本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。

四折 柊

文字の大きさ
18 / 33

18.人は見かけで判断できない

しおりを挟む
「いらっしゃいませ~」

 店内に入れば明るい声で迎えられ若い女給がジリアンを先導し奥へと進む。男は馬車を止めに行っているのでジリアンは一人だ。一瞬、今の隙に逃げてしまえばと頭をよぎったが、目を閉じその考えを振り払う。

「お連れ様はすぐに見えますので座ってお待ちください」

 通された部屋の中央には円卓があり椅子が四脚均等に配置されている。明るい木目調の壁紙の室内にはいかがわしい雰囲気はない。とりあえず座って男を待つことにしたが顔が強張るのは仕方がない。
 すると先ほどの女給が食事を次々と運び込んでくる。サラダに肉料理に魚料理がそれぞれ数種類置かれていく。テーブルいっぱいに並んでいく皿の数に目を丸くする。どうやらすでに注文していたようだ。

「ジリアン様。お待たせしました。腹が減っているでしょう? どんどん食べて下さい」

 男は椅子に座るとニカッと笑いさっさと皿に手を付ける。大きな口を開けて食べる様子は豪快だ。

「嫌いなものは除けて下さい。この後は列車に乗って国境を越え、駅から迎えの馬車で屋敷に向かいます。ああ、名乗るのが遅くなりました。私はタイラーといいます。ジリアン様の護衛を兼ねて迎えに来ました。事情があってあえて侍女を連れてきていません。むさ苦しい男と一緒で申し訳ないですが今日中に伯爵家に行きたいので辛抱してください」

 ジリアンは呆気に取られた。カーソン侯爵家でジリアンを連れて行くときは人攫いのような不穏な威圧感を放っていたのに今は優しい表情で声をかけてくる。最初の印象とはまるで別人のようだ。どうやらここには単純に食事に寄っただけのようだ。休憩にも使われるが健全な食事処なのだろう。勘繰った自分が恥ずかしい。スケジュールを教えられれば悪い考えは杞憂のようだ。なかなか手を付けないジリアンにタイラーは数種類の食事を皿に取り分けジリアンに渡す。素直に受け取り食べることにした。

「いただきます」

 出来たての温かい食事はどれも美味しそうだった。カーソン侯爵家では使用人にこんな上等な肉や魚が出ることはない。味の沁み込んだ煮魚も柔らかい肉も文句なく美味しい。男につられるようにジリアンも食べ進める。すぐにお腹いっぱいになってしまった。

「ごちそうさまです」

「もう、いいんですか?」

「はい。お腹いっぱいです」

 男は残った食事を平らげる。気持ちいい食べっぷりだ。店を出ると汽車に乗る。人生で汽車を見るのも乗るのも初めてだ。ジリアンは興奮を隠せていないようでその様子を見たタイラーがニヤニヤと笑っている。

「まるで子供ですね」

「私は汽車を見るのが初めてなのです」

 子供扱いされたことにちょっとムッとして言い返す。なぜかタイラーに対する警戒心はなくなっていた。彼の大らかな雰囲気に絆されたのかもしれない。
 切符を見れば一等車だった。列車の料金は高額でまず平民には無理だ。特に一等車となればそれなりの富裕層に限られる。これからジリアンの嫁ぐ伯爵家はかなりの資産家と聞いているが、きっと想像以上に違いない。

「タイラーさん。私の嫁ぎ先のディアス伯爵家はどんなお家なのでしょうか?」

「ジリアン様が知らないのは当然ですね。伯爵家のことはこちらの国にはあまり情報が流れていない。あえてそうしているみたいだ。どんな、か。まあ、私にとってはいい雇い主ですよ。ジリアン様には噂を気にせずに自分の目で確かめてもらいたいです」

 どうやら教えてもらえないらしいが、タイラーがいい雇い主というなら大丈夫な気がした。

「分かりました。そうします」

「慌ただしい移動で申し訳ない。主はあなたを心配して早く伯爵邸に迎え入れたかったようなので」

 困った方ですなとタイラーは笑う。自分は伯爵子息に望まれているのだろうか。詳しいことが分からないままなので曖昧に微笑んだ。

 ジリアンは座席に座り窓の外を見る。汽笛を鳴らし出発した汽車はすごい速さで進んでいく。景色がアッと今に流れていく。目が離せず釘ずけになっていると首が痛くなってしまった。向かいに座るタイラーは腕を組んで目を閉じている。民家が見えなくなると田畑や森を抜け気付けば国境を越え隣国に入っていた。
 駅に到着するとタイラーが目を開く。どうやら眠ってはいなかったようだ。彼について行けば四頭立ての立派な馬車の前に案内される。

「どうぞ」

 タイラーが扉を開けてくれたので馬車に乗り込む。中の作りも豪華でふかふかのクッションも置かれている。タイラーは御者台に乗っている。ジリアンは一人になったことで気が抜け座面にもたれかかった。すぐに馬車は出発した。カーソン侯爵家から乗っていた馬車とは違い揺れが少ない。すごく快適だ。

 屋敷を出た時には絶望的な気持ちだったのに、タイラーと話をして食事をして汽車に乗ったらとても元気になって明るい気持ちになった。タイラーの人柄もあるのかもしれない。こんな状況で食事をして美味しいと感じる自分は図太いのかもしれない。お腹がいっぱいになると元気になる。

(きっとどうにかなる。そうよね? お父様、お母様)

 国を離れる前に両親のお墓参りに行きたかった。外出を許されず一度も行けていなかった。それに屋敷のみんなに別れを言うことが出来なかった。侍女長にルナ、料理長にみんな……。せっかく仲良くなれたのに身が引き裂かれるような寂しさが心に沈んでいく。

 タイラーの態度からディアス伯爵子息の噂は嘘ではないかと感じた。話の節々からジリアンは望まれて結婚するのかもしれないと思える。きっとそれは幸せなことだ。この先ジリアンがリックを忘れることが出来るか分からない。 ジリアンの初恋。でも自分は貴族である以上、両親がいてもいなくても家の為の結婚は有り得た。受け入れるしかない。きっとどんな場所でも一生懸命生きることを諦めなければきっと幸せになれる。

 ジリアンは馬車の窓を半分だけ開けた。今は街から街への移動中らしく見える景色は畑が広がっている。空は青く澄んでいて心が落ち着いていく。せっかくだから外を眺めていよう。途中でまた馬車が止まり短い休憩を挟み再び出発する。出発前にタイラーが食事を差し入れてくれた。彼はすごくジリアンに気を配ってくれている。見かけによらずとても優しい人だ。馬車に揺られながら食事を摂るとすぐにお腹が満たされた。そして心地のいい馬車の揺れにジリアンはいつの間にか眠ってしまっていた。
 次に目が覚めて起こされたのは目的地である隣国の伯爵家の玄関の前だった。
 ジリアンはよほど深く眠っていたらしく外は薄暗くなっていてもう夜だった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

処理中です...