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後日談7

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 夜会から帰ると現実から逃避するように泥のように眠りについた。
 翌朝は幾分すっきりとした目覚めで起きたが、昨夜のことを思い出し溜息を吐く。あれが夢だったらよかったのに。

(私は……フレデリック様のことを好きになっていたのだわ)

 彼の心がクリスティアナに向かっていると気付いて酷くショックを受けた。彼が婚約者や特定の恋人を作らないのはクリスティアナが忘れられないからかもしれない。

 もう、恋なんてしたくなかったのに。ロニーと離婚したことで誰かを好きになることなんてないと思っていた。フレデリックのこともクリスティアナの婚約者の弟と紹介され、友人として付き合っていたつもりだった。それなのにいつのまにか自分の中で彼の存在が大きくなり慕っていたようだ。

 一緒にいると楽しくて、セリーナ自身を肯定してくれる人。それだけで恋に落ちるものなのだろうか。でも、彼がクリスティアナを愛していると感じたことで絶望的な気持ちになったのは事実でこの気持ちを否定することは出来ない。

 気付きたくなかった。どうあがいても望みがなさすぎる。彼は伯爵家を継ぐ人で見目麗しく社交に優れていて、良家のご令嬢たちが彼との結婚を望んでいる。夜会でも彼に向かう羨望の眼差しを目のあたりにしている。私では駄目だ。離婚歴のある瑕疵を持つ女が彼と一緒になれるはずがない。釣り合わないだけでなく、そもそもフレデリックだって私のことはクリスティアナの友人としか見ていないはずだ。

 気付いた途端に終わってしまった恋。諦めなければならない想い。
 今はまだフレデリックの心にクリスティアナがいたとしても、スタンリーとクリスティアナが結婚すれば彼も伯爵家を継ぐために婚約者を決めるだろう。でもそれは私じゃない。

 クリスティアナの結婚を見届けたらやはり領地で過ごさせてもらおう。もうじきお兄様の子が生まれる。何か手伝いをさせてもらいながら今後の事を改めて考えよう。
 気持ちの整理ができれば、落ち着きを取り戻せた。心の底にあるざらざらしたものには気付かない振りをした。それでもしばらくは夜会の出席を見合わせたいと告げた私に両親やお兄様はわかったと許してくれた。
 数日後、思わぬ来客があった。

「セリーナが会いたくなければ断るがどうする?」

 なぜ彼が訪ねて来たのか分からなかったが会うことにした。

「久しぶりね。ロニー」

 ロニーは最後に見た時より晴れやかな表情で少し凛々しく見えた。

「ああ、久しぶり。元気そうだね。セリーナ」

「急に訪ねてくるなんて驚いたわ。今、侯爵家の事業は順調なの?」

「ああ、父上は容赦ないがやりがいがある。それに一番の目標だった借り入れの返済が無事に終わって落ち着いたんだ」

 活き活きと話すロニーが元気そうで嬉しい。彼は仕事が上手くいっている自信によって頼もしい顔つきになっているように見えた。

「そう、よかったわ」

 ロニーは紅茶に手を伸ばし一口飲むと真っ直ぐ私を見た。

「セリーナ。君にはまだ新しい婚約者はいないと聞いた。もし、少しでも僕に対して気持ちが残っているのならば、もう一度やり直せないか?」

 私は目を瞠った。思いがけない復縁を望む言葉に戸惑う。

「ヘレンは? ロニーはヘレンとやり直したのではないの?」

「ヘレン? ヘレンと一緒になることはない。それに彼女は大きな商会を営む平民の家から婿を取ってもう結婚している。僕とヘレンとは完全に終わっているからね」

 私はロニーとヘレンがよりを戻すと思い込んでいたので拍子抜けした。
 ロニーの話によるとヘレンの父親が大きな借金を作り、その返済を免除する代わりに高齢の男爵のもとに嫁ぐことになっていた。ところが結婚直前に男爵が心臓の病で亡くなり、爵位を継いだ男爵の息子に借金返済を迫られた。そこに途方に暮れ夜逃げを考えていた子爵家に手を差し伸べた人がいた。貴族との縁を繋ぎたいと考えていた平民の商会を営む男性が、借金の肩代わりと引き換えに息子の婿入りを望んだそうだ。ヘレンの両親は領地で質素な暮らしをしている。そのため子爵家の実権は商会を営む男性が握っていて、ヘレンは商会の広告塔のような役割をしていて自由はないらしい。

「そんなことが……」

 ヘレンに対して今更思うことはないが、子爵家を継いでいるならいずれ社交で顔を合わす機会があるかも知れない。もう、会っても彼女と関わるつもりはないが。

「セリーナ。今、好きな人はいるのか?」

 その言葉にフレデリックの笑顔が思い浮かんだ。けれど私の一方的な片思いだ。

「…………」

「そうか。分かった」

 私は返事をしていないのにロニーは苦笑いをしながら一人納得している。

「どうして?」

「僕は子供の時からセリーナの顔を見てその考えを読んできたからね。大体のことは分かるよ。君の中で僕のことは本当に終わっているんだね。それが知れてよかったよ。今、セリーナには好きな人がいるのだろ?」

「ええ。片思いだけど思う人がいるの。ロニー。ごめんなさい」

 私は正直に伝えた。子供の頃から私を知っているロニーに誤魔化すことは出来ない。

「いいんだ。おかげで僕もすっきりしたよ。これで気持ちの整理が出来た。それで、相手には告白するのかい?」

「いいえ。私のような瑕疵のある女が側にいていい人じゃないわ」

 私が側にいれば彼の評判に障るに違いない。

「セリーナ。それは君の悪い癖だ。相手の気持ちをまだ確かめていないのだろう? 自分は劣っていると言い訳をして逃げているだけだ。どうせなら当たって砕けてみろよ。思いがけず幸せを手に入れることが出来るかもしれないだろう?」

 聞かなくてもフレデリックはクリスティアナを想っている。告白しても間違いなく玉砕だ。

「……砕けるのはちょっと」

「相変わらず弱気だな。僕が言っても説得力がないかもしれないがセリーナは魅力的な女性だ。何もせずに幸せを諦めるなよ」

 昔から私が悩んだり落ち込むとロニーは励ましてくれていた。その優しさを思い出して懐かしくなる。私たちは幼馴染に戻れた気がした。確かにロニーの言う通り私は全く成長していない。反省しつつも今はまだフレデリックに想いを伝える勇気はないが、ロニーの言葉は純粋に嬉しかった。

「ありがとう。簡単に玉砕の覚悟はできないけど考えてみるわ」

「じゃあ、お暇するよ。今日は会ってくれてありがとう。セリーナ。どうか幸せに」

「ロニー。私も会えてよかった。あなたも幸せになってね」

 ロニーはやり直せないかと聞いてきたが本気だったのだろうか。どちらかといえば彼の中で終わりにするけじめのために来た印象を受けた。
 思い返せば私はいつもロニーに甘えてばかりいた。離婚を決めたときだって彼が歩み寄ってくれていたのに、意固地になって拒絶した。もちろん気持ちが冷めていたこともあったが私は歩み寄ろうとしなかった。私は流されるばかりで努力が足りなかったと思う。ロニーはそんな私の背を押し幸せを願ってくれた。ありがとうの気持ちと彼の幸せを心から願う。
 今の彼の瞳や表情には恋情ではなく、みそっかすの幼馴染に対する慈愛を感じた。
 
 私たちはどちらからともなく手を差し出すと、握手し微笑み合って別れた。





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