花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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落城

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「どういうことか」彼はつぶやいた。
 彼は天下の主であった。父親が偉大な武将であったというだけで、父が亡くなった後も黄金の塊のような巨城に住まい、下々から上様と尊称され、お内裏様のように座っていれば何事も済んでいたのだった。
 それがいまやその巨城の天守閣は火を噴き上げ、彼は自らの生命を左右する決戦に馬を出すことすらなく、ここまでは火が来ないであろう蔵の中に逃げ込んでしまったのである。
 つい先程まで「その方どもの生命に代えてもわらわと上様を守らぬか!」とわめき散らしていた母も自害したのか、むくろとなって横たわっている。
 いまやここで生き残っているのは二人のみ。

 彼は武士として空前絶後の栄華を極めた太閤たいこう豊臣秀吉の一人息子、その名は豊臣秀頼ひでより
 そしてもう一人は真田幸村の息子、真田大助。

 秀頼は今まで自ら考え行動したことが全くなかった。ゆえに誰かが「いざご生害しょうがい(自殺)を」と言われればその通りにしたであろう。
 が、今横にいる少年は「必ず父は戻りまする、軽はずみなことは慎まれますよう」 と訴えるので累々と横たわるしかばねの仲間入りをしなかっただけである。
 だが刻は無情に過ぎ、蔵の外の敵の気配が徐々に険悪さを増し、間もなく幾重にも封じられた扉が打ち破られる気配が濃厚になっていく…
 大助が血走った眼で「上様!申し訳ござりませぬ、かくなる上は」と叫んだ瞬間
「大助、たわけたことを申すでない」と地の底からしみ出すような声がした。
 二人があわてて蔵の奥を見ると、床板の一部がバクンと開き、中からあけに染まった憤怒のかたまりがのそりと出てきた。
 元々赤備あかぞなえの鎧兜よろいかぶとに返り血を一身に浴びた武将が秀頼の前にひざまずく。
 誰あろう、日本一の兵ひのもといちのつわものと激賞された男、真田幸村である。

「家康狸めが運の強いことよ、今一歩で彼奴きゃつを首に出来たものを」
「父上!申し訳ありませぬ!」
「良い、上様のお生命いのちをここまでお守りした事は上出来じゃ。気に病むでない」
 実は大助は秀頼出馬をうながすため大坂城にいたのである。
 秀頼が金の千成瓢箪せんなりびょうたん馬標うまじるしとともに戦場に臨むことが勝敗を逆転させるための唯一の条件だったのだが、秀頼の生母である淀殿の頑強な反対によりあえなく潰えてしまったのである。
わしですらあのおふくろ様を説き伏せることは叶わなかったであろうよ」
 激戦の疲れに喘ぎつつも幸村は苦笑する。
「上様、ここは退転致しましょう。そして他の地で豊臣家再興の軍を興しましょう。」
 幸村は呼吸を整えつつ秀頼に進言した。
「相分かった、案内あないせい」

こうしてここにいる三人で大坂城脱出を決行することとなったのである。
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