妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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ああ無貌

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 私は生まれついてののっぺらぼうではない。
 第二次性徴期に突如として、顔のパーツが消えただけで、普通の人間だった。

 不思議なことに、目がなくとも見えるし、耳がなくとも聞こえるし、口がなくともしゃべることができた。
 しかし匂いを感じることは不可能となり、口を使って食べるということもできなくなった。

 食事はどうするのか――それは、両親が私の顔を見て驚く様を見て、理解した。
 私の顔を見た人が驚く、それだけで私の腹は不思議と満ちたのだ。

 以来、私は表向きは引きこもりのニートとして、実際には祖母と一緒に各地を転々としながら、夜道で人を驚かせては食事をした。
 私に向けられるのは恐怖に引きつった顔ばかり。
 たまに、信じられないといった様相の呆け顔にも出遭えるが、私が顔を近づければ絶叫して逃げてゆく。
 それにせめて快感でも覚えることができればもう少しマシな人生なのかもだが、生憎とただただ自己嫌悪と、運命を呪う日々。

 鏡を見つめ、自分で自分に驚いて腹が膨れればいいのに、とは何度も願った。
 昔の自分の顔はもう忘れてしまったし、どんなに悲しくとも涙は一滴も出てこない。
 こののっぺらぼうの顔の内側に、外へ出て行けない涙が溜まり、私の内側を、脳を、ぐちゃぐちゃに腐らせているのではないかと、思うことさえある。

 私は何のために生きているのだろう。
 何度目かの自殺が、死への恐怖からか失敗に終わった頃、私を取り巻く、いや世界中が激変した。
 新型のウイルス禍。
 それは、私にとって良くもあり、悪くもあることだった。

 良いことは、寒くない季節でもマスクや帽子をするのに違和感を覚えられないこと。
 伊達メガネに人の目をプリントしたら、私がメガネやマスクを外す前に驚いて逃げてゆく人も居た。
 顔を晒さないで空腹を解消できるのは、私のわずかに残った自尊心がちょっとだけ守られた。

 悪いことはと言えば、外出する人が減った。
 繁華街には相変わらず人出の多い所もあるらしいが、そんな場所になど行けるはずもない。
 もしも捕まったら殺されるかも、実験動物として幽閉されるかも、などと考えてしまい、人の多い場所へ行く勇気はどうしても持てなかった。

 ああ、もう、何年も人の多い場所へ行っていない。
 人生に疲れてきた。

 そんな私に、祖母がインターネットを勧めてくれた。
 顔を見せなくとも人と会話ができる。
 普通の人と普通の会話――それは、私にとって夢のまた夢だったこと。

 私はすぐにのめり込んだ。
 幸せだった。
 私がもう二度と取り戻せないと思っていた人並みの人生が、そこにはあった。
 友人もでき、良い仲の人までできた。
 生涯の孤独を覚悟していた私にとってその人間関係は、麻薬のように私の中へ馴染んでいった。
 そう。気づいたときには取り返しがつかないくらい、私の奥にまで。

 恐れて居たその言葉をとうとう言われたとき、私は予想以上に苦しんだ。
 会いたい、という一言。
 取り戻せたと一度思ってしまったからこそ、再びそれを捨てることへの決意を固められない。
 人とのつながりを確かめた後の孤独は、信じられないほどの奈落だ。

 どうして見せてくれないのか、とその人が言う度に私には見えない針が刺さる。
 藍とはこんなにも痛いものなのか。

 「好き」とか「信じて」とか「絶対に受け入れるから」とか「そこから連れ出して上げる」とか、そんな私の心を蝕む言葉を毎日のように浴びせかけられ、あれだけ人々の驚く顔を見てきたというのに私は、人を信頼したいと思ってしまった。

 入念に入念な、しつこいほどの前置きと確認を経て、私はその人と動画回線をつなぎ、私の顔を見せた。
 いざとなったら関係もぷっつり切ることだってできる、そう考えて見せた直後、私の空腹は満たされた。
 あれだけ甘い言葉を送ってくれたその人は、これがCGでも特殊メイクでもなく恐らくは病気の一種なんだと思う――そう私が告げた途端、回線を切断され、二度とつながることはなかった。



 その動画は、ネットで凄まじく拡散された。
 同じ頃、胃袋が弾けて死んだ一人の若者が居た。
 死んでようやく無貌から開放されたその若者の死に顔は、苦しみだけの表情ではなかったという。



<終>

のっぺらぼう
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