花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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聴取

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 甫庵は苦り切った顔で黙っている。

 どうにも恋愛物を書くのは苦手な甫庵は、書く切欠きっかけが欲しい。
 そこで一座の女子衆おなごしを集めてどういう話が見たいか、聞きたいか、りたいかを聴取リサーチしようとしたのだが…

 酒を飲みながら、女子衆には茶と菓子を出して聞いたらもうやめられない止まらない。

 スズメ百羽がさえずりまくっているような喧騒けんそうの中、何とか反故紙ほごがみに書き留めた内容とは

【運命(神様)が結んだ恋愛】
【邪魔者が多々あっても揺るがない愛】
【でも多少の浮気があってもいいかな(結局私の所に戻って来る)】
いくさがあって行方不明になっても必ず生きて戻る】
【幸せな結末(これは最後の踊りに繋がるので当たり前か)】
【観るだけで幸せな気分になる】

 甫庵は呆れ返って筆を投げたくなった。
 (これは観たいものと言うか、自分の願望じゃろうが)
 (いつの間にか登場人物が「私」になってるところがあるし)
 (いつまでもこんなのとは付き合いきれぬわ)

 女子衆の茶と菓子がなくなったのを見計らって「さあさ、わしはチト話の筋を考える故に、以後わしの邪魔立じゃまだてするでないぞ」

「あ!恋人二人の役はウチと日出ひでさんで…」
 (お日出ひでよりは一座の間では日出ひでさんと呼ばれているようだ)

「知らぬ!!そのような事は御国に聞けい!!!!!」

 甫庵は絶叫して、阿国が執筆部屋として借りた納戸へ入り、戸をビシャリ!と閉めた。

 ……………………

 さて翌日、阿国一同は甫庵から「出来たから読んでみてくれ」と言われ「今回はえらく早く仕上がったもんね」と驚きながらも集まる。

 題名は「月縁夜半笛音つきのえにしやわのふえのね
 何の事かいなといぶかりながら阿国は読み始める。

 若い武士 望月照之介もちづきてるのすけが親類縁者の伝手つて辿たどって、侍奉公さむらいほうこうをするべく旅をしていた。

 すると先の方でお供を五人連れた旅装束の若い女性が、雲助くもすけだか護摩の灰ごまのはえだかに因縁をつけられている様子。

 ※雲助   たちの悪い駕籠かごかき。無理やり駕籠に乗るよう強制したり、料金をふっかけたりした。

 ※護摩の灰   詐欺師。ただのたき火の灰を、弘法大師の護摩行の灰と称して高値で売りつけたのでこの名が付いたとの説がある。

 照之介はつかつかとむさ苦しい男らに近付き「これ、お女中がお困りであろう。ここはお引き下されい」

 何を生意気なと襲いかかる連中を、あっと言う間に打ちえる照之介。雲助どもは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 若い女は深々と頭を下げて「お助け下さいましてありがとうございます。私は青木主水司もんどのかみ新月しんげつの娘十六夜いざよいと申します」

「どうか我がやかたにて御礼させて下さいませ」

 照之介は幾度も辞退するが、日も暮れかけであるし、宿場にはまだ距離があるので、ここはお言葉に甘える事とするのである。
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