花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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お歌

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 阿国はちょっと驚いた。
 何やら近頃琉球りゅうきゅう(沖縄)から伝来した蛇皮線さんしんを手直しした楽器で、音色が面白いと思って購入したのだが肝心の奏者がいなくなって困っていたのだった。

「ちょ、ちょっと!いてみてくれる?」

 阿国がもどかしげに梱包を解くと、お歌はあっという間にどうさおつなぎ、げんを張りながらばちで調律して平家物語をうたい出す。

 阿国は感心して聞いていたが「あなたひょっとして琵琶びわいたこと無い?」

「へえ、ようおわかりで。このいくさで奈良に逃げとったんですけど、そこに琵琶法師はんも来てはって、なんや仲良なかようなって琵琶の弾き方せぇて貰えまして」

「三味線と琵琶じゃ弦の数も違うし、弾き方も違うのに良くそこまで仕上げられたわね」

「三味線の方はうちの伯父が料理屋をやっとりまして、そこで弾くように言われとったんどすけど、この戦でどもならんようになりましてなぁ」

 阿国はお歌の眼を見ながら「あなたうちらの芝居を見ながら、三味線で即興そっきょう伴奏ばんそうできる?」

「むつかしい事言わはりますなぁ、ちょっと二~三度お芝居見せてもらいながら合わせますわ」とほがらかに笑うお歌。

「二~三度で合わせられたらおんの字だわ、どうせ十日はかかるでしょ」と内心つぶやいた阿国だった。

 しかし、旅に出て最初の興行が終わったあと稽古に入ろうとした時に突然「すんまへん、三味線合わさせてもろて良ろしゅうおますやろか」とお歌が尋ねてきた。

 お、これはお手並てなみ拝見と阿国が通し稽古けいこを皆に命じた。

 わざと他の鳴り物を入れずにいたが、お歌は登場・会話・乱闘・大団円それぞれを的確な合いの手とともに完璧に弾き上げ、最後の舞の場面も今で言う津軽三味線のような急調子でばちも折れよと弾き倒す。

「これいつ終わるんやろ?こうなったら根競べやなあ、もう三味線バラバラになるまで弾いたろ(どうせうちのとちゃうし)」と思っていたら阿国が目線を送ってきたので、今や!と三味線の棹を立てて高音急調子で一頻り弾いた後に撥を持った手を振り回してジャン!と鳴らして終わる。全員の息がドンピシャに合った瞬間だった。

 阿国が「すごい!すごい!!」とお歌の手を取って感激する。お歌はものすごい達成感に満ちあふれ、泣きそうになっていたところにお日出ひでよりが現れお歌の背中を抱きかかえながら「お歌さんと言いましたか、やりますねえ!」と頬ずりするような仕草をしたからもう大変!

 お歌は「もう!もう!もう!幸せや!うち今この場で死んでもかまへん!」と大号泣である。

 この伊勢参りが終わるまでお歌が一座に加わることが決まった瞬間であった。
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