婚約者から「君のことを好きになれなかった」と婚約解消されました。えっ、あなたから告白してきたのに? 

四折 柊

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18.婚約者決定(ヴァンス)

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 留学先での心配はほぼ杞憂に終わった。想像していたよりも遙かに平和だった。過去の令嬢が異常であんなことは何度も起こらない。やっとそう思えるようになった。

 そもそもここで一番注目されるのはワイアットだ。おかげで気楽でいられた。ちなみにワイアットは王太子らしく終始笑みを浮かべ誰にでも平等に対応した。その姿に自分に振り向いてもらえるのではと期待して群がった令嬢たちは、ワイアットが常に幸せそうな表情でアイリーンの自慢話をするので落胆し去って行った。

 時折私に声をかける女性もいたが、常に無表情なので手応えがないと感じ諦める。無駄な努力をしないでくれたのはありがたい。基本的に脈がないと分かると早々に撤退してくれる。

 気安く友人のように話せる女性はできた。だが心の内を話せるところまでの関係にはなれない。私は無意識に壁を作り自分の心に入れないようにしているのかもしれない。相手だって心を開かない相手に心を開きたくない。それは当然の心理だ。
 結局、留学中に好意を抱ける女性を見つけることはできなかった。

 相変わらず私は誰かに笑うことはできない。無理やり笑おうとしても引き攣るだけで笑えないのだ。これは努力をしてもどうにもならないので諦めている。それでも女性と話をすることに拒絶反応が起きなくなったのは大きな成長だ。むしろ女性の方が私に威圧感を覚え、敬遠している気がする。
 そのあたりは帰国してから改善してそれから婚約者を探せばいい、と呑気に考えていたところに父からの帰国命令である。
 私は帰国し屋敷に帰ると、まずは両親から詳しい話を聞こうしたのだが、先んじて父が私に質問してきた。

「ヴァンス。留学中、ワイアット殿下はあちらの国の王女や、もしくはどこかの令嬢を見初めたりしなかったのか? 懇意にしている女性の存在は?」

 息子よりも娘のことが大事らしい。まあ、いいが。父は切実な顔をしつつも、どこか期待を滲ませる。

「ありえませんよ。そもそも王女はまだ七歳ですよ? アイリーン一筋のワイアットが目移りするはずもありません……もしかして父上は、あわよくばワイアットが留学先で他の令嬢に心を移してアイリーンとの婚約解消をすることを期待していたのですか? 最低ですね」
「…………」

 父は憮然とした。沈黙が答えだ。そこまでして娘を嫁にやりたくないらしい。呆れてものも言えない。そんなことになればワイアットを慕うアイリーンが悲しむ。本当に裏切っていれば暗殺するくらいには怒るくせに矛盾している。アイリーンを手元に置いておきたい気持ちはわからなくはないが、ワイアットと破局してもいずれはどこかに嫁ぐ。それならば想い合っている男のところに快く送り出してやればいいのに。父親とはこうも矛盾した生き物なのか? それとも父だけが特別なのか? もっともこれは最後の悪あがきなのでこれ以上責めるつもりはないが。
 私は父を冷ややかに見ると溜息を吐いた。

 父はアイリーンが生まれてすぐに同年代の貴族子息を調べた。アイリーンの伴侶候補を探すために。
 目論見としてはオルブライト公爵領の中に屋敷を建てさせて、そこに我が家が持っている伯爵位をアイリーンに与え婿を取らせる計画だった。ちなみにそのための屋敷はアイリーンが一歳になる前に建設を始めてすでに立派な屋敷が出来上がっている。ワイアットのせいでその計画は頓挫してしまい屋敷は別荘として使用している。

「それよりも私の婚約者のことを教えてください。まともな令嬢なのですよね?」

 父は真面目な顔になると私に資料を差し出した。

「ああ、もちろんまともな女性だ。お相手はバセット伯爵の娘さんだ」
「バセット伯爵令嬢……。ああ! その女性のことならアイリーンから聞いたことがあります。学園で助けてもらったと。ですが婚約者がいたはずですよね?」

 アイリーンは学園生活の中でワイアットを慕う令嬢に妬まれ、くだらない嫌がらせを受けていた。特に突撃短期留学をしてきたエディット王女には苦労したと、手紙に書いてあった。

 そんな時にアイリーンを助けてくれたのがバセット伯爵令嬢。アイリーンが絶賛していたので印象に残っている。

「それは破談になっている」
「破談?」

 父の話だとバセット伯爵令嬢は結婚を三か月後に控えているのにもかかわらず、婚約を一方的に解消された。どうやら婚約者の心変わりらしい。

 アイリーンがその話を聞きつけ、それなら「ぜひお兄様の婚約者になってもらいたい!」と両親をけしかけたらしい。アイリーンは抜けたところはあるが人を見る目はある。幼い頃から欲深い大人たちと接する機会が多かったせいか、悪意を持つ人間に対して敏感なせいだろう。

 両親は在学中のアイリーンからバセット伯爵令嬢の話を聞いたときに、すぐに彼女について詳しく調査をしたらしい。アイリーンにとっては恩人だが、恩人のふりで近づいてくる輩もいるので、用心のためだ。調査の結果、バセット伯爵令嬢は本当に下心のない善意で行動していたとの結論が出た。

 彼女の人柄も、父親であるバセット伯爵も信頼に値する人物だとわかっていたので、アイリーンの言葉を受け父は母と相談の上、すぐさまバセット伯爵に私との婚約を申し込んだ。

「せめて婚約を申し込む前に一言教えてくださいよ」

 つい不満を溢したが父は意に介さない。

「従者からはヴァンスには浮いた話もなければ懇意にしている女性もいないと報告を受けている。恋人がいないのなら問題ないだろう?」
「まあ、そうですけど」

 私にだって心の準備がある。一言相談してほしいと思うのは我儘ではないはずだ。不毛なので文句を言うのを諦めた。それよりも詳しいことが知りたい。父から調査報告書を受け取り読む。

 バセット伯爵の娘セシル嬢。学園での成績は優秀で入学から卒業までトップの成績を守った。彼女の父バセット伯爵はどんな些細な不正も見過ごさないと言われる財務部の敏腕監察官で『冷酷無慈悲な監査官』と呼ばれている。父親が有能なら娘も有能に育つのかもしれない。

 姿絵を見ると緊張気味に微笑を浮かべていて微笑ましい気持ちになった。容姿については明るい金髪に明るい緑の瞳を持つ。父親似で切れ長の目は意思が強そうな印象を受けた。
 その夜、アイリーンが帰宅するなり私の部屋にやってきた。そしてほぼ息継ぎなしで捲し立てた

「お兄様。おかえりなさい。セシル様のこと、勝手にお父様たちに頼んでしまってごめんなさい。でもセシル様は本当に素敵な人なの。成績優秀で凛として格好よくて優しくて。会えばきっとお兄様もそう思うわ。私、お兄様には幸せになってほしい。セシル様にも幸せになってほしい。だから二人が結婚すればいいと思って。とにかく会って、そして前向きに考えて。お願いね!」
「アイリーンは相変わらずせっかちだな。まあ、婚約者を決めたいと思っていたし、父も母もアイリーンも賛成なら、私はセシル嬢と結婚したいと思う。ただ彼女にも選ぶ権利はあるから無理強いはしたくない」

 でもこれも何かの縁だと思う。だから私はアイリーンに説得されなくてもセシルとの婚約を前向きに考えている。情けないがこのまま自分で婚約者を探しても見つけられる気がしないこともある。でもそれ以外にセシルが侯爵子息から一方的に婚約を解消されたと聞いて腹が立った。彼女には一分の責任もない。私にはさほど騎士道精神はないが、それでも女性に恥をかかせる男を許せない。もしもセシルが私と婚約をしてくれて、それで彼女の名誉が挽回できればいいと思っている。

「それもそうだわ。セシル様の気持ちが一番大切なのに、私ったら先走り過ぎね。でも素敵な人だから早くしないと誰かに取られちゃうと心配だったの」
「私は愛想がないから嫌われないといいが」
「う……ん。確かに。でも顔だけはいいからきっと大丈夫よ!」
「顔だけ……」

 アイリーンは誉めているつもりなので言い返さなかったが、私にも顔以外にいいところはあるはずだ。まあ、まずは会ってからだ。

 そう思ったのだが、帰国してからの仕事が忙しくバセット伯爵家を訪ねることができない。ワイアットの執務室の隣の部屋に私の執務室がある。机には書類が山積みで、朝から晩まで捌いているのに一向に減らない。もちろんワイアットも忙しくしておりアイリーンとの時間が取れないとブツブツ文句を言っている。

 バセット伯爵と相談して、私が在宅できる時間にセシルを我が家に呼ぶことになった。当初は互いの両親を同席させての顔合わせを予定していたが、セシルが緊張してしまうので気負わないように、まずは二人だけでの顔合わせにしてほしいと頼まれたので了承した。
 この日、準備万端でセシルが来るのを待っていたのに、陛下から急な呼び出しで登城することになり顔合わせに遅刻してしまった。謝罪に対しセシルはにこやかに許してくれた。

 初めて会うセシルは背筋を伸ばし凛としていた。まっすぐに私を見る瞳は絵姿よりもずっと理知的で美しい。緊張してカチカチになりながらも、淑女らしくしっかりと挨拶をしているのが可愛らしく感じた。過去に迷惑を被った令嬢たちとは雰囲気が全然違う。グイグイ来る圧がなく穏やかだ。言葉にできないが何となくアイリーンの言わんとすることが理解できた。とにかく好印象を抱いた。

 セシルには婚約を申し込んだ理由を聞かれたので、アイリーンから勧められたからとありのままを答えた。
「以前から好意を持っていた」と嘘を吐くことは考えなかった。婚約者に裏切られた女性に対し、喜ばせるためとはいえ嘘を吐けば、それが発覚した時に深く傷つくはずだ。これは私なりのセシルに対する誠意のようなもの。
 セシルは微妙な顔をしていたが、納得してくれたように思う。

 彼女は表情豊かで見ていると楽しい。初対面にもかかわらず不思議と以前からの知り合いのような気がしてきた。セシルに対し拒絶感はなく私は密かに安堵していた。

「他に質問はあるだろうか?」

 セシルは意を決したように口を開いた。
 
「ではお伺します。ヴァンス様には忘れられない初恋の人や今現在愛している人、たとえば恋人や愛人などはいらっしゃいますか? もしくは私と仮面夫婦をご希望ですか? 覚悟が必要なことなので嘘偽りなく教えてください。教えていただければ善処します!」

 はっ!? 恋人や愛人? そんな存在がいればセシルに求婚したりしない。心外だと思ったが、疑うのは前婚約者の仕打ちのせいだろう。セシルを見れば真剣そのもの。仮面夫婦になる覚悟など必要ないのに本気らしい。

 それにしてもあまりにはっきりと聞く。その豪胆さがおかしくて、腹の底から笑いが込み上げてきた。
 私はそんな存在はいないと告げた。ただ念のためにアイリーンの足を引っ張るなと釘を刺した。少々言い過ぎかと思ったがアイリーンはセシルを心から信頼している。どうか妹を裏切らないでほしい、そういう気持ちからの言葉だった。

 それに対しセシルは「はい! お任せください」と屈託のない満面の笑顔で頷いた。私はこの笑顔を見てセシルと上手くやっていけると確信した。

 一安心して自分では満足していたのだが、夕食の時に私の発言内容について家族全員に叱られた。ちなみになぜ家族が知っているのかと言えば、後ろに控えていた侍女が報告しているからだ。

「ヴァンスは本当に顔だけね。せっかく留学してきたのに成長していないじゃないの。余計なことを言って。きっとセシルさんは気分を害したわよ」
「でも怒っていませんでしたよ? それに母上。息子に顔だけとは言い過ぎでは……」
「ヴァンスは女性に対しての警戒心が抜け切れていないのだろう。そう怒るな。フローレンス」
 
 さすがに父は若い時に同じような苦労をしているので庇ってくれた。

「確かに不躾だったと思う。それは反省した。でも結果的にいい返事をもらえたのだから問題ないはずだ」

 私がそう言うとアイリーンは大きく溜息を吐いた。そして残念な物を見る目を私に向けた。妹を思っての発言だったのに酷くないか?

「お兄様ったら、もうちょっと何とか……気の利いたことを……よりによって注意をするとかありえない……嫌われていないといいけれど……」

 十分反省したからそんなに責めないでくれ、と私は心の中で呟いた――。
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