10 / 51
ああ無貌
しおりを挟む
私は生まれついてののっぺらぼうではない。
第二次性徴期に突如として、顔のパーツが消えただけで、普通の人間だった。
不思議なことに、目がなくとも見えるし、耳がなくとも聞こえるし、口がなくともしゃべることができた。
しかし匂いを感じることは不可能となり、口を使って食べるということもできなくなった。
食事はどうするのか――それは、両親が私の顔を見て驚く様を見て、理解した。
私の顔を見た人が驚く、それだけで私の腹は不思議と満ちたのだ。
以来、私は表向きは引きこもりのニートとして、実際には祖母と一緒に各地を転々としながら、夜道で人を驚かせては食事をした。
私に向けられるのは恐怖に引きつった顔ばかり。
たまに、信じられないといった様相の呆け顔にも出遭えるが、私が顔を近づければ絶叫して逃げてゆく。
それにせめて快感でも覚えることができればもう少しマシな人生なのかもだが、生憎とただただ自己嫌悪と、運命を呪う日々。
鏡を見つめ、自分で自分に驚いて腹が膨れればいいのに、とは何度も願った。
昔の自分の顔はもう忘れてしまったし、どんなに悲しくとも涙は一滴も出てこない。
こののっぺらぼうの顔の内側に、外へ出て行けない涙が溜まり、私の内側を、脳を、ぐちゃぐちゃに腐らせているのではないかと、思うことさえある。
私は何のために生きているのだろう。
何度目かの自殺が、死への恐怖からか失敗に終わった頃、私を取り巻く、いや世界中が激変した。
新型のウイルス禍。
それは、私にとって良くもあり、悪くもあることだった。
良いことは、寒くない季節でもマスクや帽子をするのに違和感を覚えられないこと。
伊達メガネに人の目をプリントしたら、私がメガネやマスクを外す前に驚いて逃げてゆく人も居た。
顔を晒さないで空腹を解消できるのは、私のわずかに残った自尊心がちょっとだけ守られた。
悪いことはと言えば、外出する人が減った。
繁華街には相変わらず人出の多い所もあるらしいが、そんな場所になど行けるはずもない。
もしも捕まったら殺されるかも、実験動物として幽閉されるかも、などと考えてしまい、人の多い場所へ行く勇気はどうしても持てなかった。
ああ、もう、何年も人の多い場所へ行っていない。
人生に疲れてきた。
そんな私に、祖母がインターネットを勧めてくれた。
顔を見せなくとも人と会話ができる。
普通の人と普通の会話――それは、私にとって夢のまた夢だったこと。
私はすぐにのめり込んだ。
幸せだった。
私がもう二度と取り戻せないと思っていた人並みの人生が、そこにはあった。
友人もでき、良い仲の人までできた。
生涯の孤独を覚悟していた私にとってその人間関係は、麻薬のように私の中へ馴染んでいった。
そう。気づいたときには取り返しがつかないくらい、私の奥にまで。
恐れて居たその言葉をとうとう言われたとき、私は予想以上に苦しんだ。
会いたい、という一言。
取り戻せたと一度思ってしまったからこそ、再びそれを捨てることへの決意を固められない。
人とのつながりを確かめた後の孤独は、信じられないほどの奈落だ。
どうして見せてくれないのか、とその人が言う度に私には見えない針が刺さる。
藍とはこんなにも痛いものなのか。
「好き」とか「信じて」とか「絶対に受け入れるから」とか「そこから連れ出して上げる」とか、そんな私の心を蝕む言葉を毎日のように浴びせかけられ、あれだけ人々の驚く顔を見てきたというのに私は、人を信頼したいと思ってしまった。
入念に入念な、しつこいほどの前置きと確認を経て、私はその人と動画回線をつなぎ、私の顔を見せた。
いざとなったら関係もぷっつり切ることだってできる、そう考えて見せた直後、私の空腹は満たされた。
あれだけ甘い言葉を送ってくれたその人は、これがCGでも特殊メイクでもなく恐らくは病気の一種なんだと思う――そう私が告げた途端、回線を切断され、二度とつながることはなかった。
その動画は、ネットで凄まじく拡散された。
同じ頃、胃袋が弾けて死んだ一人の若者が居た。
死んでようやく無貌から開放されたその若者の死に顔は、苦しみだけの表情ではなかったという。
<終>
のっぺらぼう
第二次性徴期に突如として、顔のパーツが消えただけで、普通の人間だった。
不思議なことに、目がなくとも見えるし、耳がなくとも聞こえるし、口がなくともしゃべることができた。
しかし匂いを感じることは不可能となり、口を使って食べるということもできなくなった。
食事はどうするのか――それは、両親が私の顔を見て驚く様を見て、理解した。
私の顔を見た人が驚く、それだけで私の腹は不思議と満ちたのだ。
以来、私は表向きは引きこもりのニートとして、実際には祖母と一緒に各地を転々としながら、夜道で人を驚かせては食事をした。
私に向けられるのは恐怖に引きつった顔ばかり。
たまに、信じられないといった様相の呆け顔にも出遭えるが、私が顔を近づければ絶叫して逃げてゆく。
それにせめて快感でも覚えることができればもう少しマシな人生なのかもだが、生憎とただただ自己嫌悪と、運命を呪う日々。
鏡を見つめ、自分で自分に驚いて腹が膨れればいいのに、とは何度も願った。
昔の自分の顔はもう忘れてしまったし、どんなに悲しくとも涙は一滴も出てこない。
こののっぺらぼうの顔の内側に、外へ出て行けない涙が溜まり、私の内側を、脳を、ぐちゃぐちゃに腐らせているのではないかと、思うことさえある。
私は何のために生きているのだろう。
何度目かの自殺が、死への恐怖からか失敗に終わった頃、私を取り巻く、いや世界中が激変した。
新型のウイルス禍。
それは、私にとって良くもあり、悪くもあることだった。
良いことは、寒くない季節でもマスクや帽子をするのに違和感を覚えられないこと。
伊達メガネに人の目をプリントしたら、私がメガネやマスクを外す前に驚いて逃げてゆく人も居た。
顔を晒さないで空腹を解消できるのは、私のわずかに残った自尊心がちょっとだけ守られた。
悪いことはと言えば、外出する人が減った。
繁華街には相変わらず人出の多い所もあるらしいが、そんな場所になど行けるはずもない。
もしも捕まったら殺されるかも、実験動物として幽閉されるかも、などと考えてしまい、人の多い場所へ行く勇気はどうしても持てなかった。
ああ、もう、何年も人の多い場所へ行っていない。
人生に疲れてきた。
そんな私に、祖母がインターネットを勧めてくれた。
顔を見せなくとも人と会話ができる。
普通の人と普通の会話――それは、私にとって夢のまた夢だったこと。
私はすぐにのめり込んだ。
幸せだった。
私がもう二度と取り戻せないと思っていた人並みの人生が、そこにはあった。
友人もでき、良い仲の人までできた。
生涯の孤独を覚悟していた私にとってその人間関係は、麻薬のように私の中へ馴染んでいった。
そう。気づいたときには取り返しがつかないくらい、私の奥にまで。
恐れて居たその言葉をとうとう言われたとき、私は予想以上に苦しんだ。
会いたい、という一言。
取り戻せたと一度思ってしまったからこそ、再びそれを捨てることへの決意を固められない。
人とのつながりを確かめた後の孤独は、信じられないほどの奈落だ。
どうして見せてくれないのか、とその人が言う度に私には見えない針が刺さる。
藍とはこんなにも痛いものなのか。
「好き」とか「信じて」とか「絶対に受け入れるから」とか「そこから連れ出して上げる」とか、そんな私の心を蝕む言葉を毎日のように浴びせかけられ、あれだけ人々の驚く顔を見てきたというのに私は、人を信頼したいと思ってしまった。
入念に入念な、しつこいほどの前置きと確認を経て、私はその人と動画回線をつなぎ、私の顔を見せた。
いざとなったら関係もぷっつり切ることだってできる、そう考えて見せた直後、私の空腹は満たされた。
あれだけ甘い言葉を送ってくれたその人は、これがCGでも特殊メイクでもなく恐らくは病気の一種なんだと思う――そう私が告げた途端、回線を切断され、二度とつながることはなかった。
その動画は、ネットで凄まじく拡散された。
同じ頃、胃袋が弾けて死んだ一人の若者が居た。
死んでようやく無貌から開放されたその若者の死に顔は、苦しみだけの表情ではなかったという。
<終>
のっぺらぼう
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる