あなたを許さない

四折 柊

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7.私の夢

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 王弟ウイリアム殿下が国王に即位した。そして時間を置かずオフィーリア・ヒューズ公爵令嬢と結婚しオフィーリア様が王妃となった。
 早急だったため王の結婚式としては質素だったが、二人を祝う声は大きかった。

 ウイリアム様の即位に一部の貴族の反発はあったが前国王及び王太子が亡くなったことで勢いをなくしそのまま前王家派は消滅した。前王妃は辺境の地に厳重な監視の元、隠棲した。彼女も前国王同様に毒を盛られていたので長くはないだろう。

 辺境伯を筆頭にウイリアム様に忠誠を誓う臣下は多かった。もちろんヒューズ公爵様もその一人だ。多くの民、特に平民は喝采を叫んだ。温和で才気あふれるウイリアム様と慈悲深く聖女と呼ばれるオフィーリア様は国民に歓迎された。誰もがより良い国になることを確信している。貧困の時代が終わる。例え困難があってもその先には豊かな未来が約束されているはずだ。国民の顔は明るかった。

 そして私も幸せを手に入れた。一番の夢を手に入れた。
 お義姉様あらためオフィーリア王妃様付きの侍女になれたのだ。ちなみに筆頭侍女頭はリリーだ。良き先輩として尊敬している。オフィーリア様がウイリアム様と結婚してすぐ私もジャックと結婚した。ジャックは今、国王陛下の馬屋番として王宮で働いている。
 私は平民になった。政変でドタバタした隙にヒューズ公爵様にお願いして貴族籍を抜けた。そしてただのルーシーに戻り夢を叶えたのだ。いろいろな貴族の構図も変わり私のことなど誰も気にしていない。
 私は夢を叶えて幸せを手に入れとても欲張りになった。新な野望が出来たのだ。
 オフィーリア様がお産みになるお子様の乳母になりたい! でもこればかりはタイミングもあるので運次第だ。

 オフィーリア様はいつも幸せそうに微笑んでいる。その顔を見るだけで毎日胸がいっぱいになる。
 ある日、ウイリアム様に呼ばれた。私は首を傾げながら執務室に向かう。部屋に入るとすぐに人払いがされた。私は俄かに警戒した。何か貴族に不穏な動きでもあったのだろうか。

「ルーシー。そんなに警戒しなくていい。礼を伝えたかったがなかなか機会がなかった。オフィーリアを助けてくれたことに感謝する」

 そう言うとウイリアム様は恐れ多くも私に頭を下げた。

「へ、陛下。頭を上げて下さい。私にとってオフィーリア様を助けるのは息をすることと同じで当たり前のことです。でも、どうかオフィーリア様を幸せにして下さい。お願いします」

 私は深く腰を折った。このように出しゃばるような言葉は不敬かと思ったが、どうしても伝えたかった。悲しい恋に苦しみ、婚約者の仕打ちに傷ついたオフィーリア様を今度こそ幸せにして欲しい。

「ああ、もちろんだ。約束する」

 ありがたいことにウイリアム様は優しく微笑み頷いてくださった。

「ありがとうございます」

「マイロは馬鹿な男だ。プライドが高くオフィーリアに惹かれていたことに気付かないまま、冷たい態度で突き放した。もっとやりようがあったろうに」

 ウイリアム様は甥に思う所があるのかもしれないが私には怒りと憎しみしかない。生涯許すことはないだろう。ウイリアム様もあの時のオフィーリア様を見ればそう思ったはずだ。同情の余地はない。

「もちろんだからといって私も許すつもりはない。そんな顔で睨むな」

 無意識にウイリアム様を睨んでしまったようだ。誤魔化すようにそっと目を伏せた。
 マイロ殿下は地下牢で苦しみぬいて一人で死んでいった。もう時間の無駄なのであの男のことは思い出さないようにしている。

「今日呼んだのはどうしてもルーシーに確かめたいことがあったのだ」

「何でございましょう?」

 ウイリアム様は一瞬躊躇ったが溜息を一つついて問いかける。

「オフィーリアには……あの時の記憶がない。あの記憶は二度と思い出すことはないのか?」

 ああ、そういうことか。あの酷い暴力をオフィーリア様が思い出すことを心配しているのだ。もしも怪我が治ってもあんな暴力を受けたら心は簡単には治らない。

「大丈夫です。あの出来事自体オフィーリア様の記憶に存在しないのです。だからオフィーリア様があの出来事を思い出すことはあり得ません」

 記憶も怪我も抜き取った。だからその事実はオフィーリア様の中で消滅したのだ。
 私はきっぱりとウイリアム様に断言した。
 彼の危惧は分かる。もし記憶を封じたのなら何かがきっかけで思い出してしまうかもしれない。だが私の『魔女の力』は取り出すものだ。私はオフィーリア様の苦しい記憶を取り出した。彼女の中であの出来事はなかったことになった。だから心配はない。あの記憶もマイロ殿下の脳に移した。だから幻覚を見たのだ。あの暴力はマイロ殿下が自分で自分にしたことだ。己が黒い影となって現れたはず。あの苦しみはあの男のものでオフィーリア様のものじゃない。

 あのことを知るものは少ないがウイリアム様は徹底的に箝口令を敷いた。もしも、万が一オフィーリア様の耳に入ってもたぶん実感を持つことは出来ない。他人に起こった出来事を聞かされたとしか感じないはずだ。
 
 もちろんジャックの記憶からも賊から受けた暴力の記憶を抜き取った。その記憶と傷もマイロ殿下に返しておいた。心の傷は一生癒えない。そんな悲しみを愛する夫の中に残して置きたくなかった。人によっては乗り越えるべきだと言うかも知れない。だが私は彼の憂い悲しむ顔よりも笑顔が見たい。この事実は私が墓まで持って行く。後悔はしていない。今もきっとこれからも。

「そうか。分かった。ありがとう。ルーシー」

 ウイリアム様は心から安堵されたようで目を優しく細めた。
 彼もきっと私と同じ考えだ。愛しい人の笑顔を守りたい。私は再び腰を深くおり頭を下げると執務室を退出した。

 通路を歩きながら空を見上げる。晴れやかな晴天だ。通路を歩く侍女仲間に笑顔で挨拶をする。みんな明るい顔をしている。
 私は歩きながらオフィーリア様の午後の予定を頭の中で確認する。敬愛する王妃様のために完璧なお茶会の準備を遂行するだろう。










(おわり)








 お読みくださりありがとうございました。また誤字脱字が多く読みづらく申し訳ございません。


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