愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊

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11.時間稼ぎ

 ジョゼフィーヌは誰かと夫を共有することを考えたこともなかった。それは誰が夫であっても。王家の側室制度については完全に失念していた。

 万が一、王妃に子ができなくても王妃に相応しい女性がいれば離婚し実家に戻ることはできる。でも該当する女性(知識、教養、健康、素行、後ろ盾など)がいなければ王妃はそのまま残り、迎えた側室をサポートしなければならない。ものすごく理不尽な制度だ。
 王と結婚するということは国と結婚することでもあり、また一人の女性としての心を殺さなければならないのかもしれない。そこまでの覚悟ができていなかったので、途端に未来が憂鬱になった。

「側室を認めるなんて絶対に嫌よ。それなら一生独身のほうがまし!」

 側室の申し出をアルバンに告げられたとき、ガストンはすぐに決断しろと迫った。用意周到に用意されていた書類を目の前に並べるとペンを渡された。ジョゼフィーヌがサインをすればすぐに議会にかけられる。承認されればお父様や宰相が撤回を要求しても覆すのは難しくなる。
 ガストンの父であるジッド侯爵は、ジョゼフィーヌの父親であるシャレット公爵と宰相が王都不在の間に、側室の申請を議会にかけ承認までこぎつけたいのだろう。お父様は領地で起こった水害対策のために王都にいない。そして宰相もタイミング悪く、鉱山の崩落事故で現地に行っていてまだ王都に戻れそうもない。きっと貴族たちにお金をばらまいて買収しているに違いない。
 意外なことに執拗なガストンを止めたのはアルバンだった。

「ガストン、やめろ。伝えたばかりでジョゼフィーヌにも時間が必要だ」
「ですが、殿下!」
「ジョゼフィーヌ。すまないが考えてほしい」

 アルバンはガストンを無視するとジョゼフィーヌに頭を下げた。
 基本的にアルバンは素直で優しい人だと知っている。でも王に相応しいかと問われると「はい」とは言えない。だからジョゼフィーヌは自分が婚約者になってから、支えなければと必死にサポートをしてきた。

(殿下の見通しが甘いのって支えすぎたから? それが裏目に出たのかしら? 突き放すくらいの方がよかったのかも)

 弟を守る姉の気持ちが大きかった気がする。反省しても後の祭りだけど。

「……時間をください」

 そう濁し辞去したが、後日王妃様まで側室を認めるように迫ってきた。

「ジョゼフィーヌさん。どうして側室を入れることを嫌がるの? あなたが王妃なのは変わらないわ。エステルさんと一緒にアルバンを支えてあげて。私、アルバンにも愛する人と幸せになってほしいの。ジョゼフィーヌさんだってアルバンを愛しているのならそれが一番いいことだってわかるでしょう?」

(愛していたらなんでも受け入れるべきという考えを押し付けないでほしい。そもそも前は身分差のある結婚は幸せになれないから、エステルを説得するようなこと言っていたのにそのことは忘れてるの? 側室ならなんとかなると思っているのかも。公務の内容はさほど変わらないからエステルは絶対に苦労するのに)

「王妃様。ひとつお伺いさせてください。もしも陛下が側室を望まれたら王妃様は受け入れるのですか?」
「陛下は私だけを愛しているのだからそんなこと言わないわ」

(ああ……王妃様は人の立場を自分に置き換えて想像することができない人だった。話にならない。自由な人だと思っていたけど身勝手なだけだった)

「これは大切なことなので私の一存では決められません。シャレット公爵当主である父に相談してからお返事をさせていただきます」
「困るわ。この話が進まないと新しいドレスは作れないとジッド侯爵に言われているのよ」
「……………」

 王妃様は頬に手を当て首を傾げ、困っているアピールをしている。

(ドレスの心配ですか……)

 ドレスを買ってもらうためにジッド侯爵に乗せられて側室に賛成しているらしい。
 ジッド侯爵は王妃様の後ろ盾にならなかったが、上手く取り入っている。後ろ盾にならなかったのは、宰相と敵対しないための配慮と王妃様の失敗の責任の連座を免れるためで自己保身である。それなのに利用だけはする。狡賢いし、それを容認する陛下も陛下だ。そういえば教会の炊き出しの件で王妃様に加勢して推し進めたのはジッド侯爵だった。悪い意味で教会とも繋がっていそう。

 宰相が早く世代交代を望む理由が理解できる。アルバンを即位させてジッド侯爵派を弱体化させたいのだ。国政をこれ以上ジッド侯爵の好きにさせては駄目だ。ジッド侯爵家の縁者やその派閥にはアルバンに釣り合う身分や年齢の令嬢がいなかった。ジョゼフィーヌかミラベルが王妃になればジッド侯爵の力を押さえることができるはずだった。
 でもエステルの存在を利用し権力を維持しようとしている。ジッド侯爵を重用していた先代陛下が亡くなって焦っているのだろう。
 アルバンはその権力争いの中枢にいながらあまりにも無自覚でいる。ジョゼフィーヌは頭が痛くなった。
 ジョゼフィーヌが王妃様の御前を退がり帰宅しようとしたら、ガストンと通路ですれ違い呼び止められた。

「これはシャレット公爵令嬢。そろそろ決断ができましたか?」
「こんにちは。ガストン様。お返事は父が王都に戻ってからだと申し上げたはずです。アルバン殿下も理解してくれているのに、なぜあなたがそれほど急ぐのですか?」
「私は、大切なことだから早く話を進めたほうがいいと考えたまでです」
「それはジッド侯爵様の指示ですか?」
「いいえ。私も父も王家の忠臣として行動していますよ」

 ガストンは当然だとばかりに、笑みを浮かべると顎をしゃくった。ムカつくんですけど。

「そうですか。ところでアルバン殿下はどちらに?」
「殿下は図書室にいらっしゃいます。お会いになりますか?」
「いいえ。今日はこのまま帰ります」

 アルバンが図書室にいるとは珍しい。てっきり視察の公務を作り出し、エステルに会いに行っているのかと思っていた。特に用はないしせっかく勉強しているのなら邪魔はしたくないので会わずに帰ることにした。

 とにかく今は返事を引き延ばして時間稼ぎをするしかない。ジョゼフィーヌの心情は婚約解消で、お父様ならきっとその気持ちを汲んでくれると思う。そしてアルバンの不義による婚約解消を求めてくれると信じている。ただ王妃にすると言っているので責任追及は難しい。それでも側妃を受け入れる屈辱を呑んでまで王家を支えろとは言わないはずだ。

 だが、そうなると王家とジッド侯爵を喜ばせることになる。私たちの婚約は王命によるものなので、王家側からの撤回はさすがに貴族たちの不信を買う。さらに王家は謝罪と賠償金を払わなければならなくなる。
 アルバンは善意からジョゼフィーヌに側室の提案をしているが、陛下は保身、そしてジッド侯爵は利益目的で側室に賛成しているに過ぎない。
 貴族社会においてアルバンの心変わりは大した問題ではなく、婚約という契約が履行されるかどうかが大事なのだ。
 ジョゼフィーヌから婚約解消すれば、ジッド侯爵は嬉々としてエステルをアルバンの新たな婚約者に担ぎ出すはず。本来なら子爵令嬢のエステルがアルバンの婚約者になることはできないが、王妃様という前例がありジッド侯爵が後ろ盾になるのなら可能だろう。でもそれではジッド侯爵の権力はそのままだ。そうなるくらいなら宰相はエステルを排除させてジョゼフィーヌとの婚約継続を求めると思う。
 
 ――どうあっても婚約解消までの道のりは遠そうだった。
 



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