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24.決死のプロポーズ
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フレデリックは仕事を調整してアンが来る日は必ず店にいられるようにした。ダイナは何も言わないがニヤニヤとこちらを見ていて何を考えているか丸わかりだ。
フレデリックはアンの警戒心を解くことが先決だと考えた。ただのお使い先の店の人間に込み入った事情のある身の上話など出来るはずがない。もしカーソン侯爵家で辛い目に合っているなら助け出したい。密かにカーソン侯爵家について調査を始めた。だが思うような話を聞くことは出来なかった。たいてい使用人は働き先の愚痴をどこかでこぼすはずなのに、カーソン家の使用人は結束が固く不用意な噂話をする人間はいなかった。アンの事情を探ることに失敗していた。
この国に出店したばかりで商売を軌道に乗せることを先決にしていたので、情報網の構築が出来ていなかった。これは今後の課題だが、それよりもアンのことだ。彼女を守るためには事情を詳しく知りたい。
そんな時、納品のために訪れた男爵家の娘に付き纏われるようになった。その令嬢はファニーといって下品だと感じるほどの甘ったるい香水を纏わせている。側に寄られると吐き気が込み上げる。媚びるように腕にしがみつき胸を押し付ける。貴族令嬢としての嗜みはないのかと不快になり眉を寄せる。
一緒に出掛けたいと言い出したのでやんわりと断る。どうやら平民であることを気兼ねしていると思われた。なぜか令嬢たちは誘いを断られると自分の都合のいいように解釈する。今までもファニーのような反応する女性は多くいた。自国ではフレデリックがシャイで遠慮していると解釈された。たぶん顔がなよなよしているせいだろう。フレデリックは密かに母親似の顔がコンプレックスだった。男なので綺麗と言われても嬉しく感じない。
とにかく言い寄ってくる女性に対し単に興味が持てないだけだが、ファニーにしろ自分が嫌われているという単純な答えを微塵も考えない。そういう女性たちの自分は愛されて当然という考えが好きになれない。
アンと会う時間はフレデリックにとって癒しだ。彼女といる空間は清浄で聖域にいるようだった。アンは慎み深く思いやりがある。ダイナとの接し方でそれが分かる。それでいて簡単には人に甘えない意志の強さもある。話をすれば前向きな考え方をするところも好ましい。
いつしかアンがフレデリックと目が合うとはにかみ目を伏せるようになる。そして少しだけ頬が朱に染まる。自分は期待してもいいのだろうか。フレデリックと同じ気持ちをアンも抱いてくれていると。
きっと彼女を迎えるには解決しなければならない問題がある。まだそれを探れていない。それならばこの想いを彼女に伝え、アンから話を聞いて手を打つのが最善だ。だが彼女は固く口を閉ざす。それならば自分でその問題を洗い出さなければならない。
商売を続けるなら商品以上に情報を手に入れることが必要だ。外国人であるフレデリックが参入してきたことに危機感を覚える商人も多い。商人は一見大らかに見えるが用心深いものだ。
じりじりと焦る気持ちの中、フレデリックは一度国に帰り妹の夫であり義理の弟であるジョシュア・フィンレー公爵と共同開発したチョコレートを取りに戻った。自国の王都に構えたお店の開店は来週だ。ジョシュアの伝手で王家や高位貴族に試食品を贈ったが、評判がよくすでに注文が殺到している。予約の対応に追われながら店舗に並ぶ分の確保に苦心している。品切れにはしたくない。職人を多く雇用したにもかかわらず予想以上の反響に口角が上がる。この状態が一過性にならないように長期的に飽きさせない商品の提供を考えなければならない。フレデリックは更なる開発に頭を悩ませているが、ジョシュアはシャルロッテの喜ぶ顔を継続させることしか考えていない。だがそれがいいのかもしれないと最近思う。ジョシュア曰く「妻が喜ばない商品など売れるはずがない」だ。
このチョコレートを渡したらアンは喜んでくれるだろうか。彼女に「美味しい」と言わせたい。ジョシュアの気持ちを初めて理解出来た気がする。
アンにチョコレートを見せれば目を真ん丸にして見つめていた。どこか幼げに見えるその表情も愛おしい。口に入れ咀嚼すれば頬を押さえ蕩けそうな顔をする。
(ああ、可愛いな)
フレデリックは思いのままアンに告白した。だが彼女は困惑し言葉を詰まらせた。
(私は失敗したのか? 彼女に好かれていると自惚れていたのか……)
死刑宣告を待つように彼女が口を開くのをじっと待つ。
そのとき男爵令嬢がずかずかと部屋に乱入してきた。招いてもいなければ断りもなく入ってくる。非常識な振る舞いだという自覚はないのか。内心で舌打ちし丁重に挨拶をする。フレデリックが商人としてどこまで我慢して対応できるか自信がなかった。よりによって最悪のタイミングだ。ちらりとアンを見れば口を引き結んで男爵令嬢を見ていた。告白してきた男が目の前で他の女性に言い寄られていたら不愉快だろう。
これ以上、誤解をされてはかなわない。今回は仕方なくファニーと一緒に男爵家に行って正式に縁談を断ってくることにした。男爵家は火の車でうちの商会で買い物できる状態じゃない。男爵は娘を使ってフレデリックを篭絡させ金を無心する心づもりのようだ。浅はかすぎて笑える。ファニーに自分が靡くと思われていることが腹立たしい。
男爵に会いきっぱりとファニーとのことを断った。食い下がってきたので男爵が違法賭博に関わっていることを耳打ちし、バラされたくないなら金輪際近づくなと釘を刺す。その情報はたまたま手にしたものだったが役に立った。娘にも言い含めることを忘れず伝えた。
その後、アンに返事を聞いたが彼女は泣きそうな顔で断ってきた。嫌いなのかと問いかければ即座に違うと言う。揺れる瞳にはフレデリックへの思慕を感じる。
(自惚れじゃないはずだ。彼女の心を縛るのは一体なんだ?)
こんなことでは諦めることは到底できない。僅かでも望みがあるのならアンを自分が幸せにしたい。
「申し訳ないが私は諦めが悪い。あなたが私を嫌いでないならまだチャンスはあると思っている。あなたに好きになってもらえるように努力するので覚悟してください」
「っ……リックさん……」
アンはそれを嫌だとは言わなかった。それこそが彼女の返事だと思うことにした。それ以降も彼女の心の負担にならないように、それでも自分はアンを想っていることを伝えた。
彼女はいつも口を開きかけるが躊躇い思い留まってしまう。そして困ったように笑う。
(彼女を心から笑わせたい。幸せにしたい。まずはカーソン侯爵家から解放しなければ)
アンの事情が掴めない以上、自分でカーソン侯爵家を調べることにした。まずフレデリックは夜会に出てカーソン侯爵夫妻の様子を観察し接触することも考えていたのだが……。
出席した夜会でアンを見つけた。彼女はしっとりとした憂い顔で佇んでいた。深紅のドレスはデコルテが開いていて煽情的だ。会場にいる男がチラチラと彼女を見ている。衝動的に「見るな」と叫び出しそうになるが堪えた。男どもの視線が酷く腹立たしかった。
しばらくするとウイルソン公爵家のヒューゴと踊り始めた。ヒューゴとフレデリックは仕事で関わることがあり友人関係にあった。友人とはいえアンと踊る姿に嫉妬で苛立つ。顔を寄せ話をする姿をイライラと見つめる。あとでヒューゴを呼び出さなくては。短いはずのダンスの一曲の時間がいやに長く感じる。ようやく二人が踊り終わったのですかさずアンに声をかけた。
「アンさん?」
「リックさん?」
「ああ、やはりアンさんだった。なぜここに?」
目を伏せたアンに咄嗟に手を差し出しダンスに誘う。距離を取っているがダンスを申し込もうとしている男が数人こちらを見ている。フレデリックが離れればすぐに声をかけるに違いない。そんなことはさせたくないと牽制するように睨みを利かせた。アンには柔らかい笑みを向ける。
「一曲踊って頂けますか?」
アンは顔を上げ思い切ったようにフレデリックの手を取った。
「はい」
「レディ。お名前を伺っても?」
「ジリアン……ジリアン・カーソンと申します」
「カーソン侯爵家のご令嬢?」
「……はい。事情があってメイドとして働いていますが私は貴族籍に入っています。リックさんは何故ここに?」
カーソン侯爵の娘はイヴリン一人だと記憶している。どういうことだ。
踊りながらジリアンを見つめる。彼女の瞳に自分が映っている。そう思うと胸の中が満たされていく。今は詳しいことは聞かずにダンスを楽しむことにした。ジリアンの動きは優雅でステップは軽やかだ。彼女は貴族としての教養を持っていると確信した。
ダンスが終わるとカーソン侯爵夫人に咎められ、ジリアンは屋敷に帰るように命じられた。
この夜会はヒューゴの家のウイルソン公爵家主催だ。ジリアンの背中を見送るとヒューゴを探し出し話があるから時間が欲しいと頼めば、彼もフレデリックに頼みがあるからと自室へ案内された。
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とにかく言い寄ってくる女性に対し単に興味が持てないだけだが、ファニーにしろ自分が嫌われているという単純な答えを微塵も考えない。そういう女性たちの自分は愛されて当然という考えが好きになれない。
アンと会う時間はフレデリックにとって癒しだ。彼女といる空間は清浄で聖域にいるようだった。アンは慎み深く思いやりがある。ダイナとの接し方でそれが分かる。それでいて簡単には人に甘えない意志の強さもある。話をすれば前向きな考え方をするところも好ましい。
いつしかアンがフレデリックと目が合うとはにかみ目を伏せるようになる。そして少しだけ頬が朱に染まる。自分は期待してもいいのだろうか。フレデリックと同じ気持ちをアンも抱いてくれていると。
きっと彼女を迎えるには解決しなければならない問題がある。まだそれを探れていない。それならばこの想いを彼女に伝え、アンから話を聞いて手を打つのが最善だ。だが彼女は固く口を閉ざす。それならば自分でその問題を洗い出さなければならない。
商売を続けるなら商品以上に情報を手に入れることが必要だ。外国人であるフレデリックが参入してきたことに危機感を覚える商人も多い。商人は一見大らかに見えるが用心深いものだ。
じりじりと焦る気持ちの中、フレデリックは一度国に帰り妹の夫であり義理の弟であるジョシュア・フィンレー公爵と共同開発したチョコレートを取りに戻った。自国の王都に構えたお店の開店は来週だ。ジョシュアの伝手で王家や高位貴族に試食品を贈ったが、評判がよくすでに注文が殺到している。予約の対応に追われながら店舗に並ぶ分の確保に苦心している。品切れにはしたくない。職人を多く雇用したにもかかわらず予想以上の反響に口角が上がる。この状態が一過性にならないように長期的に飽きさせない商品の提供を考えなければならない。フレデリックは更なる開発に頭を悩ませているが、ジョシュアはシャルロッテの喜ぶ顔を継続させることしか考えていない。だがそれがいいのかもしれないと最近思う。ジョシュア曰く「妻が喜ばない商品など売れるはずがない」だ。
このチョコレートを渡したらアンは喜んでくれるだろうか。彼女に「美味しい」と言わせたい。ジョシュアの気持ちを初めて理解出来た気がする。
アンにチョコレートを見せれば目を真ん丸にして見つめていた。どこか幼げに見えるその表情も愛おしい。口に入れ咀嚼すれば頬を押さえ蕩けそうな顔をする。
(ああ、可愛いな)
フレデリックは思いのままアンに告白した。だが彼女は困惑し言葉を詰まらせた。
(私は失敗したのか? 彼女に好かれていると自惚れていたのか……)
死刑宣告を待つように彼女が口を開くのをじっと待つ。
そのとき男爵令嬢がずかずかと部屋に乱入してきた。招いてもいなければ断りもなく入ってくる。非常識な振る舞いだという自覚はないのか。内心で舌打ちし丁重に挨拶をする。フレデリックが商人としてどこまで我慢して対応できるか自信がなかった。よりによって最悪のタイミングだ。ちらりとアンを見れば口を引き結んで男爵令嬢を見ていた。告白してきた男が目の前で他の女性に言い寄られていたら不愉快だろう。
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その後、アンに返事を聞いたが彼女は泣きそうな顔で断ってきた。嫌いなのかと問いかければ即座に違うと言う。揺れる瞳にはフレデリックへの思慕を感じる。
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「ああ、やはりアンさんだった。なぜここに?」
目を伏せたアンに咄嗟に手を差し出しダンスに誘う。距離を取っているがダンスを申し込もうとしている男が数人こちらを見ている。フレデリックが離れればすぐに声をかけるに違いない。そんなことはさせたくないと牽制するように睨みを利かせた。アンには柔らかい笑みを向ける。
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「はい」
「レディ。お名前を伺っても?」
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「カーソン侯爵家のご令嬢?」
「……はい。事情があってメイドとして働いていますが私は貴族籍に入っています。リックさんは何故ここに?」
カーソン侯爵の娘はイヴリン一人だと記憶している。どういうことだ。
踊りながらジリアンを見つめる。彼女の瞳に自分が映っている。そう思うと胸の中が満たされていく。今は詳しいことは聞かずにダンスを楽しむことにした。ジリアンの動きは優雅でステップは軽やかだ。彼女は貴族としての教養を持っていると確信した。
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