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13.告白
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数日後、掃除中にイヴリンがカツカツとジリアンのところに来た。
「あんたなんて!!」
そう吐き捨てると側にあったバケツを蹴り水をぶちまけた。息も荒く睨みつけるとすぐさま踵を返し去っていく。
「何か嫌なことでもあったのかしら?」
イヴリンの機嫌が悪いとこういうことはよくある。ここの掃除をもう一度やり直しかと思いながら水を拭き取る。
その夜、部屋にルナが泊りに来た。狭いベッドに並んで横になりながらイヴリンの機嫌が悪かった理由を教えてくれた。
「こないだアンが夜会に出席したでしょう? それでどこかの公爵様の息子さんがアンに求婚の手紙を寄越したらしいの。お嬢さまにくる求婚の申し込みには伯爵家以上の子息がいないから腹を立てたようよ」
「求婚?」
「アン、すごく綺麗だったもん。公爵子息様に見初められてそのまま上手く結婚出来ればこの家を出られるね!」
ルナの無邪気な言葉に苦笑いが浮かぶ。よほどエヴァが納得する条件でなければ自分を格上の相手に嫁がせたりしないだろう。その件がイヴリンのプライドを刺激してしまったようだ。ジリアンはよく分からない相手と結婚してまでここを出たいとは思っていない。
甘い考えだと分かっているができれば平民の侍女のままここで働いていたいと思っている。両親のいた時とはすっかり様変わりしてしまったとはいえ思い出のつまった屋敷でもあるし、なにより使用人仲間と離れるのが寂しい。ルナはもちろんだが侍女長のことは心から信頼している。まるで母のようにジリアンを導いてくれている。料理長はリックからもらったお菓子のお礼だと翌日の夕食のパンに肉を挟んでくれた。唇を前に人差し指を立てていたからみんなには内緒だ。他の使用人たちだってお菓子のお礼だと、休日に外出したときにお土産にペンと手帳をお給料がもらえないジリアンにプレゼントしてくれた。
すっかりメイドとしての暮らしに慣れ労働の充実感や周りの人たちの優しさを知り、今さら貴族として堅苦しく生きていきたいとは思わない。頼れる家族がいない身であれば、よほど恵まれた家に嫁がない限り苦労するのは目に見えている。
なによりもリックに会う理由がなくなってしまう。リックは隣国の人だ。いつまでこの国にいるのか分からないし、いつか会えなくなるのは覚悟している。でもその日が一日でも遅ければいいと思ってしまう。
明日は待ちに待ったグリーン商会にお使いに行く日だ。ウキウキしながらその晩は眠りについた。
翌朝は張り切って仕事をして、午後からグリーン商会に向かった。
「こんにちは、ダイナさん」
「アン。こんにちは。奥にどうぞ」
ダイナはニコニコとジリアンの背を押す。
「こんにちは。リックさん」
「アンさん。こんにちは。待っていたよ。どうぞ」
促されるようにソファーに腰かける。
ダイナがお茶を用意してくれている。いつもお客様のようにもてなしてもらい申し訳なく思っているが、やはり嬉しい。
リックがジリアンの前にカラフルな包装紙に包まれた小さな箱を置いた。
「これは?」
「今回のお土産なんだ。ぜひ食べて欲しくて。開けてみて」
ジリアンはリックの期待を込めた視線を受けながら包装を丁寧に広げる。中にはしっかりした造りの金色の小箱が出てきた。そっと開けるとそこには綺麗な形のチョコレートが三粒入っていた。美味しそうだがとにかく高級感に溢れている。自分では買えないレベルのものだとすぐに分かった。
三粒のチョコレートは全部味が違うようだ。一つはハート形のピンクのチョコレートであと二つは真ん丸のトリュフチョコレート、一つにはホワイトシュガーがもう一つにはココアパウダーがかかっている。チョコレート自体が平民では簡単に手が出ないのだからこの手の込んだチョコレートは相当な値段がするだろう。自分が食べていいのか迷いリックを見る。
「さあ、食べてみて」
彼は当然のようにジリアンが食べるのを待っている。
「いただきます」
まずはトリュフを摘まみ口に入れる。軽く噛めば中からミルク味のチョコレートがとろりと広がる。
「美味しい!!」
リックは嬉しそうに目を細めた。
「このチョコレートの開発に一年かかってようやく納得のいく味になったんだ。自信はあったし評判は上々だから、アンさんにも食べて欲しくて」
「リックさんが開発を?」
「ああ、妹が大のチョコレート好きでね。妹の旦那が妹を喜ばせたいから工場を立ち上げるって言いだして、最初はそこまでするのかと半信半疑だったけど、あっというまに建設が始まって材料を仕入れろってせっつかれてね。義弟が本気だと分かったからそれなら共同開発しようってことになった。私は腕のいいチョコレート職人にも心当たりがあったから引き抜いたり大忙しだったが、結果的にいいものが出来た。ゆくゆくはこの国でも販売するつもりだ」
「まあ、この国では私が初めて食べたのですか?」
「そうだね。ほらこっちも食べて」
そんなすごいものをいいのかと動揺しながら急かされるようにもう一つのトリュフも口に入れた。こちらは少しビターな味が広がる。とにかく美味しい。今まで食べたチョコレートの中で一番だ。ハート形のチョコレートは噛んだらイチゴソースがとろりと溢れ出す。酸味が広がりこれも美味しかった。
「ごちそうさまでした。どれも美味しかったです。リックさんは妹さんがいらっしゃるのですね?」
ダイナの注いでくれた紅茶を飲みながら、そういえばリックについて何も聞いたことがなかったと気付いた。ジリアンは自分の事情を話すことが出来ないので、一方的に質問するのはどうかと敢えて聞かないようにはしていた。
「ああ、四歳下なんだが、旦那がとにかく妹のことを大好きでね」
リックは肩をすくめてやれやれと言いながらその表情は嬉しそうだ。仲のいい兄妹だと分かる。
「きっと素敵なご夫婦なのでしょうね?」
愛し愛され幸せな夫婦が容易に想像できる。ほっこりした気持ちでいるとリックが居住まいを正した。
「アンさん。アンさんはカーソン侯爵家との雇用契約はどうなっているのだろうか?」
「えっ?! あの?」
突然の質問に面食らう。リックは眉を下げ迷うように口を開いた。
「ああ、急な質問で戸惑ってしまうよな。アンさん。私は――」
「はい?」
リックは咳ばらいを一つすると表情を改めた。
「私はあなたが好きだ。将来を共にしたいと思っている。あなたが私を望んでくれるのならどんな障害も排除してあなたを迎えに行く。あなたの気持ちを教えて欲しい」
「あっ……」
咄嗟に浮かんだ感情は「嬉しい」だった。でもすぐにエヴァの顔が浮かんだ。伯母はきっとリックとのことを許さないだろう。もしカーソン侯爵家の権力で彼に危害を加えられたらと想像し恐ろしくなった。言い淀むジリアンにリックは熱の籠った眼差しで返事を待っている。どうすれば……。
「困ります。お客様!」
そのときダイナの大きな声が聞こえてきたと同時に、部屋に先日見かけた男爵令嬢のファニーが入ってきた。
「あんたなんて!!」
そう吐き捨てると側にあったバケツを蹴り水をぶちまけた。息も荒く睨みつけるとすぐさま踵を返し去っていく。
「何か嫌なことでもあったのかしら?」
イヴリンの機嫌が悪いとこういうことはよくある。ここの掃除をもう一度やり直しかと思いながら水を拭き取る。
その夜、部屋にルナが泊りに来た。狭いベッドに並んで横になりながらイヴリンの機嫌が悪かった理由を教えてくれた。
「こないだアンが夜会に出席したでしょう? それでどこかの公爵様の息子さんがアンに求婚の手紙を寄越したらしいの。お嬢さまにくる求婚の申し込みには伯爵家以上の子息がいないから腹を立てたようよ」
「求婚?」
「アン、すごく綺麗だったもん。公爵子息様に見初められてそのまま上手く結婚出来ればこの家を出られるね!」
ルナの無邪気な言葉に苦笑いが浮かぶ。よほどエヴァが納得する条件でなければ自分を格上の相手に嫁がせたりしないだろう。その件がイヴリンのプライドを刺激してしまったようだ。ジリアンはよく分からない相手と結婚してまでここを出たいとは思っていない。
甘い考えだと分かっているができれば平民の侍女のままここで働いていたいと思っている。両親のいた時とはすっかり様変わりしてしまったとはいえ思い出のつまった屋敷でもあるし、なにより使用人仲間と離れるのが寂しい。ルナはもちろんだが侍女長のことは心から信頼している。まるで母のようにジリアンを導いてくれている。料理長はリックからもらったお菓子のお礼だと翌日の夕食のパンに肉を挟んでくれた。唇を前に人差し指を立てていたからみんなには内緒だ。他の使用人たちだってお菓子のお礼だと、休日に外出したときにお土産にペンと手帳をお給料がもらえないジリアンにプレゼントしてくれた。
すっかりメイドとしての暮らしに慣れ労働の充実感や周りの人たちの優しさを知り、今さら貴族として堅苦しく生きていきたいとは思わない。頼れる家族がいない身であれば、よほど恵まれた家に嫁がない限り苦労するのは目に見えている。
なによりもリックに会う理由がなくなってしまう。リックは隣国の人だ。いつまでこの国にいるのか分からないし、いつか会えなくなるのは覚悟している。でもその日が一日でも遅ければいいと思ってしまう。
明日は待ちに待ったグリーン商会にお使いに行く日だ。ウキウキしながらその晩は眠りについた。
翌朝は張り切って仕事をして、午後からグリーン商会に向かった。
「こんにちは、ダイナさん」
「アン。こんにちは。奥にどうぞ」
ダイナはニコニコとジリアンの背を押す。
「こんにちは。リックさん」
「アンさん。こんにちは。待っていたよ。どうぞ」
促されるようにソファーに腰かける。
ダイナがお茶を用意してくれている。いつもお客様のようにもてなしてもらい申し訳なく思っているが、やはり嬉しい。
リックがジリアンの前にカラフルな包装紙に包まれた小さな箱を置いた。
「これは?」
「今回のお土産なんだ。ぜひ食べて欲しくて。開けてみて」
ジリアンはリックの期待を込めた視線を受けながら包装を丁寧に広げる。中にはしっかりした造りの金色の小箱が出てきた。そっと開けるとそこには綺麗な形のチョコレートが三粒入っていた。美味しそうだがとにかく高級感に溢れている。自分では買えないレベルのものだとすぐに分かった。
三粒のチョコレートは全部味が違うようだ。一つはハート形のピンクのチョコレートであと二つは真ん丸のトリュフチョコレート、一つにはホワイトシュガーがもう一つにはココアパウダーがかかっている。チョコレート自体が平民では簡単に手が出ないのだからこの手の込んだチョコレートは相当な値段がするだろう。自分が食べていいのか迷いリックを見る。
「さあ、食べてみて」
彼は当然のようにジリアンが食べるのを待っている。
「いただきます」
まずはトリュフを摘まみ口に入れる。軽く噛めば中からミルク味のチョコレートがとろりと広がる。
「美味しい!!」
リックは嬉しそうに目を細めた。
「このチョコレートの開発に一年かかってようやく納得のいく味になったんだ。自信はあったし評判は上々だから、アンさんにも食べて欲しくて」
「リックさんが開発を?」
「ああ、妹が大のチョコレート好きでね。妹の旦那が妹を喜ばせたいから工場を立ち上げるって言いだして、最初はそこまでするのかと半信半疑だったけど、あっというまに建設が始まって材料を仕入れろってせっつかれてね。義弟が本気だと分かったからそれなら共同開発しようってことになった。私は腕のいいチョコレート職人にも心当たりがあったから引き抜いたり大忙しだったが、結果的にいいものが出来た。ゆくゆくはこの国でも販売するつもりだ」
「まあ、この国では私が初めて食べたのですか?」
「そうだね。ほらこっちも食べて」
そんなすごいものをいいのかと動揺しながら急かされるようにもう一つのトリュフも口に入れた。こちらは少しビターな味が広がる。とにかく美味しい。今まで食べたチョコレートの中で一番だ。ハート形のチョコレートは噛んだらイチゴソースがとろりと溢れ出す。酸味が広がりこれも美味しかった。
「ごちそうさまでした。どれも美味しかったです。リックさんは妹さんがいらっしゃるのですね?」
ダイナの注いでくれた紅茶を飲みながら、そういえばリックについて何も聞いたことがなかったと気付いた。ジリアンは自分の事情を話すことが出来ないので、一方的に質問するのはどうかと敢えて聞かないようにはしていた。
「ああ、四歳下なんだが、旦那がとにかく妹のことを大好きでね」
リックは肩をすくめてやれやれと言いながらその表情は嬉しそうだ。仲のいい兄妹だと分かる。
「きっと素敵なご夫婦なのでしょうね?」
愛し愛され幸せな夫婦が容易に想像できる。ほっこりした気持ちでいるとリックが居住まいを正した。
「アンさん。アンさんはカーソン侯爵家との雇用契約はどうなっているのだろうか?」
「えっ?! あの?」
突然の質問に面食らう。リックは眉を下げ迷うように口を開いた。
「ああ、急な質問で戸惑ってしまうよな。アンさん。私は――」
「はい?」
リックは咳ばらいを一つすると表情を改めた。
「私はあなたが好きだ。将来を共にしたいと思っている。あなたが私を望んでくれるのならどんな障害も排除してあなたを迎えに行く。あなたの気持ちを教えて欲しい」
「あっ……」
咄嗟に浮かんだ感情は「嬉しい」だった。でもすぐにエヴァの顔が浮かんだ。伯母はきっとリックとのことを許さないだろう。もしカーソン侯爵家の権力で彼に危害を加えられたらと想像し恐ろしくなった。言い淀むジリアンにリックは熱の籠った眼差しで返事を待っている。どうすれば……。
「困ります。お客様!」
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