彼に「真実の愛」を問う

四折 柊

文字の大きさ
7 / 8

7.再会と婚約

しおりを挟む
 私はデニス叔父様の養女にしてもらえた。バーナー子爵家はのどかな土地で辛いことから逃げるようにここに来た私にはとても居心地がいい。祖父母も叔父家族も私に優しくしてくれる。デニス叔父様には私が嫁ぐことで役に立つ縁談があればお願いしますと伝えたが笑い飛ばされた。
 私は感謝を伝え今は領地内の慈善活動の手伝いをさせてもらっている。領地経営で手伝いができればとも思ったが、それぞれの家のやり方もあるし私は養女にしてもらったとはいえ部外者だ。でしゃばらないことにした。
 穏やかな日々のおかげで私はすっかり元気になった。ある日デニス叔父様に執務室に呼ばれた。

「ブランカ。頼みがある。我が家のためになる縁談がブランカに来ている。どうか受けてくれないか?」

 デニス叔父様はニコニコと上機嫌だ。もちろん私に否やはない。叔父様が選んだ人なら酷い人ではないと信じている。

「はい。お受けします」

 デニス叔父様は途端に眉尻を下げた。不思議に思い首を傾げる。

「そう言ってくれるのは信頼してくれている証拠で嬉しいが、せめて相手くらい確認して欲しいな」
「ふふ。そうですね。ではどなたなのですか?」
「きっと驚くよ。申し込んできたのはブラウアー公爵子息ユリウス様だ」
「えっ?!」
「いずれブランカには幸せな結婚をして欲しいと思っていたが、相応しい男が見つからなかった。ユリウス様なら大丈夫だろう。悪い噂どころかいい話しか聞かない。家格差があることで苦労するかもしれないが、ブランカならやっていけると思う。それでも、もし無理だと思うなら取りやめることはできる。私たちに迷惑をかけることを気にせず、自分の心で決めなさい」
「……はい」

 最後にユリウス様に会ったのは植物園だ。私たちはそんな仲だっただろうか? 最初はユリウス様を私が慰めた。次の時は項垂れる私をユリウス様が励ましてくれた。回数を重ねると特に話をせずにただ座って過ごしていた。言葉はなくとも気まずくならなかった。むしろ無言の時間は穏やかで心地よかった。ユリウス様に悪い感情を抱くことはなかった。
 
 元伯爵令嬢で現子爵令嬢の私が公爵家に嫁ぐのは正直荷が重い。社交界からも逃げるように遠ざかってしまった。どんな顔をして戻ればいいのか。それにユリウス様は本当に私でいいのだろうか? ユリウス様は身分も容貌も能力も秀でている。きっと釣書が殺到している。もっと若い女性だって選べる。それを断って私を選ぶなんて正気なのか。

「もちろん正気だし、本気だよ」
「はあ……」

 翌日挨拶に来たユリウス様に直接問うと彼はカラカラと笑う。私はまだ半信半疑で間抜けな返事しかできない。

「私はなかなかいい物件だと思うのだが? 仕事もできるし何しろ次期ブラウアー公爵家当主だ」
「私にとって次期公爵様というのはウイークポイントなのですが」
「ははは。ブランカ嬢はそう言うと思ったよ。でもそれだと借りを返せないな」
「やはり借りを返すつもりで婚約を申し出たのですね」

 私はあえてかしこまらずに返事をした。でも借りを返すためとは義理堅すぎる。それもユリウス様らしいと納得してしまった。ところがすぐに否定されてしまった。

「まさか! 違うよ。私はブランカ嬢の優しさに救われた。これからの人生を共に過ごす相手はあなたがいいと思ったんだ」

 柔らかな表情と優しい声が私を包み込む。言葉に真剣さを感じる。

(ああ、本気で言っているのね)

「私は冷たい女だと振られた経験があります。ユリウス様にはその本性を隠していました。それでもいいのですか?」
「冷たい? そうは思わないけどなあ。それなら申し訳ないが私も本性を隠していた。女性に冷たい男だとなじられたことがある。ガッカリしたかい?」

 ユリウス様はおどけるように肩を竦めた。

「いいえ……」

 私は首をゆっくりと横に振る。そして背筋を伸ばしまっすぐにユリウス様を見た。

「本当に私でいいのですか?」
「あなたがいい。ブランカ嬢。どうか私と結婚してください。不甲斐ない男ではあるが全身全霊であなたを守る。でも無理強いしたいわけじゃない。たとえ断っても子爵家にもあなたにも不利益になる行動はとらないと約束する。だから私との結婚を考えて欲しい」

 一瞬だけ私の瞼にエーリクの笑みが浮かび、そして消えた。ユリウス様は身分的にこの婚約を強制できる力がある。それでも断る選択肢をくれた。私にもう、迷いはない。

「はい。お受けします。よろしくお願いします」
「えっ? 考える時間は必要だろう? 今すぐに返事をしなくてもいいのだが」
「今お返事をしては駄目でしたか? 私、ユリウス様となら良い関係を築いていけると思ったのです」
「そうか」
 
 ユリウス様は少し頬を赤くした。私は穏やかな気持ちで彼の顔を見つめた。
 ユリウス様は数日ほどバーナー子爵家に宿泊し叔父家族と交流を深めた。公爵子息であることを鼻にかけず気さくに会話をする。家族で囲む食事の輪にすっかりと溶け込んでいた。その様子に彼の人柄がよくわかる。

 デニス叔父様と目が合うと優しい表情で私に小さく頷いた。この婚約を家のためといったのはただの建前で私の幸せを願ってくれている。バーナー子爵家はブラウアー公爵家の後ろ盾を必要としていない。それだけの盤石な財力がある。もっともせっかくだから公爵家と繋がりがあってもまあいいか、くらいには思っているだろう。
 私も感謝を込めて小さく頷いた。
 ユリウス様が王都に戻った後、私はすぐに荷物をまとめた。ブラウアー公爵家に嫁ぐための勉強をするために公爵家に移動するのだ。結婚式にはみんなが王都に来てくれると約束してくれた。今から楽しみだ。

「ところでデニス叔父様。ユリウス様からの婚約の申し込みはいつ来たのですか?」
「ブランカが領地に来てすぐだ」
「えっ? そんなに早くから……」

 ニヤリと口角を上げたデニス叔父様に私は両手を上げ降参のポーズを取った。私が受け入れるだけの心の状態になるまでユリウス様を待たせていたようだ。叔父様には一生敵わない。

「もうブランカの心は前を向ける。そうだろう?」
「はい。大丈夫です」

 私は叔父様に深く頭を下げた。叔父様は私の背中を優しくポンポンと叩くと顔を上げさせる。お母様によく似ているデニス叔父様が微笑むと、お母様も微笑んでいるような気がした。

「ブランカ。幸せにおなり。私は姉さんにブランカを守ると約束していた。その約束を守っただけだ。姉さんが喜ぶ顔が浮かぶよ」
「はい!」

 私がお母様と過ごした懐かしいアルホフ伯爵家に戻ることは二度とない。でもそれを寂しいと思わない。だって私の故郷はバーナー子爵家とその家族たち。そしてお母様の心もきっとここにいる。それを知っているから――――。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の芝生は青いのか 

夕鈴
恋愛
王子が妻を迎える日、ある貴婦人が花嫁を見て、絶望した。 「どうして、なんのために」 「子供は無知だから気付いていないなんて思い上がりですよ」 絶望する貴婦人に義息子が冷たく囁いた。 「自由な選択の権利を与えたいなら、公爵令嬢として迎えいれなければよかった。妹はずっと正当な待遇を望んでいた。自分の傍で育てたかった?復讐をしたかった?」 「なんで、どうして」 手に入らないものに憧れた貴婦人が仕掛けたパンドラの箱。 パンドラの箱として育てられた公爵令嬢の物語。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

大恋愛の後始末

mios
恋愛
シェイラの婚約者マートンの姉、ジュリエットは、恋多き女として有名だった。そして、恥知らずだった。悲願の末に射止めた大公子息ライアンとの婚姻式の当日に庭師と駆け落ちするぐらいには。 彼女は恋愛至上主義で、自由をこよなく愛していた。由緒正しき大公家にはそぐわないことは百も承知だったのに、周りはそのことを理解できていなかった。 マートンとシェイラの婚約は解消となった。大公家に莫大な慰謝料を支払わなければならず、爵位を返上しても支払えるかという程だったからだ。

【完結】義妹と婚約者どちらを取るのですか?

里音
恋愛
私はどこにでもいる中堅の伯爵令嬢アリシア・モンマルタン。どこにでもあるような隣の領地の同じく伯爵家、といってもうちよりも少し格が上のトリスタン・ドクトールと幼い頃に婚約していた。 ドクトール伯爵は2年前に奥様を亡くし、連れ子と共に後妻がいる。 その連れ子はトリスタンの1つ下になるアマンダ。 トリスタンはなかなかの美貌でアマンダはトリスタンに執着している。そしてそれを隠そうともしない。 学園に入り1年は何も問題がなかったが、今年アマンダが学園に入学してきて事態は一変した。

【完結】ヒロインであれば何をしても許される……わけがないでしょう

凛 伊緒
恋愛
シルディンス王国・王太子の婚約者である侯爵令嬢のセスアは、伯爵令嬢であるルーシアにとある名で呼ばれていた。 『悪役令嬢』……と。 セスアの婚約者である王太子に擦り寄り、次々と無礼を働くルーシア。 セスアはついに我慢出来なくなり、反撃に出る。 しかし予想外の事態が…? ざまぁ&ハッピーエンドです。

未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~

キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。 その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。 絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。 今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。 それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!? ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】婚約破棄したのに殿下が何かと絡んでくる

冬月光輝
恋愛
「お前とは婚約破棄したけど友達でいたい」 第三王子のカールと五歳の頃から婚約していた公爵令嬢のシーラ。 しかし、カールは妖艶で美しいと評判の子爵家の次女マリーナに夢中になり強引に婚約破棄して、彼女を新たな婚約者にした。 カールとシーラは幼いときより交流があるので気心の知れた関係でカールは彼女に何でも相談していた。 カールは婚約破棄した後も当然のようにシーラを相談があると毎日のように訪ねる。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...