花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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手箱

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 照之介は十六夜いざよいやかたで大いに歓待を受けた。
 もう娘の危機を救ってくれたということで、下へも置かぬもてなしである。

 照之介は何日?何か月?何年?滞在したか分からないほどフラフラになったが、親類縁者のもとへ行かねばならぬことを思い出し、館を御暇おいとますることにした。

 十六夜は「そんな事をおっしゃらずに何時迄いつまでも居て下さいまし」と引き留めるが、「必ず戻って来るゆえ何卒なにとぞ」と意志の堅い照之介に溜息ためいきをつきながら「ではこれを」と玉手箱を差し出しておごそかに言った。

 「貴方様あなたさまがここに立ち寄られてから百年の時が流れております」

 照之介が驚くひまもなく
「この箱の中にその百年間を封じ込めてありまする」

「箱から離れてしまうと封印が効かなくなるので、お持ちいただきますが努々ゆめゆめお開けにならないようお願い申し上げます。」

「開けてしまえば二度と元いた所に戻ることは出来ませぬ。くれぐれもお開けになりませぬように」

 くどい程念押しされて少し気を悪くしたが、照之介は盛大な見送りを受けながら門の外に出た。

 目的地に向けて歩きながら「箱を渡してなぜ開けるなと言うのか?不可解な事を言うものじゃ」


 (異世界転生ものに精通している現代人ならばこの事態を正確に把握できたであろうが何せ昔の話。照之介は言われたことの百分の一も理解することはできなかった。そこへ駝鳥だちょう粒子による【押すなよ押すなよ効果】が襲いかかった)


「どれ、ちょっとくらい開けても誰もわかるまい」

 開けた瞬間、白い煙が大量に吹き上がり、あたりが全く見えなくなった。

 そして煙が晴れた時、照之介は辺りの景色が全く変わってしまったのに気が付いた。山の形・浜辺の形・港の位置全部が違っている。

 恐怖の余り後を振り返った瞬間、彼は叫び声を上げた。

 照之介が今の今まで居た館が跡形もなく無くなっていたのである。

 風の向こうから十六夜のすすり泣きが聞こえてきたような気がした。

 ……………………


 阿国はここまで読み、甫庵をじろっとにらんで「これ浦島太郎?」

 甫庵は「そんな話もあったかのう、似たような物もあるものじゃ」

 このオヤジ巫山戯ふざけてるわねと思うものの、阿国は続きを読み出した。阿国も子供の頃聞かされた浦島太郎の結末には納得が行ってなかったので、これでモヤモヤが晴れたらもうけものと思ったのである。


 ……………………


 照之介は呆然としながら道端に座り込んでいた。

 親類の家のあたりへ辿たどり着いたのだが、そこら一帯は家もなく荒野原あれのはらになっていたのだ。

 近くの街へ行って聞いてみたのだが、なんでも百年程前に大戦おおいくさがあり、生き残った者も余りの荒れ果てぶりにここを放棄せざるを得なかったとの事。

『わ…わしはいくさにに百年遅参ちさんしたのか…』

 照之介は己の余りの不甲斐ふがいなさにはらはらと涙を流した。
 そして涙も枯れた頃、ここで亡くなった者の供養をしよう。お経は習っておらぬゆえ心を込めて笛を吹くとしようと決めて河原へ降りた。

 そして石を積んで塔を作り、座して笛を吹くのだった。
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