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6.真実の愛(エーリク)
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フリーデの認識では貴族は何をしても許されるという思い込みがあり、その考えを正すことはどれだけ根気よく説明しても困難だった。貴族にも身分やルールがある。それを理解できないままボルク侯爵夫人にはなれない。
私はフリーデを連れて夜会に出席するたびにハラハラした。たった一言の失言で取り返しのつかないことになる。フリーデが恥をかいてすむわけじゃない。我が家のメンツが潰れるのだ。フリーデは姉から婚約者を奪ったと評判が悪く私も不誠実だと反感を買ってしまった。思い返せばブランカが隣にいる時はこんな気持ちになることはなかった。ブランカは誰が相手でも卒なく会話をして場を和ませてくれて安心できた。
(もしかして私は取り返しがつかないことをしてしまったのか?)
その疑念が現実となったのはフリーデとの結婚式の数日前だった。
朝の早い時間から父に呼ばれ執務室に入る。
「エーリク。新婚旅行へ行ったらもう王都に戻らなくていい。そのまま領地で働け」
「……はっ?!」
「お前の嫡子届けは取り下げてある。新たにエルヴィンが嫡子となった」
エルヴィンは年の離れた私の弟だ。利発でいい子だが、どうして私がいるのに嫡子を代える必要があるのだ。それも今になって言うなんて……。
「エルヴィンはまだ十歳です。それに私は今まで嫡子として」
「エーリク。本当にお前には嫡子の自覚があったのか?」
父は鋭い目つきで私を冷ややかに見る。私は反射的に口を噤んでしまった。
「もし本当にその自覚があるならなぜ跡継ぎ教育から逃げた? ブランカが優秀だから大目に見ていたが、ブランカが婚約者でないならエーリクには侯爵家を任せることはできない。家のことを思うのなら自分の心を優先するべきではない。優秀なブランカを手放した時点でお前は嫡子の資格を失ったのだ」
「……父上は納得してくださったのでは?」
「猶予は与えた。その結果エーリクには当主が務まらないと理解した。当主にならないのなら好きな女と結婚させても問題ないから許した。平民として家を出て行ってもらってもよかったが、どうせ自活できないだろう。このまま放逐して問題を起されても困るから領地にいてもらう。領地には優秀な執事がいるから手を借りながらよく学び領地のために働け。それとも身一つで出ていきたいか?」
「そ、それは……」
父は私を嫡子として相応しいのか試した。フリーデを取るかブランカを取るか。そしてあの時そうとは気づかないまま、自ら嫡子でいられる最後の機会を手放してしまった。
嫡子でなくなった私はどうやって生きていけばいい? 商人になる? 無理だ。今から一から商売を始めることなどできない。私個人の財産もそれほど多く持っていない。だが領地でなら今まで学んだことが役に立つ。たとえ身分がなくとも生活は保障される。
「これはアルホフ伯爵夫妻も承知している。分かったな?」
仕事上、アルホフ伯爵家より我が家の方の立場が強い。伯爵がいくらフリーデを可愛がっていようと父の申し出には断れない。私も伯爵も選択の余地はないのだ。
「……はい」
だから父はブランカとの婚約を解消したいと言った時にあれほど反対したのだ。そして父がブランカとの婚約解消を決めた瞬間、私はボルク侯爵家を継ぐ資格を失った――。これがブランカを捨て跡継ぎ教育を疎かにした結果か……。ボルク侯爵家を継ぐために生きてきた。まさか嫡子を外されるなんて想像をしたことすらない。何があっても家を継ぐのは私だと信じていた。
絶望を胸に私はじっとしていられずふらふらと一人屋敷を出た。何がいけなかったのか、どこを間違えたのか、自問自答を繰り返す。そうだ。ブランカがいれば……本来の人生に戻れる。気が付けば植物園の前にいた。
「ここは……懐かしいな。ブランカと十年に一度しか咲かない花を見た場所だ」
入り口に目を向ければ、一年前の日付であの花が近日中に開花しそうだと書かれていた。ポスターがそのままということは咲かなかったのだろう。私は窓口でチケットを買い園内に入る。
(あの花を見たい)
十年前に見た花のエリアに行けば人は少ない。なかなか開花しないので人気がないようだ。ふと甘い香りが鼻をかすめた。その香りに一瞬で十年前の記憶が蘇る。私は足早に花の見えるところまで移動すると顔を上げた。
「花が咲いている……」
柵の中に植わっている花の先端には緑色の花弁がのけ反るように広がっていた。その上をちらちらと黄色い蝶々が踊るように舞っている。
(あの時……ブランカが花を見てはしゃいで飛び跳ねていた。二人とも興奮して……そして、約束を……)
私の頬にははらはらと雫が流れていた。情けないと思うが涙は止まらない。もう一度あの時に戻れたらやり直せるのに。今度は腐ることなく勉強を続けて……。
――ブランカに会いたい。もう一度、一緒に頑張ろうと励ましてほしかった。
でもブランカは王都にいない。私と婚約を解消した後、バーナー子爵家に養女に入ったと聞いた。私のせいだ。どの面下げて会いたいなどと……会えるはずがない。
次にこの花が咲く十年後に私は王都にはいない。それならせめてこの目に焼き付けておきたい。もっと近くで見ようと一歩踏み出すとベンチに人がいるのが見えた。その後ろ姿にはっとした。ブランカだ。私がブランカを見間違えるはずがない。
(ブランカ! なぜここに?)
でもこれは運命かもしれない。十年に一度、たった一日しか咲かない花が開花した瞬間に再会できるなんて、もう一度私たちがやり直すチャンスを神様がくれたように思えた。
声をかけようと一歩踏み出せばブランカの隣には背の高い男性がいる。
(誰だ。あの男は?)
ブランカはきっと見知らぬ男性に声をかけられて困っているに違いない。私は助けに行こうとした。私が動く前にブランカは隣の男性に顔を向けた。ブランカの横顔は柔らかく微笑んでいるように見える。頬はほんのり色づいていた。
(そんな……)
私の頭の中は真っ白になった。すると女性二人が私の後ろでひそひそと話をしている声が耳に入った。
「あら、ブラウアー公爵子息様とバーナー子爵令嬢様だわ。お二人は先日婚約したそうね! 何でもブラウアー公爵子息様が前の婚約者を亡くし悲しんでおられるところを、バーナー子爵令嬢様がお支えした縁で婚約が決まったそうよ」
「まあ、ロマンティックね! 身分の差はあるけれどお似合いだわ」
知らない……。いつのまにブランカには新しい婚約者が? 目の前の二人の様子は親密そうだった。ブランカが昔私に向けてくれたような微笑みを別の男に向けている。
私は呆然としたまま植物園を出て帰路に就いた。屋敷に戻り執事に確かめたところ、まだ正式に発表はされていないが、ブランカとブラウアー公爵子息の婚約は事実だった。私は己の身勝手さと愚かさを嗤った。いまだに逃げてばかりじゃないか……。
フリーデを愛していると言ったのに家を継ぎたくてブランカが欲しいなど、不誠実にもほどがある。家を継げないのは自分の能力がないからだ。誰のせいにもできない。せめてフリーデを幸せにしなければ。
フリーデは許してくれるだろうか? ボルク侯爵家に入っての生活を楽しみにしていた。私が家を継げないと知れば家庭教師のように失望するかもしれない。
フリーデとの結婚式を終えると、二日後には領地に出発した。馬車の中で初めて訪れる侯爵領が楽しみだと無邪気に笑うフリーデに、私は覚悟を決めて告げた。
「フリーデ」
「なあに? どうしたの。深刻な顔をして。私たちこれから新婚旅行に行くのよ」
「ああ。そうなのだが……実は私たちは王都にはもう戻らない。このまま領地で暮らすことになる」
フリーデは何を言われたのか理解できなかったようできょとんとした顔になり首を傾げた。
「エーリクは侯爵様になるのに王都に戻らないの?」
胃からすっぱいものが込み上げてくる。
「爵位は……弟が継ぐことになった。私とフリーデは領地での仕事を任されたんだ」
「そう……」
フリーデは眉を顰め視線を足元に落とすと押し黙った。私は責められるのを覚悟し両手をグッと握った。
「それは私が侯爵家の勉強についていけなかったから?」
私は驚いた。まさか彼女が自分の責任だと考えるはずがないと決めつけていたから。確かにそれもあるが一番は私に侯爵家当主となる能力がなかったからだ。
「違うんだ。私の力不足で父に認めてもらえなかった。すまない。フリーデ」
「まあ! エーリクったらそれでお葬式みたいな顔をしていたのね。大丈夫よ。私にとって王都は居心地が悪かったから、かえって領地で暮らせることになっていいかもしれない。勉強は難しすぎるし。何よりも平民街にいるときは貴族のくせにって冷たくされて、貴族になれば平民の卑しい血が混ざっているまがい物扱いされる。でも領地ならきっと過ごしやすいわよね!」
フリーデは私を元気づけるように明るく微笑んだ。その表情に私は泣きそうになる。やはりフリーデは真実の愛の相手だ。責めることなく情けない私を受け入れてくれた。私はフリーデを強く抱きしめた。愛おしいと思う。これからは彼女が穏やかに暮らせるように最善を尽くそう。
「ありがとう。本当にありがとう」
「エーリクったら。そんなに気にしないで」
フリーデは私の胸に顔を埋めくすくすと笑い体を揺らした。
「……たとえ侯爵夫人になれなくても、結婚相手もいない子爵家の養女になったお荷物のお姉様よりはずっとましだわ。お姉様が不幸で私の方が幸せならそれで……いい……」
フリーデが何かを呟いた。
「フリーデ、聞こえなかった。なんだい?」
「いいえ。何でもないの。領地を見るのが楽しみね。どんなところなの?」
「動物がいてのどかなところだ」
ボルク侯爵家は広大で豊かな土地で牧畜を営んでいる。良く言えば空気のいい穏やかな土地だが、悪く言えば田舎で娯楽のない人より牛や羊が多く感じる場所だ。
「私動物好きよ」
「それはよかった」
フリーデの笑顔につられて私も笑顔になる。そうだ。領地に着いたらブランカがブラウアー公爵子息と婚約したことを教えてあげよう。優しいフリーデはブランカの幸せを喜ぶに違いない。きっと自分のことのようにブランカを祝福するだろう。
休暇を楽しんだ後はフリーデと一緒に領地経営を学び直さなくてはならない。私は少しでもボルク侯爵家に貢献できる存在になりたい。フリーデとならやっていける。だが今だけは新婚の時間を楽しもう。
私は胸のつかえが取れ清々しい気持ちで領地へ向かった。
私はフリーデを連れて夜会に出席するたびにハラハラした。たった一言の失言で取り返しのつかないことになる。フリーデが恥をかいてすむわけじゃない。我が家のメンツが潰れるのだ。フリーデは姉から婚約者を奪ったと評判が悪く私も不誠実だと反感を買ってしまった。思い返せばブランカが隣にいる時はこんな気持ちになることはなかった。ブランカは誰が相手でも卒なく会話をして場を和ませてくれて安心できた。
(もしかして私は取り返しがつかないことをしてしまったのか?)
その疑念が現実となったのはフリーデとの結婚式の数日前だった。
朝の早い時間から父に呼ばれ執務室に入る。
「エーリク。新婚旅行へ行ったらもう王都に戻らなくていい。そのまま領地で働け」
「……はっ?!」
「お前の嫡子届けは取り下げてある。新たにエルヴィンが嫡子となった」
エルヴィンは年の離れた私の弟だ。利発でいい子だが、どうして私がいるのに嫡子を代える必要があるのだ。それも今になって言うなんて……。
「エルヴィンはまだ十歳です。それに私は今まで嫡子として」
「エーリク。本当にお前には嫡子の自覚があったのか?」
父は鋭い目つきで私を冷ややかに見る。私は反射的に口を噤んでしまった。
「もし本当にその自覚があるならなぜ跡継ぎ教育から逃げた? ブランカが優秀だから大目に見ていたが、ブランカが婚約者でないならエーリクには侯爵家を任せることはできない。家のことを思うのなら自分の心を優先するべきではない。優秀なブランカを手放した時点でお前は嫡子の資格を失ったのだ」
「……父上は納得してくださったのでは?」
「猶予は与えた。その結果エーリクには当主が務まらないと理解した。当主にならないのなら好きな女と結婚させても問題ないから許した。平民として家を出て行ってもらってもよかったが、どうせ自活できないだろう。このまま放逐して問題を起されても困るから領地にいてもらう。領地には優秀な執事がいるから手を借りながらよく学び領地のために働け。それとも身一つで出ていきたいか?」
「そ、それは……」
父は私を嫡子として相応しいのか試した。フリーデを取るかブランカを取るか。そしてあの時そうとは気づかないまま、自ら嫡子でいられる最後の機会を手放してしまった。
嫡子でなくなった私はどうやって生きていけばいい? 商人になる? 無理だ。今から一から商売を始めることなどできない。私個人の財産もそれほど多く持っていない。だが領地でなら今まで学んだことが役に立つ。たとえ身分がなくとも生活は保障される。
「これはアルホフ伯爵夫妻も承知している。分かったな?」
仕事上、アルホフ伯爵家より我が家の方の立場が強い。伯爵がいくらフリーデを可愛がっていようと父の申し出には断れない。私も伯爵も選択の余地はないのだ。
「……はい」
だから父はブランカとの婚約を解消したいと言った時にあれほど反対したのだ。そして父がブランカとの婚約解消を決めた瞬間、私はボルク侯爵家を継ぐ資格を失った――。これがブランカを捨て跡継ぎ教育を疎かにした結果か……。ボルク侯爵家を継ぐために生きてきた。まさか嫡子を外されるなんて想像をしたことすらない。何があっても家を継ぐのは私だと信じていた。
絶望を胸に私はじっとしていられずふらふらと一人屋敷を出た。何がいけなかったのか、どこを間違えたのか、自問自答を繰り返す。そうだ。ブランカがいれば……本来の人生に戻れる。気が付けば植物園の前にいた。
「ここは……懐かしいな。ブランカと十年に一度しか咲かない花を見た場所だ」
入り口に目を向ければ、一年前の日付であの花が近日中に開花しそうだと書かれていた。ポスターがそのままということは咲かなかったのだろう。私は窓口でチケットを買い園内に入る。
(あの花を見たい)
十年前に見た花のエリアに行けば人は少ない。なかなか開花しないので人気がないようだ。ふと甘い香りが鼻をかすめた。その香りに一瞬で十年前の記憶が蘇る。私は足早に花の見えるところまで移動すると顔を上げた。
「花が咲いている……」
柵の中に植わっている花の先端には緑色の花弁がのけ反るように広がっていた。その上をちらちらと黄色い蝶々が踊るように舞っている。
(あの時……ブランカが花を見てはしゃいで飛び跳ねていた。二人とも興奮して……そして、約束を……)
私の頬にははらはらと雫が流れていた。情けないと思うが涙は止まらない。もう一度あの時に戻れたらやり直せるのに。今度は腐ることなく勉強を続けて……。
――ブランカに会いたい。もう一度、一緒に頑張ろうと励ましてほしかった。
でもブランカは王都にいない。私と婚約を解消した後、バーナー子爵家に養女に入ったと聞いた。私のせいだ。どの面下げて会いたいなどと……会えるはずがない。
次にこの花が咲く十年後に私は王都にはいない。それならせめてこの目に焼き付けておきたい。もっと近くで見ようと一歩踏み出すとベンチに人がいるのが見えた。その後ろ姿にはっとした。ブランカだ。私がブランカを見間違えるはずがない。
(ブランカ! なぜここに?)
でもこれは運命かもしれない。十年に一度、たった一日しか咲かない花が開花した瞬間に再会できるなんて、もう一度私たちがやり直すチャンスを神様がくれたように思えた。
声をかけようと一歩踏み出せばブランカの隣には背の高い男性がいる。
(誰だ。あの男は?)
ブランカはきっと見知らぬ男性に声をかけられて困っているに違いない。私は助けに行こうとした。私が動く前にブランカは隣の男性に顔を向けた。ブランカの横顔は柔らかく微笑んでいるように見える。頬はほんのり色づいていた。
(そんな……)
私の頭の中は真っ白になった。すると女性二人が私の後ろでひそひそと話をしている声が耳に入った。
「あら、ブラウアー公爵子息様とバーナー子爵令嬢様だわ。お二人は先日婚約したそうね! 何でもブラウアー公爵子息様が前の婚約者を亡くし悲しんでおられるところを、バーナー子爵令嬢様がお支えした縁で婚約が決まったそうよ」
「まあ、ロマンティックね! 身分の差はあるけれどお似合いだわ」
知らない……。いつのまにブランカには新しい婚約者が? 目の前の二人の様子は親密そうだった。ブランカが昔私に向けてくれたような微笑みを別の男に向けている。
私は呆然としたまま植物園を出て帰路に就いた。屋敷に戻り執事に確かめたところ、まだ正式に発表はされていないが、ブランカとブラウアー公爵子息の婚約は事実だった。私は己の身勝手さと愚かさを嗤った。いまだに逃げてばかりじゃないか……。
フリーデを愛していると言ったのに家を継ぎたくてブランカが欲しいなど、不誠実にもほどがある。家を継げないのは自分の能力がないからだ。誰のせいにもできない。せめてフリーデを幸せにしなければ。
フリーデは許してくれるだろうか? ボルク侯爵家に入っての生活を楽しみにしていた。私が家を継げないと知れば家庭教師のように失望するかもしれない。
フリーデとの結婚式を終えると、二日後には領地に出発した。馬車の中で初めて訪れる侯爵領が楽しみだと無邪気に笑うフリーデに、私は覚悟を決めて告げた。
「フリーデ」
「なあに? どうしたの。深刻な顔をして。私たちこれから新婚旅行に行くのよ」
「ああ。そうなのだが……実は私たちは王都にはもう戻らない。このまま領地で暮らすことになる」
フリーデは何を言われたのか理解できなかったようできょとんとした顔になり首を傾げた。
「エーリクは侯爵様になるのに王都に戻らないの?」
胃からすっぱいものが込み上げてくる。
「爵位は……弟が継ぐことになった。私とフリーデは領地での仕事を任されたんだ」
「そう……」
フリーデは眉を顰め視線を足元に落とすと押し黙った。私は責められるのを覚悟し両手をグッと握った。
「それは私が侯爵家の勉強についていけなかったから?」
私は驚いた。まさか彼女が自分の責任だと考えるはずがないと決めつけていたから。確かにそれもあるが一番は私に侯爵家当主となる能力がなかったからだ。
「違うんだ。私の力不足で父に認めてもらえなかった。すまない。フリーデ」
「まあ! エーリクったらそれでお葬式みたいな顔をしていたのね。大丈夫よ。私にとって王都は居心地が悪かったから、かえって領地で暮らせることになっていいかもしれない。勉強は難しすぎるし。何よりも平民街にいるときは貴族のくせにって冷たくされて、貴族になれば平民の卑しい血が混ざっているまがい物扱いされる。でも領地ならきっと過ごしやすいわよね!」
フリーデは私を元気づけるように明るく微笑んだ。その表情に私は泣きそうになる。やはりフリーデは真実の愛の相手だ。責めることなく情けない私を受け入れてくれた。私はフリーデを強く抱きしめた。愛おしいと思う。これからは彼女が穏やかに暮らせるように最善を尽くそう。
「ありがとう。本当にありがとう」
「エーリクったら。そんなに気にしないで」
フリーデは私の胸に顔を埋めくすくすと笑い体を揺らした。
「……たとえ侯爵夫人になれなくても、結婚相手もいない子爵家の養女になったお荷物のお姉様よりはずっとましだわ。お姉様が不幸で私の方が幸せならそれで……いい……」
フリーデが何かを呟いた。
「フリーデ、聞こえなかった。なんだい?」
「いいえ。何でもないの。領地を見るのが楽しみね。どんなところなの?」
「動物がいてのどかなところだ」
ボルク侯爵家は広大で豊かな土地で牧畜を営んでいる。良く言えば空気のいい穏やかな土地だが、悪く言えば田舎で娯楽のない人より牛や羊が多く感じる場所だ。
「私動物好きよ」
「それはよかった」
フリーデの笑顔につられて私も笑顔になる。そうだ。領地に着いたらブランカがブラウアー公爵子息と婚約したことを教えてあげよう。優しいフリーデはブランカの幸せを喜ぶに違いない。きっと自分のことのようにブランカを祝福するだろう。
休暇を楽しんだ後はフリーデと一緒に領地経営を学び直さなくてはならない。私は少しでもボルク侯爵家に貢献できる存在になりたい。フリーデとならやっていける。だが今だけは新婚の時間を楽しもう。
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