愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊

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2.婚約者との関係

 この婚約に思うところはあるが、ジョゼフィーヌはシャレット公爵家の娘。いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。王太子殿下の婚約者として立派に振る舞って見せる。

 そう思ったもののアルバンとの仲は変わらなかった。婚約者としての定例のお茶会は沈黙のまま時間が終わる。最初の顔合わせのときと同じように、ジョゼフィーヌが話しかけてもアルバンは頷くだけで自ら話題を振ってくれないからだ。それならお茶だけ飲んで無理に話さなくていいやと割り切ることにした。

 二人は友人にすらなれていない。このままで大丈夫なのだろうか。できることが思いつかないので時間が解決することを願った。
 アルバンとのことはさておき、ジョゼフィーヌにとってよかったことがある。それは妃教育がまったく難しくなかったことだ。隣国の王子様であるリックと結婚するために取り組んでいた内容と同じだったので、おさらい程度で済んだ。もちろんおさらいでも手は抜いたりしなかった。

 王太子殿下の婚約者という立場は、ジョゼフィーヌにとって仕事という認識になっている。仕事は真面目に取り組み全うするものである。

 ただアルバンとその取り巻きたちは、ジョゼフィーヌがそう考えていることを知らない。しかも大きな誤解をしている。
 誤解が生まれたのはある噂のせいだ。その噂の内容とは、ジョゼフィーヌが「おうじさまのおよめさんになりたい」とお父様に強請ねだり、お父様が公爵家の権力を使ってアルバンの婚約者にしたというもの。

「まあ、それっぽいことを確かに言ったけど。でも王子様はアルバン殿下のことじゃなくてリックのことなのに……」

 アルバンにその王子様はあなたのことではないのよ、と訂正したいが伝えるのは不敬になりそうなので我慢している。
 どうやら幼いジョゼフィーヌの言葉を誰かが王妃様にしゃべってしまい、誤解した王妃様がアルバンとジョゼフィーヌの婚約を熱望し王命が下ったらしい。
 リックが我が屋敷に遊びに来ていることはお忍びなので内緒だ。だから家族以外はジョゼフィーヌの好きな王子様を自国のアルバンのことだと勘違いするのは仕方がないことだった。

 誤解を解くことができないせいで、アルバンやアルバンの側近たちのジョゼフィーヌに対する心証はすこぶる悪い。側近の一人であるジッド侯爵の子息ガストンからの当たりは特に強かった。

「アルバン殿下には夢があったのです。殿下は自分の見初めた令嬢と愛を育み、そして結婚したかったのです」

 ガストンがそう言いながら睨んでくる。ジョゼフィーヌのせいでその夢が潰えたと責めている。

「へ……え……」

 まぬけな返事をしたのは淑女らしくなかったが、ゆくゆくは一国を背負う人が可愛らしい夢を大事にしていると驚いた。悪いことではないが王子の立場では難しい。見初めた人の身分が釣り合わなければ悲恋になる。

(私も初恋のために頑張っていたから夢見がちと言われると否定できないわね。殿下はご両親が恋愛結婚だから運命の出会いに憧れているのかも)

 王妃様は元男爵令嬢だった。王太子殿下だった陛下が街に視察に行ったときに王妃様を見初めた。そしてこの出会いは運命だと、彼女を妃に迎えたいと望んだ。当然ながら二人の身分差ゆえに多くの貴族が反対した。ところが陛下には婚約が内定していた公爵令嬢がいたにもかかわらず、反対を押し切ってしまった。おかげでかなり揉めたと聞いている。
 当時、市井では王妃様のことをまるでシンデレラのようで素敵だと憧れを込めて祝福していた。

 なるほど。アルバンがジョゼフィーヌに対し打ち解けようとしないのは、その夢があったからかと納得した。

 それでも婚約して三年が過ぎ、アルバンがジョゼフィーヌの身長を抜いた頃には、友人程度の距離感になった。その頃になると一緒に公務を行う機会が増えたからかもしれない。公務について相談をするうちに世間話ができるようになった。アルバンも大人になったのだろう。もう、ジョゼフィーヌを睨むこともなくなり、一緒にお茶を楽しむこともある。

 ある日のお茶会では好きな食べ物や趣味を聞かれた。婚約して三年目にようやくその質問かと笑ってしまった。でもアルバンなりにジョゼフィーヌとの関係を前向きに考えてくれているのだと思えば嬉しかった。ちなみにアルバンの趣味や好き嫌いについては、本人に聞く前に従者から報告書をもらっていたので知っている。

(これなら結婚してもやっていけるかも)

 リックとの結婚生活しか妄想、いや想像したことがなかったのでピンとこないが、なんとかなりそうだ。やっとそう思えてきたのに、それは起きた。

 毎年デビュタントの令嬢たちをお披露目する夜会がお城で行われる。
 十五歳から十六歳くらいの可愛らしい令嬢たちが、緊張して佇んでいる姿は初々しく微笑ましい。かくいうジョゼフィーヌは社交界にデビューしてからまだ四年しか経っていないが、すっかり保護者目線になってしまった。

 デビュタントたちの中には婚約者が決まっていない令嬢が多いので、貴族たちは情報収集に余念がない。「あの子は可愛い」「あの子は気が強そうだ」「成績優秀な子はどの子だ?」など令嬢たちを評価する囁きが聞こえてくる。未婚の貴族の子息の婚約者候補として物色されているのだ。下世話ではあるが貴族の社交とはそういうもの。
 そんな中、ジョゼフィーヌはアルバンと隣り合って両陛下の側に控えていた。

「ジョゼフィーヌ。みな初々しいな」
「さようでございますね。アルバン殿下」
「ジョゼフィーヌのときは貫禄が……いや、なんでもない」
「…………」

 アルバンは自分の失言を悟り、気まずそうに言葉を濁して目を逸らした。

(それはちょっと失礼では? 私は殿下より二歳年上だから貫禄があったように見えただけで、大人から見たら初々しかったはずよ。あ、でもリックと結婚できないとわかって、しかもアルバンとの婚約が内定して不貞腐れて……テンションが低かった記憶があるからそう見えたのかも)

 気を取り直してデビュタントたちに視線を向けると、陛下が令嬢たち一人一人に祝いの言葉を与えているところだった。
 令嬢たちは陛下との挨拶が終わると、アルバンとダンスを踊ることになっている。わが国ではこれをもって淑女と認められ社交界に正式に参加できる。

 アルバンは闇夜でも発光しそうなほど眩い金色の髪と、若葉を感じさせる緑色の瞳を持っている。王妃様譲りの容貌は美麗で多くの令嬢たちが見惚れている。デビューしたばかりの令嬢たちも、緊張しつつもアルバンを気にしているのがよくわかる。

 全員の挨拶が終わり、いよいよダンスタイムだ。
 まずアルバンは婚約者であるジョゼフィーヌとファーストダンスを踊った。

「ジョゼフィーヌと踊るのは何回目だろうか?」
「さあ? 婚約してからたくさん踊りましたからね。ふふ、最初の頃は殿下に足を踏まれたこともありましたね」
「あれはまだ私の身長が……いや、何でもない。今はジョゼフィーヌが一番踊りやすい」
「それなら嬉しいです」

 アルバンが頬を薄く染めはにかんでいる。優しいことも言えるようになったのだと感慨深い。こういう表情を見るとアルバンを可愛いなあと思ってしまう。姉のような気分でほのぼのとした。いつかこの気持ちが恋になるのかしら。ならなくても親友夫婦もいいな。きっと穏やかな関係でいられる。

 アルバンとのダンスが終わりジョゼフィーヌは少し離れたところに控えた。
 これからアルバンはデビュタントたちと順番に踊る。毎年のことなので慣れた様子でアルバンはデビュタントたちの手を取っていく。アルバンのスマートな所作に、令嬢たちは顔を真っ赤にして、でも嬉しそうにしていた。高位貴族の令嬢以外はデビュタント以外はアルバンと踊る機会が得られないのでいい経験になるだろう。

 それにしてもほとんどの令嬢の動きはぎこちない。不慣れな場所で注目を浴びれば緊張が増すのだから仕方がないが、そんな姿も初々しく可愛いと思う。
 きっとこの日のためにたくさん練習したのだろう。足がもつれそうな令嬢にはアルバンが腰を支え上手く体勢を戻してあげていた。アルバンもすっかり紳士になったと感動すら覚える。

 アルバンがその令嬢とのダンスを危なげなく終えると、いよいよ最後の令嬢の番になった。アルバンがふわりと手を差し出しその令嬢がアルバンの手を取った。曲に合わせて最初の一歩を踏み出すそのとき、二人が目を合わせた。
 
 見つめ合った瞬間、二人の動きが止まった。
 
 それは一瞬だったのかもしれない。でも、長い時間にも感じた。いや、せいぜい一分くらいだったのだと思う。たいした時間ではないけれど、ダンスの踊り出しで止まるには不自然な長さだった。
 そう、周囲の人間が訝しむ程度には――。





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