異世界で一番の紳士たれ!

だんぞう

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#8 驚きの寿命

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 『発火』を発動しようとして求められた要求――だけどそこで求められたと直感した魔法代償プレチウムは、さっきカエルレウム様が消費した、そして今俺が用意した消費命パーよりもかなり小さい。
 でも、カエルレウム様は全て使い切ったよね?
 ――だから俺は消費命パーをその要求へと流し込んだ。

 視界に大きな炎が現れる。
 記憶にある燃え上がり方――元の世界の野外教室で、誰かがガスコンロで火を点けるのを失敗してガスだけが出る音がして、他の誰かが貸してみろってもう一回着火を試みて、一瞬ぶわっと大きな火が燃えたときの、あれのもっともっと大きい版。

「カエルレウム様!」

 ルブルムさんの悲痛な声に目を開く。
 俺の手にかぶせていたカエルレウム様の手の甲に、痛々しい赤い……火傷?

「落ち着けルブルム。それよりもリテル、何だ今の思考は……素晴らしいぞ!」

 カエルレウム様はそんな傷ついた手で、俺を強く抱きしめる。
 ちょっと待ってください。状況が見えない――けど、俺のせいで怪我を。

「か、カエルレウム様っ! 手がっ、カエルレウム様の手が!」

 カエルレウム様の手を自分の体から引き剥がそうとして、でも触れたら痛いかなとためらって、行動に困り果てる。

「リテル! 今の思考でもう一度『発火』を!」

 興奮するカエルレウム様の肩を、ルブルムさんが押さえつけ、ようやく少し落ち着いた。

「あの……申し訳ないです。カエルレウム様。先に治療というのは可能ですか?」

 ルブルムさんが俺の顔と、背後のカエルレウム様の顔を交互に見てから静かに首を横に振る――リテルの記憶から、それが肯定だとわかる。左右が肯定で、上下が否定。日本とは逆だな――じゃなくて、治療!

「そうだな。『生命回復』は早めに覚えておくべきだな」

 そう言うと、カエルレウム様は椅子に腰掛け、丸テーブルの上に赤く腫れた両手を置いた。

「『生命回復』という魔法は、生物が本来持つ回復能力を非常に高めるという効果の魔法だ。リテル、患部に触れなさい」

 俺も椅子に座り、火傷がより酷い方の右手の甲へ、俺の右手を恐る恐る重ねるとカエルレウム様の消費命パーの集中を感じる。それが消費されると、魔法の思考を感じた――回復を強く応援する――そんな感じ。
 「持ってくる」とか「応援する」とか、魔法のアプローチは科学とは違って詩的だな。
 俺の手をどけると、火傷の腫れは引いている。

「『生命回復』は、古傷に対しては効果があまりないし、今回は火傷も浅かったから良かったが、肉まで焼けるほどの深い火傷だとこれほどまでには治せない。この火傷は見た感じ二週間ほどで治る程度の浅さだった。このくらいならば消費命パーは二ディエスというところだ」

 二の部分はアッタと聞こえたから数字の二で、ディエスというのが単位だろうか。

「ディエスというのは単位ですか?」

「ああそうだ。さきほど私の一回目の『発火』の消費命パーが一ディエス、今の治療の消費命パーが二ディエスだ。ディエスというのは、およそ一日分の寿命だな」

「い、一日っ?」

 あんな小さな火の魔法を使うだけで一日寿命が縮まるってこと?
 愕然とした。
 魔法が存在する異世界への興奮が、重たいリアリティの前に一気にしぼんだ。魔法を使って便利な生活とか派手な戦闘とか、そういうのとは縁遠い、地味な異世界。
 いや待て。異世界なんだから、時間の単位も元の世界とは異なるかも――なんてリテルの記憶にアクセスしたが、雰囲気的に元の世界の単位にかなり近そうだ。

「寿命の一日ぐらい、大したことはない。どうせ、寿命が尽きるよりも早く肉体が老いるのだから」

 ん?
 寿命って、どのくらいなんだろう――と、リテルの記憶を探すと、ストウ村で亡くなるお年寄りの平均年齢は八十歳ちょいくらい……十進数だとほぼ百歳だ! 元の世界の中世ヨーロッパより断然長いよね。現代日本よりも! 今みたいに魔法で治療とかできるからなのだろうか。
 え、ちょっと待って。

「肉体の老いって、寿命のことではないのですか?」

「肉体の限界は身命だ。寿命の渦コスモスは肉体と一体化していたか?」

 あ、そうか。

「肉体には老いによる限界、身命がある。そして魂は、死によって肉体を離れ、記憶を消費してまた新たなる肉体へと宿る。肉体と魂をつなげるものが寿命だ。通常の獣種の身命限界は地域にもよるが、ここいらでは八十年ほどか。だが寿命は三百六十年ほどある。なので寿命の渦コスモスは百年、二百年消費しても問題ない」

 これがこの世界ホルトゥスの常識なのか――いや、ストウ村の人たちはそんな感じじゃなかったな。魔術師特有の常識なのかもしれない。

「もっとも私の寿命はあと二百年もないがな」

「そういえば、寄らずの森の魔女様は百年以上こちらにいらっしゃるって」

 カエルレウム様の見た目は二十代の前半くらいにしか見えない。

「ああ。これは肉体の老いを止めている。老化を放置するとな、腰や背中や首は痛くなるし目は悪くなるし、魔術研究には何かと不都合だからな。爪も髪も伸びないし垢も出ないから風呂に入る必要もないのは楽だがな、代わりに食べたものの消化は悪くなるし、小さな傷とて自然治癒はしないし、生殖も不可能となる。他にも手がかかる部分はあるし、定期的にそれなりの魔法代償プレチウムを必要とする。良い点、悪い点それぞれあるので、何が最重要か、だな」

「魔法で寿命を延ばすのって可能なんですか?」

 魔法は寿命を消費して発動する。もしも魔法で寿命を増やすことができたら不老不死みたいなことに?

「可能ではあるらしいが、過去の事例からは良い話を聞かない。寿命は、魂と肉体を結びつけている。そこに他者の寿命を継いだ場合、その寿命の本来の持ち主の魂とつながったり――症状としては幻覚幻聴発狂だな。あとは寿命の本来の持ち主の肉体とつながったり――症状としては、そのような肉体は大抵葬られているから、死体のその状況を味わったり。寿命を増やせるかどうかと、人生を全うできるかどうかは別物だ。せめて身命だけでもと、私のように老化を止める権力者も少なくないらしいがね、性欲と食欲が振るわなくなる上に、自分の親しい者たちの死を次々と見送るのに辟易して、再び老化を受け入れる者も少なくないらしい」

 あちらを立てればこちらが立たずという感じなんだな――って、話がだいぶ逸れてしまった。

「あ、あのっ。カエルレウム様、俺にその傷を治させていただいてもよろしいですか?」

「それは是非。リテルの魔法はもっと触れてみたい。『生命回復』を行ったら、もう一度さっきの『発火』を」

「は、はい!」

 カエルレウム様の、今度は左手の甲に触れる。全治二週間くらいの浅い火傷とおっしゃっていた。
 回復を強く応援する――この応援するというのが微妙なんだよな。イメージしづらいというか――うまくイメージできずにカエルレウム様の火傷を綺麗に治せなかったらマズイよね?
 思わず深呼吸する。
 こんな綺麗な肌に火傷を負わせたのは俺の魔法。それなのにカエルレウム様は俺をかばって……集中しよう。応援……応援……応援……ってのは、ようは細胞を活性化して、新陳代謝をうながす感じだよね?
 そういや元の世界で幼い頃、父方の田舎で焚き火してて火傷したことがあった。ばーちゃんにアロエを貼られたっけな。そんとき、新陳代謝をうながすんだって言われたのを覚えている。新陳代謝、頑張れなんて弟が言ってくれてさ、あの頃は弟とは仲が良かったんだよな――新陳代謝、頑張れ――応援ってそういうことか? 根性論的な!

「『生命回復』!」

 消費命パーとして用意していた二ディエスのうち、一ディエス分だけが魔法代償プレチウムとして消費されるのを感じる――え、まさか半分しか治らないなんてことないよね?
 ドキドキしながら自分の手をどけると、カエルレウム様の左手の火傷は綺麗に治っている。カエルレウム様はその治った部位をポリポリと掻き始めた。

「リテル。やはり君は面白いな。一ディエスでこれだけ治るということは、思考が優れているということだ。魔術師が世界の真理ヴェリタスと呼んでいる抽象的な概念があるのだが、その概念に近ければ近いほど、要求される魔法代償プレチウムは少なくて済む。君の『発火』と『生命回復』の思考は、私よりも世界の真理ヴェリタスに近い。君は魔術師になるべくして生まれてきたと言っていい」

 むちゃくちゃ褒められて、嬉しいけど恥ずかしくもある。というか慣れない。元の世界では、学校の成績はそこそこだったし、家では一人だけ才能がない子だったからな。
 ものを考えるのは好きだったけれど、そういうのは成績や家庭においては評価されなかった。俺のことをめてくれる奇特な人たちなんて、丈侍じょうじんとこの家族だけだったな――元気にしてるかな?

 幕道まくどう丈侍は小三から高一までずっと同じクラスの、そして唯一、俺を家族と比較しない友達。
 音楽の才能がなかった俺はお稽古ごとを打ち切られ時間を持て余していた。そんなときだった。丈侍の書いてたノベルゲームをたまたま読んだのは。
 ノベルゲームというのは、物語の中の途中に選択肢が現れ、その選択肢を選ぶと物語が分岐して異なる結末へとたどり着くという小説でありゲームでもあるもの。丈侍の家には古いノベルゲームの――当時はまだゲームブックと呼ばれていた紙の本がたくさんあって、それで遊ぶうちに自分でも書いてみたくなったらしい。
 そんで俺と丈侍は、いつしか交換ノベルゲームをするようになっていた。ノベルゲームを作れるサイトで、交互に選択肢を増やしていく感じ。リレー小説の、分岐がたくさんある版みたいなやつ。
 そんな流れでいつしか放課後は、丈侍の家に入り浸るのが普通になっていった。
 外出やお稽古ごとの多かったうちの家は夕飯は各自でとお金だけ渡されていたので、夕飯もよくご馳走になったし、土日なんかは丈侍の弟、昏陽くれひと、丈侍のお父さんも混ざって四人でTRPGテーブルトークロールプレイングゲームで遊んだりもした。TRPGというのは、スマホもパソコンもゲーム機も使わない、会話とサイコロだけで遊ぶRPGみたいなもの。
 元の世界に未練はほとんどないけど、丈侍たちにもう会えないのは心残り。俺も丈侍の家に生まれたかったなぁ、なんてよく思っ……あ!

「あの、さっきの『取り替え子』ですが、魂を取り替えたとき、寿命の渦コスモスはどうなるんですか?」

 リテルを助ける手がかりに、ならないだろうか。





● 主な登場者

有主ありす利照としてる/リテル
 猿種マンッ、十五歳。リテルの体と記憶、利照としてるの自意識と記憶とを持つ。
 リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様への報告役に志願した。

・ケティ
 リテルの幼馴染の女子。猿種マンッ、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
 リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。

・ラビツ
 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。

・ゴブリン
 魔女様の家に向かう途中、リテルが思わず助けてしまった片腕のゴブリン。
 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者のようで、魂は犬種アヌビスッ。ずっと大人しくしている。

・ルブルム
 魔女様のお使いと思われる赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種マンッ
 リテルとマクミラ師匠が二人がかりで持ってきた重たい荷物を軽々と持ち上げた。

・カエルレウム
 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種マンッ
 魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。

幕道まくどう丈侍じょうじ
 小三から高一までずっと同じクラスの、元の世界で唯一仲が良かった友達。交換ノベルゲームをしていた。
 彼の弟、昏陽くれひと、彼の父とともにTRPGに興じることもあった。



■ はみ出しコラム【時間の単位】
 ホルトゥスにおける時間の単位は地球のスタンダードな時間の単位に似ている。

・一ディエス=二十時間ホーラ(十二進数なので、十進換算で二十四時間)

・一時間ホーラ=十ディヴ(十二進数なので、十進換算で十二ディヴ)
※ このディヴという単位は、地球の単位に換算すると五分間に相当する。

・ホルトゥスに地球でいう秒という単位は存在しないが、「一瞬」を意味する「プーンクトゥム」という表現はある。日常会話では「プーン」と略されることが多い。
「五プーンあれば出口まで行けるわね? 二プーンで出て行きなさい!」みたいな使われ方はする。

魔法代償プレチウムの単位「ディエス」
 日を表すディエスと、魔法代償プレチウムの単位ディエスは同じ語である。
 「一日分の寿命」という意味合いより使われるようになり、現在は単位として定着している。

★ ホルトゥスの暦
・一セプティマナ=六ディエス

・一メンシス=「二セプティマナ」+「一セプティマナ」+「二セプティマナ
 最初の二週を「月昼メンシス・ディエス」と呼び、
 次の一週を「月黄昏メンシス・クレプスクルム」と呼び、
 最後の二週を「月夜メンシス・ノクス」と呼ぶ。

・一アンヌス=十メンシス(十二進数なので、十進換算で十二ヶ月)+「安息週クィエス
メンシス・ミン  (別名:母の月)
メンシス・アッタ (別名:子の月)
メンシス・ネルデー(別名:大地の月)
メンシス・カンタ (別名:風の月)
メンシス・レムペー(別名:水の月)
メンシス・エンクー(別名:海の月)
メンシス・オツォ (別名:光の月)
メンシス・トルド (別名:空の月)
メンシス・ネルテー(別名:星の月)
メンシス・クエイン(別名:火の月)
メンシス・ミンクー(別名:父の月)
メンシス・ラスタ (別名:闇の月)
安息週クィエス(年の変わり目直前の五~六日間だけの一週間。年によって日数が異なる)

※ ホルトゥスの十月を覚えるための覚え歌がある。
祝福された母より
生まれし子が
大地を踏みしめ
風に呼吸し
水を追って旅をする
海を知り、その果て
見上げた光を歩いて
空へと昇る
星々の狭間より
火となって戻り来る
父は新しき年のために祈り
静寂の闇に年は生まれ変わる
さあ、安息の中迎え給え

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