がなくなったことは知っているのね? 実はあれ私のせいなのよ。バートン伯爵家はお金がなくて破産したことになっているけれど、本当はまだ持ちこたえられそうだったの。お金を貸してくれる悪い人はいくらでもいるものなのね。でもあの人たちがいると私は幸せになれないから、隠してあった二重帳簿を持ち出して義父からバセット伯爵様に渡してもらって家を潰してもらったのよ」
「え……」
晴れ晴れとしたエイダの顔を見れば、家族への情がないことがわかる。そこまでさせてしまうほど、バートン伯爵たちはエイダを追い詰めたのだ。エイダがベイリー侯爵家に嫁げば、絶対にお金の無心に来る。そうならないようにエイダは自分の手で防いだ。ベイリー侯爵もエイダを迎え入れればバートン伯爵がいずれ自分の足を引っ張ると理解していたから、エイダに手を貸したのだ。
「それで離縁したらだったわね。私はどこかで働くつもりよ。運が良ければ貴族の屋敷で下女として雇ってもらえるかもしれないし、洗濯女でもいい。でも紹介状がないからやっぱり無理かな。そうしたら街で住み込みの仕事を探すわ。あてはあるのよ。街のパン屋さんや八百屋さん、酒屋さんたちがいざとなったら働かせてくれるって言ってくれていたの」
私はその言葉に衝撃を受けた。てっきり修道院へ行くと言うと考えていた。貴族令嬢が没落して頼れる身寄りがなければ、悲しいことだが身売りか修道院の選択肢しかない。なぜなら貴族の暮らしをしていた若い令嬢が、ある日自分の力だけで働いて一人で生きていくことは不可能に近いから。エイダはその準備をしていた。ずっと毎日覚悟をして生きていたのだ。
「下女や街の住み込みならあまりいい生活とは思えない。それでもいいの?」
エイダはくすくすと笑いだした。
「あの家の暮らしよりはずっといいと思う。実家ではね。義母の意向で夏は屋根裏部屋で冬は地下室で暮らしていたの。夏は暑くて、でもそれは我慢できたわ。辛かったのは冬の地下室よ。ボロボロの毛布一枚で震えて過ごしていたの。寒くて眠れないし手足の感覚もなくなる。もちろん暖炉もないから耐えるしかない。お湯だって使わせてもらえない。食事は一日一食、粗末なものだけ。あれ以上に酷い生活でなければ私にとって天国よ」
「……」
実の父親は娘が虐げられることを助けもせず加担していた。
ふとエイダの手を見る。スコットと結婚したことでいい生活をしているはずなのに、手は貴族令嬢らしくない。長年労働をしてきた傷あとの残った手、お手入れをしてもそう簡単には変わらない。一目見れば分かる。エイダは実母が亡くなって十年以上ずっと使用人として働いてきたのだ。
私は泣きたくなった。気の毒な境遇だと聞いていたけれど、それは想像を超えたものだった。結婚してやっと幸せになれるはずだったのに、夫と心がすれ違い、その夫は浅はかにも騒ぎを起こした――。
私はどうしても知りたくて問いかけた。
「エイダはスコット様を好きなの?」
ベイリー侯爵子息と呼ぶのが面倒になって名前で呼んだら、隣から小さく舌打ちが聞こえた。ヴァンスは私がスコットを名前で呼ぶのが嫌らしい。
エイダは目を細めると、まるで愛しい人を思い浮かべるようなとても優しい顔になった。
「スコットって控えめに言って最低のクズよね。自分勝手で甘ったれでしょう?」
(ええええ……)
表情と言葉が一致していないのだけれど。
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