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#23 土地の名前
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先生が驚いたのも無理はない。
丸守さんの照らしたなかに浮かび上がったのは、狭いトンネル内の両側に並ぶお地蔵さんたちだったから。
壁には等間隔にくぼみがあり、そのくぼみの一つ一つにお地蔵さんが安置されている。
食料とかを運ぶ道なのに?
もうこの道自体がホラーなアトラクションになりそうな気配。
「気休め、だけどね」
丸守さんがまた含みのある言い方をする。
いったいどんないわくがあるというのだろう。
聞いていいのだろうか、それとも口に出してはいけない類いのことなのだろうか。
両側からお地蔵さんに見つめられて歩く地下道は、非常に落ち着かない。
「しかしこの荷物重いよね。ねぇ、丸守さん、車でビューって行ったら早いんじゃないですかね?」
先生が情けない声を出す。
「開園当初は車で行けたんだけれどねぇ。でも今はもう無理なんだ」
何がどう無理なのかまでは説明してくれない。
やがて視界にエレベーターが現れる。
このエレベーターってアレだよね。トワさんが逃げ込んであわや危機一髪ってなったやつ。
だが丸守さんは無言で通り過ぎたので、僕も先生も同様に通り過ぎた。
現在の行動に対する説明が少な過ぎるから、何が許されて何がアウトになるのかがわからない。
とはいえ、ずっと黙っているのも正直ツライ。
先生が突然、沈黙を破った。
「なんか喋らないとさ、重さに参っちゃうよね?」
「あ、ごめんごめん。好きに喋っていただいてかまわないっすよ」
「そうなの? じゃあさ、このへん……多分、このへんだと思うんだけどさ。丸馬城の未完成の本丸の真下あたりに来てないかね? 石垣があの形で、この穴の方向と距離とか考えるとさ」
「すまないね、先生。おいらはお城の構造とかまでは知らないんだ」
せっかくふくらみかけた話題だ。
このまま無言にまた戻っちゃうくらいならと言葉を探す。
「真下って何かあるんですか?」
「昔の城はね、ちょいちょい基礎に人柱を埋めたりしているんだよ」
そんな言葉が返ってきたら、このまま会話のキャッチボールを続けようという気持ちも萎えてしまった。
むしろ聞かなきゃよかった。
人柱ってアレだよね?
ここにこんだけお地蔵さんが並んでんのも、その供養のためってことかな?
そんなこと言われたら、余計にお地蔵さんを直視できなくなる。
丸守さんはと言えばそんなこと気にせずどんどん先へ行く。
急いでいるのかな。
ゴルフバッグは次第に肩に食い込んでくるし。
それにどうして僕や先生だったんだろうか。
そのへんの基準も後で聞いてよいものだろうか。
「ね、ねぇ、居なくなった子どもは探さないでいいのかい? これかなり重たいし、ちょっと降ろしてさ、探すための休憩とかとらないかい?」
先生がまたもや情けない声を出す。
「これでもペースを落としているんですよ? それに居なくなった子は……早く対処できれば戻ってきます。そういう意味でも急ぎます。本当は全部一人で往復してやるつもりだったんですけどね。今はなる早で片付けたくて……すまないねぇ」
丸守さんの歩く速度がさらに上がる。
早ければ間に合う、そう言われてしまっては弱音も吐いていられない。
瑛祐君の顔を思い出す。
肩に担いでいるものとは違う重みをも感じた。
理由も方法も明かしてはくれないけれど、僕が参加しているこれは「助けるため」の何かなんだ、きっと。
そう考えて、重たくなってゆく足に再び力を込めた。
やがて、ワンボックスカーがギリギリUターンできるくらいの小さな地下空間へと出た。
このへんも天井や壁の一部は天然の洞窟っぽい雰囲気。
人の手が加わった方の壁には開口部があり、閉じたエレベーターが見える。
二つ目のエレベーターということは、このあたりってもうお城なのかな――日本のじゃなくドイツの方の。
確かドリームキャッスルとかいう名前。
泊まった人だけが体験可能な深夜アトラクションがあるとかなんとかってトワさんが言っていたっけ。
丸守さんはこちらのエレベーターもスルーしてずんずんと進む。
「あれれ? エレベーターは……って、電気来てないか。さっきあっちが光ってたからちょっと期待しちゃったよ」
「この先からもつながっているんですよ」
丸守さんの言う通り、ちょっと進むと明らかに人の手による石壁が見えてきた。
綺麗にカットされた大きな石を積み重ねて造られた壁。
その壁についている扉を丸守さんが開けた途端だった。
中から何か強いものをビリビリと感じる――これ、あの目眩に近い感覚だ。
「先生は大丈夫そうだね。赤間ちゃんは行けそう?」
「行きます」
もう既に扉の中に居る二人に続く。
僕が迷っている間に瑛祐君に何かあったら――そう思うとわずかな時間も惜しかったし。
「わ、なんだこれ……これ、博物館レベルの蒐集品じゃないかね!」
先生の声が興奮で上ずる。
そこは確かにすごい空間だった。
名前こそわからないがその用途は痛々しいくらいわかる道具――間違いなく拷問具の数々が、先生の言う通り博物館のように並べられていた。
「ドイツの古城を買い取って運んだんだってね。向こうにあったもの何もかも、こっちに運んで再築したらしいよ。これらも全部向こうにあったものそっくりそのままで……なんていうか悪趣味な城主だよね。ここと、お姫様の部屋とは入り口がすっかり塗り固められて壁みたいになっていて、だから中身が持ち去られたりせずに済んだって話だよ」
日本では人柱、ドイツでは拷問部屋。
お城を建てる人ってのはどうにも非人道的だ。
「丸守さん、キミ、詳しいねぇ」
「まあ、おいらの叔父さん、ホラーランド作った現場に居たからね。ドイツのお城の移築中に不自然な壁を発見してさ、ちょっとバラしてみたら頭蓋骨が埋め込まれた壁の向こうにお姫様の部屋が見つかって……ほら、ミラーハウスの二階になっているところ、あれが出てきてね。ちなみにここを埋めていた壁には首のない人間と、二匹の犬の骨が塗りこめられていたんだよ」
黄金髑髏と犬の影を思い出す。
あの時は結果的に助けてもらったな――って、ちょっと待て。
「あの、その時見つかった骨って、どうしたんですか?」
「赤間ちゃん、さすがだね。ここを造る時に『使った』という話は聞いているよ」
使った?
使ったって何に?
え、もしかしたらアクアツアーのあの白い手って。
やけにリアルだった骨を思い出す。
そりゃ、探すよね。自分の頭を探すために僕らの首に触れてきたのかも、とか考えると、そもそもここを作った人たちの悪趣味加減に怒りすら覚え始めてきた。
「なんで、そんなことできるんですかね」
「それが目的だったからさ。さっき慰霊って言っただろ。聞こえがいい表現を使うとそうなるけれど、本当はもっと……毒をもって毒を制す的な、ね。おいらも後で知ったときには今の赤間ちゃんと同じような感情になったよ」
丸守さんはこちらに背中を向けているので表情までは見えない。
「んで、ここがちょうど洋モノのお城の真下ね。ここの地下室は、城の地下一階の隠し扉からつながっている。もともとあった鍾乳洞に食い込んで作ったのでこんな感じになっているんだ。もっとも、おいらたちの目的地はこの奥だけどね」
お地蔵さんに見守られる地下道も怖かったが、拷問具が並ぶ地下道も相当に怖い。
ただ不思議なことに、このトンネルに入ってからはまだ一度も目眩が起きていない。
拷問部屋を越え、さらにその先の通路へと進む。
この辺りは再び天然の鍾乳洞っぽい通路。
そこからはすぐだった。
通路が突然開けて、ようやく丸守さんが立ち止まった。
「着いたぞ」
不思議な空間だった。
ここだけ妙に広く、天井も高い。
部屋の中央には細い川が流れていて、その川に沿って四箇所、大きな窪みがあった。
やけに滑らかでまん丸な窪み。
「ゴルフバッグの中身を、あの穴の中に置いてほしい。赤間ちゃんのは東、先生のは西」
「ちょっとちょっと、丸守さん。西ってどっち?」
「入り口近くが東だね」
「じゃあ、ワタシは奥か」
川の近くは全体的に下っているため、足元に気をつけながら降りてゆく。
僕担当の穴が入り口に一番近かったため、ゴルフバッグを下ろしてバッグのジッパーを下ろした。
「わっ」
中から人の頭が出てきたからだ――人の、と言っても石でできているけど。
「お、お地蔵さんっ? どうりで重たいわけですよ!」
「いや本当に助かった」
「あー、ようやく重たい荷物を降ろせるっ」
先生も奥の穴へとたどり着き、ゴルフバッグからお地蔵さんを取り出している。
「穴の中へ立てる感じでお願いします」
お地蔵さんを、穴の中へと下ろす。
中の水位は半分ほどなので、半身浴みたいになった。
僕や先生がひぃひぃ言いながらお地蔵さんをセッティングしている間に、丸守さんは北と南の二箇所の穴にあっという間にセッティングを終える。
「これ、どういうことかね? もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」
先生が空のゴルフバッグを担いで入り口近くまで戻ってくる。
「えーとね、これは慰霊の儀式なんだ。江戸時代から一年も欠かさず毎年やっているんだけど……今年は上に乗っていた重しが取れたせいか例年より激しくなっちゃったからね……これで収まってくれるかどうか……」
重しって……まさか……。
「ここからはおいら一人でやらなきゃいけないんだ。赤間ちゃんたちは拷問部屋で待っててくれる?」
気の乗らない待合室だけど、そうも言ってられないか。
僕と先生は空になったゴルフバッグを二つずつ持ち、何やら唱えながら祈っている丸守さんを残して拷問部屋まで撤退した。
「なるほどね」
先生が急に肯き始めた。
「先生、何がなるほどなんですか?」
「……あー、一応教職なんだけど、学校の外でまで先生って呼ばれたくないんだ。タガミでいいよ。田んぼの上で田上だ」
「はい、田上さん」
「あの壁、甌穴だな」
「オウケツ?」
「英語で言うとポットホール……水の力で石がくるくる回って、まあるい穴を作ることを言うんだよ」
「水の力って、あんなちょっとの地下水で、ですか?」
石を動かすほどの水量には見えなかった。
それとも何かで増水することがあるのかな。
「この辺は昔から水の多い土地だった沼も多くてね。丸馬城の建設予定地も、そういう沼の一つだったと言われているんだ」
「さっきのお城のお話ですね。建てている途中で放棄されたんでしたっけ?」
「キミはなんで丸馬って言うかわかるか?」
「マルマってどんな漢字ですか?」
「丸いに馬でマルマだ。元々はマルウマだったんだけどね」
「丸々と肥えた馬の産地だった、とかですか?」
「いいね、キミのその想像力。ワタシは嫌いじゃない……だけど違う。そういう理由だったならどれだけ良かったことか。地名ってのはね、歴史なんだよ。もちろん言葉通りの場合もあるし、歴史を隠そうとしてあえて異なる言葉があてがわれることもある。例えば地名に『幸福』とか『平和』とか一見ハッピーな名前がついていたら、そこは昔、凄惨な事件があったり古戦場である場合が少なくない。過去の嫌な記憶を隠すためにあえてそう名付けるんだ」
「丸馬も、そうなんですか?」
「あ、いや、失礼。教師なんてのをやっているからつい余計な説明までしてしまったよ。丸馬はね、そのままなんだ。ここに連れて来られた馬が、丸を描きながら倒れて死ぬ。だから丸馬。危険を知らせるための名前だったんだよ。津波がここまで来るよと知らせる『波分』とか土砂災害の危険を知らせる『蛇崩』とか、川の氾濫を告げる地名なんかもある。とにかく丸馬はそういう危険を知らせる地名として南北朝時代の文献には残っているんだ」
南北朝、ということは、鎌倉時代の次くらいだっけ?
「そんな危険な場所に城を建てようとしたんですか?」
「先人たちの知恵をね、バカにして気にしない権力者ってのはいつの時代にも居るもんなんだよ。特に戦国時代にはね、言い伝えよりも城を建てることを優先する必要に迫られたのかもしれないし。ここは三方を山に囲まれ、守りやすい土地だと思ったんだろうね。確かに丸馬でさえなければ、いい城が建っていたかもしれないんだ」
丸馬でなければ――その名前が文献に残るほどの危険ってのに、僕の想像が及ばない。
「ふぅ。おまたせちゃん」
丸守さんが拷問部屋に戻ってきた。
汗をびっしょりかいている。
「とりあえずできるだけのことはやった。戻ろう。小学生の坊主も戻っているといいがな……」
丸守さんの儀式は終わったのだろうか――丸守さんの――丸守?
丸馬、丸守、丸を守る――もしかして、何か関連があったりして?
「赤間ちゃん、何か勘づいたって顔しているな。そうだよ。おいらたちの一族はここが丸馬と呼ばれだした頃からここで毎年慰霊を繰り返している。この部屋だって昔はそんなに大きくなかったと聞いている。ただ、毎年こうしてお地蔵さんを設置しても、翌年にはなくなっているんだ」
「あんな重たいお地蔵さんが流されるんですか?」
「いや、くるくる回って削れて、なくなってしまうんだ」
さっきの田上さんの言葉を思い出す。
オウケツというのは、石がくるくる回って――丸馬の由来は、馬が丸を描きながら倒れて死ぬ、っていう。
「ほら、考え事はあとだ。早いうちに戻らないと車がまた使えなくなるぞ」
丸守さんに急かされながら拷問部屋を出て、お地蔵さんの並ぶ地下通路へと戻った。
丸守さんの照らしたなかに浮かび上がったのは、狭いトンネル内の両側に並ぶお地蔵さんたちだったから。
壁には等間隔にくぼみがあり、そのくぼみの一つ一つにお地蔵さんが安置されている。
食料とかを運ぶ道なのに?
もうこの道自体がホラーなアトラクションになりそうな気配。
「気休め、だけどね」
丸守さんがまた含みのある言い方をする。
いったいどんないわくがあるというのだろう。
聞いていいのだろうか、それとも口に出してはいけない類いのことなのだろうか。
両側からお地蔵さんに見つめられて歩く地下道は、非常に落ち着かない。
「しかしこの荷物重いよね。ねぇ、丸守さん、車でビューって行ったら早いんじゃないですかね?」
先生が情けない声を出す。
「開園当初は車で行けたんだけれどねぇ。でも今はもう無理なんだ」
何がどう無理なのかまでは説明してくれない。
やがて視界にエレベーターが現れる。
このエレベーターってアレだよね。トワさんが逃げ込んであわや危機一髪ってなったやつ。
だが丸守さんは無言で通り過ぎたので、僕も先生も同様に通り過ぎた。
現在の行動に対する説明が少な過ぎるから、何が許されて何がアウトになるのかがわからない。
とはいえ、ずっと黙っているのも正直ツライ。
先生が突然、沈黙を破った。
「なんか喋らないとさ、重さに参っちゃうよね?」
「あ、ごめんごめん。好きに喋っていただいてかまわないっすよ」
「そうなの? じゃあさ、このへん……多分、このへんだと思うんだけどさ。丸馬城の未完成の本丸の真下あたりに来てないかね? 石垣があの形で、この穴の方向と距離とか考えるとさ」
「すまないね、先生。おいらはお城の構造とかまでは知らないんだ」
せっかくふくらみかけた話題だ。
このまま無言にまた戻っちゃうくらいならと言葉を探す。
「真下って何かあるんですか?」
「昔の城はね、ちょいちょい基礎に人柱を埋めたりしているんだよ」
そんな言葉が返ってきたら、このまま会話のキャッチボールを続けようという気持ちも萎えてしまった。
むしろ聞かなきゃよかった。
人柱ってアレだよね?
ここにこんだけお地蔵さんが並んでんのも、その供養のためってことかな?
そんなこと言われたら、余計にお地蔵さんを直視できなくなる。
丸守さんはと言えばそんなこと気にせずどんどん先へ行く。
急いでいるのかな。
ゴルフバッグは次第に肩に食い込んでくるし。
それにどうして僕や先生だったんだろうか。
そのへんの基準も後で聞いてよいものだろうか。
「ね、ねぇ、居なくなった子どもは探さないでいいのかい? これかなり重たいし、ちょっと降ろしてさ、探すための休憩とかとらないかい?」
先生がまたもや情けない声を出す。
「これでもペースを落としているんですよ? それに居なくなった子は……早く対処できれば戻ってきます。そういう意味でも急ぎます。本当は全部一人で往復してやるつもりだったんですけどね。今はなる早で片付けたくて……すまないねぇ」
丸守さんの歩く速度がさらに上がる。
早ければ間に合う、そう言われてしまっては弱音も吐いていられない。
瑛祐君の顔を思い出す。
肩に担いでいるものとは違う重みをも感じた。
理由も方法も明かしてはくれないけれど、僕が参加しているこれは「助けるため」の何かなんだ、きっと。
そう考えて、重たくなってゆく足に再び力を込めた。
やがて、ワンボックスカーがギリギリUターンできるくらいの小さな地下空間へと出た。
このへんも天井や壁の一部は天然の洞窟っぽい雰囲気。
人の手が加わった方の壁には開口部があり、閉じたエレベーターが見える。
二つ目のエレベーターということは、このあたりってもうお城なのかな――日本のじゃなくドイツの方の。
確かドリームキャッスルとかいう名前。
泊まった人だけが体験可能な深夜アトラクションがあるとかなんとかってトワさんが言っていたっけ。
丸守さんはこちらのエレベーターもスルーしてずんずんと進む。
「あれれ? エレベーターは……って、電気来てないか。さっきあっちが光ってたからちょっと期待しちゃったよ」
「この先からもつながっているんですよ」
丸守さんの言う通り、ちょっと進むと明らかに人の手による石壁が見えてきた。
綺麗にカットされた大きな石を積み重ねて造られた壁。
その壁についている扉を丸守さんが開けた途端だった。
中から何か強いものをビリビリと感じる――これ、あの目眩に近い感覚だ。
「先生は大丈夫そうだね。赤間ちゃんは行けそう?」
「行きます」
もう既に扉の中に居る二人に続く。
僕が迷っている間に瑛祐君に何かあったら――そう思うとわずかな時間も惜しかったし。
「わ、なんだこれ……これ、博物館レベルの蒐集品じゃないかね!」
先生の声が興奮で上ずる。
そこは確かにすごい空間だった。
名前こそわからないがその用途は痛々しいくらいわかる道具――間違いなく拷問具の数々が、先生の言う通り博物館のように並べられていた。
「ドイツの古城を買い取って運んだんだってね。向こうにあったもの何もかも、こっちに運んで再築したらしいよ。これらも全部向こうにあったものそっくりそのままで……なんていうか悪趣味な城主だよね。ここと、お姫様の部屋とは入り口がすっかり塗り固められて壁みたいになっていて、だから中身が持ち去られたりせずに済んだって話だよ」
日本では人柱、ドイツでは拷問部屋。
お城を建てる人ってのはどうにも非人道的だ。
「丸守さん、キミ、詳しいねぇ」
「まあ、おいらの叔父さん、ホラーランド作った現場に居たからね。ドイツのお城の移築中に不自然な壁を発見してさ、ちょっとバラしてみたら頭蓋骨が埋め込まれた壁の向こうにお姫様の部屋が見つかって……ほら、ミラーハウスの二階になっているところ、あれが出てきてね。ちなみにここを埋めていた壁には首のない人間と、二匹の犬の骨が塗りこめられていたんだよ」
黄金髑髏と犬の影を思い出す。
あの時は結果的に助けてもらったな――って、ちょっと待て。
「あの、その時見つかった骨って、どうしたんですか?」
「赤間ちゃん、さすがだね。ここを造る時に『使った』という話は聞いているよ」
使った?
使ったって何に?
え、もしかしたらアクアツアーのあの白い手って。
やけにリアルだった骨を思い出す。
そりゃ、探すよね。自分の頭を探すために僕らの首に触れてきたのかも、とか考えると、そもそもここを作った人たちの悪趣味加減に怒りすら覚え始めてきた。
「なんで、そんなことできるんですかね」
「それが目的だったからさ。さっき慰霊って言っただろ。聞こえがいい表現を使うとそうなるけれど、本当はもっと……毒をもって毒を制す的な、ね。おいらも後で知ったときには今の赤間ちゃんと同じような感情になったよ」
丸守さんはこちらに背中を向けているので表情までは見えない。
「んで、ここがちょうど洋モノのお城の真下ね。ここの地下室は、城の地下一階の隠し扉からつながっている。もともとあった鍾乳洞に食い込んで作ったのでこんな感じになっているんだ。もっとも、おいらたちの目的地はこの奥だけどね」
お地蔵さんに見守られる地下道も怖かったが、拷問具が並ぶ地下道も相当に怖い。
ただ不思議なことに、このトンネルに入ってからはまだ一度も目眩が起きていない。
拷問部屋を越え、さらにその先の通路へと進む。
この辺りは再び天然の鍾乳洞っぽい通路。
そこからはすぐだった。
通路が突然開けて、ようやく丸守さんが立ち止まった。
「着いたぞ」
不思議な空間だった。
ここだけ妙に広く、天井も高い。
部屋の中央には細い川が流れていて、その川に沿って四箇所、大きな窪みがあった。
やけに滑らかでまん丸な窪み。
「ゴルフバッグの中身を、あの穴の中に置いてほしい。赤間ちゃんのは東、先生のは西」
「ちょっとちょっと、丸守さん。西ってどっち?」
「入り口近くが東だね」
「じゃあ、ワタシは奥か」
川の近くは全体的に下っているため、足元に気をつけながら降りてゆく。
僕担当の穴が入り口に一番近かったため、ゴルフバッグを下ろしてバッグのジッパーを下ろした。
「わっ」
中から人の頭が出てきたからだ――人の、と言っても石でできているけど。
「お、お地蔵さんっ? どうりで重たいわけですよ!」
「いや本当に助かった」
「あー、ようやく重たい荷物を降ろせるっ」
先生も奥の穴へとたどり着き、ゴルフバッグからお地蔵さんを取り出している。
「穴の中へ立てる感じでお願いします」
お地蔵さんを、穴の中へと下ろす。
中の水位は半分ほどなので、半身浴みたいになった。
僕や先生がひぃひぃ言いながらお地蔵さんをセッティングしている間に、丸守さんは北と南の二箇所の穴にあっという間にセッティングを終える。
「これ、どういうことかね? もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」
先生が空のゴルフバッグを担いで入り口近くまで戻ってくる。
「えーとね、これは慰霊の儀式なんだ。江戸時代から一年も欠かさず毎年やっているんだけど……今年は上に乗っていた重しが取れたせいか例年より激しくなっちゃったからね……これで収まってくれるかどうか……」
重しって……まさか……。
「ここからはおいら一人でやらなきゃいけないんだ。赤間ちゃんたちは拷問部屋で待っててくれる?」
気の乗らない待合室だけど、そうも言ってられないか。
僕と先生は空になったゴルフバッグを二つずつ持ち、何やら唱えながら祈っている丸守さんを残して拷問部屋まで撤退した。
「なるほどね」
先生が急に肯き始めた。
「先生、何がなるほどなんですか?」
「……あー、一応教職なんだけど、学校の外でまで先生って呼ばれたくないんだ。タガミでいいよ。田んぼの上で田上だ」
「はい、田上さん」
「あの壁、甌穴だな」
「オウケツ?」
「英語で言うとポットホール……水の力で石がくるくる回って、まあるい穴を作ることを言うんだよ」
「水の力って、あんなちょっとの地下水で、ですか?」
石を動かすほどの水量には見えなかった。
それとも何かで増水することがあるのかな。
「この辺は昔から水の多い土地だった沼も多くてね。丸馬城の建設予定地も、そういう沼の一つだったと言われているんだ」
「さっきのお城のお話ですね。建てている途中で放棄されたんでしたっけ?」
「キミはなんで丸馬って言うかわかるか?」
「マルマってどんな漢字ですか?」
「丸いに馬でマルマだ。元々はマルウマだったんだけどね」
「丸々と肥えた馬の産地だった、とかですか?」
「いいね、キミのその想像力。ワタシは嫌いじゃない……だけど違う。そういう理由だったならどれだけ良かったことか。地名ってのはね、歴史なんだよ。もちろん言葉通りの場合もあるし、歴史を隠そうとしてあえて異なる言葉があてがわれることもある。例えば地名に『幸福』とか『平和』とか一見ハッピーな名前がついていたら、そこは昔、凄惨な事件があったり古戦場である場合が少なくない。過去の嫌な記憶を隠すためにあえてそう名付けるんだ」
「丸馬も、そうなんですか?」
「あ、いや、失礼。教師なんてのをやっているからつい余計な説明までしてしまったよ。丸馬はね、そのままなんだ。ここに連れて来られた馬が、丸を描きながら倒れて死ぬ。だから丸馬。危険を知らせるための名前だったんだよ。津波がここまで来るよと知らせる『波分』とか土砂災害の危険を知らせる『蛇崩』とか、川の氾濫を告げる地名なんかもある。とにかく丸馬はそういう危険を知らせる地名として南北朝時代の文献には残っているんだ」
南北朝、ということは、鎌倉時代の次くらいだっけ?
「そんな危険な場所に城を建てようとしたんですか?」
「先人たちの知恵をね、バカにして気にしない権力者ってのはいつの時代にも居るもんなんだよ。特に戦国時代にはね、言い伝えよりも城を建てることを優先する必要に迫られたのかもしれないし。ここは三方を山に囲まれ、守りやすい土地だと思ったんだろうね。確かに丸馬でさえなければ、いい城が建っていたかもしれないんだ」
丸馬でなければ――その名前が文献に残るほどの危険ってのに、僕の想像が及ばない。
「ふぅ。おまたせちゃん」
丸守さんが拷問部屋に戻ってきた。
汗をびっしょりかいている。
「とりあえずできるだけのことはやった。戻ろう。小学生の坊主も戻っているといいがな……」
丸守さんの儀式は終わったのだろうか――丸守さんの――丸守?
丸馬、丸守、丸を守る――もしかして、何か関連があったりして?
「赤間ちゃん、何か勘づいたって顔しているな。そうだよ。おいらたちの一族はここが丸馬と呼ばれだした頃からここで毎年慰霊を繰り返している。この部屋だって昔はそんなに大きくなかったと聞いている。ただ、毎年こうしてお地蔵さんを設置しても、翌年にはなくなっているんだ」
「あんな重たいお地蔵さんが流されるんですか?」
「いや、くるくる回って削れて、なくなってしまうんだ」
さっきの田上さんの言葉を思い出す。
オウケツというのは、石がくるくる回って――丸馬の由来は、馬が丸を描きながら倒れて死ぬ、っていう。
「ほら、考え事はあとだ。早いうちに戻らないと車がまた使えなくなるぞ」
丸守さんに急かされながら拷問部屋を出て、お地蔵さんの並ぶ地下通路へと戻った。
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