花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

文字の大きさ
20 / 42

方便

しおりを挟む
 おうたは急いで旅支度を整え始めた。
 両親は「いきなりどないしたん?」と尋ねてきたが、お歌は「伊勢参宮おいせさんへお参りしてくる」と言うだけである。

 今の時代では考えられないことだが、この当時にお伊勢さん参りをするということは究極きゅうきょくの善行であり、まわりの者は支援こそすれ、止めることなどあり得なかったのである。

 そして阿国一座が出立の日、お歌はウキウキしながら「私だけが海野様を追いかけていけるのよ」と北叟笑ほくそえみながら一座の宿泊する寺に駆けつけたが… 

 そこには二~三十人ばかりの娘達か同じような旅姿で集まっていた。

「あんたら何やのん!」
「何やのんて、阿国はんのお伊勢参りのお手伝いに来ましたんや。あんたこそそんな大声上げはって、何ですのん?」

 お歌は愕然がくぜんとしながら「ああ、だれしも考えることは一緒やなぁ、出遅でおくれたわ」となげきながらも「こんな事くらいで負けへんわ、最後に笑うんはうちやもん!」と闘志をメラメラと燃やす。

 そこへ阿国が奥から出て来たからたまらない。娘らがみっしり集まって団子になってしまった。

「ちょ、ちょっとアンタ達いったいぜんたい何だい!」「お伊勢参りお手伝いさして!」「うちが一番お役に立ちます!」「何言うてんの!うちの方が!」

 娘らの余りの熱気に青くなりながら阿国が叫ぶ!「海野信濃守なら清水寺きよみずでらにお参りに行ったわよ!」

 聞くやいなや娘達は「清水寺やて!」「清水寺!」「キャーーーー!」とわめきながら山門を出ていった。

 やれやれ、今のうちに出立と思ったところ、何とお歌だけが残っていてニヤ~~~っと笑っている。

「どうしたのさ?皆清水きよみずへ行ったわよ」イヤな予感がするがとりあえず聞いてみる。

 するとお歌は「ウソどすなぁ」とニヤニヤ笑いながら言うのである。

 阿国は「あのねえ、私ら一座は手伝いなんか要らないのよ。一緒にお伊勢参りをすると言うなら止めはしないけど、そうでないならお家へお帰りなさいな」

 それを聞くやお歌は「皆さんのお邪魔はいたしまへん、どうか連れてっておくれやす」と土下座でもする勢いで懇願こんがんした。

 阿国もこれには根負こんまけである。「わかったわ。荷物運びでもよければついて来なさいな」

 どうせ山道にへこたれてすごすご帰るでしょとたかくくりながら出立の最後の用意を終えた。

 この当時、諸街道は整い始めてはいるがまだまだ荷車やらが通れるのは都市周辺部のみであり、旅の荷物は背負って運ぶのが当たり前なのである。

 大道具は現地で作るとして太鼓や笛などの鳴り物はかついで運ぶしか無い。お歌も容赦なく荷物を一つ割り当てられる。

「あれっ!?」きっちり梱包こんぽうされて中身は見えないが、何かかかえ心地に覚えがある。

「阿国はん、これ三味線どす?」
「あら良く知ってるわね、最近流行はやりだしたから買ってみたんだけどね。ける人が辞めちゃったから今は置物になっちゃってるわね」

 お歌は顔を紅潮させて叫ぶ「うちこれ弾けます!!!!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

電子の帝国

Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか 明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異聞対ソ世界大戦

みにみ
歴史・時代
ソ連がフランス侵攻中のナチスドイツを背後からの奇襲で滅ぼし、そのままフランスまで蹂躪する。日本は米英と組んで対ソ、対共産戦争へと突入していくことになる

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

処理中です...