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7.三度目の破談?
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私は馬車に駆け込み屋敷に戻った。そしてソファーでクッションを抱え顔を埋めた。クッションはすでに涙で濡れている。手に持っていたクッキーは気付けばなかったのでどこかに置いてきてしまったのだろう。
オリス様は私に好意を抱いてはいなかった。
あの令嬢に「エルシャを好きだ」そう言ってほしかった。返事に躊躇いがあり言葉を濁していた。それは好きではないという意味だとしか思えなかった。本当に令嬢にドレスを贈っているのなら彼女はオリス様の恋人かもしれない。私はまだドレスを贈られたことがないのに……。
彼はきっと上司であるラモンおじ様から勧められた縁談を断り切れずに仕方なくこの話を受け入れたのだ。貴族社会で爵位も上で宰相様からの縁談を普通に考えれば断れるはずがない。私から気をつかって断るべきだった。
彼に恋人がいるのならば知らなかったとはいえ完全に私が横恋慕をする形になっている。それなのにいい関係を築けているなどと思い上がっていた自分が恥ずかしい。思い返せば彼からは結婚を申し込まれたが「好きだ」とは言われていなかった。それなのに自分は彼を好きで、彼も自分を好きになってくれていると思い込んでしまった。
彼が目を逸らすのは照れていると思っていたが本当は嫌悪していたのかもしれない。何もかも自分の都合のいいように捉えていたことが滑稽でただ悲しい。
忙しくて私と会えない日々の中、あの令嬢とは仕事場で逢瀬を重ねていたのだろうか。
「うっ……う……う…………」
家族に心配をかけたくなくて気付かれないように声を殺して泣いた。それでも嗚咽は漏れてしまう。
悲しい。悲しい。悲しくてたまらない。だって私はもうオリス様を好きになってしまっていた。あなたがこんなにも好きなんです。
結婚を申し込まれて天にも昇る気持ちだった。過去の破談の悲しみも彼の言葉で溶けてなくなってしまうほどに。
彼の不器用な優しさを好ましく感じ、私のおしゃべりを厭わずに微笑んでくれることに幸せを感じていた。彼が私に似合うと白百合の花を選んでくれたことは誇らしかった。
だけど彼には私ではない愛する女性がいたのだ。私もあの令嬢のように彼からドレスを贈られたかった。そのドレスを着て彼のエスコートで夜会に行きたかった。
でも、彼に愛されていないのなら…………。
私は決意をした。彼から断れなかったこの縁談を私から解消しよう。
今まで苦労をしてきた彼には幸せになって欲しい。上司の命令というだけで私は彼の人生の邪魔をしてはいけない。たとえ自分が失恋してしまっても、そうしなければならない。それが彼のために私が出来る唯一のことだと思った。
鼻をスンと鳴らしながら涙を拭う。恋をすることがこんなに苦しいなんて知らなかった。
決心しても彼への未練が湧き上がる。オリス様が私の話を聞きながら目を優しく細めると胸が高鳴った。いつも表情を変えないのに、時折口角を上げて少しだけ首を傾げる仕草が笑いを堪えているのだと気づいた時には、自分だけが見つけた秘密だと嬉しかった。
彼と結婚して穏やかな家庭を築くことを夢に見たのに…………。三度目の破談。私はもう結婚を考えることは出来ない気がした。
その晩、自分の初めての恋の終わりに頬を濡らし続けた。
翌朝、目を腫らした私にお母様が心配して何があったのかと聞かれてしまった。
言うべきか悩んだがこんな酷い顔を見られた以上、適当な言い訳で誤魔化せそうもなかったので昨日見たことをそのまま話すことにした。
「んー? その令嬢、恋人かしら?」
お母様は黙って聞いていたが思案気に首を傾げた。
「でも、オリス様の勧めたドレスを着ていたのです」
私は俯き膝の上の手をぎゅっと握りしめた。
「勧めただけで贈られたわけではないのかもしれないわ。普通、恋人にはドレスを贈るでしょう。それって変よ。何か思い違いがあると思う」
「でもこの婚約はラモンおじ様からの命令で断れないって……」
「命令? そんなはずないのだけど……。彼がそう言ったわけではないのでしょう? ただ返事を濁しただけで決めつけるのは早計よ。彼は口下手だからすぐに言葉が出なかっただけかもしれない。エルシャ。思い込みが過ぎるわ。少し冷静になりなさい」
「でも……」
お母様は私の手を取り諭すようにゆっくりと話す。
「ねえ、エルシャ。あなたはオリス様と過ごしてきて、彼が恋人がいるままあなたと婚約するような人だと思う? お母様はきちんと彼と話をするべきだと思うわ。彼の言葉を聞いてから決めなさい。その上で決めたことならお母様はあなたの希望を叶えてあげる。婚約の継続でも解消でも」
私ははっとした。お母様に諭されて今までのことを思い返す。彼の誠実さに惹かれたのに確かめもせず疑ってしまった。私は心のどこかでいつか破談になるかもと不安に思うあまり、逃げるように婚約を解消しようと先走ってしまった。たとえどんな結果が待っていても、オリス様と話をしよう。
「私、オリス様とお話しします。お母様、聞いてくれてありがとう」
自分の気持ちを見つめ直せば私の心はオリス様に真っ直ぐ向かっている。彼の手を離したくない。私の婚約者でいて欲しい。
私はオリス様に好きだと言われていないが、私も臆病になり過ぎて自分の気持ちを言葉にして伝えていなかった。
いつまでも怯えていないで彼と向き合おう。そう決心したが心の準備が整う前に突然オリス様が訪ねてきた。
何から話せばいいのかと動揺しながら彼を部屋に通した。
「エルシャ様。突然伺ってしまい申し訳ありません。ようやく、仕事が落ち着いたのでお顔だけでも見たいと思い来てしまいました」
そう言って彼は今日も白百合の花を差し出す。
オリス様は少し面やつれしているが彼の表情は柔らかい。彼の言葉はまるで私に会いたかったと言っているように聞こえ、喜びで胸がぎゅっと締め付けられた。
オリス様は私に好意を抱いてはいなかった。
あの令嬢に「エルシャを好きだ」そう言ってほしかった。返事に躊躇いがあり言葉を濁していた。それは好きではないという意味だとしか思えなかった。本当に令嬢にドレスを贈っているのなら彼女はオリス様の恋人かもしれない。私はまだドレスを贈られたことがないのに……。
彼はきっと上司であるラモンおじ様から勧められた縁談を断り切れずに仕方なくこの話を受け入れたのだ。貴族社会で爵位も上で宰相様からの縁談を普通に考えれば断れるはずがない。私から気をつかって断るべきだった。
彼に恋人がいるのならば知らなかったとはいえ完全に私が横恋慕をする形になっている。それなのにいい関係を築けているなどと思い上がっていた自分が恥ずかしい。思い返せば彼からは結婚を申し込まれたが「好きだ」とは言われていなかった。それなのに自分は彼を好きで、彼も自分を好きになってくれていると思い込んでしまった。
彼が目を逸らすのは照れていると思っていたが本当は嫌悪していたのかもしれない。何もかも自分の都合のいいように捉えていたことが滑稽でただ悲しい。
忙しくて私と会えない日々の中、あの令嬢とは仕事場で逢瀬を重ねていたのだろうか。
「うっ……う……う…………」
家族に心配をかけたくなくて気付かれないように声を殺して泣いた。それでも嗚咽は漏れてしまう。
悲しい。悲しい。悲しくてたまらない。だって私はもうオリス様を好きになってしまっていた。あなたがこんなにも好きなんです。
結婚を申し込まれて天にも昇る気持ちだった。過去の破談の悲しみも彼の言葉で溶けてなくなってしまうほどに。
彼の不器用な優しさを好ましく感じ、私のおしゃべりを厭わずに微笑んでくれることに幸せを感じていた。彼が私に似合うと白百合の花を選んでくれたことは誇らしかった。
だけど彼には私ではない愛する女性がいたのだ。私もあの令嬢のように彼からドレスを贈られたかった。そのドレスを着て彼のエスコートで夜会に行きたかった。
でも、彼に愛されていないのなら…………。
私は決意をした。彼から断れなかったこの縁談を私から解消しよう。
今まで苦労をしてきた彼には幸せになって欲しい。上司の命令というだけで私は彼の人生の邪魔をしてはいけない。たとえ自分が失恋してしまっても、そうしなければならない。それが彼のために私が出来る唯一のことだと思った。
鼻をスンと鳴らしながら涙を拭う。恋をすることがこんなに苦しいなんて知らなかった。
決心しても彼への未練が湧き上がる。オリス様が私の話を聞きながら目を優しく細めると胸が高鳴った。いつも表情を変えないのに、時折口角を上げて少しだけ首を傾げる仕草が笑いを堪えているのだと気づいた時には、自分だけが見つけた秘密だと嬉しかった。
彼と結婚して穏やかな家庭を築くことを夢に見たのに…………。三度目の破談。私はもう結婚を考えることは出来ない気がした。
その晩、自分の初めての恋の終わりに頬を濡らし続けた。
翌朝、目を腫らした私にお母様が心配して何があったのかと聞かれてしまった。
言うべきか悩んだがこんな酷い顔を見られた以上、適当な言い訳で誤魔化せそうもなかったので昨日見たことをそのまま話すことにした。
「んー? その令嬢、恋人かしら?」
お母様は黙って聞いていたが思案気に首を傾げた。
「でも、オリス様の勧めたドレスを着ていたのです」
私は俯き膝の上の手をぎゅっと握りしめた。
「勧めただけで贈られたわけではないのかもしれないわ。普通、恋人にはドレスを贈るでしょう。それって変よ。何か思い違いがあると思う」
「でもこの婚約はラモンおじ様からの命令で断れないって……」
「命令? そんなはずないのだけど……。彼がそう言ったわけではないのでしょう? ただ返事を濁しただけで決めつけるのは早計よ。彼は口下手だからすぐに言葉が出なかっただけかもしれない。エルシャ。思い込みが過ぎるわ。少し冷静になりなさい」
「でも……」
お母様は私の手を取り諭すようにゆっくりと話す。
「ねえ、エルシャ。あなたはオリス様と過ごしてきて、彼が恋人がいるままあなたと婚約するような人だと思う? お母様はきちんと彼と話をするべきだと思うわ。彼の言葉を聞いてから決めなさい。その上で決めたことならお母様はあなたの希望を叶えてあげる。婚約の継続でも解消でも」
私ははっとした。お母様に諭されて今までのことを思い返す。彼の誠実さに惹かれたのに確かめもせず疑ってしまった。私は心のどこかでいつか破談になるかもと不安に思うあまり、逃げるように婚約を解消しようと先走ってしまった。たとえどんな結果が待っていても、オリス様と話をしよう。
「私、オリス様とお話しします。お母様、聞いてくれてありがとう」
自分の気持ちを見つめ直せば私の心はオリス様に真っ直ぐ向かっている。彼の手を離したくない。私の婚約者でいて欲しい。
私はオリス様に好きだと言われていないが、私も臆病になり過ぎて自分の気持ちを言葉にして伝えていなかった。
いつまでも怯えていないで彼と向き合おう。そう決心したが心の準備が整う前に突然オリス様が訪ねてきた。
何から話せばいいのかと動揺しながら彼を部屋に通した。
「エルシャ様。突然伺ってしまい申し訳ありません。ようやく、仕事が落ち着いたのでお顔だけでも見たいと思い来てしまいました」
そう言って彼は今日も白百合の花を差し出す。
オリス様は少し面やつれしているが彼の表情は柔らかい。彼の言葉はまるで私に会いたかったと言っているように聞こえ、喜びで胸がぎゅっと締め付けられた。
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