花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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襲撃

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 阿国一座は安濃津宿あのつじゅくに入った。
 現在の三重県である。


 阿国は何の気なしにこの地で長めに滞在して興行しようかと考えていた。このあたりで一番の大きなまちだから当然の事なのである。

 が、阿国は胸騒ぎとともに、何とも言えない違和感を感じていた。

 一度興行を打ってみたが、一座の雰囲気が違うせいか土地柄とちがらか、微妙にウケが良くない。

 その違和感は、このお伊勢参りで加入した八人娘からも濃厚にただよっている。

 阿国は「やかまし娘」の三人にとりあえず聞いてみた。

「あたいはこの地にしばらく逗留とうりゅうしてかせごうと思うんだけど、何か思うところある?」

 三人は見交みかわしていたがお歌が口を開いた。
「ここの殿様、すかんたこいやなやつどすなぁ」

 どういう意味かわからない阿国が黙っていると、お照があとを引き継いで

「あんだけ太閤たいこうはんに可愛がられてたのに、秀頼はんを攻め滅ぼさはりましたやろ?京・大阪のもんみんな…なあ」

 お花も「ここの人らも徳川家康おたぬきはんが好きみたいですよってに、この演目ネタはちょっとどんなもんかいなぁと」

 阿国は背筋がゾッとした。今までずっと「豊臣」の領地内で歌舞伎興行をしていたので、感覚が鈍っていたのだろう。

「わかった。それなら今日中にここを離れるわ」

 三人娘はホッとした様子ようすうなずいた。

 ……………………

 阿国一座は早目に昼食を終わらせて、昼過ぎに出立した。

 夕方までには次の松阪宿まつさかじゅくに着くので、野宿はしなくても良いと思われるが、念の為敦堂どうとんを先発させて宿を確保しておく。

 源二ゆきむらは念を押す。
「先様に無理をお願いするかも知れん。山吹色の菓子こばんを忘るるな」

「ふふふ、わかり申した。源二ゆきむら殿もワルですのう。クックックッ」とわけのわからない返しをしながら、敦堂どうとんは先に出る。

 道中、先鋒せんぽう源二ゆきむらと大助。殿しんがり(最後尾)を果心と段蔵で一座を守る体制で移動している。

 と、先程から源二ゆきむらが左右と後方をちらちら見ていたが、「大助、わかるか?」
「はい!畦道伝あぜみちづたいに右三人、左四人がそれとなく、あとをつけてきております」

「よう見た。あと後方にもハエが数匹おるようじゃのう。ちと片付けてこようかの」

 大助に先鋒せんぽう?を任せて、源二ゆきむらは後ろにゆるゆる歩き出す。

 途中阿国とすれ違う時に一声かける。「少し列を離れまするぞ」
「あら、どうなされました?」
 源二ゆきむらは笑いながら「いや用足ようたしじゃ用足し。年を取るとしもちこうなって困る」と如何いかにも年寄くさく、ほたほたと後方へ歩いて行く。

 果心と段蔵に近付いた源二ゆきむらは目を合わさずに小声で「見たか?」

 果心も小声で「右三、左四、うしろ六」

「果心はもし後から攻められたら足止め、段蔵は右三を前に回られる前に止めよ。わしは左をやる」

 段蔵は「殺してもよいのか?」と聞くが、源二ゆきむらは渋い顔で「こんな昼日中ひるひなかから刃傷沙汰にんじょうざたもなかろう。大恥かかせてお帰りいただけ」

 源二ゆきむらはゆるゆると左に歩き、立ち小便をするような格好をしていたが、そのうち草むらの中へフッと消えた。

 段蔵はその技に舌を巻きながら、「おお、わしもしたかったのじゃ」というていで同じく右に消える。

 果心は後方からの襲撃に備えて、列から遅れるようにゆっくりと歩く。
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