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#28 田平ァッ!
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俺が足を止めると、椰子間比嘉さんが頷く。
「これで8km到達さー」
その報告を受け、すかさず目魚さんが手近な木を駆け登る。
今回は木の頂上にも赤いハチマキを結わえる。
しばらくして降りてきた目魚さんは「変わらず、です」と。
「会わないですね」
フッコ先輩がポツリともらす。
前回の内周調査のときとは異なり現場判断で途中休憩や環境調査を挟んでよい取り決めだったので、左回り隊とはち合わせる可能性はかなり低いという想定ではあったが、そもそも中心部に向かっていたはずなのに遥か遠くに山脈が見えてきたということは、恐らく何かしら空間が歪んでいるような事態が発生していると考えるべきなのかも――なんて話し合っていた数分後、遠くから足音と声が聞こえた。
それも歩測のカウントによく似た声。しかも、俺たちが来たのとほぼ同じ方向から。
「えっ、詩真くんっ?」
しづさんたち左回り隊だった。
休憩時間など歩測以外のトータル時間を比較すると、こちらとほぼ同じだったから、会えたこと自体は良かったのだが、それでもどうして後ろからやってきたのかという問題は残る。
どちらかの隊、もしくは両方の隊が、集団幻覚や一斉に五感を狂わせられたのでもない限り、物理法則がねじ曲げられたとしか言いようのない気持ち悪さ。
でもまあ今まで塔と地球との差分は十分に味わってきたので、「そういうものか」で受け入れる流れに。
「二組ともとりあえず中央へ向かっていたのに、進行方向に見えたあの山脈に向かっていたってことは、導かれている気がしなくもないよね」
左回り隊隊長の歩長さんが、アニメ声で考察する。
目魚さんと田平さんが互いの肩をつかんで震えている。あの表情、喜んでいるのかな?
「あの山に、何があるんスかね」
伏猿さんが木の上を見上げる。
ここ日本の塔に限らず、世界中で「何をすべきなのか」が定まっていない。
それぞれの国がそれぞれの考え方で「攻略」している中、この日本の塔だけは「探索」にこだわって動いている。
軍隊を何百人単位で送り込んでいる国もあるが、ここでは「狩りすぎて生態系を壊してしまうことのないよう気をつけたい」などという俺ごときのささやかな希望を尊重してもらえている。
どうやら現場指揮官である水洛さんがうまくやってくれているおかげらしい、と砂峰さんから教えてもらった。
入れる人数を制限しているのも、水洛さんの「現場判断」だという。
声だけじゃなく人柄まで最高かよ。
「皆聞いてくれ。日没まではあと三、四時間だ。とりあえず今夜はこの付近にて野営する。願わくば日没までにこのへんで拠点とできる場所を見つけたい。獣などの脅威に対応できそうな場所をだ」
伊古金隊長の宣言の後、皆で一斉に「了解」と返答する。
「で、明日以降の方針としては、半分を残していったん帰還する。帰還隊、及び再びここを目指す部隊は、回り込まずにまっすぐこの場所を目指してほしい。それでも恐らく8kmほど歩けばここへ着けるという想定だ。残留組は周辺の食料や資材になりそうなものの調査を行う」
そこから残留組を決めるためのジャンケン大会が開かれた。
ただ、俺とフッコ先輩、あとしづさんは不参加。
探索中は身分や階級をいったん忘れようとは言われているが、やはり危険を伴う可能性の高い場合においては、「民間人」は優先的に
より安全な選択をしてほしいとも言われてしまった。
例えvisやpotentiaなどで個人の力が優れていたとしても、万が一「民間人が傷ついた」という情報が塔の外へ独り歩きしてしまった場合、国としての方針にも影響を及ぼしてしまう恐れもあるからと。
SNSは現在、入塔者が書き込みも閲覧も禁止されるほど荒れており、それゆえ配慮に配慮を重ねざるを得ないのだそうだ。
それに今回増員される二十名には研究職の民間人が多い。情報収集という観点からは専門家の参入は必須と考えているので、彼らが入れなくなる事態は避けたいと、かなりガチ目に説得されてしまったので、大人しく帰還隊に組み込まれた。
新しい隊分けが決まったところで、今夜の寝床を準備する。
メイサイヒョウ対策で枝の少ない樹々に囲まれた場所を選び、クッションシダを大量に持ってくる。
もちろん俺の交信能力についてはあまり詳しく語っていないので、『仮死』を送り続けてクッションシダの凶悪さを回避する作戦は使えない。
なので黒曜石のナイフで刈った後はタープ用途で持ってきた大きな布へと乗せた。
野営場所まで運んでいる間に布にしっかりと定着してしまったクッションシダ側を地面へと向け、念のため布は二重に敷く。
「こんなにフカフカな寝心地を追求しなくとも俺たちは平気だぜ?」
田平さんがちょっとウザめのウインクをしてくる。
「いえ、実はクッション性は二の次で、真の目的はツメアナグマ対策なんです」
「何、知っているのか、詩真ッ!」
目魚さんのこれも大概ウザくなってきた。
「はい。俺も実物を見たわけじゃないのですが、大型で爪が鋭い四つ足の生き物らしく、深夜に地中から地上の獲物へと近づいて、内蔵を食べるそうなんですよ。聞いたサイズ的にモグラというよりアナグマかなと。そのツメアナグマは、クッションシダを嫌って近寄らないらしく」
「おいおい、メイサイヒョウ並みに危険じゃねぇかそれ。しかも地中からって火で自衛もしにくいし」
『火』のvisを持つ火志賀さんがため息をつく。
「あっ、もしかして、私たちが見た、ガワだけのゴムガエルって……」
歩長さんが左回り隊の見た「内側だけ食べられた」ゴムガエルの報告をしてくれた。
「それはここからどのくらいの距離ですか?」
「あれは6.5km地点の近くだから、ここからなら1.5kmくらいかな」
正確な生態まで把握はしていないが、警戒はしておくべき距離な気はする。
「ツメアナグマは、そうやって中身を食べたゴムガエルやイワガメのガワをヤドカリみたいに被って擬態状態で地上を移動することもあるってのは聞きました。それほど臆病なので、定期的に足音を立ててるだけでも接近防止効果はあるようです」
「それは周知しておく。で、イワガメってのは一見すると岩にしか見えない擬態をする亀だっけ?」
「です。イワガメの甲羅は見た目よりずっと軽いらしいですよ。時折、小動物の巣になったりもするようです」
「君の言う生態系ってやつか。ああそうだ。歩長、左回り隊は道中何か狩ったか?」
「いえ、手持ちの食料もまだ残っていますし」
この辺の連絡は、特定の種ばかり乱獲してしまわないよう狩猟した生物の種類と数とをまとめて記録するためだ。
ちゃんとしてくれている。参加を決めて本当に良かった。
翌朝。夜明け前。
メイサイヒョウにもツメアナグマにも雨にも襲われることなく夜を乗りきった俺たちは既に移動の準備を始めていた。
水や食料を多めに残してきたおかげで昨日よりもリュックが軽い。
肩に食い込まなくなった布紐に触れる。
クッションシダもとりあえず一晩は大丈夫だったし、この「布」という文明の利器に感謝を捧げる。
本当に牟佐さんの『布創造』様々だ。
田平さん情報によると、牟佐さんは歩長さんにぞっこんで、同じタイミングで塔に入った歩長さんの裸を誰にも見せまいと「布」を欲したのがそのvisのきっかけになったとかならないとか。
海外では初期にうっかり入ってしまった人たちはともかく、その後計画的に増員された入塔者は圧倒的に男性が多いらしい。塔内では全裸というところも少なくないそうだ。
世界的にもこういう補助系のvisは貴重らしく、世界中から牟佐さんの出張を希望する声が多く届いているそうだ。
「では、出発です!」
歩長さんの号令のもと、帰還隊は仮拠点を発った。
そこから1kmほど歩いたところで、行きに結んだ左右回り隊のハチマキを確認した。
この緑の多い森の中で赤やレモン色は目立つため、すぐに見つかる。
それぞれの目印間距離は50mもなかった。
「真ん中を目指します!」
歩長さんのアニメ声号令で歩測を再開し、そのまま歩くことさらに7km。
俺たちは帰ってきた。
自衛隊入口拠点からわずか300mの場所へ。
いつもの検査と測定を終えて自分のテントへと戻ってきた俺は、休むことなく探索前に試みていた挑戦の続きに取り組む。
ノートPCを取り出して開くと、充電は99%。
実は昨晩のうちに「充電」が可能なところまでは来ているのだ。
キーボード入力をvisで送信するところから始めたこのPCチャレンジだが、現在は田平さんがスマホでSNSにアクセスしていたときの微細な電気の流れをこちらのPC上で再現する段階まできている。
接続自体はなんとかいけるのだが、その接続状態の維持がなかなか安定しなくて――おおっ、今度はなんか行けそうだ!
塔内で歩測を長時間行ったことで「考えずに繰り返す」というのが上手になったのかもしれないな。
さて。
恐らく「受信」したであろうデータをそのままブラウザへ送ってみる。
なんと田平さんのアカウントでSNSに接続したっぽい――って、これ。オイッ! 田平ァッ!
ブラウザ画面いっぱいに表示された女性の局部と思われる画像に、反射的にノートPCの画面を閉じてしまった。
### 簡易人物紹介 ###
★ 探索Aチーム、右回り隊
・伊古金 世世紀
自衛隊員。男性。visは『筋力増強』。探索隊Aチームのリーダーにして右回り隊隊長。筋肉を見られたい派。
・国館川 詩真
主人公。現実より塔の方が居心地が良い。visは公的には『異世界通訳』。水筒と塩の救世主。歩測係。
・椰子間比嘉 良夢
自衛隊員。男性。探索隊B→Aチーム入り。色黒で元野球部キャッチャー。詩真のカウント係。
・伏猿 晶乃
自衛隊員。女性。マッチョ自慢で腹筋を触らせようとしてくる。歩測係
・中分地 富久子
フッコさん。亜貴の同級生で信奉者。タレ目の眼鏡美人(推定E)。詩真の境遇と趣味に理解と共感があり、告白された。visは『探査』。探索隊B→Aチーム入り。
・千島田 九純
自衛隊員。24歳男性。詩真を拉致し日本のためにと殺しかけたが和解(?)し、今では鍛えようとしてくる。全然笑わない。歩測係。
・目魚 武士也
自衛隊員。男性。ギョロ目。千島田のカウント係。オタクで、何かにつけ古いマンガやアニメのセリフを言ってくる。
★ 探索Aチーム、左回り隊
・歩長 絵麻子
自衛隊員。女性。『治癒』のvisを持つ。探索Aチームのサブリーダーにして左回り隊隊長。アニメ声。
・小馬 しづ
母の元同僚。姉以上にご立派(推定J)な童顔ゆるふわ女子。塔で遭難しかけてたのを詩真が助けた。探索隊B→Aチーム入り。歩測係
・阿知田 なのか
自衛隊員。女性。元ヤンの気配有り。しづのカウント係。
・火志賀 八真人
自衛隊員。男性。visは『火』。歩測係。
・田平 己輝
詩真の拉致に加担した、顔のパーツが中央に寄っている丸顔の自衛隊員。26歳男性。無類のおっぱい好き。火志賀のカウント係。なにかと詩真に情報を流す。
・新若 秀之
自衛隊員。男性。おっとりした感じ。歩測係
・梨川 泰陶
自衛隊員。男性。趣味は自転車と水族館巡り。新若のカウント係。
★ 探索Bチーム
・牟佐 信之
自衛隊員。男性。visは『布創造』。塔内の装備作りを一手に引き受ける。色付きの布も作れるようになった。
・国館川 亜貴
姉。羞恥心<探究心な姉。ご立派(推定G)。visは『雷』。
・伊薙 珠
元幼馴染(推定D)。話が通じない。すぐに変態呼ばわりしてくる。visは『闇』。
・ヨツデグレイ
いわゆるグレイに似た四腕の人型種族。交信能力を持ち、平和的で親切。子供には母乳ではなく素嚢で整えた甘い液を与える。
・ハイイロ
ヨツデグレイの若者。異邦人、詩真の世話係。日本語への理解と駆使ぶりがハンパない。銀色の球体に乗って帰郷した。
「これで8km到達さー」
その報告を受け、すかさず目魚さんが手近な木を駆け登る。
今回は木の頂上にも赤いハチマキを結わえる。
しばらくして降りてきた目魚さんは「変わらず、です」と。
「会わないですね」
フッコ先輩がポツリともらす。
前回の内周調査のときとは異なり現場判断で途中休憩や環境調査を挟んでよい取り決めだったので、左回り隊とはち合わせる可能性はかなり低いという想定ではあったが、そもそも中心部に向かっていたはずなのに遥か遠くに山脈が見えてきたということは、恐らく何かしら空間が歪んでいるような事態が発生していると考えるべきなのかも――なんて話し合っていた数分後、遠くから足音と声が聞こえた。
それも歩測のカウントによく似た声。しかも、俺たちが来たのとほぼ同じ方向から。
「えっ、詩真くんっ?」
しづさんたち左回り隊だった。
休憩時間など歩測以外のトータル時間を比較すると、こちらとほぼ同じだったから、会えたこと自体は良かったのだが、それでもどうして後ろからやってきたのかという問題は残る。
どちらかの隊、もしくは両方の隊が、集団幻覚や一斉に五感を狂わせられたのでもない限り、物理法則がねじ曲げられたとしか言いようのない気持ち悪さ。
でもまあ今まで塔と地球との差分は十分に味わってきたので、「そういうものか」で受け入れる流れに。
「二組ともとりあえず中央へ向かっていたのに、進行方向に見えたあの山脈に向かっていたってことは、導かれている気がしなくもないよね」
左回り隊隊長の歩長さんが、アニメ声で考察する。
目魚さんと田平さんが互いの肩をつかんで震えている。あの表情、喜んでいるのかな?
「あの山に、何があるんスかね」
伏猿さんが木の上を見上げる。
ここ日本の塔に限らず、世界中で「何をすべきなのか」が定まっていない。
それぞれの国がそれぞれの考え方で「攻略」している中、この日本の塔だけは「探索」にこだわって動いている。
軍隊を何百人単位で送り込んでいる国もあるが、ここでは「狩りすぎて生態系を壊してしまうことのないよう気をつけたい」などという俺ごときのささやかな希望を尊重してもらえている。
どうやら現場指揮官である水洛さんがうまくやってくれているおかげらしい、と砂峰さんから教えてもらった。
入れる人数を制限しているのも、水洛さんの「現場判断」だという。
声だけじゃなく人柄まで最高かよ。
「皆聞いてくれ。日没まではあと三、四時間だ。とりあえず今夜はこの付近にて野営する。願わくば日没までにこのへんで拠点とできる場所を見つけたい。獣などの脅威に対応できそうな場所をだ」
伊古金隊長の宣言の後、皆で一斉に「了解」と返答する。
「で、明日以降の方針としては、半分を残していったん帰還する。帰還隊、及び再びここを目指す部隊は、回り込まずにまっすぐこの場所を目指してほしい。それでも恐らく8kmほど歩けばここへ着けるという想定だ。残留組は周辺の食料や資材になりそうなものの調査を行う」
そこから残留組を決めるためのジャンケン大会が開かれた。
ただ、俺とフッコ先輩、あとしづさんは不参加。
探索中は身分や階級をいったん忘れようとは言われているが、やはり危険を伴う可能性の高い場合においては、「民間人」は優先的に
より安全な選択をしてほしいとも言われてしまった。
例えvisやpotentiaなどで個人の力が優れていたとしても、万が一「民間人が傷ついた」という情報が塔の外へ独り歩きしてしまった場合、国としての方針にも影響を及ぼしてしまう恐れもあるからと。
SNSは現在、入塔者が書き込みも閲覧も禁止されるほど荒れており、それゆえ配慮に配慮を重ねざるを得ないのだそうだ。
それに今回増員される二十名には研究職の民間人が多い。情報収集という観点からは専門家の参入は必須と考えているので、彼らが入れなくなる事態は避けたいと、かなりガチ目に説得されてしまったので、大人しく帰還隊に組み込まれた。
新しい隊分けが決まったところで、今夜の寝床を準備する。
メイサイヒョウ対策で枝の少ない樹々に囲まれた場所を選び、クッションシダを大量に持ってくる。
もちろん俺の交信能力についてはあまり詳しく語っていないので、『仮死』を送り続けてクッションシダの凶悪さを回避する作戦は使えない。
なので黒曜石のナイフで刈った後はタープ用途で持ってきた大きな布へと乗せた。
野営場所まで運んでいる間に布にしっかりと定着してしまったクッションシダ側を地面へと向け、念のため布は二重に敷く。
「こんなにフカフカな寝心地を追求しなくとも俺たちは平気だぜ?」
田平さんがちょっとウザめのウインクをしてくる。
「いえ、実はクッション性は二の次で、真の目的はツメアナグマ対策なんです」
「何、知っているのか、詩真ッ!」
目魚さんのこれも大概ウザくなってきた。
「はい。俺も実物を見たわけじゃないのですが、大型で爪が鋭い四つ足の生き物らしく、深夜に地中から地上の獲物へと近づいて、内蔵を食べるそうなんですよ。聞いたサイズ的にモグラというよりアナグマかなと。そのツメアナグマは、クッションシダを嫌って近寄らないらしく」
「おいおい、メイサイヒョウ並みに危険じゃねぇかそれ。しかも地中からって火で自衛もしにくいし」
『火』のvisを持つ火志賀さんがため息をつく。
「あっ、もしかして、私たちが見た、ガワだけのゴムガエルって……」
歩長さんが左回り隊の見た「内側だけ食べられた」ゴムガエルの報告をしてくれた。
「それはここからどのくらいの距離ですか?」
「あれは6.5km地点の近くだから、ここからなら1.5kmくらいかな」
正確な生態まで把握はしていないが、警戒はしておくべき距離な気はする。
「ツメアナグマは、そうやって中身を食べたゴムガエルやイワガメのガワをヤドカリみたいに被って擬態状態で地上を移動することもあるってのは聞きました。それほど臆病なので、定期的に足音を立ててるだけでも接近防止効果はあるようです」
「それは周知しておく。で、イワガメってのは一見すると岩にしか見えない擬態をする亀だっけ?」
「です。イワガメの甲羅は見た目よりずっと軽いらしいですよ。時折、小動物の巣になったりもするようです」
「君の言う生態系ってやつか。ああそうだ。歩長、左回り隊は道中何か狩ったか?」
「いえ、手持ちの食料もまだ残っていますし」
この辺の連絡は、特定の種ばかり乱獲してしまわないよう狩猟した生物の種類と数とをまとめて記録するためだ。
ちゃんとしてくれている。参加を決めて本当に良かった。
翌朝。夜明け前。
メイサイヒョウにもツメアナグマにも雨にも襲われることなく夜を乗りきった俺たちは既に移動の準備を始めていた。
水や食料を多めに残してきたおかげで昨日よりもリュックが軽い。
肩に食い込まなくなった布紐に触れる。
クッションシダもとりあえず一晩は大丈夫だったし、この「布」という文明の利器に感謝を捧げる。
本当に牟佐さんの『布創造』様々だ。
田平さん情報によると、牟佐さんは歩長さんにぞっこんで、同じタイミングで塔に入った歩長さんの裸を誰にも見せまいと「布」を欲したのがそのvisのきっかけになったとかならないとか。
海外では初期にうっかり入ってしまった人たちはともかく、その後計画的に増員された入塔者は圧倒的に男性が多いらしい。塔内では全裸というところも少なくないそうだ。
世界的にもこういう補助系のvisは貴重らしく、世界中から牟佐さんの出張を希望する声が多く届いているそうだ。
「では、出発です!」
歩長さんの号令のもと、帰還隊は仮拠点を発った。
そこから1kmほど歩いたところで、行きに結んだ左右回り隊のハチマキを確認した。
この緑の多い森の中で赤やレモン色は目立つため、すぐに見つかる。
それぞれの目印間距離は50mもなかった。
「真ん中を目指します!」
歩長さんのアニメ声号令で歩測を再開し、そのまま歩くことさらに7km。
俺たちは帰ってきた。
自衛隊入口拠点からわずか300mの場所へ。
いつもの検査と測定を終えて自分のテントへと戻ってきた俺は、休むことなく探索前に試みていた挑戦の続きに取り組む。
ノートPCを取り出して開くと、充電は99%。
実は昨晩のうちに「充電」が可能なところまでは来ているのだ。
キーボード入力をvisで送信するところから始めたこのPCチャレンジだが、現在は田平さんがスマホでSNSにアクセスしていたときの微細な電気の流れをこちらのPC上で再現する段階まできている。
接続自体はなんとかいけるのだが、その接続状態の維持がなかなか安定しなくて――おおっ、今度はなんか行けそうだ!
塔内で歩測を長時間行ったことで「考えずに繰り返す」というのが上手になったのかもしれないな。
さて。
恐らく「受信」したであろうデータをそのままブラウザへ送ってみる。
なんと田平さんのアカウントでSNSに接続したっぽい――って、これ。オイッ! 田平ァッ!
ブラウザ画面いっぱいに表示された女性の局部と思われる画像に、反射的にノートPCの画面を閉じてしまった。
### 簡易人物紹介 ###
★ 探索Aチーム、右回り隊
・伊古金 世世紀
自衛隊員。男性。visは『筋力増強』。探索隊Aチームのリーダーにして右回り隊隊長。筋肉を見られたい派。
・国館川 詩真
主人公。現実より塔の方が居心地が良い。visは公的には『異世界通訳』。水筒と塩の救世主。歩測係。
・椰子間比嘉 良夢
自衛隊員。男性。探索隊B→Aチーム入り。色黒で元野球部キャッチャー。詩真のカウント係。
・伏猿 晶乃
自衛隊員。女性。マッチョ自慢で腹筋を触らせようとしてくる。歩測係
・中分地 富久子
フッコさん。亜貴の同級生で信奉者。タレ目の眼鏡美人(推定E)。詩真の境遇と趣味に理解と共感があり、告白された。visは『探査』。探索隊B→Aチーム入り。
・千島田 九純
自衛隊員。24歳男性。詩真を拉致し日本のためにと殺しかけたが和解(?)し、今では鍛えようとしてくる。全然笑わない。歩測係。
・目魚 武士也
自衛隊員。男性。ギョロ目。千島田のカウント係。オタクで、何かにつけ古いマンガやアニメのセリフを言ってくる。
★ 探索Aチーム、左回り隊
・歩長 絵麻子
自衛隊員。女性。『治癒』のvisを持つ。探索Aチームのサブリーダーにして左回り隊隊長。アニメ声。
・小馬 しづ
母の元同僚。姉以上にご立派(推定J)な童顔ゆるふわ女子。塔で遭難しかけてたのを詩真が助けた。探索隊B→Aチーム入り。歩測係
・阿知田 なのか
自衛隊員。女性。元ヤンの気配有り。しづのカウント係。
・火志賀 八真人
自衛隊員。男性。visは『火』。歩測係。
・田平 己輝
詩真の拉致に加担した、顔のパーツが中央に寄っている丸顔の自衛隊員。26歳男性。無類のおっぱい好き。火志賀のカウント係。なにかと詩真に情報を流す。
・新若 秀之
自衛隊員。男性。おっとりした感じ。歩測係
・梨川 泰陶
自衛隊員。男性。趣味は自転車と水族館巡り。新若のカウント係。
★ 探索Bチーム
・牟佐 信之
自衛隊員。男性。visは『布創造』。塔内の装備作りを一手に引き受ける。色付きの布も作れるようになった。
・国館川 亜貴
姉。羞恥心<探究心な姉。ご立派(推定G)。visは『雷』。
・伊薙 珠
元幼馴染(推定D)。話が通じない。すぐに変態呼ばわりしてくる。visは『闇』。
・ヨツデグレイ
いわゆるグレイに似た四腕の人型種族。交信能力を持ち、平和的で親切。子供には母乳ではなく素嚢で整えた甘い液を与える。
・ハイイロ
ヨツデグレイの若者。異邦人、詩真の世話係。日本語への理解と駆使ぶりがハンパない。銀色の球体に乗って帰郷した。
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順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
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ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
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設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
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