花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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火矢

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 源二ゆきむらは段蔵を連れて帰りかけたが、突然阿国の芝居小屋のあるあたりから火の手が噴き上げ、夜空を赤く照らし出した。

「段蔵!阿国殿を守れ!わしは仔細しさいを見てくる!」
 段蔵の「うけたまわった!」の声を背中に聞きながら源二ゆきむらは走る。

 河原まで出ると男が二十人ぐらい小屋を囲んで火矢を放っている。
 そこへ源二ゆきむらは背後から近づくなり抜刀して峰打みねうちで六人叩き伏せ、敵が崩れたところを突破とっぱして皆のもとにけつけた。

「大助!皆無事か!」
「父上!ご安心くだされ、全員無事でございます!」
「それは重畳ちょうじょう(良い)」

 源二は振り返り襲撃者をにらみつけたが、その首領らしき者が見知った顔であり驚く。
薄田隼人正すすきだはやとのしょうではないか!」

 薄田すすきだと呼ばれた男はあわてふためいて「な!何をらちもないことを!」と叫んだが「ん!?んん!!!お主左衛門佐さえもんのすけ殿ではござらぬか?」

「やはり隼人正はやとのしょうか!道明寺どうみょうじいくさ討死うちじしたと聞いておったが」


 ー薄田隼人正兼相すすきだ はやとのしょう かねすけ
 七十歳以上のご高齢の方なら「岩見重太郎いわみ じゅうたろう」の名の方が馴染なじみがあるかも知れない。
 亡き父のかたきを討つために旅立ち、途中山賊さんぞく狒々ひひ大蛇おろち等を退治し、最後天橋立あまのはしだてで見事仇を討ったことで有名。大阪の陣勃発ぼっぱつ前に大阪城へ入城する。


「それはともかく火を消そう!」
 場所が河原なので水には事欠かない。あっという間に火を消し、今までのことが無かったように篝火かがりびいて酒をわしだした。

道明寺どうみょうじの後は如何いかがいたしておったのじゃ?」源二ゆきむらたずねる。

「いやあの時十人ばかり斬り伏せたまでは覚えているのじゃが、後のことはわからぬ。気がついたら全身なますのように斬られていて山奥のきこりの家にかくまわれておったのじゃ」

「その時には大阪城はすでに落ちておって、どうすることもできんかった」
「それで名前を変えて暮らしておったのじゃが、喧嘩を売ってきたならず者らを叩きのめしてたらいつの間にか頭領に祭り上げられとったというところじゃ」
「元々宮仕えは肌に合わんかったからの、こういう暮らしも悪くはないと思っておる」

 かつて薄田隼人正すすきだはやとのしょうと呼ばれていた男は、自嘲じちょうするかのようにフンッと鼻を鳴らして話を終えた。

 源二ゆきむらが「なぜ芝居小屋を焼いたのか?」と尋ねると「おぬしうらまれとるぞ~、この河原で芸を見せて生きているものは少なくない。この小屋が出来てから皆商売上がったりよ。痛い目にわせろという気にもなるわな」

 源二ゆきむらは腕組みをして一頻ひとしきうなった後に「隼人正はわしらを殺せと言われたか?」
「いや、ただ『芝居ができぬようにしてくれ』と言われただけじゃ」
 彼はこういった後、頭を下げて
「頼む!一旦他所よそに移ってくれぬか。そうすれば身の安全は保証されよう」

 源二ゆきむらは(わしらを追い出さねば謝礼おかねもらえんからな)と心の中で毒づきながら「阿国さん、どうする?」と声をかけた。

 焼けた小屋を見て放心していた阿国が一言ポツリ
あんころもち食べたい」

 それを聞いた全員、阿国さん気でもれたかとゾッとしたが
伊勢神宮おいせさんへ行こう!近くに美味しい餡ころ餅のお店があると言うし。あたい一度お伊勢さんに行ってみたかったのよ」

 皆ホッとして「そうですな」「お伊勢さん、よろしいなぁ」「餡ころ餅!餡ころ餅!」と口々に賛成する。
 こうして阿国一座は伊勢国いせのくにへ行くことになったのである。
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