二度も婚約が破談になりましたが、三度目は幸せになれそうです

四折 柊

文字の大きさ
19 / 21

19.お茶のお誘い

しおりを挟む
 ラモンおじ様の手配で一週間後に私は王宮に向かった。
 城に着き馬車を降りるとそこにはオリス様がいた。今日は会えないと思っていたので私は嬉しくなって彼の側に駆け寄った。

「オリス様。どうされたのですか?」

「宰相様からエルシャが殿下と面会予定があると聞いたので」

「まあ、お忙しいのに申し訳ありません。でもオリス様のお顔を見られて嬉しいです」

「私もだ。どうぞ」

 オリス様の腕に手を添えエスコートをしてもらう。会えないと思った時に会えると喜びもひとしおだ。顔が緩んでしまう。

「エルシャ……」

 彼を見ればオリス様らしくなく口ごもる。どこか不安げな表情のオリス様は逡巡すると眉を下げて口を開いた。

「エルシャはマティアス殿下と懇意にしていたのだろうか? 夜会のダンスも親しそうに見えた」

 なるほど。伯爵令嬢が王太子殿下に呼ばれたので不審に思ったのだろう。私とマティアス様の接点についてラモンおじ様は説明していないようだ。

「私、子供の頃少しの間ですけど殿下と遊んだことがあるのです。でもその時は殿下のことを高位貴族の子息だと思っていました。殿下だと教えられたのは疎遠になってからです。それ以降は社交場でお見かけしても挨拶を交わすくらいで、友人とも呼べなさそうな間柄です。夜会の時に殿下に話があると言われ今日来ることになったのですが、私に一体何の用なんでしょうね?」

「そうか。その、エルシャの初恋はもしかして殿下なのか?」

 不意な質問にびっくりした。マティアス殿下が初恋になる要素はないのできっぱりと否定した。

「えっ? 初恋ですか? 絶対ないです。マティのことは意地悪な子という印象が強くて嫌いではないけど苦手でした。ちなみに私の初恋はエッカルトお兄様なんです。今はエッカルトお兄様の奥様も大好きでお二人は憧れのご夫婦なのです」

 シュトームお兄様は私を揶揄ったりしたけど、エッカルトお兄様はいつもお姫様扱いして可愛がってくれた。理想の王子様像だった気がする。

「そうか。私はてっきり宰相様がエルシャの初恋だと想像していた」

「ラモンおじ様ですか? おじ様はもう一人のお父様という感じでした」

「ああ、もう着いてしまった。エルシャといると時間があっという間に過ぎてしまう」

 案内されたのは王宮庭園のガゼボだ。周りには色とりどりの花が目に優しい。マティアス様はすでに座って待っているのが見えた。彼は私の顔を見ると手を振って微笑んだ。

「エルシャ。私はここで」

 オリス様は眉を寄せ難しい顔をしている。仕事が大変なのだろうか。私は元気を出してほしくて、彼の手をぎゅっと握って笑顔でお礼を言った。

「はい。ありがとうございました」

 名残惜しいなと思いつつオリス様と別れマティアス様のところへ向かう。
 ガゼボでは侍女に促されマティアス様の正面に座る。侍女はお茶を置くと声が聞こえなくなる場所まで下がった。首を傾げつつマティアス様を見ると、顔が強張っている。そんなに難しい話をするのかと不安になる。

「エルシャ。よく来てくれた。それで、その、話したいことなのだが」

「はい」

「エ、エルシャ。その……私と結婚して欲しい。そして私を生涯側で支えて欲しい」

「えっ? 嫌です」

 考えるより先に言葉が飛び出してしまった。また質の悪い冗談をと思ったがマティアス様が顔を真っ赤にしているので、本気かもしれない。

「おい。一考の余地もないのか? なんで即答なんだよ。これでも私は王太子だ。私と結婚すればいずれは国母だ。今まで以上にいい暮らしも出来る」

 私の返事にマティアス様は不満を露わにして文句を言い出した。国母と言われても……彼の言葉に一つも魅力を感じない。私はマティアス様を異性として意識したことはないし、今の彼は昔のままの我儘な子供に見えてしまう。

「王太子妃など私には荷が重くて無理です。それに今の生活で充分幸せなので贅沢とか要りません」

「まさか……エルシャは私が嫌いなのか?」

「嫌いではありませんが……特別好きではありません。なにより私にはオリス様という素敵な婚約者がいますから考えるまでもありません」

 私が誤解されないようにはっきり言うと、マティアス様は目を見開いて信じられないという顔をしている。こっちこそ、信じられない。私がマティアス様を好きな素振りをしたことはないはずだ。ずっと疎遠で手紙のやり取りすらしていない。久しぶりに会話をしてダンスを踊っただけで求婚されても迷惑だ。それに私に婚約者がいるのを知っていて求婚するなんて神経を疑う。

「私よりオリスがいいというのか?」

 さっきからそう言っているのに彼はしつこい。王太子殿下に対して不敬だとは思っても、我慢できず思わず憮然とした態度になってしまう。

「はい。もちろんです」

 マティアス様は顔をくしゃりと歪めた。

「今までエルシャはいろいろ学んで努力していると聞いていた。それはいずれ王太子妃になることを見据えての勉強だったのではないのか?」

「………。学ぶのが楽しくて好きだっただけよ。そんなこと思ったこともないわ。マティは私に意地悪ばかりしていたのに好かれていると本気で思ったの?」

 胡乱気な目でじっと見る。勉強したくらいで誤解されるとは恐ろしい。

「あれは意地悪のつもりはなかった。二人で遊んだ時間を私は楽しいと感じていたし、エルシャもそう思っていると……」

「ボードゲームで負ると盤をひっくり返すし、怖いからやめてって言ったのに何度もカメレオンを連れてくるしあれは意地悪でしょう?」

「違う! カメレオンはあの頃の私の親友だ。だからエルシャにも可愛がって欲しくて見せていた」

「親友……?」

 カメレオンが親友なんて初めて聞いた。親友を紹介しようとしてくれた気持ちを台無しにしてしまったのは申し訳ないが、知っていたとしても苦手なことは変わらない。

「マティはあまり私の気持ちを考えてくれないわよね? 自分がいいと思ったらそれが相手にとっても正しいと思い込んでしまう。そういうところが苦手だった」

「苦手?……」

 マティアス様はショックだと頭を抱えた。

「今までマティからは何のアプローチも受けていなかったのに、あなたは求婚を私が受け入れるのを前提で話をしているでしょう? そういうところよ」

「それはラモンがエルシャに接触するなと言うから…………。いや、……いい。エルシャの気持ちは分かった。今の求婚はなかったことにしてくれ」

「はい」

 ほっと息を吐く。

「では、失礼します」

 マティアス様をちらりと見れば項垂れていた。彼には私よりもっと高位の素敵な令嬢がお似合いだろう。一時子供のころ遊んで気易かったのを勘違いしたに違いない。
 
 王太子殿下に対して失礼な態度だった自覚はあるが、ラモンおじ様からはっきり断っていいと言われているので大丈夫だろう。おじ様は今日マティアス様が私に何を言うつもりだったのかご存じだったに違いない。権力のある人と友人であるってなんて心強いのだろう。ホッとしながら私は席を立ち、マティアス様に背を向けた。歩きながらお茶を飲めなかったことに気付いた。王宮の高級茶葉を使ったお茶を密かに楽しみにしていたので、飲めなかったことにガッカリしながら庭をあとにした。
 元来た通路に出ればそこにはオリス様が佇んでいた。もしかして私を待っていてくれたのだろうか。

「オリス様!」

 私は笑顔で駆けだした。勢いのあまりにつんのめってしまったら、危なげなく受け止めてくれた。

「大丈夫ですか?」

「オリス様。ごめんなさい」

 淑女としてはしたない。恥ずかしくて顔が真っ赤になる。

「いいえ。思ったより早く戻ってきたので驚きました」

 オリス様の口調がまた堅苦しくなっている。悲しくなったが私も同じなので、少しずつ歩み寄ろうと自分にいい聞かせた。

「もう話は終わったので」

「エルシャ。話の内容を聞いても?」

 とても深刻そうな表情で問いかけられ、もしかしてオリス様はマティアス様が私に何を言うのか知っていたのかもしれないと思った。

「マティに求婚されました」

「それで、エルシャは……」

「もちろん断りました。私にはオリス様がいます。実は私、オリス様との結婚を物凄く楽しみにしているんです。知りませんでしたか?」

 私はまっすぐオリス様の目を見つめ自分の想いを伝えた。ここで待っていてくれたのは彼の不安の表れのような気がした。それならば安心してもらわなくては。オリス様はふっと肩の力を抜くと優しい笑みを浮かべた。そして手を伸ばし、そっと守るように私の体を抱きしめた。

「それは知りませんでした。私もまだまだだ。エルシャ。実は私も、あなたとの結婚が待ち遠しくて仕方がない。知っていましたか?」

 私は彼の腕の中でくすくすと笑った。私も彼の気持ちに気付いていなかった。言葉で伝え合うことは本当に大切だと痛感した。

「私も知りませんでした。でもそれなら一緒ですね。嬉しいです」

 私はオリス様と一緒に宰相室に行って、ラモンおじ様にマティアス様とのことを話した。

「心配はいらないよ。私がエルシャの不利になるようなことはさせない。そろそろマティアス殿下も現実に向き合う頃だからちょうどいい薬になっただろう」

 ラモンおじ様が非常にいい笑顔で請け合ってくれたので、私は安心してオリス様と微笑み合った。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの
恋愛
「君を傷つけたくはない。だから、これは“円満な婚約解消”とする。」  公爵家に居場所のないリシェルはどうにか婚約者の王太子レオナルトとの関係を築こうと心を砕いてきた。しかし義母や義妹によって、その婚約者の立場さえを奪われたリシェル。居場所をなくしたはずの彼女に手を差し伸べたのは、隣国の第二王子アレクだった。  留学先のアレクの国で自分らしさを取り戻したリシェルは、アレクへの想いを自覚し、二人の距離が縮まってきた。しかしその矢先、ユリウスやレティシアというライバルの登場や政治的思惑に振り回されてすれ違ってしまう。結ばれる未来のために、リシェルとアレクは奔走する。  ※ヒロインが危機的状況に陥りますが、ハッピーエンドです。 【完結】

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

私のための戦いから戻ってきた騎士様なら、愛人を持ってもいいとでも?

睡蓮
恋愛
全7話完結になります!

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

全てから捨てられた伯爵令嬢は。

毒島醜女
恋愛
姉ルヴィが「あんたの婚約者、寝取ったから!」と職場に押し込んできたユークレース・エーデルシュタイン。 更に職場のお局には強引にクビを言い渡されてしまう。 結婚する気がなかったとは言え、これからどうすればいいのかと途方に暮れる彼女の前に帝国人の迷子の子供が現れる。 彼を助けたことで、薄幸なユークレースの人生は大きく変わり始める。 通常の王国語は「」 帝国語=外国語は『』

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

【完結】さっさと婚約破棄が皆のお望みです

井名可乃子
恋愛
年頃のセレーナに降って湧いた縁談を周囲は歓迎しなかった。引く手あまたの伯爵がなぜ見ず知らずの子爵令嬢に求婚の手紙を書いたのか。幼い頃から番犬のように傍を離れない年上の幼馴染アンドリューがこの結婚を認めるはずもなかった。 「婚約破棄されてこい」 セレーナは未来の夫を試す為に自らフラれにいくという、アンドリューの世にも馬鹿げた作戦を遂行することとなる。子爵家の一人娘なんだからと屁理屈を並べながら伯爵に敵意丸出しの幼馴染に、呆れながらも内心ほっとしたのがセレーナの本音だった。 伯爵家との婚約発表の日を迎えても二人の関係は変わらないはずだった。アンドリューに寄り添う知らない女性を見るまでは……。

処理中です...