異世界で一番の紳士たれ!

だんぞう

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#32 抜く方法

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 深呼吸を繰り返すルブルムの横で、俺は休憩中も魔法の復習。
 別にディナ先輩に言われたからではない。
 ルブルムに比べて俺はまだまだ魔法を始めたばかり。楽しくて楽しくて仕方がない。
 言い方は悪いけれど、新しいゲームをスタートして順調にレベルが上がり、行けるマップも増えてきた、ちょうどそんなあたり。
 ただこれは遊びじゃない。
 一瞬のもたつきが死に直結しかねない現実なんだ。
 リテルの体も、ルブルムのことも、それからマドハトのことも、俺の判断ミスや魔法の不慣れで傷つけるようなことがあってはならない。
 高揚感と使命感とで集中力が増す。

 先程のガラスの破片にやられたときにかけてもらった魔法『再生』に加え、『抵抗力強化』、『蜃気楼』、そして大量失血した際に使うとして教えられた『造血』について、発動直前まで消費命パーを絞り込むことを繰り返す。
 『造血』は、生物の肝臓から血を増やす薬を作る魔法で、触媒として生の肝臓が必要になる。今回はウズラのレバーを幾つか分けてもらった。
 触媒を必要とする魔法は実は少なくなくて、効果の構成要素を全て自前で用意するよりは魔法代償プレチウムが少なくて済むとのこと。
 例えば、屋外で灯り箱ランテルナの火が消えないように「点いている火を守る」魔法として『炎の守り手』があったり。
 寿命の無駄使いを避けるには、世界の真理ヴェリタスに近い触媒を見つけるという手段もあるのだと。

「そろそろ次の話だ。魔法を相手に当てるための思考を教える。魔法の発動には寿命を消費する。無駄撃ちをすればどうなる?」

 ディナ先輩が俺を見る。

「寿命を無駄に消費します」

「そんな悠長なことを考えるな。そこで無駄にしたのは時間だ。相手へ反撃する機会を与えてしまえば、残りの寿命全てを失いかねない。息の根を止めるまで立ち止まるな。息の根を止めても油断するな」

「はい」

「そのために、発動した魔法は確実に相手に当てることを考えろ。魔法だけに頼るな。思考と機転、道具も環境も相手の動きや思考さえも利用し、欺いてさえも当てろ」

「はい」

「魔法の発射位置をずらす『魔法転移』だが、閉じた空間へは発動地点を転移することはできない。例えば魔術師と目標発動地点との間に壁がある場合、その発動場所へ到達するには転移の道筋を曲げて回り込ませないといけない。その分、余計に魔法代償プレチウムが発生するわけだが、その曲げる方法はわかるか?」

 今度はルブルムが回答を求められる。

「最も魔法代償プレチウムが少ないのは直線。曲げる回数一回あたりで追加魔法代償プレチウムが発生する。曲げる角度が浅いほど魔法代償プレチウムは少ない」

「そうだな。あとたわませる方法もある。自分と発動地点とを結ぶ直線においては、自分の肩から指先までの長さまでなら、それほど大きくない魔法代償プレチウムにてたわませることができる。これはさほど一般的ではない方法だが、ボクが試している中で見つけた世界の真理ヴェリタスだ」

 なるほど。勉強になります。

「魔法発動の瞬間、触れている相手にはその思考が伝わってしまったと考えろ。特に世界の真理ヴェリタスに関わる思考は、相手に理解されてしまえば相手もまたその思考を使用できると思え。相手の武器を増やすのと同じだ。相手に知られずに魔法を使うか、知られたら殺すかだ」

 ディナ先輩はよほどの修羅場をくぐってきているみたいで、「殺す」という言葉を使うときの迫力が、他の言葉のときとはまるで違う。
 殺す――身を守るため、仲間を守るためとはいえ、俺にそれができるのだろうか。
 リテルはかなりの数の動物を射殺している。だけど、人は――。

「トシテル。集中しろ。対象の体の中に直接魔法を発動させられない理由はわかるか?」

 すみません、と心の中で謝る。
 さっきも同じことがあったとき、謝る時間があったらその先へ思考を運べと言われたから、謝罪よりも前に回答を提出する。

「『魔法転移』が壁をこえられないのと――」

 いやきっとそれだけじゃない。

「魔法抵抗力と――」

 他に何かないか?

「あの、相手が口を開けた時、口の中を魔法発動地点にしようとして、その場所は相手の体の中ではないですけれども、相手の魔法抵抗力の影響を受けますか?」

「その思考は悪くない。魔法抵抗力の原理は、無意識の防御反応であり、魔法代償プレチウムが発生しているという報告もあるくらいだからそれは世界の真理ヴェリタスというより、その対象の考え方に左右される。相手がどこまでを自らに属する範囲と考えているかどうかだ」

「ではその範囲を勘違いさせれば、実際には相手の体の一部なのに魔法抵抗力を無視できる部分ができたりしますか?」

 ディナ先輩の頬が心なしか嬉しそうに見える。

「そういう方法もあるだろうが、範囲を勘違いさせるために魔法を使うとなるとそこでまた魔法抵抗力を抜く必要があるからな。からめ手としては良い方法ではないな」

「おっしゃる通りです」

「単純な方法としては、相手が信頼する者の姿を見せることだ。相手が魔法を受け入れるよう説得し、相手にそれを了承しれもらえれば、魔法抵抗力の影響はほとんどない。また逆に、相手に合わせて魔法を絞り込むという手段もある」

 絞り込む?
 とっさに色々と考えたがすぐにはイメージがわかない。
 ルブルムが俺の顔をチラ見した表情から、どうやら明確なイメージを持てていないのは同じっぽい。

「トシテルは先程の話も忘れるほど愚かなのか?」

 先程?
 まさか、丑の刻参り?

「相手の体の一部を触媒とすることで魔法抵抗力を減らすことができるということですか?」

「戦闘のさなか、相手の体の一部を手に入れられるのか?」

 そうか。今のは思考していなかった。
 相手の体の一部は無理でも、自分の体なら。

「自分と同じ獣種に対しては魔法抵抗力を減らせる、とか――」

 そこまで言いかけて、ディナ先輩の目を見て、とっさにその先があると感じた。
 思考に終わりはない。立ち止まるな、俺。
 ゲーム的な考え方だと、種族や属性ごとに攻撃特性や耐性がある。仕組みはわからないけれど。でも、仕組みがわからないだけで、そういう類の対応というのは存在するのかもしれない。

「獣種ごとに魔法抵抗力を突破しやすくなるような補助的な魔法とかあるのでしょうか?」

「方向性はよいが、全く足りない。お前自身がそのような魔法を作るとしたらどのように思考するのだ?」

 自分だったら――自分の手のひらを見つめる。
 魔法抵抗力をクリアするには、信頼を――いや、また思考が空回りしそうだ。
 獣種って違いはそもそも半返りや先祖返りでもなければ耳くらいで、なんだかんだでけっこう同じじゃない?
 体の構造ってそこまで違うんだろうか。
 リテルの記憶を見ても、普段、獣種というものをあんまり意識していなかったように感じる。ストウ村は猿種マンッ犬種アヌビスッがほとんどで――ああでも、獣種の違いを感じることはあったかも――特にマドハトなんかとても犬っぽい――ん?
 なんか今、ひらめきかけた――丑の刻参りは、対象の一部を使うことで――触媒だよな。それで――触媒は――思考に言葉が追いつかない。

「触媒ってモノじゃなくともいけますか?」

「例えば?」

「俺は猿種マンッ犬種アヌビスッなら、なんとなくこういう獣種、みたいな印象があります。親近感も。その印象や親近感を触媒にして相手との距離を詰めるというか」

「それは面白そうだな。試してみろ。他人にかけられる魔法は何か知っているか?」

 ディナ先輩が言い終える前にルブルムが俺に右手を差し出す。
 他人にかけても問題なそうな魔法って……。

「『皮膚硬化』くらいしかなさそうです」

「そうか。それはルブルムも身を守る魔法だと理解しているから受け入れてしまいがちだな。ルブルムは自身に『抵抗力強化』をかけてみろ」

 ルブルムが消費命パーを消費したのを感じる。
 俺はルブルムの右手に『皮膚硬化』をかける準備をする――そしてここからだよな。俺とルブルムは二人とも猿種マンッで――そのつながりが、魔法抵抗力の垣根を――その想いを『猿種マンッ親和』という魔法の形に――。
 魔法代償プレチウムの要求を感じない。『皮膚硬化』 分だけ――失敗か?

「魔法が発動しないどころか魔法代償プレチウムの要求すらなかったな。それは思考が魔法を発動できる段階まで整理されていないということだ」

 甘くないな。

「ただ、方向性は合っている。それはそれで伸ばしてみろ。で、今度は立場を逆にする。魔術師それぞれが様々な工夫と思考とで獣種なり何なりを指定して魔法抵抗力を抜こうとしてくる。それを迎え撃つ側ならば?」

寿命の渦コスモスで異なる獣種へ偽装の渦イルージオを作ると効きますか?」

「今度は早かったな。ルブルムも気付けたようで何より――なんだ?」

「受け入れてしまいがち、というのは、ひとつまみの祝福のことか?」

 ひとつまみの祝福?

「そうだ。トシテルはまだ習ってはいないようだな。魔法抵抗力があるのにどうして呪詛が簡単に伝染すると思う?」

 俺がかかっている呪詛は一定時間の接触で伝染すると聞かされていたから、長く接触すれば伝染するものだとそこで思考を停止していた自分に気がつく。
 元の世界では便利な道具が目の前にあったとき、その原理を理解できなくとも使用方法さえ教えてもらえればその道具を使用できたから、使い方を教えてもらったらそこで思考が満足しちゃう癖がついていたのかも。
 よく考えれば接触しただけで魔法抵抗力を抜けるという考え方は不自然だ。裏に何かあるはずだ。
 恐らく「受け入れる」というのがキーワード。
 一瞬、ケティとのイチャイチャを思い出す。
 好きな人に触れたから――いや違う。ケティがラビツから感染したときは、無理やりで嫌だったと言っていた。では何を受け入れたのだろうか。
 『皮膚硬化』は身を守る魔法だと知っているから――知らなかったら――無意識下で自分にとって利益があるとわかる何かが?

「体にとって良いものだと偽装しているのでしょうか?」

「そこまで高度な偽装を施すと、呪詛の維持にかかる魔法代償プレチウムが肥大化する。実際に与えているのだよ。祝福を。件の呪詛については、体力と精力とを増強する。異性に対する自信と衝動が増えるのは間接的な結果なのだ」

 本当に祝福を付与――ああそうか。抱き合わせ商法なのか。

「そういう抜き方もあるんですね」

「常に思考を手放すな」

 その後、ルブルムの集中力が落ちてきていることを理由に、ディナ先輩の講義は終わり、俺たちはそれぞれ別々の部屋へと通された。
 俺にあてがわれた部屋は一階奥にある客間。
 今度こそちゃんとした部屋だった。





● 主な登場者

有主ありす利照としてる/リテル
 猿種マンッ、十五歳。リテルの体と記憶、利照としてるの自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
 呪詛に感染中の身で、呪詛の原因たるラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。

・ケティ
 リテルの幼馴染の女子。猿種マンッ、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
 リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。

・ラビツ
 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
 フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。

・マドハト
 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種アヌビスッの体を取り戻した。
 リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。

・ルブルム
 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種マンッ
 槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。リテルと互いの生殖器を見せ合う約束をしたと思っていた。

・アルブム
 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種ラタトスクッの兎亜種。
 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。

・カエルレウム
 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種マンッ
 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。

・ディナ
 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌いっぽいが、感情にまかせて動いているわけではなさげ。
 カエルレウムより連絡を受けた直後から娼館街へラビツたちを探すよう依頼していた。ルブルムをとても大事にしている。

・ウェス
 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種カマソッソッ
 リテルに対して貧民街シャンティ・オッピドゥムでの最低限の知識やマナーを教えてくれた。



■ はみ出しコラム【火薬】
 ホルトゥスにおいて、黒色火薬の製法も確立されている。
 当然、銃や大砲のような武器も存在することはするのであるが、魔法により遠距離の着火が不可能でないため、非実用的として、戦闘で使われることはほとんどない。

・音筒
 火薬と紙を用いた爆竹のようなものは存在するが、それなりに高価であるため、領主主導による獣追いのための山狩りや祭事など大きなイベント以外での使用は極めて稀である。

・花火
 ラトウィヂ王国においては、花火職人という専門職は存在しないが、火薬研究者の手により単色の花火は作られている。
 式典やお祭り、飛行能力を有する魔物への威嚇・牽制などに使われる。
 花火に対する色付けの研究は進んでいない。
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