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#10 銀河さんざめく世界
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「し、失礼します」
と鹿の王様の背中にまたがると、カエルレウム様は鮮やかな青いマントをひるがえす。
「マントの内側でつかまるとよい」
「は、はい」
モタモタして迷惑をかけてはいけないという想いから、弓の弦を前方にたすき掛けし、上着にギュッとしがみつく。
ふわりと香る甘い。なんともいい匂い。ケティとは違う、透き通った甘さ……に浸っていると、背中を押される。
「もっと前。私が座れない」
見るとルブルムさんが俺のすぐ後ろに座ろうとしている。
慌ててカエルレウム様との距離を詰め、背中に背負っていた矢筒も脇に抱えるように位置をずらす。
「着くまでの間、『生命回復』と『発火』とを繰り返し練習しなさい。もちろん魔法代償の要求には耐えること」
「はい」
と答えた直後、背中に押し付けられたルブルムさんの柔らかさに思考を半分以上持っていかれてしまう。
例え股間が呪詛で反応しないとしても、思春期の童貞男子にはキッツいハードル。これで集中とか、とんでもない修行だ――いやいや。紳士たれ、俺!
「右手でカエルレウム様につかまれ。左手は短槍を抱えて」
耳元にルブルムさんの囁き。
「はいっ」
「声は小さく。魔法の練習も詠唱なしで」
「頑張ります」
そうだ。自分のやるべきことを思い出せ。何のためにするのか。そして今、どういう状況なのか。
少し頭がクリアになる。これはゲームじゃない。リアルなんだ。
『発火』と『生命回復』と、異なる魔法の発動直前までの集中を交互に行う。鹿の王様が走り出す。浮き上がる体。「膝に力を入れて」とルブルムさんの囁き。
なるほど、内股に力を入れる感じか。リテルの体は優秀でその体勢の維持がそれほど苦ではない。元の世界の利照の体だったらこれあっという間に膝がガクガクになっているパターン。
そのうち、鹿の王様が跳ぶタイミングがなんとなくつかめてきた――というか、俺が短槍を持つ手と、ルブルムさんの手が触れ合っていて、そこからルブルムさんの寿命の渦が、その躍動感が伝わってきていて、そのリズムがタイミングとうまく合っていることに気付いたわけ。
不思議なことに、そのタイミング読みに慣れてからの方が、魔法発動までの集中と魔法代償の要求に耐えるのとが楽になった。
突然、鹿の王様が速度を落とした。ほどなくしてふわりとしゃがむ。
ルブルムさんが俺の左手を軽く撫でてから短槍の束に力を入れた。もしやと左手を緩めると、短槍の束と一緒に背中から温もりが消えた。
魔物の近くまで来たのだろうか。
俺も鹿の王様の背から降り、矢筒を背負い直してから矢を一本取り出し、いつでも射れるように弓を前方に構えた。
カエルレウム様がゴブリンと一緒に降りると、鹿の王様は静かに立ち上がり、森の樹々の間へと姿を消した。
夕暮れ近い森は既に薄暗く、否が応にも緊張感が増す。
それでもカエルレウム様とルブルムさんはずんずんと進んでゆく。ゴブリンは俺の回りを回るように歩いている。俺が引っかかっている下生えや木の根を、器用に避けながら。
森は歩き慣れてはいるはずなのに、どうしてこんな足手まといになってしまうのか。リテルだったらもっと素早く動けるのだろうか。悔しさに唇を噛む。
ルブルムさんが急に立ち止まり、こちらを見た。ヤバい、怒られるのかな。
何度かつまずきながらもダッシュで追いつく。ルブルムさんが顔を近づけてきて、俺の耳元で何かを囁いた。
「『魔力感知』で距離を測る」
『魔力感知』で?
『魔力感知』というのは、寿命の渦を感じるための技術――で距離を測れるの? いやいやカエルレウム様は思考を手放すなとおっしゃった。考えるな、感じろ、という言葉も降りてくる。
『魔力感知』を操作ではなく感じるほうに全振りする。
自分の中に「∞」の形の寿命の渦を感じ――中だけじゃない。突然、世界を眩しく感じた。
外にも、自分に触れていない周囲にも、無数の寿命の渦を感じる。「∞」なのは俺だけで、周囲の寿命の渦は皆、大なり小なり円や楕円が多い……色こそ全て白っぽいけど銀河みたいだ。ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した宇宙を思い出す。
美しさに思わず漏れたため息に、我に返る。
距離を測るんだろ? じゃあ、こんな風に眺めているだけじゃダメだ。
見えている銀河――寿命の渦を漠然とではなく、その一つ一つに着目する。
ゴブリンのはなんか他の寿命の渦に比べ落ち着きがない感じ。というより回転のリズムが一定じゃないのか。ルブルムさんのは等速で綺麗に回る銀河という感じ。カエルレウム様は少し先行しているせいか周囲の寿命の渦の光が眩しすぎてよくわからない。それでその周囲のっていうのが……あれ? なんか法則性がある?
地面近くの小さないくつもの寿命の渦は、似た形、似た動きをしているものが多い。俺やゴブリンやルブルムさんのはぎゅっと詰まって形がはっきりしているのに対し、地面近くのはもっとぼんやりと薄く、動きもやたらゆっくりで、その中にちょいちょい小さな動きで濃い――しゃがんで確認する。手で触れて、ああ、この動き。
ぼんやりとした方は草で、濃い方は虫か?
そう考えてから周囲を観察すると、樹木は大きいものの薄さや動きの緩さは草と一緒。動物や昆虫みたいに自律的に動くやつは濃いのか? あ。
薄い方、つまり植物はぎゅっとまとまっていない分、銀河というより星雲のように靄状に全体に広がっていて、その寿命が肉体という草木の形の中に、全体的に広がっている印象を受ける。しかも同じ種はほぼ同じ形の寿命の渦じゃない?
なるほど。これを見ながらだと、樹木がどんな感じに広がっているか、地面の凹凸はそこに生える草の寿命の渦を見て、なんとなく把握できる。ゆくゆくは、寿命の渦を見て植物や動物の種類まで言い当てられるようになれるかも?
不謹慎だけど、ゲームの操作を覚えるみたいで楽しいな。
「自分の目と、『魔力感知』の目と、うまく重ねる」
ルブルムさんはそう言い残すと、カエルレウム様を追いかけて走ってゆく。
自分の目――それは通常の視界ってことかな?
……こうかな?
『魔力感知』は集中した部分の寿命の渦を知覚している感じ。最初に覚えたときは自分の内側だけ、今は外側も全て。見る方に全振りし過ぎて『魔力感知』の織りなす世界に呑み込まれていた。
デジタルにスイッチを入れるんじゃなく、スライドバーでアナログにだんだんフォーカスを調節する感じに意識すると、通常視界と『魔力感知』の世界を共存させることができる。頭がすごい疲れるけど。このバランス感覚、初めて自転車に乗った時の――いやもうこれ一輪車レベルの難しさ。
ああ「楽しい」ばかり言ってらんないな。魔物が近くに居るんだっけ。弓を持つ手に力を入れながら、視界の両立に挑戦する。そして二人を追いかけるために走り出す。
ゴブリンも並走してくる。こいつも『魔力感知』の世界が見えてるのかな。それとも元の世界のゲームにあった赤外線視覚みたいな能力を持っているのかな。
そういえばこの世界にはいわゆるスキルみたいなものってあるのかな。ステータスオープンとか叫んだら何か出てきたり?
思考が分散すると、すぐに『魔力感知』への集中が途切れ、つまずきかける。考えたいことは山ほどあるけど今はこっちに集中だ。
走るスピードをさらにあげる。ようやくルブルムさんに追いつい……あれ? カエルレウム様、寿命の渦がほとんど見えない?
「呼吸を整えろ」
カエルレウム様の小さな声に、深呼吸で応える。
確かに。こんな状態では当たる矢も当たらない。
「わかるか?」
カエルレウム様の示す方向に……呼吸を整えながら『魔力感知』を強めにするが、銀河広がる世界の範囲内には特に変わったものはない。
でもルブルムさんは「距離を測る」って言ってたな。距離――意識を前方に集中するものの、あまり変わった様子はない。
突然、カエルレウム様がルブルムさんから短槍を二本受け取り、半アブスほど間隔を開けて地面に刺した。リテルの記憶から距離はアブスという単位が自然と浮かんだが、一アブスはだいたい三メートルくらい。半アブスはその半分。
「これがリテル。こっちがあの太い木。『魔力感知』の見えている範囲を書いてみろ」
あの太い木というのは、たぶん三アブスくらい離れたところのあの木だろう。となると……このくらいかなってあたりの地面をブーツの先で軽く掘り、最初に刺された短槍を中心とした大きな円を描こうとしたところで、ルブルムさんが駆けてきた。
「『魔力感知』の範囲は、寿命の渦みたいに変えられる」
そう言われて初めて、自分が肉眼へ『魔力感知』の視界を重ねていることを認識した。視界を補うものとして使っていた――けど、目を閉じて『魔力感知』だけで感じると――ああ、もっと広い世界が見える――違うな。これじゃない。これは範囲を制限していただけだ。どうしてわざわざ寿命の渦みたいに、なんて教えてくれたのか。形を変えるということを。
深呼吸して、『魔力感知』から一部を分離させようとする――寿命の渦から消費命を引き剥がすみたいに――あ、分離はできないんだな。伸びるだけ――伸びる?
そうか!
目を開き、先程カエルレウム様が示した方向へ。『魔力感知』の範囲を、円を潰す――楕円に――そしてその先端を向こうの方へ伸ばす。面積はそのまま形だけ鶏卵のように。
ああ、見える。あっちの方から、俺やルブルムさんくらいの大きさの寿命の渦を持つ何かが、近づいてくるのが。
「見えました。地面近くを這って近づいてきます」
俺が弓を構え直すと、カエルレウム様は地面に刺した短槍を一つ手に取った。ルブルムさんも両手に残った短槍二本のうち一本を右手で逆手に構える。
俺の右足にしがみつくゴブリンを振り払ったあたりで、その這っている何かが視界へと入る。
暮れかけた森の中、わずかに視認できる薄暗い中を這う姿……獣種?
半裸に、申し訳程度に白い布をまとった髪の長い姿。顔は見えず、俯せなので性別は分からない。しかも怪我をしているかのように見える。
第一印象は、茂みから這い出てきたゴブリンに重なった。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様から魔法を習い始めた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・ゴブリン
魔女様の家に向かう途中、リテルが思わず助けてしまった片腕のゴブリン。
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者のようで、魂は犬種。どことなく行動が犬っぽい。
・ルブルム
魔女様の弟子と思われる赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
リテルとマクミラ師匠が二人がかりで持ってきた重たい荷物を軽々と持ち上げた。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・アルブム
魔女様の弟子と思われる白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。
・鹿の王
手を合わせて拝みたくなるような圧倒的な荘厳さ、立派な角、存在感の大きな鹿。
リテルたち四人を乗せても軽々と森を駆け抜ける。
・魔物?
半裸に、申し訳程度に白い布をまとった髪の長い姿。顔と性別はわからず、怪我もしているっぽい。
俯せのまま、森の中を近づいて来た。
■ はみ出しコラム【度量衡】
・クビトゥム(長さ)
獣種の成人の一般的な指先から肘までの長さ。
その地域における平均的な値を用いられるため、地域に占める獣種の割合によって一クビトゥムの長さが変わることがある。
地球の単位だとおおよそ五十センチメートルほど。
・アブス(長さ)
一アブス=六クビトゥム。地球の単位だと三メートルほど。一・五メートルほどの半アブスというのもよく使われる。
半成人を迎えた獣種(半成人については、次回コラムにて詳しく説明する)が、半アブス以上だと「背が高い」、以下だと「背が低い」と形容される。
※ 公式クビトゥムと公式アブス
国王や領主の治める地域の公共施設については、国王や領主が自らの獣種を保つよう心がけているような場合、公式クビトゥムや公式アブスが定められることもある。ただ、庶民の使う施設についてはその限りではない。
・プロクル(長さ)
一プロクル=百アブス。地球の単位だと、四百三十二メートルほど(三メートル×十二×十二)。
長い距離については、長さの単位ではなく徒歩や馬車、早馬でどのくらいかかるか(何日)という表現を用いることが多い。これは居住地は安全性を保つために城壁で囲むことが多く、測量を必要とするのが壁の内側のみである場合が多いのと、道の険しさや悪路かによって距離が同じでもかかる時間が異なることなどによる。
・モドゥス(面積)
一モドゥス=一アブス×一アブスの平面。地球の単位だと、二・七坪ほど。
・ラートゥム(面積)
一ラートゥム=百モドゥス。
・インファス(重さ)
平均的な獣種の生まれたて赤ちゃんの重さ。地球の単位だと三キログラムほど。
生まれたての赤ちゃんの重さについて男女差はほとんどないが、卵の場合は、一と半インファスほどとなる。
・グラウェ(重さ)
一グラウェ=十インファス。地球の単位だと、三十六キログラムほど。
・レウェ(重さ)
十レウェ=一インファス。地球の単位だと、二百五十グラムほど。
・ペンナ(重さ)
百ペンナ=一レウェ。地球の単位だと、一・七三六グラムほど。
と鹿の王様の背中にまたがると、カエルレウム様は鮮やかな青いマントをひるがえす。
「マントの内側でつかまるとよい」
「は、はい」
モタモタして迷惑をかけてはいけないという想いから、弓の弦を前方にたすき掛けし、上着にギュッとしがみつく。
ふわりと香る甘い。なんともいい匂い。ケティとは違う、透き通った甘さ……に浸っていると、背中を押される。
「もっと前。私が座れない」
見るとルブルムさんが俺のすぐ後ろに座ろうとしている。
慌ててカエルレウム様との距離を詰め、背中に背負っていた矢筒も脇に抱えるように位置をずらす。
「着くまでの間、『生命回復』と『発火』とを繰り返し練習しなさい。もちろん魔法代償の要求には耐えること」
「はい」
と答えた直後、背中に押し付けられたルブルムさんの柔らかさに思考を半分以上持っていかれてしまう。
例え股間が呪詛で反応しないとしても、思春期の童貞男子にはキッツいハードル。これで集中とか、とんでもない修行だ――いやいや。紳士たれ、俺!
「右手でカエルレウム様につかまれ。左手は短槍を抱えて」
耳元にルブルムさんの囁き。
「はいっ」
「声は小さく。魔法の練習も詠唱なしで」
「頑張ります」
そうだ。自分のやるべきことを思い出せ。何のためにするのか。そして今、どういう状況なのか。
少し頭がクリアになる。これはゲームじゃない。リアルなんだ。
『発火』と『生命回復』と、異なる魔法の発動直前までの集中を交互に行う。鹿の王様が走り出す。浮き上がる体。「膝に力を入れて」とルブルムさんの囁き。
なるほど、内股に力を入れる感じか。リテルの体は優秀でその体勢の維持がそれほど苦ではない。元の世界の利照の体だったらこれあっという間に膝がガクガクになっているパターン。
そのうち、鹿の王様が跳ぶタイミングがなんとなくつかめてきた――というか、俺が短槍を持つ手と、ルブルムさんの手が触れ合っていて、そこからルブルムさんの寿命の渦が、その躍動感が伝わってきていて、そのリズムがタイミングとうまく合っていることに気付いたわけ。
不思議なことに、そのタイミング読みに慣れてからの方が、魔法発動までの集中と魔法代償の要求に耐えるのとが楽になった。
突然、鹿の王様が速度を落とした。ほどなくしてふわりとしゃがむ。
ルブルムさんが俺の左手を軽く撫でてから短槍の束に力を入れた。もしやと左手を緩めると、短槍の束と一緒に背中から温もりが消えた。
魔物の近くまで来たのだろうか。
俺も鹿の王様の背から降り、矢筒を背負い直してから矢を一本取り出し、いつでも射れるように弓を前方に構えた。
カエルレウム様がゴブリンと一緒に降りると、鹿の王様は静かに立ち上がり、森の樹々の間へと姿を消した。
夕暮れ近い森は既に薄暗く、否が応にも緊張感が増す。
それでもカエルレウム様とルブルムさんはずんずんと進んでゆく。ゴブリンは俺の回りを回るように歩いている。俺が引っかかっている下生えや木の根を、器用に避けながら。
森は歩き慣れてはいるはずなのに、どうしてこんな足手まといになってしまうのか。リテルだったらもっと素早く動けるのだろうか。悔しさに唇を噛む。
ルブルムさんが急に立ち止まり、こちらを見た。ヤバい、怒られるのかな。
何度かつまずきながらもダッシュで追いつく。ルブルムさんが顔を近づけてきて、俺の耳元で何かを囁いた。
「『魔力感知』で距離を測る」
『魔力感知』で?
『魔力感知』というのは、寿命の渦を感じるための技術――で距離を測れるの? いやいやカエルレウム様は思考を手放すなとおっしゃった。考えるな、感じろ、という言葉も降りてくる。
『魔力感知』を操作ではなく感じるほうに全振りする。
自分の中に「∞」の形の寿命の渦を感じ――中だけじゃない。突然、世界を眩しく感じた。
外にも、自分に触れていない周囲にも、無数の寿命の渦を感じる。「∞」なのは俺だけで、周囲の寿命の渦は皆、大なり小なり円や楕円が多い……色こそ全て白っぽいけど銀河みたいだ。ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した宇宙を思い出す。
美しさに思わず漏れたため息に、我に返る。
距離を測るんだろ? じゃあ、こんな風に眺めているだけじゃダメだ。
見えている銀河――寿命の渦を漠然とではなく、その一つ一つに着目する。
ゴブリンのはなんか他の寿命の渦に比べ落ち着きがない感じ。というより回転のリズムが一定じゃないのか。ルブルムさんのは等速で綺麗に回る銀河という感じ。カエルレウム様は少し先行しているせいか周囲の寿命の渦の光が眩しすぎてよくわからない。それでその周囲のっていうのが……あれ? なんか法則性がある?
地面近くの小さないくつもの寿命の渦は、似た形、似た動きをしているものが多い。俺やゴブリンやルブルムさんのはぎゅっと詰まって形がはっきりしているのに対し、地面近くのはもっとぼんやりと薄く、動きもやたらゆっくりで、その中にちょいちょい小さな動きで濃い――しゃがんで確認する。手で触れて、ああ、この動き。
ぼんやりとした方は草で、濃い方は虫か?
そう考えてから周囲を観察すると、樹木は大きいものの薄さや動きの緩さは草と一緒。動物や昆虫みたいに自律的に動くやつは濃いのか? あ。
薄い方、つまり植物はぎゅっとまとまっていない分、銀河というより星雲のように靄状に全体に広がっていて、その寿命が肉体という草木の形の中に、全体的に広がっている印象を受ける。しかも同じ種はほぼ同じ形の寿命の渦じゃない?
なるほど。これを見ながらだと、樹木がどんな感じに広がっているか、地面の凹凸はそこに生える草の寿命の渦を見て、なんとなく把握できる。ゆくゆくは、寿命の渦を見て植物や動物の種類まで言い当てられるようになれるかも?
不謹慎だけど、ゲームの操作を覚えるみたいで楽しいな。
「自分の目と、『魔力感知』の目と、うまく重ねる」
ルブルムさんはそう言い残すと、カエルレウム様を追いかけて走ってゆく。
自分の目――それは通常の視界ってことかな?
……こうかな?
『魔力感知』は集中した部分の寿命の渦を知覚している感じ。最初に覚えたときは自分の内側だけ、今は外側も全て。見る方に全振りし過ぎて『魔力感知』の織りなす世界に呑み込まれていた。
デジタルにスイッチを入れるんじゃなく、スライドバーでアナログにだんだんフォーカスを調節する感じに意識すると、通常視界と『魔力感知』の世界を共存させることができる。頭がすごい疲れるけど。このバランス感覚、初めて自転車に乗った時の――いやもうこれ一輪車レベルの難しさ。
ああ「楽しい」ばかり言ってらんないな。魔物が近くに居るんだっけ。弓を持つ手に力を入れながら、視界の両立に挑戦する。そして二人を追いかけるために走り出す。
ゴブリンも並走してくる。こいつも『魔力感知』の世界が見えてるのかな。それとも元の世界のゲームにあった赤外線視覚みたいな能力を持っているのかな。
そういえばこの世界にはいわゆるスキルみたいなものってあるのかな。ステータスオープンとか叫んだら何か出てきたり?
思考が分散すると、すぐに『魔力感知』への集中が途切れ、つまずきかける。考えたいことは山ほどあるけど今はこっちに集中だ。
走るスピードをさらにあげる。ようやくルブルムさんに追いつい……あれ? カエルレウム様、寿命の渦がほとんど見えない?
「呼吸を整えろ」
カエルレウム様の小さな声に、深呼吸で応える。
確かに。こんな状態では当たる矢も当たらない。
「わかるか?」
カエルレウム様の示す方向に……呼吸を整えながら『魔力感知』を強めにするが、銀河広がる世界の範囲内には特に変わったものはない。
でもルブルムさんは「距離を測る」って言ってたな。距離――意識を前方に集中するものの、あまり変わった様子はない。
突然、カエルレウム様がルブルムさんから短槍を二本受け取り、半アブスほど間隔を開けて地面に刺した。リテルの記憶から距離はアブスという単位が自然と浮かんだが、一アブスはだいたい三メートルくらい。半アブスはその半分。
「これがリテル。こっちがあの太い木。『魔力感知』の見えている範囲を書いてみろ」
あの太い木というのは、たぶん三アブスくらい離れたところのあの木だろう。となると……このくらいかなってあたりの地面をブーツの先で軽く掘り、最初に刺された短槍を中心とした大きな円を描こうとしたところで、ルブルムさんが駆けてきた。
「『魔力感知』の範囲は、寿命の渦みたいに変えられる」
そう言われて初めて、自分が肉眼へ『魔力感知』の視界を重ねていることを認識した。視界を補うものとして使っていた――けど、目を閉じて『魔力感知』だけで感じると――ああ、もっと広い世界が見える――違うな。これじゃない。これは範囲を制限していただけだ。どうしてわざわざ寿命の渦みたいに、なんて教えてくれたのか。形を変えるということを。
深呼吸して、『魔力感知』から一部を分離させようとする――寿命の渦から消費命を引き剥がすみたいに――あ、分離はできないんだな。伸びるだけ――伸びる?
そうか!
目を開き、先程カエルレウム様が示した方向へ。『魔力感知』の範囲を、円を潰す――楕円に――そしてその先端を向こうの方へ伸ばす。面積はそのまま形だけ鶏卵のように。
ああ、見える。あっちの方から、俺やルブルムさんくらいの大きさの寿命の渦を持つ何かが、近づいてくるのが。
「見えました。地面近くを這って近づいてきます」
俺が弓を構え直すと、カエルレウム様は地面に刺した短槍を一つ手に取った。ルブルムさんも両手に残った短槍二本のうち一本を右手で逆手に構える。
俺の右足にしがみつくゴブリンを振り払ったあたりで、その這っている何かが視界へと入る。
暮れかけた森の中、わずかに視認できる薄暗い中を這う姿……獣種?
半裸に、申し訳程度に白い布をまとった髪の長い姿。顔は見えず、俯せなので性別は分からない。しかも怪我をしているかのように見える。
第一印象は、茂みから這い出てきたゴブリンに重なった。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。
リテルの想いをケティに伝えた後、盛り上がっている途中で呪詛に感染。寄らずの森の魔女様から魔法を習い始めた。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
・ゴブリン
魔女様の家に向かう途中、リテルが思わず助けてしまった片腕のゴブリン。
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者のようで、魂は犬種。どことなく行動が犬っぽい。
・ルブルム
魔女様の弟子と思われる赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
リテルとマクミラ師匠が二人がかりで持ってきた重たい荷物を軽々と持ち上げた。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
魔法の使い方を教えてほしいと請うたリテルへ魔法について解説し始めた。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。
・アルブム
魔女様の弟子と思われる白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。
・鹿の王
手を合わせて拝みたくなるような圧倒的な荘厳さ、立派な角、存在感の大きな鹿。
リテルたち四人を乗せても軽々と森を駆け抜ける。
・魔物?
半裸に、申し訳程度に白い布をまとった髪の長い姿。顔と性別はわからず、怪我もしているっぽい。
俯せのまま、森の中を近づいて来た。
■ はみ出しコラム【度量衡】
・クビトゥム(長さ)
獣種の成人の一般的な指先から肘までの長さ。
その地域における平均的な値を用いられるため、地域に占める獣種の割合によって一クビトゥムの長さが変わることがある。
地球の単位だとおおよそ五十センチメートルほど。
・アブス(長さ)
一アブス=六クビトゥム。地球の単位だと三メートルほど。一・五メートルほどの半アブスというのもよく使われる。
半成人を迎えた獣種(半成人については、次回コラムにて詳しく説明する)が、半アブス以上だと「背が高い」、以下だと「背が低い」と形容される。
※ 公式クビトゥムと公式アブス
国王や領主の治める地域の公共施設については、国王や領主が自らの獣種を保つよう心がけているような場合、公式クビトゥムや公式アブスが定められることもある。ただ、庶民の使う施設についてはその限りではない。
・プロクル(長さ)
一プロクル=百アブス。地球の単位だと、四百三十二メートルほど(三メートル×十二×十二)。
長い距離については、長さの単位ではなく徒歩や馬車、早馬でどのくらいかかるか(何日)という表現を用いることが多い。これは居住地は安全性を保つために城壁で囲むことが多く、測量を必要とするのが壁の内側のみである場合が多いのと、道の険しさや悪路かによって距離が同じでもかかる時間が異なることなどによる。
・モドゥス(面積)
一モドゥス=一アブス×一アブスの平面。地球の単位だと、二・七坪ほど。
・ラートゥム(面積)
一ラートゥム=百モドゥス。
・インファス(重さ)
平均的な獣種の生まれたて赤ちゃんの重さ。地球の単位だと三キログラムほど。
生まれたての赤ちゃんの重さについて男女差はほとんどないが、卵の場合は、一と半インファスほどとなる。
・グラウェ(重さ)
一グラウェ=十インファス。地球の単位だと、三十六キログラムほど。
・レウェ(重さ)
十レウェ=一インファス。地球の単位だと、二百五十グラムほど。
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百ペンナ=一レウェ。地球の単位だと、一・七三六グラムほど。
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しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
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しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
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死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
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テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
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3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
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「え!ここどこだ??」
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魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
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