闇鍋【一話完結短編集】

だんぞう

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【SF】A never ending journey

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 叔父さんから一通のメールが届いたのは、まさに叔父さんの通夜の真っ最中のこと。
 その場に居たほとんどの人たちが送信先に指定されていたらしく、どよめきの大きさったらなかった。叔父さんのスマホと同じ機種の僕は、日時指定送信ができるのを知っているし、イタズラ好きな叔父さんらしいお別れの挨拶だなとすぐに気付いたけれど、通夜の席は一瞬にして大パニックになった。
 デジタルに弱い母なんぞは急に震えだしたかと思うと、いきなり大声で食べ物の名前を並べたて始めたりして。
 何かと思ったら中学の頃、塾で帰りが遅い叔父さんのために残してあった夕飯のおかずをこっそりつまみ食いしていてごめんなさいとか変なカミングアウト。
 年寄りな親戚の中には怒りだす人も居たし、そんな喧騒から距離をとりたくて僕は会場の外へいったん避難した。

 大好きだった叔父さん。僕にいろんなことを教えてくれた。もっと静かな気持ちで送りたかったのに……でも、これは叔父さんからのメッセージ。だってこのメールに添付されていた画像はQRコード!
 QRコードを読み込むと、とあるARサービスの会社のサイトへ飛んだ。
 ARを使ったデジタルの墓参りサービスを展開している会社のHP。
 えーと……故人が好きな場所に写真とメッセージとを登録できるサービス?
 これに登録して、叔父さんが指定した場所に行けば、そこで叔父さんからのメッセージが見られるってことだよね。それならその「場所」はどこに……叔父さんのことだから、きっとこのメールの中にヒントがあるはず。受信したメールを何度も読み返す……妙な違和感があるんだよな……なんだろう……強いて言えば、ひらがなが多いことかな……あ! 縦読みか!

 叔父さんのメールの先頭をつなげて読むと『はつらいぶ』って、ちょ、叔父さん、これマニアック過ぎるでしょ! 叔父さんが初めて行ったライブの場所なんて知っている人、どのくらい居るんだよ。
 と、ここまで考えて思い出した。叔父さんの交友範囲の広さ。SNS経由の友人の話とか、何度か聞いたことある。趣味が同じ人なら知っていてもおかしくない。
 さっきまで悲しみと喪失感しかなかった僕の中に、何か不思議な……前に進もうって気持ちが沸々と湧いてきた。
 誰よりも早く、叔父さんのメッセージを見つけたい……僕は、ざわついた通夜の会場をそのまま後にした。

 ここからだと電車で三十分くらいか。叔父さんの初ライブは確か戸川純。叔父さんが小学生の頃まで住んでいた町にあるライブハウスだったはず。
 叔父さんのSNS日記の……確か最初の方に書いてあったんだよな。ああ、もう、到着まで時間がかかるのがもどかしい。
 僕の気持ちはもう現地に飛んでいるっていうのに、物理的な身体は目的地よりまだまだ遠い場所にある。でも、そんなもどかしさの中にも、ゆっくり時間をかけて謎解きに付き合いたいっていう気持ちもあった。
 そんなことはないはずなんだけど、いま叔父さんにメッセージを飛ばしたら、すぐにでも返事が返ってきそうな、そんな気分にさえなっている。一生懸命解こうとしている僕を、叔父さんはすぐ横で見ていて、笑っているような気がするんだ。
 おじさんの笑い声を思い出す。
 つられるように僕の中にも、一緒に笑いたい気持ちがじわじわと、涙を押し出すように広がってゆくのを感じた。

 ライブハウスへいざ着いてみると、スマホをかざすのをためらっている自分に気付く。場所はここで間違いないんだ。でも、なんか緊張する。理由はもちろんライブハウスに並んでいるこのハードなメイクと服装で決めた怖そうなお兄さんお姉さん達のせいじゃあない。
 終わってほしくない気持ち。
 お祭りのおひらき前のあの感覚。叔父さんが設定していたメッセージを見てしまうと、さっきまでの喪失感がまた戻ってきそうで。

 カシャ。

 すぐ近くで音がして我にかえる。カップルがレアキャラだなんてはしゃいでいる。関係ない別のARアプリか……そうだよ。他にもここへ向かっている人がいるかもしれないんだ。
 僕は深呼吸してから、ゆっくりとスマホを構えた。

 叔父さんの姿!

 スマホ画面に映るリアルな背景の中、叔父さんの姿が映し出される。懐かしい、叔父さんの元気な頃の顔。これは病気する前の写真だ……それにしても、マグロのカブト焼きを頭にかぶる真似した写真とか、なんだよそれ。もうちょっと良い写真なかったのかよ、叔父さん。

「ああっ!」

 思わず声が出てしまう。叔父さんのメッセージ!

『店の前で撮った写真です』

 これ、絶対に次があるよね? そうだよね、叔父さん。
 叔父さんはそういう人だった。そう簡単にゴールさせる気なんてないよね。
 僕は叔父さんと一緒にまだ旅を続けられる、そんな気がして妙にニヤケてしまう……あああ。すみませんすみません。別にそのモヒカンを撮ったわけでも笑ったわけでもないんです。
 僕はダッシュでそこから逃げ出した。

 再び電車に乗りながら時計を見る。叔父さんのSNS日記にあったマグロのカブト焼きの店は三崎口。神奈川の南の端の方じゃないか。行きはいいけど帰りは終電間に合うのかな……いや、ここで行かないなんて。
 死を間近に控えた叔父さんは、きっと毎日ワックワクしながらお別れメールの送信日時を延長していたんだろうな。その叔父さんの準備に対して、僕は足踏みなんてしていられない。
 最初に見つけたいって気持ちはもうかなり小さくなっていた。それよりも叔父さんと一緒に旅行している気分を純粋に楽しみはじめていた。

 僕には予感があった。
 絶対に、次でなんて終わらない。
 叔父さんはもっともっと、メールをくれた僕らと一緒に居たいはず。僕らはまだ、叔父さんと一緒に居られるんだ。

 三崎口のマグロ料理屋の前で叔父さんがくれたヒントは、黄色くて丸いキャラクター。ゆるキャラなんかじゃない。僕はこのキャラクターを知っていた。叔父さんが貸してくれたDVDで観たキャラクター……onちゃんだ。そのonちゃんがどこかの建物の上に立っている……って、これHTBだよね。
 そんな気軽に北海道にまでなんていけやしないってば。
 貯めていたバイト代、こないだ使っちゃったばかりで、往復の飛行機代が出るかどうかすら怪しいんだよなぁ。自然にため息が出る。
 ちなみに叔父さんのメッセージは、そのDVDシリーズのテーマ曲のタイトル。何度も聴いたから、こうやってタイトルを観ただけで脳内再生される……ああ、そうだね。僕は何を焦っていたんだろう。これは競争なんかじゃないんだ。
 僕はこの謎解きに、解きたい気持ちと同じくらい解きたくない気持ちを抱いている。
 だから、無理をしない自分のペースで行こう。
 いつだったか叔父さん、言っていたっけ。旅ってのは「目的地に行くこと」ではなく、そこに至るまで、そして帰るまでの全ての、ささやかなどの一瞬もまるっとまとめて旅なんだ、って。
 そうだよね。
 もっと楽しまなくちゃ。
 ゆっくり続ければ、それだけ長い間、叔父さんと一緒に過ごすことができるんだって考えよう。

 三日後、北海道の目的の場所で、僕は叔父さんの友達と偶然、出遭った。
 HTBビル屋上のonちゃんに向けてスマホを構えていたら、クラクションが鳴ったんだ。その車から降りてきた人は、スマホ画面を見せながら話しかけてきた。画面に映し出されているのは、ラーメンの画像と『味噌』というメッセージ。僕が今撮ったのと同じ画像だった。

「東京から! すげぇな。俺は地元だからいいけど……そうそう、君みたいに東京からもう二人、こっち向かっているヤツラがいるぜ。時間的にはそろそろ着くはずなんだけど」

 僕はどうして叔父さんの友達と今ここでしゃべっているのか。そんなことを考えてしまうと本当に不思議。

 しばらくして合流した人たちは叔父さんの同級生だった。叔父さんが僕よりも若かった時に出会い、いまだにつながっている人たち。
 今の僕の友達は、こんな風に時間と距離をたくさん重ねても、ずっとつながっていられるのだろうか。この人たちの話を聞いてみたくなって、僕はしばらく一緒に移動することにした。

 次の目的地で味噌ラーメンを食べ、そして店の前で、その次の目的地が運河沿いのガラス工場であることを確認する。

「これは小樽だな」

 そのまま北海道だけで幾つ回っただろうか。
 その道中、僕の知らない叔父さんの話を聞き、僕だけが知っている叔父さんの話をした。今は居ないはずの叔父さんが、僕の中ではなぜか、今まで以上に生き生きとしている。

 病気のことを聞かされた時から覚悟はしていた別れ。でも実際に直面すると、どうにもうまく受け取れなかった別れ。叔父さんのこの最期のプレゼントは、そんな風に戸惑っていた僕に、きっと他の人たちにも、突然ではないゆるやかな別れを、じっくりじっくり沁みこませてくれている、そんな気がしてならない。

 それから一年が過ぎた。
 僕はまだ、叔父さんと旅を続けている。終わる気配はまだ全然ない。
 叔父さんが好きだったもの、好きな店、好きな水族館や博物館、好きな映画や番組のロケ地、好きな小説の舞台、好きな音楽の歌詞に出てくる場所、美しい景色、パワースポット、お気に入りの神社、叔父さんが昔住んでいた町の路地裏……僕の知っている叔父さんや僕の知らない叔父さんが次々と新しい道を指し示し、僕はその新しい目的地へと旅を続ける。
 この旅がいつまで続くのかわからない。でも、この旅がいつかどこかに終着したとしても、僕の中の叔父さんはもう居なくならないだろう。そばに居なくとも一緒に居られる、そんな感覚を教えてもらったんだ、きっと。

 旅をしながら僕は、僕の旅の準備を始めた。
 新しい旅を始めるための準備。
 いつか、僕が僕の大事な人たちと一緒に行く旅の。叔父さんは僕の中に一緒にいて、その僕は、僕の用意した旅に付き合ってくれる人たちの中に一緒にいて、その人たちも出来れば、いつか。

 
 
<つづく>
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