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1.私を見て
「私を見て」
小さな呟きは喧騒に溶けて消え自分の一番近くにいるはずの婚約者の耳には届いていなかった。彼はダンスのパートナであるシャルロッテではなく別の場所に視線を向けていた。シャルロッテは婚約者と繋いでいる方の手にぎゅっと力を込めた。その強さにサイラスは我に返りシャルロッテに視線を移すと、ぎこちなく口角を上げた。
「サイラス様。今は私とダンスの最中です。よそ見は駄目ですよ?」
「すまない。少しぼんやりしていた」
眉を下げ誤魔化すような言い訳をする。ワルツを踊っている最中にパートナーである婚約者から目を逸らすなど失礼しちゃう。
「許しません。でも、反省しているのならアンジェリカのフルーツタルトを買って来て下さい。そうしたら今回は見逃してあげます」
「もちろん。必ず買って届けよう」
シャルロッテが陽気に言えばサイラスは安心したように笑みを浮かべた。アンジェリカというのは王都の有名なケーキ屋さんで朝早くから並ばないとあっという間に売り切れてしまう評判のお店だ。私のために頑張って並んで誠意を見せてもらおう。
「サイラス様。今日はもう疲れてしまいました。早めに帰りたいのですが……」
シャルロッテはダンスが終わるとサイラスにそう申し出た。彼は一瞬だけ名残惜しそうな顔をしたがすぐに、にこやかな笑みを浮かべた。
「分かった。送っていこう」
その日の夜会はシャルロッテの我儘で早々に引き上げることになった。
シャルロッテは屋敷に帰り湯浴みを終えベッドに潜り込む。部屋のカーテンは少しだけ開けてある。隙間からは丸い月がはっきりと見え部屋の中を明るく照らす。
「はあ~。私では駄目なのかしら。でも、あと半年ある。それまでに彼が私を好きになってくれれば……」
せっかく縁あってサイラスと婚約出来たのだからまだ諦めたくない。そんな思いで独り言ちる。
サイラスには好きな人がいる。それはシャルロッテではない。彼は夜会に出席する度にその女性を目で探している。どうやら無意識のようだ。最初は友人を探しているのかと思っていた。ところが彷徨った視線が止まるのは必ず決まった女性のところだった。「ああ、彼は彼女が好きなんだ」とすぐに分かった。だってシャルロッテはサイラスが好きで彼をずっと見つめていたのだから。いつも心の中で祈っていた。「私を見て。私だけを見て」と。
翌日、彼の従者がアンジェリカのフルーツタルトを持って来てくれた。シャルロッテはサイラス自ら届けてくれることを期待したが忙しい彼にそれを望むのは我儘だろう。従者には丁重にお礼を伝えた。そのタルトは美味しいはずなのにどこかほろ苦く感じた。こんなことならフルーツタルトが欲しいなんて言わなければよかった。本当は一緒に食べたかった。
シャルロッテはディアス伯爵家の娘で婚約者であるサイラスはクラーク侯爵家の後継ぎだ。二人は学園の同級生だったがクラスが一緒になったことはなく友人関係になることもなかった。接点がなかったのである。
それでもシャルロッテは彼を慕っていた。サイラスは美しい顔立ちに貴公子然とした振る舞いで女生徒から人気が高かった。成績もよく性格も温厚で彼の周りにはいつも多くの友人がいた。
彼とシャルロッテが在学中に会話をしたのは一度だけだ。入学して一週間くらいの頃、シャルロッテにはまだ親しい友人がいなかった。トイレに行ってから次の授業を受ける為に一人で音楽室へ移動しようとしたが、まだ校内を把握できていなくて迷子になってしまった。遅れてしまうと慌ててうろうろしている所でサイラスに声をかけられた。
「君。どうしたの?」
きっとシャルロッテは泣きそうな顔をしていたのだろう。サイラスの手には何か資料のような物を持っているので次の授業の準備をしているところかもしれない。
「あの……音楽教室の場所が分からなくて……」
彼は安心させるように微笑んだ。
「ああ。音楽教室なら逆だよ。私もその方向に行くから一緒に行こう」
「あっ、ありがとうございます。でも、あなたが授業に遅れてしまいませんか?」
「ついでだから大丈夫だよ」
そしてサイラスはシャルロッテを音楽室まで連れて行ってくれた。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
サイラスはそのまま足早に元来た廊下を戻っていった。彼が手にしていたのは大きな地図だった。後で知ったのだが彼の行く社会科教室は音楽室と逆だった。サイラスはその事を言わずシャルロッテが気にしないようにしてくれた。あのときは気が急いていてかろうじてお礼を伝えるだけで名乗ることもしなかった。
その優しさにシャルロッテは彼に恋をした。彼と話をしてみたい。そうだ、今度お菓子でももってお礼を言いに行こう、そう思ったがその機会は得られなかった。いや、作ろうとすれば可能だったがシャルロッテに勇気がなく一歩を踏み出せなかった。
サイラスは常に友人に囲まれている。侯爵家嫡男であれば学生時代から縁を繋ぎたいと思う人もいるだろうし、婚約者がいない令嬢はまだ婚約者を決めていないサイラスの相手になりたいと願う。サイラスが一人きりになることはなく、クラスの違う自分がその友人をかき分け話しかける勇気はなかった。それにサイラスにとっては些細な親切でシャルロッテのことなど覚えていないはず。話しかけて恥をかく事にも耐えられなかった。
それでもその後、一度だけサイラスと接触できるチャンスはあった。放課後、帰宅しようと学園の廊下を歩いていたらキラリと光るものが目に入った。近寄ればロケットペンダントが落ちていた。そっと開けばそこには一人の美しい女性の写真が入っていた。その女性はサイラスそっくりの顔立ちだ。これはサイラスの落とし物に違いないと思い、渡そうと彼の教室に向かったがそこにサイラスの姿はなかった。
サイラスの母親は亡くなっているという話を聞いたことがあったので、きっとこれは彼にとって大切なものなはず。早く渡してあげたいと思いシャルロッテはサイラスの家、クラーク侯爵家を訪ねた。出迎えた執事は怪訝な顔でシャルロッテを見て、冷ややかに言った。
「サイラス様はまだ帰宅しておりません。約束もなく押しかけられては困ります」
どうやらサイラスにアプローチをするために押しかけた女だと思われたようだ。執事の様子だときっとこういうことは多いのだろう。
「突然来たことはお詫びします。あの、これをお渡ししたくて。私、落とし物を拾ったのです。サイラス様のものだと思って、きっと大切なものだと……」
シャルロッテはハンカチに包んだロケットペンダントを執事に差し出した。執事はそれを受け取ると確認して頷いた。そして慇懃に告げる。
「確かにサイラス様のものです。こちらは私からサイラス様にお渡しします。ありがとうございました。何かお礼をしましょう」
何だかお礼を目当てに来たように思われている気がして居た堪れなくなった。そんなつもりじゃない、ただサイラスに渡したかっただけだったのに。
「いいえ。渡して頂ければ充分です。失礼します!」
シャルロッテは頭を下げそのままクラーク侯爵邸をあとにした。落とし物を渡せば以前の恩返しになると浮かれていた。それに冷や水をかけられた気がした。確かにサイラスに一目会えれば嬉しいとは思っていた。まるでその下心を見透かされ非難された気がした。
自分とサイラスとは縁がない、そう思うことにした。そしてそっと自分の気持ちに蓋をした。そのまま、シャルロッテは学園を卒業しサイラスへの片思いに完全な終止符を打とうとしたのだが……。
卒業式の翌日に、サイラスの父クラーク侯爵がシャルロッテの父アルロ・ディアスを訪ねて来た。最近両家で業務提携をしていたらしい。仕事の話だと思っていたが父とクラーク侯爵の話が終わると、シャルロッテは二人のいる応接室に呼ばれた。そして自分とサイラスの縁談の話を聞かされる。それを聞いた瞬間、嬉しいよりも何故と言う思いが強かった。
「私とサイラス様……ですか?」
「ああ、突然の話ですまない。今、シャルロッテ嬢には婚約者がいないと聞いてこれも何かの縁だと思ってね。もちろん無理強いするつもりはない。決断できないのならまずは仮の婚約を結び、一年後に双方が合意したら正式な婚約としてはどうだろうか?」
両家の業務提携の期間がちょうど一年間なのでその時間をお試し期間にしてはどうかという提案だった。
「仮、ですか?」
「もちろんシャルロッテ嬢が好いた人がいるのならばそう言ってくれ。とくに政略的な意味合いはない。ただ縁があった、それだけだ」
「縁……」
自分とサイラスとの間に縁はないと諦めていた。だけど思わぬ形で縁が生まれた。この縁に手を伸ばしてもいいのだろうか。普通に考えれば侯爵家からの申し込みを伯爵家では断れないが、クラーク侯爵はあくまでシャルロッテの意志を尊重してくれている。穏やかな顔には優しい笑みが浮かんでいる。高位貴族でありながら居丈高な態度ではなく対等な会話をしてくれていると感じた。
「シャルロッテ、無理はしなくてもいいぞ? でもせっかくのお話だからお受けしてはどうだろう」
「はい。……お願いします」
アルロの顔がにやけて見えるのはシャルロッテの考え過ぎではないはず。シャルロッテはサイラスに助けてもらった話を両親に何十回もしている。娘の気持ちに気付いていて、受けるよう促したのだ。シャルロッテは心の中でアルロに目一杯感謝した。その日は浮かれて地が足に着いていなかったような気がする。
翌日サイラスが真っ白な薔薇の花束を持って挨拶に来てくれた。
「シャルロッテ嬢、はじめまして。これからは婚約者としてよろしくお願いします」
いかにも型通りの挨拶に物寂しさを感じた。何より、彼は「はじめまして」と言った。その言葉にガッカリしてしまった。彼はシャルロッテのことを覚えていなかった。分かっている。友人の多いサイラスが、在学中にシャルロッテに道案内したことなど覚えていないのは当然だ。
たった一度会っただけでまともな会話もしていない上に、クラスも違い接点がなかった。昨夜、これは運命だと一人のぼせ上った自分が痛々しくて恥ずかしくなった。シャルロッテに対してのサイラスの態度は義務感が見て取れた。
でも、これからだ。これから婚約者として彼のことを知りシャルロッテのことを知ってもらって距離を縮めればいい。前向きな気持ちになると焦る心が落ち着いてきた。
小さな呟きは喧騒に溶けて消え自分の一番近くにいるはずの婚約者の耳には届いていなかった。彼はダンスのパートナであるシャルロッテではなく別の場所に視線を向けていた。シャルロッテは婚約者と繋いでいる方の手にぎゅっと力を込めた。その強さにサイラスは我に返りシャルロッテに視線を移すと、ぎこちなく口角を上げた。
「サイラス様。今は私とダンスの最中です。よそ見は駄目ですよ?」
「すまない。少しぼんやりしていた」
眉を下げ誤魔化すような言い訳をする。ワルツを踊っている最中にパートナーである婚約者から目を逸らすなど失礼しちゃう。
「許しません。でも、反省しているのならアンジェリカのフルーツタルトを買って来て下さい。そうしたら今回は見逃してあげます」
「もちろん。必ず買って届けよう」
シャルロッテが陽気に言えばサイラスは安心したように笑みを浮かべた。アンジェリカというのは王都の有名なケーキ屋さんで朝早くから並ばないとあっという間に売り切れてしまう評判のお店だ。私のために頑張って並んで誠意を見せてもらおう。
「サイラス様。今日はもう疲れてしまいました。早めに帰りたいのですが……」
シャルロッテはダンスが終わるとサイラスにそう申し出た。彼は一瞬だけ名残惜しそうな顔をしたがすぐに、にこやかな笑みを浮かべた。
「分かった。送っていこう」
その日の夜会はシャルロッテの我儘で早々に引き上げることになった。
シャルロッテは屋敷に帰り湯浴みを終えベッドに潜り込む。部屋のカーテンは少しだけ開けてある。隙間からは丸い月がはっきりと見え部屋の中を明るく照らす。
「はあ~。私では駄目なのかしら。でも、あと半年ある。それまでに彼が私を好きになってくれれば……」
せっかく縁あってサイラスと婚約出来たのだからまだ諦めたくない。そんな思いで独り言ちる。
サイラスには好きな人がいる。それはシャルロッテではない。彼は夜会に出席する度にその女性を目で探している。どうやら無意識のようだ。最初は友人を探しているのかと思っていた。ところが彷徨った視線が止まるのは必ず決まった女性のところだった。「ああ、彼は彼女が好きなんだ」とすぐに分かった。だってシャルロッテはサイラスが好きで彼をずっと見つめていたのだから。いつも心の中で祈っていた。「私を見て。私だけを見て」と。
翌日、彼の従者がアンジェリカのフルーツタルトを持って来てくれた。シャルロッテはサイラス自ら届けてくれることを期待したが忙しい彼にそれを望むのは我儘だろう。従者には丁重にお礼を伝えた。そのタルトは美味しいはずなのにどこかほろ苦く感じた。こんなことならフルーツタルトが欲しいなんて言わなければよかった。本当は一緒に食べたかった。
シャルロッテはディアス伯爵家の娘で婚約者であるサイラスはクラーク侯爵家の後継ぎだ。二人は学園の同級生だったがクラスが一緒になったことはなく友人関係になることもなかった。接点がなかったのである。
それでもシャルロッテは彼を慕っていた。サイラスは美しい顔立ちに貴公子然とした振る舞いで女生徒から人気が高かった。成績もよく性格も温厚で彼の周りにはいつも多くの友人がいた。
彼とシャルロッテが在学中に会話をしたのは一度だけだ。入学して一週間くらいの頃、シャルロッテにはまだ親しい友人がいなかった。トイレに行ってから次の授業を受ける為に一人で音楽室へ移動しようとしたが、まだ校内を把握できていなくて迷子になってしまった。遅れてしまうと慌ててうろうろしている所でサイラスに声をかけられた。
「君。どうしたの?」
きっとシャルロッテは泣きそうな顔をしていたのだろう。サイラスの手には何か資料のような物を持っているので次の授業の準備をしているところかもしれない。
「あの……音楽教室の場所が分からなくて……」
彼は安心させるように微笑んだ。
「ああ。音楽教室なら逆だよ。私もその方向に行くから一緒に行こう」
「あっ、ありがとうございます。でも、あなたが授業に遅れてしまいませんか?」
「ついでだから大丈夫だよ」
そしてサイラスはシャルロッテを音楽室まで連れて行ってくれた。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
サイラスはそのまま足早に元来た廊下を戻っていった。彼が手にしていたのは大きな地図だった。後で知ったのだが彼の行く社会科教室は音楽室と逆だった。サイラスはその事を言わずシャルロッテが気にしないようにしてくれた。あのときは気が急いていてかろうじてお礼を伝えるだけで名乗ることもしなかった。
その優しさにシャルロッテは彼に恋をした。彼と話をしてみたい。そうだ、今度お菓子でももってお礼を言いに行こう、そう思ったがその機会は得られなかった。いや、作ろうとすれば可能だったがシャルロッテに勇気がなく一歩を踏み出せなかった。
サイラスは常に友人に囲まれている。侯爵家嫡男であれば学生時代から縁を繋ぎたいと思う人もいるだろうし、婚約者がいない令嬢はまだ婚約者を決めていないサイラスの相手になりたいと願う。サイラスが一人きりになることはなく、クラスの違う自分がその友人をかき分け話しかける勇気はなかった。それにサイラスにとっては些細な親切でシャルロッテのことなど覚えていないはず。話しかけて恥をかく事にも耐えられなかった。
それでもその後、一度だけサイラスと接触できるチャンスはあった。放課後、帰宅しようと学園の廊下を歩いていたらキラリと光るものが目に入った。近寄ればロケットペンダントが落ちていた。そっと開けばそこには一人の美しい女性の写真が入っていた。その女性はサイラスそっくりの顔立ちだ。これはサイラスの落とし物に違いないと思い、渡そうと彼の教室に向かったがそこにサイラスの姿はなかった。
サイラスの母親は亡くなっているという話を聞いたことがあったので、きっとこれは彼にとって大切なものなはず。早く渡してあげたいと思いシャルロッテはサイラスの家、クラーク侯爵家を訪ねた。出迎えた執事は怪訝な顔でシャルロッテを見て、冷ややかに言った。
「サイラス様はまだ帰宅しておりません。約束もなく押しかけられては困ります」
どうやらサイラスにアプローチをするために押しかけた女だと思われたようだ。執事の様子だときっとこういうことは多いのだろう。
「突然来たことはお詫びします。あの、これをお渡ししたくて。私、落とし物を拾ったのです。サイラス様のものだと思って、きっと大切なものだと……」
シャルロッテはハンカチに包んだロケットペンダントを執事に差し出した。執事はそれを受け取ると確認して頷いた。そして慇懃に告げる。
「確かにサイラス様のものです。こちらは私からサイラス様にお渡しします。ありがとうございました。何かお礼をしましょう」
何だかお礼を目当てに来たように思われている気がして居た堪れなくなった。そんなつもりじゃない、ただサイラスに渡したかっただけだったのに。
「いいえ。渡して頂ければ充分です。失礼します!」
シャルロッテは頭を下げそのままクラーク侯爵邸をあとにした。落とし物を渡せば以前の恩返しになると浮かれていた。それに冷や水をかけられた気がした。確かにサイラスに一目会えれば嬉しいとは思っていた。まるでその下心を見透かされ非難された気がした。
自分とサイラスとは縁がない、そう思うことにした。そしてそっと自分の気持ちに蓋をした。そのまま、シャルロッテは学園を卒業しサイラスへの片思いに完全な終止符を打とうとしたのだが……。
卒業式の翌日に、サイラスの父クラーク侯爵がシャルロッテの父アルロ・ディアスを訪ねて来た。最近両家で業務提携をしていたらしい。仕事の話だと思っていたが父とクラーク侯爵の話が終わると、シャルロッテは二人のいる応接室に呼ばれた。そして自分とサイラスの縁談の話を聞かされる。それを聞いた瞬間、嬉しいよりも何故と言う思いが強かった。
「私とサイラス様……ですか?」
「ああ、突然の話ですまない。今、シャルロッテ嬢には婚約者がいないと聞いてこれも何かの縁だと思ってね。もちろん無理強いするつもりはない。決断できないのならまずは仮の婚約を結び、一年後に双方が合意したら正式な婚約としてはどうだろうか?」
両家の業務提携の期間がちょうど一年間なのでその時間をお試し期間にしてはどうかという提案だった。
「仮、ですか?」
「もちろんシャルロッテ嬢が好いた人がいるのならばそう言ってくれ。とくに政略的な意味合いはない。ただ縁があった、それだけだ」
「縁……」
自分とサイラスとの間に縁はないと諦めていた。だけど思わぬ形で縁が生まれた。この縁に手を伸ばしてもいいのだろうか。普通に考えれば侯爵家からの申し込みを伯爵家では断れないが、クラーク侯爵はあくまでシャルロッテの意志を尊重してくれている。穏やかな顔には優しい笑みが浮かんでいる。高位貴族でありながら居丈高な態度ではなく対等な会話をしてくれていると感じた。
「シャルロッテ、無理はしなくてもいいぞ? でもせっかくのお話だからお受けしてはどうだろう」
「はい。……お願いします」
アルロの顔がにやけて見えるのはシャルロッテの考え過ぎではないはず。シャルロッテはサイラスに助けてもらった話を両親に何十回もしている。娘の気持ちに気付いていて、受けるよう促したのだ。シャルロッテは心の中でアルロに目一杯感謝した。その日は浮かれて地が足に着いていなかったような気がする。
翌日サイラスが真っ白な薔薇の花束を持って挨拶に来てくれた。
「シャルロッテ嬢、はじめまして。これからは婚約者としてよろしくお願いします」
いかにも型通りの挨拶に物寂しさを感じた。何より、彼は「はじめまして」と言った。その言葉にガッカリしてしまった。彼はシャルロッテのことを覚えていなかった。分かっている。友人の多いサイラスが、在学中にシャルロッテに道案内したことなど覚えていないのは当然だ。
たった一度会っただけでまともな会話もしていない上に、クラスも違い接点がなかった。昨夜、これは運命だと一人のぼせ上った自分が痛々しくて恥ずかしくなった。シャルロッテに対してのサイラスの態度は義務感が見て取れた。
でも、これからだ。これから婚約者として彼のことを知りシャルロッテのことを知ってもらって距離を縮めればいい。前向きな気持ちになると焦る心が落ち着いてきた。
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