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14.断たれた退路(ヘレン)
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ロニーの視線に怯みながらも息を大きく吸い吐き出すことで、呼吸を整え気持ちを立て直した。
「ロニー、そんなに怖い顔をして一体どうしたの?」
なんとか笑みを作り甘えるように首を傾げた。ロニーはお構いなしに非難のこもった言葉で私に問いかける。
「ヘレン。この手紙は本当に君が書いたものか?」
ロニーが指し示すのは机の上に広げられた学園時代にセリーナがロニー宛に書いた手紙だ。当時私はそれを自分が書いたと言ってロニーに渡した。成績がよく字も綺麗なセリーナの手紙をこっそり読んで感嘆した。私ですら胸を打たれる文章に、ロニーが読めば深く愛されていると感動するはずだ。私は文章を書くのが苦手なので真似できない。
セリーナが書いたとバレないように何か所か細工をした。セリーナの署名に水を垂らして滲ませ乾いた後に二重線で消した。うっかり水を溢したと思うだろう。その下に改めて私の名前をサインした。これでこの手紙は私がロニーに宛てたラブレターとして生まれ変わった! 念のため渡すときにロニーには感情が高ぶって所々字が変になっているけど気にしないでねと言ってある。後日、彼は感激したととても喜んでくれた。私が書いたと信じていたはずだ。それなのに今頃どうして。
「もちろん、私が書いたものよ!」
「なら、この紙に字を書いてみてくれ」
「えっ?」
それはまずい。私の字はあまり綺麗ではない。学園では提出物を出す度に担任の先生に読めないからもっと字を綺麗に書くように練習しろと言われていた。
面倒だったのでもちろん練習などしていない。いざとなれば代筆屋に頼めばいい。でも目の前で書けと言われるとどうしようもない。今私が字を書けば一目でわかるだろう。どうやって誤魔化せば……。
「私、さっき手首をひねってしまって痛むの。だから今書くのはちょっと……」
「では、別の質問だ。前に君が作ってくれたタペストリーは、間違いなく君の刺繍したものだったのか?」
「どうして今頃そんなことを聞くの? もちろん私がしたものよ」
セリーナは細かい作業を根気よく行っていた。あんな緻密な大きなデザインの刺繍、私ならうんざりだ。
だがロニーは受け取ると目を潤ませ手紙の時以上に感激し、私を愛おしいと抱きしめた。私はあの瞬間にロニーを手に入れることが出来たと確信した。
「本当に?」
「ロニー、どうして私を疑うの?」
まるで尋問されているようだ。ロニーは私を犯罪者のように扱う。
「ヘレン。まだ嘘をつき続けるつもりか? この手紙の筆跡はセリーナのものだ。すでに鑑定してもらい判明している。刺繍は最近セリーナがハンカチに刺繍したものとタペストリーの刺繍がそっくりで気付いた。あれだけの刺繍は誰にでも出来ることじゃない。……ヘレンはずっと僕を騙していたのか?」
そんなことを気にするなんて馬鹿馬鹿しい。誰が作ったものであろうと渡したのは私だ。私からの贈り物で間違いないじゃないか。こだわるロニーにイライラしてきた。
「そんなことはどうでもいいじゃない。それより離婚は成立したの? ロニーは私を迎えに来てくれたのでしょう? ようやく結婚できるのよね?」
「ヘレン!! 本当のことを言え」
ロニーは声を荒げた。声に怒りを感じて恐ろしさに身がすくみ、しぶしぶ認めた。
「そうよ……。あれはセリーナが用意したものよ。確かに嘘を吐いたけどあなたに喜んでほしくてしたことだし、そのおかげで私たちは心が通じ合った。ロニーは私を愛してくれた。結果を見れば些細なことじゃない」
「些細な事? それだけじゃない。僕はセリーナに手紙を出したが彼女は受け取っていないと言っていた。それもヘレンが隠したのか?」
「だって私はロニーが好きであなたに好かれたかった。だからロニーの手紙をセリーナに渡したくなかった。全部、あなたを愛しているからしたことなの。分かってくれるでしょう?」
私は目を潤ませ両手を祈るように組み彼を見上げた。このポーズをすればいつもロニーは折れていてくれた。
「私はそれだけロニーが好きだったの。ロニーも応えてくれたじゃない」
「あれは間違いだ。手紙もタペストリーもセリーナからだと知っていればヘレンを好きにはならなかった」
「ロニー?」
ロニーの態度はどこまでも冷たく表情には侮蔑が浮かんでいる。私はなぜ彼からそんな視線を向けられるのか理解できない。呆然とする私を残したまま彼は踵を返し部屋を出ていこうとする。まだ話は終わっていない。だって私たちは結婚するのよ。ロニーに見捨てられたら私はどうすればいいの? 私は手を伸ばして彼の腕に縋りついた。
「ねえ、待って。ロニーは私を迎えに来てくれたのでしょう? 私と結婚してくれるつもりで――」
彼は強引に腕を振りほどき、私を見ることなく吐き捨てた。
「お前と結婚するつもりはない。今後二度と会うつもりもない」
彼は足早に屋敷を出ていく。私は彼の言葉が信じられなくて動けない。馬車が出発する音で我に返ると走って玄関に向かった。彼を追いかけて引き留めなければ……。
「ロニー、待って行かないで!」
あっという間に馬車は見えなくなっていった。こんなの間違いだ。
やっと、今度こそロニーと一緒になれると思ったのに何がいけなかったの?
セリーナにロニーを紹介された私は一目で彼に恋をした。身分も見た目も素晴らしい。彼は話し上手で一緒にいるのは楽しかった。セリーナより私との方が気も話も合う。
ロニーと結婚したい。私はロニーの心を手に入れるためにセリーナを利用した。セリーナが彼に会いに行くときは同行し、積極的にロニーに話しかけた。ロニーは私の気持ちに応えてくれた。結婚できると浮かれたのにロニーは貴族の義務だと言い出して卒業間近になると私に別れ話をする。
愛し合う二人が結ばれないなんて間違っている。それを正し幸せになるはずだったのに。
男爵の来訪の連絡を受け、両親は私を部屋に閉じ込めた。
自分から閉じこもるのと無理やり閉じ込められるのでは意味合いが違う。自分の意志で外に出ることができないことが苦痛でたまらない。明日には男爵が迎えに来る。早く逃げださなければ……。
私には侯爵夫人としての華やかな未来が待っていたのに、このままでは王都から遠い男爵の田舎にある領地の屋敷で暮らすことになる。それも大嫌いな男と夫婦として過ごさなければならない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ…………。たすけて、ロニー。
私はロニーが思い直して迎えに来てくれることを期待して、いいや、心から切実に祈りながら一晩中待ち続けた。
結局、彼が私のもとに来ることはなかった……。
「ロニー、そんなに怖い顔をして一体どうしたの?」
なんとか笑みを作り甘えるように首を傾げた。ロニーはお構いなしに非難のこもった言葉で私に問いかける。
「ヘレン。この手紙は本当に君が書いたものか?」
ロニーが指し示すのは机の上に広げられた学園時代にセリーナがロニー宛に書いた手紙だ。当時私はそれを自分が書いたと言ってロニーに渡した。成績がよく字も綺麗なセリーナの手紙をこっそり読んで感嘆した。私ですら胸を打たれる文章に、ロニーが読めば深く愛されていると感動するはずだ。私は文章を書くのが苦手なので真似できない。
セリーナが書いたとバレないように何か所か細工をした。セリーナの署名に水を垂らして滲ませ乾いた後に二重線で消した。うっかり水を溢したと思うだろう。その下に改めて私の名前をサインした。これでこの手紙は私がロニーに宛てたラブレターとして生まれ変わった! 念のため渡すときにロニーには感情が高ぶって所々字が変になっているけど気にしないでねと言ってある。後日、彼は感激したととても喜んでくれた。私が書いたと信じていたはずだ。それなのに今頃どうして。
「もちろん、私が書いたものよ!」
「なら、この紙に字を書いてみてくれ」
「えっ?」
それはまずい。私の字はあまり綺麗ではない。学園では提出物を出す度に担任の先生に読めないからもっと字を綺麗に書くように練習しろと言われていた。
面倒だったのでもちろん練習などしていない。いざとなれば代筆屋に頼めばいい。でも目の前で書けと言われるとどうしようもない。今私が字を書けば一目でわかるだろう。どうやって誤魔化せば……。
「私、さっき手首をひねってしまって痛むの。だから今書くのはちょっと……」
「では、別の質問だ。前に君が作ってくれたタペストリーは、間違いなく君の刺繍したものだったのか?」
「どうして今頃そんなことを聞くの? もちろん私がしたものよ」
セリーナは細かい作業を根気よく行っていた。あんな緻密な大きなデザインの刺繍、私ならうんざりだ。
だがロニーは受け取ると目を潤ませ手紙の時以上に感激し、私を愛おしいと抱きしめた。私はあの瞬間にロニーを手に入れることが出来たと確信した。
「本当に?」
「ロニー、どうして私を疑うの?」
まるで尋問されているようだ。ロニーは私を犯罪者のように扱う。
「ヘレン。まだ嘘をつき続けるつもりか? この手紙の筆跡はセリーナのものだ。すでに鑑定してもらい判明している。刺繍は最近セリーナがハンカチに刺繍したものとタペストリーの刺繍がそっくりで気付いた。あれだけの刺繍は誰にでも出来ることじゃない。……ヘレンはずっと僕を騙していたのか?」
そんなことを気にするなんて馬鹿馬鹿しい。誰が作ったものであろうと渡したのは私だ。私からの贈り物で間違いないじゃないか。こだわるロニーにイライラしてきた。
「そんなことはどうでもいいじゃない。それより離婚は成立したの? ロニーは私を迎えに来てくれたのでしょう? ようやく結婚できるのよね?」
「ヘレン!! 本当のことを言え」
ロニーは声を荒げた。声に怒りを感じて恐ろしさに身がすくみ、しぶしぶ認めた。
「そうよ……。あれはセリーナが用意したものよ。確かに嘘を吐いたけどあなたに喜んでほしくてしたことだし、そのおかげで私たちは心が通じ合った。ロニーは私を愛してくれた。結果を見れば些細なことじゃない」
「些細な事? それだけじゃない。僕はセリーナに手紙を出したが彼女は受け取っていないと言っていた。それもヘレンが隠したのか?」
「だって私はロニーが好きであなたに好かれたかった。だからロニーの手紙をセリーナに渡したくなかった。全部、あなたを愛しているからしたことなの。分かってくれるでしょう?」
私は目を潤ませ両手を祈るように組み彼を見上げた。このポーズをすればいつもロニーは折れていてくれた。
「私はそれだけロニーが好きだったの。ロニーも応えてくれたじゃない」
「あれは間違いだ。手紙もタペストリーもセリーナからだと知っていればヘレンを好きにはならなかった」
「ロニー?」
ロニーの態度はどこまでも冷たく表情には侮蔑が浮かんでいる。私はなぜ彼からそんな視線を向けられるのか理解できない。呆然とする私を残したまま彼は踵を返し部屋を出ていこうとする。まだ話は終わっていない。だって私たちは結婚するのよ。ロニーに見捨てられたら私はどうすればいいの? 私は手を伸ばして彼の腕に縋りついた。
「ねえ、待って。ロニーは私を迎えに来てくれたのでしょう? 私と結婚してくれるつもりで――」
彼は強引に腕を振りほどき、私を見ることなく吐き捨てた。
「お前と結婚するつもりはない。今後二度と会うつもりもない」
彼は足早に屋敷を出ていく。私は彼の言葉が信じられなくて動けない。馬車が出発する音で我に返ると走って玄関に向かった。彼を追いかけて引き留めなければ……。
「ロニー、待って行かないで!」
あっという間に馬車は見えなくなっていった。こんなの間違いだ。
やっと、今度こそロニーと一緒になれると思ったのに何がいけなかったの?
セリーナにロニーを紹介された私は一目で彼に恋をした。身分も見た目も素晴らしい。彼は話し上手で一緒にいるのは楽しかった。セリーナより私との方が気も話も合う。
ロニーと結婚したい。私はロニーの心を手に入れるためにセリーナを利用した。セリーナが彼に会いに行くときは同行し、積極的にロニーに話しかけた。ロニーは私の気持ちに応えてくれた。結婚できると浮かれたのにロニーは貴族の義務だと言い出して卒業間近になると私に別れ話をする。
愛し合う二人が結ばれないなんて間違っている。それを正し幸せになるはずだったのに。
男爵の来訪の連絡を受け、両親は私を部屋に閉じ込めた。
自分から閉じこもるのと無理やり閉じ込められるのでは意味合いが違う。自分の意志で外に出ることができないことが苦痛でたまらない。明日には男爵が迎えに来る。早く逃げださなければ……。
私には侯爵夫人としての華やかな未来が待っていたのに、このままでは王都から遠い男爵の田舎にある領地の屋敷で暮らすことになる。それも大嫌いな男と夫婦として過ごさなければならない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ…………。たすけて、ロニー。
私はロニーが思い直して迎えに来てくれることを期待して、いいや、心から切実に祈りながら一晩中待ち続けた。
結局、彼が私のもとに来ることはなかった……。
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