愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊

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10.予想外の提案

 期待していなかったと言えば嘘になる。
 あの夜会から数日後、アルバンに呼ばれてジョゼフィーヌは王宮に向かった。
 いつになく緊張した面持ちでアルバンの執務室に入ると、そこにはアルバンとガストンがいた。アルバンもまた緊張に顔を強張らせている。

「急に呼び出して済まない。それで大切な話がある」
「何でしょう?」

 いよいよ例の話ね。アルバンはジョゼフィーヌがソファーに座るや否や口火を切った。思いつめた顔に、いよいよ婚約解消の話だと確信した。
 ところが――。

「エステルを、」
「エステル様を?」

 アルバンは一度言葉を切った。まあ、言い出しにくいのは理解できる。ジョゼフィーヌは静かに続きを待った。

「エステルを、彼女を側室に迎えたい」

 ――幻聴が聞こえた。

「…………は?」
「エステルを愛してしまったんだ。どうか許してほしい」
「…………え?」
「エステルを愛しているから、側室にしたい」
「………」

 信じられなくて何度も確かめた。聞き違いだと自分の耳を疑ったものの、アルバンは真面目な顔で繰り返した。

(嘘でしょう。婚約解消じゃなくて側室? 結婚前から側室を決めるの?)

 ジョゼフィーヌは混乱した。正直、側室の希望を出されることはまったく想像していなかった。

「ジョゼフィーヌ?」

 ジョゼフィーヌが固まっていると、アルバンが不審そうに名前を呼んだ。名前を呼ばれたことで、はっと我に返ると語気を荒げ言った。

「どういうことですか? エステル様を愛した、というのは仕方がないことだと思います。ですがなぜ側室ということになるのですか?」
「ジョゼフィーヌはエステルのこと、仕方がないと簡単に受け入れるのだな……」

 悲しそうな顔でボソッとアルバンが呟いた。しまった。普通なら婚約者の心変わりを責めるところなのにあっさり受け入れてしまった。でも、アルバンはそれを非難できる立場ではないはずだ。

「それは……人の心は儘ならないものですし、エステル様と出会われてからアルバン殿下の行動は明らかに私を蔑ろにするものでした」
「蔑ろにしていたつもりはない」
「無自覚ですか。私は蔑ろにされていると感じていました」
「それは……すまなかった」
「ですから婚約解消は仕方がないと覚悟していたのです」
「解消してしまうと今までのジョゼフィーヌの献身を踏み躙ることになる。だからエステルは側室にしたほうがいいとジッド侯爵が提案してくれた」

(アルバン殿下はこの提案そのものが私を踏み躙っているとは思わないらしい。それにしてもジッド侯爵ったら余計なことを吹き込まないでよ!)

「ですが結婚前から側室を決めるなど前例がありませんし、エステル様だって正妃を望まれるのではないですか? ここは私との婚約を解消するのが最善策だと思います」
「エステルは身分を考えれば仕方ないと受け入れている」

 そもそもわが国は一夫一妻制となっている。それでも愛人を囲う貴族はいるので、相続争いを避けるために家を継げるのは正妻との間に生まれた子供だけと決まっている。正妻との間に子ができなければ、近い親戚から養子をもらうか、もしくは離婚して再婚相手との間に子供を作るしかない。

 ただし王族に限り側室制度がある。王は貴族ほど簡単に離婚ができなからだ。やむを得ない理由があれば例外が認められて側室を迎えることができる。たとえば王妃に子供ができないとか、病気で公務が全くできないようなときだ。側室を迎えるには議会の承認が必要だが、承認されれば王妃同様の権利が与えられる。当然、側室の子供も王位継承権を持つことができる。

 我が国では妻以外に愛する人がいて側に置きたいのなら愛人にするしかない。この国で愛人は公的権利が一切認められていない。愛情だけがよすがとなる日陰の存在なのだ。
 
 たとえ王の愛人であっても例外はない。王が愛人に与えた物、金銭や宝飾品すべてを王が亡くなれば没収される。所有権は発生しない。着の身着のまま放り出されてしまう。愛に準ずるといえば聞こえはいいが、一般的に蔑まれる立場になる。

 ここまで厳格な取り決めができた理由は、昔数多あまたの側室や愛人を迎えた王が、子をたくさん儲けた。その結果、権力争いと王位簒奪で国が荒れ滅亡寸前までになったせいらしい。

 アルバンのエステルを愛する気持ちが本物なら、ジョゼフィーヌとの婚約は解消してエステル様と婚約を結び直す、その一択だと思う。エステルだって王妃は荷が重いとか言わずにアルバンを愛しているのなら相応しくなるように努力すればいい。

「エステル様の家は子爵家です。側室になるには弱すぎますし、側室にも知識や教養は求められます。側室とはいえ、するべき公務があることをエステル様は理解していますか?」

 正妃と同等の権利を与えられるのだから、それなりの公務を割り振られる。アルバンといちゃいちゃしながら遊んで暮らせると思っているのなら、大きな間違いだ。

「…………」

 アルバンが眉を寄せ考え込んだ。側室についてまったく理解していない。
 するとアルバンの後ろに控えていたガストンが口を挟んだ。

「確かに前例はありません。ですがこれは王家からジョゼフィーヌ様への配慮なのです。婚約を解消すればシャレット公爵家そしてジョゼフィーヌ様が面目を失う。ですがエステル様を側妃にすることを受け入れれば面目を保てる上に、あなたは王妃になれるのですから。これはあなたのための提案なのです」

(恩着せがましい。物は言いよう……)

 ガストンは上から目線で鷹揚に頷いた。ややしゃくれがちの顎をしゃくったのがイラっとする。その顎を掴んで投げ飛ばしたい。王妃になっても側妃を立てられたら面目を失うのは変わらない上に、むしろ蔑ろにされている感が酷くなる。
 ガストンの加勢にアルバンも口を開いた。

「ジョゼフィーヌは王子の婚約者になりたかったのだろう? 私を好きだからではなく、王子と結婚することが望みだった。それは叶うのだから問題ないはずだ。たとえ好かれていなくても私はジョゼフィーヌに感謝している。だからそれに報いるためにも婚約解消はせずにジョゼフィーヌを王妃にしてエステルを側妃にする」

 そう宣言したアルバンの瞳はどこか暗く淀んで見えた。

(え……。知らなかった。私のこと、王妃になりたくてアルバン殿下との婚約を望んだと思われていたのね)

 ジョゼフィーヌがアルバンを愛していれば、そのことを全力で否定できる。「王子と結婚したかったのではなく、アルバン殿下と結婚したかったのです!」と。でもそれは事実と異なるので言えない。だからといって「私はリックと結婚したかったのです。王妃様の思い込みのせいでアルバン殿下と婚約することになったのです」と弁解するのは不敬になるだろうし、ガストンあたりに不貞疑惑をかけられそうだ。子供の頃の「おうじさまのおよめさんになりたい」発言がここにきても足を引っ張っている。

「ジョゼフィーヌの受けた王妃教育を無駄にはさせないから安心してほしい」

(私は全然無駄になってもいいのに)

 力強く頷くアルバンの真摯な姿は、この提案が本気でジョゼフィーヌのためになると思っている証拠で、悪意がまったくない分、ジョゼフィーヌを困惑させる。

「両陛下はこのことをご承知なのですか?」
「ああ、賛成してくれている」
「私の父や宰相様には話を通してあるのですか?」
「いや、これからだが、ジョゼフィーヌが受け入れてくれれば話が早くなる」
「エステル様の後ろ盾になる貴族がいますでしょうか?」

 弱小貴族が王家に嫁ぐには大きな権力を持つ後ろ盾が必要になる。王妃様には後ろ盾に名乗りを上げる貴族がいなかった。そのせいで今も肩身の狭い思いをしている。

「そのことなら心配はいりません。父がエステル様の後ろ盾になってもいいと言っていますので」

 ガストンが不敵な笑みを浮かべた。

「ジッド侯爵様がエステル様の後ろ盾に、ですか?」
「ええ、我が家は王家に縁があり、貴族たちを束ねる力も持っている。エステル様の後ろ盾として申し分ないと自負しています」

 王家との縁とは前王妃様のことだろう。前王妃様はジッド侯爵家のご令嬢で王家に嫁いだ。そのことで長い間ジッド侯爵家が権力を独占するような状態になった。アルバンの代でも権力をほしいままにしようと目論んでいそうだ。
 アルバンはジッド侯爵やガストンにいいように言いくるめられていると思う。素直というか、ミラベルの言葉を借りれば「お馬鹿さん」というか……。

 私たちが婚約を解消すればいいだけなのに、どうしてこんなに面倒なことになっているのだろう?






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